May. 2015No.68

東京オリンピック・パラリンピック特集 Vol.1情報学が貢献できること

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情報学による都市化問題解消と 真のバリアフリー化を考える

オリ・パラは超サイバー社会に関する実証実験の好機

人類最大のスポーツの祭典であるオリンピックとパラリンピックは、一過性のイベントでありながらも、「オリンピックレガシー(遺産)」を創り、引き継ぎ、後世に残して発展してきた。今度の東京2020大会は、どんな「レガシー」を創り出し、未来につなげるのだろうか。NIIの佐藤一郎教授が提案するのは、「スマートなゴミ対策」と「多様な障碍に対応できる真のバリアフリー化」の2つ。東京2020大会を情報学の実践応用の場とする一方、社会実験の好機として、未来の障碍者支援と都市化問題解決への道を探る試みが始まっている。

佐藤 一郎

SATOH Ichiro

国立情報学研究所 アーキテクチャ科学研究系 教授 / 総合研究大学院大学 複合科学研究科情報学専攻 教授

オリンピック・パラリンピックを情報学の社会実験の場に

 佐藤教授は「大会に直接貢献することも大事ですが、加えてレガシ―として何を未来に残せるのかを考えたい」と語る。佐藤教授が重視するのは、東京という世界最大の都市で開催されることの意味だ。1000万人以上の人口が集中する「メガシティ」は現在世界で25都市ある。2025年までには29都市へと増加する見込みで、この都市化トレンドは環境破壊や交通渋滞、医療・福祉問題など、数々の問題をますます深刻化させかねない。

 「メガシティの筆頭に挙げられる東京で開催される大会だからこそ、都市化問題の解決手法を試す大きなチャンスです。社会実験を通して手法を評価し、一過性の技術でなく、持続可能な問題解決策として社会実装に持っていきたいと考えています」と佐藤教授は力をこめる。

 加えて、パラリンピックに向けたICTによる障碍者支援の実現も、佐藤教授の重要な関心領域だ。佐藤教授自身が弱視というハンディを抱えていることもあり、「多様な種類の障碍と障碍レベルに対応できる仕組みづくりが重要」だとし、「ICTによる支援に加え、最終的には"人"が手を差し伸べて適切な支援ができる環境づくりに結びつけるのが大切」だと強調する。

 佐藤教授が描く、都市化問題解決と障碍者支援の具体像はどのようなものなのだろうか。

ゴミ箱の多機能化と収集システムの知能化

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 都市化による大問題の一つがゴミ。東京2020大会においても大量のゴミの発生が想定され、衛生上も美観上も、ゴミの効率的な収集は必須の要件になるはずだ。佐藤教授は次のように語る。

 「ロンドン2012大会では、ゴミ箱の情報端末化が話題になりました。通行人が持つ無線LAN機器の固有IDを取得して各種サービスに生かす機能を備えていたため、プライバシー面から批判もありましたが、現在ではこの技術がプライバシーに配慮した形で改良され、市内バスの混雑状態を知らせる公共システムとして新しい役割を果たしています。このように、東京2020大会後も公共インフラとして持続して利用できるゴミ箱の仕組みをつくりたいと考えています」

 佐藤教授が想定する「スマートゴミ箱」は、ゴミ箱自身にゴミの量を自己検知するセンサーを備え、多数設置されたゴミ箱同士、および集中管理システムとの通信により、最も低コストな経路で収集車を走らせて、迅速にゴミを回収する仕組みだ。その通信には、消費電力が低い近距離通信技術や無線LANが適用可能であり、回収経路の最適化には、ソフト開発で用いられるプログラム最適化技術や、トランザクション処理技術が利用できると言う。また、無線LANアクセスポイントや防犯カメラ、デジタルサイネージ、センサーノードなどの機能を搭載して付加価値を高めることも視野に入れている。

 「ただしすべてのゴミ箱をスマート化することはできません。通行人がゴミ箱の状況を自発的に報告し、ゴミ収集をさらに最適化するための、人が中心になるネットワーク(クラウドソーシング)も重要な手法。通行人がゴミ箱の状態を発信したいと思うようなインセンティブをどうつくるかも、大事な側面です」

多様な障碍の状況に対応するきめ細かな支援

 もう一つの重要提案が障碍者支援のあり方だ。佐藤教授は次のように語る。

 「障碍者と言うと、肢体不自由な人をイメージされるかもしれませんが、実際には、視覚・聴覚・知能など、さまざまな障碍があり、程度も人それぞれです。例えば、駅のホームや歩道などに黄色で突起がついた視覚障碍者誘導用ブロックがあります。どうせ見えない人が利用するのだからと、周囲と同じ色に変えることがありますが、弱視の人は、突起よりも色でブロックの存在を知覚しているので、これではバリアフリーにはなりません。また歩道と車道の間の段差は、視覚障碍のある人にはわかりやすいのですが、車椅子の人にとっては障壁です。このような、個別の障碍種類や程度の多様性をサポートできる方向でバリアフリー化を研究する必要があります」

 佐藤教授が想定しているのは、視覚障碍者に向けてスマートフォンなどで点字ブロックが設備された通路を音声ガイドする一方で、四肢に障碍がある者に対しては段差のない経路を画像でガイドする道案内といった、個別のニーズに合ったサービスだ。プライバシーに最大限の配慮を払いながらも、ユーザーの情報を取得し、それに基づいて提供すべき情報を取捨選択する必要がある。佐藤教授は以前、博物館で見学者が展示物を見てきた経路をガイド用端末の位置情報から把握し、それに応じてガイド内容を変更するというシステムの実証実験を手がけたことがある。このような技術を使えば、障碍者1人ひとりの状況に応じた、よりきめ細かい情報提供が可能になりそうだ。さらに、障碍者の状況を支援可能な位置にいる健常者に知らせたり、障碍者が支援可能な健常者を探したりできる仕組みも研究テーマの候補に挙げる。佐藤教授は「最終的に支援するのはICTではなく人。人が人を支援したくなるように仕向けるインセンティブを与える媒体がICTなのです」と語る。

 東京2020大会では、ハードだけでなく、街の中の一見小さなサービスをどうつくるかが非常に重要な課題だ。「海外の人に、日本は過ごしやすい、住みやすいと思ってもらいたい」と佐藤教授。派手な祭典の背後にあっては地味にも見える領域だが、祭りのあとに大輪の花を咲かせることを祈りたい。

(取材・文=土肥正弘)

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