Dec. 2021No.93

新たな知の拠点、柏分館学術情報基盤サービスの拡充へ

Interview

オープンサイエンスの新拠点がスタート

研究データの管理・共有のハブとしての役割を担う柏分館

日々、膨大な研究データが生まれ蓄積されている。眠れるデータを活用すれば、新しい知見を導き出せる。人工知能(AI)と組み合わせれば、新たな発見ができる。こうした研究の拠点となるべく、2021年3月に国立情報学研究所柏分館が発足した。データ活用社会の推進を担う新拠点の意義について、柏分館の発足に尽力した国立情報学研究所(NII)の合田憲人教授に聞いた。

合田 憲人

Kento Aida

国立情報学研究所 アーキテクチャ科学研究系 教授
総合研究大学院大学 複合科学研究科 教授
学術基盤推進部 部長

山田 哲朗

聞き手Tetsuro Yamada

読売新聞論説委員
1990年、東京大学卒、読売新聞入社。2006年、マサチューセッツ工科大学(MIT)ナイト科学ジャーナリズム・フェロー。経済部、科学部、ワシントン支局特派員などを経て、2018年、科学部長。2019年から論説委員(科学技術担当)。

データ管理や共有に役立つストレージサービスを開始

山田  東京大学柏Ⅱキャンパスにできた柏分館にはどんな設備がありますか。

合田  NIIは、所内または所外の研究者向けに、さまざまなサービスを提供していますが、そうしたサービスに必要な計算機やネットワークなどの設備が柏分館に設置されています。
 所内向けサービスとしては、NIIが運用している研究用クラウドの設備が置かれています。能力の高いサーバが100台ぐらいという規模でしょうか。
また、所外向けの共同利用の事業サービスとしては、昨年度に新しくつくった、研究者が研究データを管理する「研究データ基盤(NII Research Data Cloud, NII RDC)」のストレージがあります。

山田  ストレージの設置には、どのような意味がありますか。

合田  NIIはこれまでストレージサービスは手がけていませんでした。データ管理ということでは、管理のためのインターフェースやサービスは提供していましたが、「データ自体は、それぞれの大学内のストレージや大学が契約したクラウドなどに置いて下さい」という形でした。NIIの研究データ管理基盤がこれらの大学のストレージとつながっており、「研究データ管理基盤を利用することで大学に保存された研究データを管理ができます」というスタンスでした。
 ただ、規模の大きな大学などは自前でストレージを持ったり、クラウドを借りたりすることが可能ですが、それができる大学というのは、予算面や、情報スキルのある人材の面から非常に限られます。中小規模の大学になると、自分でストレージを持つことができない場合が多いので、そうした部分をカバーするため、NIIが標準的なストレージサービスを用意し、そこにデータを置けるようにしたわけです。これはまったく新しいサービスになります。

山田  ストレージを使いたいというニーズが相当あったわけですね。

合田  スパコンを持っているような大学はかなりのことが自前でできるのでいいのですが、SINETでつながっている機関は全国に1000弱ぐらいもあり、そのうちスパコンを持てるような技術がある大学は少ない。ほとんどは設備も人材も持っていないので、NIIが大学共同利用機関として、きちんとサポートしていこうという考え方です。

研究データを管理・共有することで新たな研究へ

山田  新しいストレージサービスを使って、どんな研究を期待していますか。

合田  研究の内容はさまざまでしょうが、まずは、研究した後のデータの管理や、データの共有に役立ちたい。「研究データを研究室のPCに置いておいたら、いつの間にか消えてしまった」などということを防ぐとか、さらには、研究データも最近は機微な情報を含むものもありますので、きちんとアクセスを制限するなど、しっかり管理しながら進める必要があります。研究データをきちっと管理できる文化というか、研究体制をつくるのが目的ですね。
 次に、研究データをきちんと管理できるようになったら、今度はこれまでのデータを利用して新しい研究をしようという動きが、ほかの研究者を含めて出てくるので、データを使った研究が飛躍的に広がっていくのではないかと思います。
 ですから、データ管理とその利活用という、2つのことを狙っているのが柏分館です。こういう共通のインフラをつくるのがNIIの仕事でもあります。

