Jun. 2018No.80

ITによる新しい医療支援Ⅱデジタル革命がひらく医療の未来

NII Today 第80号

Interview

医療のデジタル革命がもたらすもの

診断のスクリーニングや診断支援にITを活かす

国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)は「医療のデジタル革命」の旗印の下、情報技術の活用を通じて医療の現場を変え、医療サービスの質の向上をめざしている。国立情報学研究所(NII)はこの試みに参画し「医療ビッグデータ研究センター」を新設した。
末松誠AMED理事長と喜連川優NII所長に「デジタル革命」の背景や狙いなどを聞いた。

喜連川 優

Masaru KIitsuregawa

国立情報学研究所 所長

末松 誠

Makoto Suematsu

1983年慶應義塾大学医学部を卒業、慶應義塾大学医学部内科学助手を経て、1991年カリフォルニア大学サンディエゴ校応用生体工学部に留学。
2001年慶應義塾大学医学部医化学教室教授、2007年より2015年3月まで医学部長。
2015年4月より日本医療研究開発機構理事長。

滝 順一

聞き手Jun-ichi Taki

日本経済新聞社 編集局編集委員
1956年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、日本経済新聞社に入り地方支局や企業取材を経て、1980年代半ばから科学技術や環境分野を担当してきた。 著書に『エコうまに乗れ!』(小学館)、共著に『感染症列島』(日本経済新聞社)など。

 AMEDは、医療分野での最先端の研究成果を1分1秒でも早く臨床現場で使えるようにすることを最大の使命としています。まず末松理事長に、AMEDが進める「医療のデジタル革命の実現」についてうかがいます。いくつかの個別の事業を束ねて「デジタル革命の実現」をうたっているのだと思いますが、その背景と狙いについて教えてください。

末松 情報技術(IT)や人工知能(AI)などを医療現場で活かし、国民に提供する医療の質を上げることが大きな狙いです。わかりやすい例を一つ説明します。NIIと協力していちばん力こぶを入れているプロジェクトは、私たちが内部で「画像四兄弟」と呼んでいるもので、医療画像のビッグデータを活用する基盤づくりをめざしています。「四兄弟」と称するのは、日本消化器内視鏡学会、日本病理学会、日本医学放射線学会、日本眼科学会の4学会と全面的に協力して進めているからです。

 端的に言って医療現場の労働環境には厳しいものがあり、医師や医療スタッフは非常に多忙です。一方で患者さんは診断を早く正確に行ってもらい、最適な治療を選びたいと希望しています。画像に基づく診断をより迅速に正確にし、医師や医療スタッフの負担を減らすために何ができるのか。医療画像ビッグデータの活用が一つの道だと考えています。

 学会の協力を得て、超音波やX線の断層撮影、MRI(磁気共鳴画像装置)の画像などたくさんの画像を集めます。AIの技術を使って、写っている画像がどの臓器のどの部位で、例えばそれが胆のうなら、そこに見えるものが何年か経過観察すればよいようなポリープなのか、そうではないのかを自動的に認識します。放射線診断などを担う医師は猛烈に忙しいのでAIでできる判断をAIに任せれば、医師はもっと難しい診断に集中できる。これは間違いなく患者さんのベネフィットにもなります。

マルチモダリティでより正確な診断を

 医療以外の分野でも盛んに言われることですが、専門家の仕事はAIによって置き換えられていくのでしょうか。

末松 私は置き換わるとは思っていません。そうではなく、機械がやったほうが早くて正確な作業もあれば、さまざまな暗黙知や経験を備えた医師がやるのが望ましい微妙な診断もある。たくさんの画像から慎重な判断が必要だとみられるものを探すスクリーニングをAIでできるかどうかという段階です。ゲノム医療が始まり分子標的薬が登場したとはいえ、まだすべてのがんに対し画期的な治療法があるわけではない。画像による早期発見、早期診断は重要です。

 スクリーニングなら今の技術で実現可能だとみているのですね。

末松 最初は一見、良性と言われた膵臓ののう胞が、何年かたって悪性になった事実が病理の研究でわかってくる。こうした記録の蓄積を活かして、最初にどんな特徴ののう胞だったら注意が必要なのか、ディープラーニングによって初期診断の段階で将来はこうなると予想できる可能性があります。

