Jun. 2018No.80

ITによる新しい医療支援Ⅱデジタル革命がひらく医療の未来

Essay

イノベーションについて考える

Mitsuru Ishizuka

国立情報学研究所 特任教授/ コグニティブ・イノベーションセンター長

 近年、社会を動かす原動力として「イノベーション」が必要であるという考えから、国をはじめ大学や企業の部門名によく取り入れられるようになってきました。昨今、特にその数が増えてきており、変革の時代の中で大きな期待が寄せられています。他人事ではなく、私も2016年2月に日本IBMの資金提供により設立された「コグニティブ・イノベーションセンター(CIC)」のセンター長を務めています。

 日本では産業技術総合研究所や理化学研究所にAI研究センターが設立されており、研究者数では太刀打ちできないことから、同センターでは、日本IBMの協力を得て企業を巻き込んで実課題にチャレンジすることで、日本企業にコグニティブやAIの面でイノベーションをもたらそうという方針を採ってきました。そういった意味でイノベーションという用語をセンター名につけたのですが、その際は深く考えた訳ではありませんでした。

 研究には有用性もありますが新規性が重要で、論文の採録もそのような基準で評価されます。これはインベンション(発明)ではありますが、これだけではイノベーション(革新)とは距離があります。イノベーションは社会、人の生活、産業に変革をもたらすような時に用いられ、社会的影響も大です。インベンションがイノベーションにつながるケースは最も幸せですが、そういったケースが稀なのも事実です。イノベーションは、実世界の課題(近い将来の課題も含めて)にチャレンジし、解決法を得るところから創出されることが多いからでしょう。

 ここで難しいのは、イノベーションには必ずしも技術的な新規性は必要な要件ではなく、そのチャレンジには研究とは様態の異なる仕事が多いことです。私は長く大学で研究をしてきたので、イノベーション指向の仕事は慣れないことが多く、苦労もあります。一人が指向性の異なる二つの仕事をするのは至難のことで、中途半端になり、インパクトが薄いものになることに気をつける必要があるでしょう。もっとも、技術的新規性をめざすインベンション指向も(別人によってイノベーションに使用されることもあるので)価値があり、決して否定的に述べている訳ではありません。ただ、両者は違う方向性を持つという認識を述べている次第です。一人で両者を指向するのは至難とすると、チームワークでチャレンジするのが戦略となるでしょう。

 ところで今日、イノベーションと言うと、クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』を思い浮かべますが、このイノベーションの概念を辿ると、経済学者ヨーゼフ・シュンペーターに立ち至ります。シュンペーターが、イノベーションを資本主義経済を動かす基本的で最重要な機能と位置づけ、イノベーションを「新結合」とも呼んだのは、今日でも何か示唆的です。20世紀の大経済学者ケインズは、シュンペーターとは同年の1883年生まれで、ライバルでした。長く主流であったケインズ経済学が静的状態を扱う経済学であったのに対し、シュンペーターの営みは動的経済学と言うことができます。昨今の変化の時代においては、シュンペーターの提唱したイノベーションの考え方、意義について再考するのも良いかと思います。

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