山田  データを活用した新しい研究というと、具体的にはどういうものがイメージできますか。

合田  私が別のプロジェクトで経験した例を紹介すると、例えば医療ビッグデータがあります。NIIの「医療ビックデータ研究センター(Research Center for Medical Bigdata, RCMB)」は、国内の6つの医療系分野の学会と連携し、全国の病院から集めた画像データをAIで解析するためのクラウド基盤をつくりました。データを集める医師や、データを解析するAIや画像解析の専門家らが、同じ基盤を使って研究をするというプロジェクトです。
 ここでは、30ぐらい共同研究テーマが立ち上がり、大きな学際的コミュニティができました。データが集まってくると、それを提供する人、分析する人も集まって、いろいろなアイデアや研究課題が出てきます。1つの共通基盤があったからこそできた学際的研究の良い例だと思います。同じようなことが柏でも起こることを期待しています。

山田  NIIが「こういう研究をやってくれ」と言うより、いい舞台を用意すれば、自然に面白い研究が生まれてくるわけですね。

合田  いえいえ、そう甘くはなくて、「設備を用意したから後はよろしく」ではうまくいかないと思います。やはりNII自身がコミットするというか、共同研究に入り込んで一緒に考えていかないと、箱ができただけで終わってしまう。医療ビッグデータの例にしても、NIIに医師はいなくても画像処理やAIの専門家はたくさんいるので、我々の側がハブになるという意気込みで臨んでいました。「基盤を用意したのでどうぞ」ではなくて、他分野のことも勉強しながら、共通基盤の上で人と人を結びつけるような努力が必要です。

山田  NIIも一緒に舞台をつくり、他分野の方たちとともに演じなければ成果にはつながらないのですね。

NIIがハブとなり研究のマッチングに貢献したい

山田  柏分館では、NIIが支援したり調整したりする体制はありますか。

合田  それをつくらなければいけないと思っています。柏分館が動き出したのは今春で、まだそこまでいっていません。実際にデータを集めたい人は、計算機の専門家ではあまりせん。「私はこんなデータを持っています」という人と「私はこんな解析をしたい」という人をうまくマッチングする仕組みをつくらなければいけないと考えています。そういったプロジェクトを探し、「こんなデータがありますけど、こんな研究はどうですか」という感じでこちらからアプローチしながら研究を進める形をとっていかなければいけないでしょう。

山田  NIIがアプローチして発掘するぐらいでないといけないわけですね。例えば、モバイル端末を使って、いままでにないデータを集めたいといった要望はあるのでしょうか。

合田  それはいろいろあります。自動車や人の移動情報などのほか、農業系では、放牧している牛の情報を集めています。医療系では、人の生体情報を集めて解析する動きもあります。
 共通の基盤があれば、そこをベースにさまざまな新しい共同研究や連携が始まると思うので、NIIはそういった部分のハブになりたいと思っています。柏分館では同じ建物内のしかも同じフ ロアに東京大学の情報基盤センターがあることが強みです。そこにはmdxというデータ活用社会創成プラットフォームがあり、全国の大学や研究機関とSINETで高速接続しているので、ネットワーク的にもハブになります。柏を経由して、さまざまな研究が生まれるのではないかと期待しています。

山田  今後、ボトルネックになりそうな弱点や、心配な点などありますか。

合田  先ほどお話ししたように、機械を置いただけではダメで、人がいろいろとサポートしなければいけません。学際的な支援・調整ができる人材というのは限られますので、いかにそうした人材を育て、集めていくかが課題でしょう。
 計算機のインフラ構築から、他分野の研究者との共同研究まで、幅広くこなせる人材は少ないものです。学術の世界では研究論文がどれだけあるかというのが評価の中心になりがちですが、データインフラをつくり維持する仕事からは、どうしても論文の数は出ません。そういう人の能力をきちんと評価し、アカデミアで正当なポジションを与えることも大切だと思います。
 柏分館の成功は、人がどれくらい出入りするかというより、ここを介して研究データの利活用がどれだけ進むかという点にかかっています。研究者から、計算機の設備が足りないという声が聞こえるくらい活用されるとうれしく思います。

(写真=盛 孝大)

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インタビュアーからのひとこと

 データの利活用が研究力を左右するようになるというのは、材料科学や生命科学に限った話ではなく、いずれ人文・社会科学でもビッグデータを使った思いがけない調査手法や研究成果が登場するのではないだろうか。日本は、行政手続きや企業活動の面ではデジタル化の遅れが指摘されているが、幸い、学術面ではまだそうした状態ではないらしい。柏分館が中心になり、新時代のデータ駆動研究をリードしてもらいたい。

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