 それには多数の患者さんの画像データを時系列で収集する必要がありますね。

末松 もう一つ、モダリティ(医用画像診断機器)も重要です。超音波ではこう写っているが、X線CTではこう見えたと、一人の患者さんについて複数のモダリティで情報が積み上がっていくことが大切です。私は勝手に名前をつけて「バイオマーカー・シグニチャー」と呼んでいますが、例えるなら、私の名前の「MAKOTO」のMやAだけ見て診断するのではなく、文字の配列全体で病態を確実に認識するようなことをやりたい。つなぎ役がいないと、学会ごとに独自のフォーマットで情報を積み上げ、それぞれ診断用AIを開発することになりかねません。超音波は超音波、病理は病理でと学会によって課題が違うので、それぞれが課題解決のために取り組むとそうなる。しかし、患者さんの目から見れば、何年か後に医療マイナンバーが実現したあかつきには、異なるモダリティを組み合わせて確実に診断して欲しいと思うでしょう。その時に「さあインテグレートしましょう」と言ってもうまくいくのかどうか。

 きっと、うまくいかないでしょう。

末松 わかりません。しかし、インテグレートがいずれ必要なら、初めからお互いに何がやりたいのか了解した上で、共通のプラットフォームをつくったほうがよい。そこをNIIの知恵を借りてうまくできないかということで、このプロジェクトが始まりました。

 もう一言だけ言わせていただくと、総合病院にある超音波やCTの読影情報をAIに学習させれば診断はできると思いがちですが、そう簡単なことではありません。例えば、これは結核で、こちらはそうではないと白黒をつけられるものばかりではなく、結核ではないが、正常ではないかもしれないグレーゾーンがたくさん存在します。こうしたノウハウ、あるいは医師の暗黙知をどう機械に学習させるか。グレーゾーンのディープラーニングをどうするのか。臨床側からも、やり方がわからないとの声を聞いています。

医工のイコールフッティングを実現

 難しい問題ですね。喜連川所長、医療のデジタル化のプロジェクトをNIIとしてはどう捉えていますか。

喜連川 ITそのものを研究する時代から、今はITでどうやって社会を変革できるかを研究する時代になった。Of ITからBy ITへの大きなシフトがあります。実際の応用を真摯に見すえることを通じて、IT屋が真剣に解決しなくてはならない新しい課題が生まれてくる。2016年に京都賞を受賞された米カーネギーメロン大学の金出武雄教授は、自動走行という概念すらなかった時代に米国の東海岸から西海岸に自動走行で車を走らせました。将来、必ず必要となる自動運転に挑戦することで、そこからIT屋が解くべき問題をきっちり整理し、それに挑戦されたのです。

 今、臨床現場には膨大なデータが存在します。これを死蔵するのではなく積極的に活用して、現場で医師の方々が困っている課題が解けるのか。そこに挑戦しようというのがこのプロジェクトです。ITの研究者も大きな意欲を持って参加しています。これまで医工連携というと、医が上位にあって、工は医のために働くといった実情がなくはなかった。しかし、このプロジェクトは完全な医工のイコールフッティング(同等の条件)です。医師の目とほぼ同等の水準でものを見るITが実現し、ITの側も対等にものを言う時代になりました。

 末松理事長への質問と同じ問いです。AIで専門家の置き換えはできると思いますか。

喜連川 末松理事長がすでに問題をクリアに分割されましたが、いくつかの類型に分けられると思います。まず明らかに正常な場合と明らかに疾患があるケースは、医師にとってもITにとっても認識は簡単です。ところがグレーの部分は微妙な問題がたくさんある。専門医もわかっていて正常と判断しているのか、病変を見落として正常と言っているのかわからない。

 実際にプロジェクトの中で、医師が正常と判定されていた画像について、ITは正常でないと判定する事例が出ました。「申し訳ありません。我々の技術のレベルがまだ未熟で」と申し上げると、専門医が画像をじっと見つめられたあと、「ちょっと待ってください。ひょっとすると我々の見方が不十分だったかもしれません」とおっしゃる。ここから僕たちは友達になれました。専門医にとっても微妙な判断になるところで、ITが「これは丁寧に見たほうがいい」とアドバイスができた。その瞬間に、AIが職を奪うというようなことではなく、人間と機械が一緒に働く価値があるとして、協調の世界に入っていくことができました。

末松 それは医師とIT研究者の間にトラストが成立した瞬間ですね。お互いに認め合うのがトラストです。トラストが成立しないところでは人は情報を囲い込む。医療のデジタル化で大いに期待しているのは、医療現場で働く人たちがテクノロジーを介して、職種や組織を超えてトラストを成立させ情報の共有が進むことです。

