Dec. 2020No.90

NII20年の軌跡とこれから国立情報学研究所 20周年記念特別号

Essay

似ている 似ていない

Yoichiro Murakami

東京大学名誉教授
国際基督教大学名誉教授

 情報学への入り口というと、学生時代、N.ウィーナーを読み、北川敏男先生に情報理論の手ほどきをして頂き、ヤグロムの『情報理論入門』(みすず書房)を貪るように読んだころ、計算機はまだ「トラちゃん」(タイガー手回し計算機)で、高橋秀俊先生の研究室の天才、後藤英一さんが稀代の発明をした噂が流れてきた、という時代であった。

 そのころ、もう一人、天才的物理学者の知遇を得た。渡邊慧(さとし)先生である。フランス在留中はド・ブローイ、ドイツではハイゼンベルク、量子力学創成期の二大巨頭に教えを受けたが、アメリカへ渡った慧先生の関心は、それ以上に広く、物理理論と人間の認識とを、独自の数学と情報理論で結びつける、という仕事を自らに課した、一種知の巨人である。

 その慧先生に、「醜いアヒルの仔の定理」という奇妙な呼び名の定理がある。土台になる数学は束論、当然集合論、数理論理などとも絡み合う領域である。この「ワタナベの定理」は、現実の世界と結びつけられると、一見奇妙な色合いを帯びる。実世界での解釈は、世にあるすべての二つのものは、どれも同じだけ「似ている」とも(似ていない)とも言える、というのである。伊東ユミさんとエミさん *とが似ているのと同じだけ、箒と太陽も似ている、というのだから、常識外れの結果である。

 しかし、束論を土台にして、証明の経路を辿ってみると、誤りはない。その中では述語―対象表という道具が使われる。対象Oを縦軸、述語Pを横軸にとり、対象Onが、述語Pmを満たしていれば<1>を、満たしていなければ<0>を与える。すると<O,P>に関して<1,0>のマトリックスが出来上がる。当然<1,0>を共有する述語が多い二つの対象が「似ている」ことになろう。ところが、対象Oに関して、束論の必要・充分なすべての操作を加えたものに「対称軸」を拡張すると、そのマトリックスでは、すべての対象が、同じだけの<1,0>を共有するという結果が生じるのだ!

 そこで、個々の対象に独自の、述語に関する「重み付け関数」が導入される。これは確率関数と同じで、<0~1>の間の数値をもち、その総和は<1>である。その関数を全ての述語に当て嵌(は)める。数多くの述語Pmは<0>しか与えられないので、計算のなかから消えていく。この操作で、我々は常識の世界に戻ることができるのである。

 この定理の持つ認識論上の意味合いが、実はかなり面白いのだが、読者もひとつ考えてみて下さいませんか。


 双子の歌手「ザ・ピーナッツ」として1960年代を中心に活動

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