研究者の「サイロ」が課題

喜連川 もう一つの類型はがんが転移した場合を考えてください。がんが異なる臓器に転移した場合、臓器ごとの専門医が専門外の臓器を診ることがあります。その読影力は自分の専門とする臓器を診る場合より若干落ちるでしょう。AIのほうがその先生より少し上の成績を出せると期待できます。つまりAIは医師を助けられそうです。

 また、例えば最近のCTは数秒のうちに膨大なデータを生み出します。それをだれが見るのか。計測技術のほうが人間の能力よりはるかに進んでいる。実はこれは医学だけではなく他の分野でも同じですが、計測機器に画像を見る機能をつけないといけない。計測だけであとは人間にお任せという時代はもはや終わったのです。このように、いろいろな形で医師とITが共存すると考えられます。

 画像プロジェクトは、すでに人間と機械の判断を比較しあう段階まできているのですか。

喜連川 各学会から提供された画像データを収めるクラウドは2017年11月にオープンし、それから解析が正式にスタートしました。まだ始まったばかりです。データを扱うエコシステムが樹立されたので、これからにご期待ください。

 時系列にマルチモダリティのデータを扱えるプラットフォームができてきたということですか。

喜連川 そこはIT本流の研究者がお手伝いできる一番コアな部分です。NIIとしてこのプロジェクトをやりたいと思ったのは、ITの総合力が試されるからです。病院にデータがあって学会でそれを匿名化してNIIのクラウドサーバーに送る。一連の作業には通信技術も入るし、セキュリティ技術もクラウド技術も必要になる。だれもがアクセスしてディープラーニングのアプリを実行できるプラットフォームをつくらねばならない。ソフトウエア工学が必須です。まさにITの総合力が求められます。

 ディープラーニングの研究者は、ともすれば「ここにデータを置いてくれたらちゃんと解析します。ただし、データをきれいに整理するのはお願いします」という姿勢になりがちです。実は解析は全体の仕事量の10%にも満たない。データを整えるのが大変で、一般に90%以上の労力がかかると言われています。そこに目をつぶっていては、エコシステムはできない。ITの総合力の勝負であり、NIIはエコシステムに必要な多様なIT研究者を擁しています。

 実際に臨床現場で使えるようになるのはいつごろですか。

喜連川 そこは少し微妙で複雑な事情があって、言いづらいところです。というのも、放射線や超音波は診断の方法論ですが、一方で病院には消化器の病気とかがんとか疾病領域ごとに専門の医師がおられます。方法論が専門の先生と疾病領域ごとの医師の方々との間でダイレクトにつながらない場合も多々あります。末松理事長にお願いして、疾病領域の専門の先生と計測の方法論の先生とを一緒にした一つのコミュニティーとしてお付き合いできるよう、考えていただいています。

 また、病院によって違うのでしょうが、例えばX線画像はだれのものなのか。もちろん患者さんのものなのですが、データは放射線診断の部門が持っているのか、臓器ごとの診療科が持っているのか、わかりにくいのも実情です。

末松 そこは非常に微妙ですが、避けて通れない課題です。病院のIT空間を考えると、電子カルテは病院長、あるいはその委嘱を受けたチーフインフォメーションオフィサー(CIO、最高情報責任者)が管理していると思います。ところが、患者さんからインフォームド・コンセントをいただいて撮った画像データを研究のために使う大学病院などでは、教室ごとに「サイロ」があって、自分たちの研究に必要な情報は研究室という「缶詰」に入っている。AMEDがやらねばならないのは、中核的な拠点病院において画像情報の共有・活用のコンセンサスを黒子になって調整していくことです。

 その点で、四つの学会を選んだのはなぜですか。

末松 横断的な横串を刺せる学会だからです。また、超音波で見たら気になるものが見えたのでCTを撮りましょう、生検をしましょうと、患者さんが経験する検査の流れでもある。これらが組んでデータを共有することが大事だと考えました。

また、眼科は他の三つの学会とは違い、一人の患者さんについて非侵襲で複数のモダリティでデジタルデータがすでにとられている。デジタル化の点では有望な領域です。先行する3学会は平成27年度からスタートし、眼科は29年度の発足で四男坊ですが期待は大きい。

 これからも増えるのですか。

末松 今年度から日本皮膚科学会と日本超音波医学会が参加します。予算がもっと増えるとよいのですが。

病院にもっとデータのプロを

 資金提供などで、民間の力の活用は考えられませんか。

末松 お金を出すということではなく、自分たちもやりたいと考える民間企業などを結集できる枠組みをつくることが大事です。大きな波にしたい。これまでに集めたデータで成功例を築き、あちらでもこちらでもやるぞという機運が出てくればしめたものです。

喜連川 みんなでデータを共有し、患者さんのためのベネフィットを生み出すための最初のステップ、できることを検証する段階では国立のニュートラルな研究機関が果たす役割は大きいでしょう。この試みで一定の成果が出た後にどのように開発した技術を民間企業に展開していくのか、学会をはじめ、病院組織、医師の方々、患者さんに違和感のない姿をどうつくっていくのか、それを協議する場を持つことについてもAMEDにお願いしています。

 簡単ではありませんが、これほどデータを持っている国は世界でも日本しかなく、私たちが自分自身で解かねばならない課題だと思います。

 NIIが2017年11月に設立した「医療ビッグデータ研究センター」が、プラットフォームをつくる役割を担っているのですね。

喜連川 プラットフォームの専門家も、医療画像解析の専門家もそこに入ってもらっています。これまでのNIIのセンターと違って、東京大学、名古屋大学、九州大学などからどんどん来てもらっている。原則としてオールジャパンの取り組みです。

 センターの一員になることで、集めたデータを見ることができます。これだけの膨大な画像を見る機会は他にはないでしょう。企業で医療機器を担当してきた人が、「夢のようだ」と言って会社を辞めて入ってきた例もあります。「四兄弟の串に私も刺してくれ」という医学分野も増えています。串だんごが長くなりそうです。

 医療の現場を変えるというだけではなく、日本の社会のあり方を変える動きにもつながっているように感じます。

末松 AMEDの仕事は医療ですが、データをうまく使い社会に役立てる人が病院にもっと入らないといけないと考えています。英国は、バイオメディカルリサーチセンターを国内30カ所に設け、10年かけて人材育成を進めました。データのプロが病院で働き、人間のデータをもとにどういう基礎研究に取り組むのがよいのかを考える「リバースTR(トランスレーショナル・リサーチ)」をやっています。

 日本では、個々の疾病を扱う研究には資金を投じるのですが、人材育成にはあまり出してこなかったと思います。画像プロジェクトと並行して、病院の人材構成の変革をしなければいけないと考えています。

喜連川 その際、データサイエンティストとともにデータエンジニアの重要性も認識しておく必要があるでしょう。そして、特に社会に成果を還元するという意味では、後者の工学の分野が重要になる。なぜなら、データを集め、整え、活用できるように創意工夫することで初めて、データに価値を生み出すことができるからです。

 なお、我々は医学のみならず非常に多くの分野から同様の依頼を受けています。一例として、農業では遺伝子と環境因子の掛け合わせから多様なフェノタイプ(表現型)を生んできた。今はこの関数を逆解析しましょうという方向があります。リンゴの新種開発に30年かけるという時代ではありません。すべての科学と産業がデータに基づく発想にシフトしているのです。このことに早く気づいて、そこに重点投資をした分野はグローバルにみてどんどん強くなっている。これは国家全体の課題でしょう。

インタビュアーからのひとこと

編集部からは「鼎談」を求められたが、見識豊かで話し上手のお二人に対抗できるはずもなく、モデレートの役割を担う結果になった。短時間だったが、示唆に富む話が多く、紙幅の制約で本編に盛り込めなかった話題をここで補いたい。

データを扱うプロフェッショナルの話である。喜連川所長が、画像内の腫瘍と考えられる部分を四角で囲う"アノテーション"を担う人材の重要性に触れられた。「彼らの貢献を評価しないとエコシステムが回らない」と、論文にはアノテーションを担った人たちの名前を何百人であろうと載せると語られた。末松理事長も、「4月からAMEDのすべての公募案件でデータマネジメントポリシーを書いてもらい、データを扱う研究者がどんな貢献をしているのかがわかるようにした」と述べられた。ビッグデータが医療や世の中を変えていく流れを実感するやりとりだったように思う。

医療の歴史は長く、医師の五感を通じた診断、優れた手技による治療、温かいコミュニケーションが常に求められてきた。このアナログの世界のデジタル化に抵抗がないはずがない。ただここでも触れられているように、「置き換え」ではなく、より質の高いサービスのために「変革」が求められている。

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