2020特別号

コロナ禍後の社会変化を見据えた新しい情報学キーパーソンとの対話

NII Today 特別号

Interview

Widening distance のコロナ時代にClosing the distance が創る新しい世界

New normal with LINE

3密を避け、人と人との間に物理的な距離が求められる新型コロナ禍の下、人々のコミュニケーションのあり方は必然的に変わらざるを得ない。そうしたなか、コミュニケーションアプリ「LINE」の利用率が高まっている。”CLOSING THE DISTANCE”を社是に掲げるLINE株式会社の現在の取り組みを踏まえながら、今後どのようなコミュニケーションがニューノーマルとして定着していくのだろうか。LINE社の出澤剛社長とNIIの喜連川優所長に対談で展望していただいた。

出澤 剛

Takeshi Idezawa

LINE株式会社 代表取締役社長 CEO
1996年早稲田大学を卒業、朝日生命保険会社に入社し、営業に従事。2002年に株式会社オン・ザ・エッヂへ入社し、主にモバイル事業の立ち上げを担当し、2003年12月には執行役員副社長に就任。2007年4月に新事業会社となる株式会社ライブドアの代表取締役社長に就任、同社の経営再建を果たす。2012年1月、NHN Japan株式会社取締役に就任。その後、2013年4月のNHN Japan株式会社の商号変更に伴い、LINE株式会社取締役に就任。広告事業を統括した後、2014年1月に取締役COOに、同年4月には代表取締役COOに就任。2015年4月より代表取締役社長CEOに就任。現職。

喜連川 優

Masaru Kitsuregawa

国立情報学研究所 所長

震災をきっかけに誕生したLINE

喜連川 LINEは、東日本大震災の直後、電話が通じない不便さを解消しようと、すぐにLINEチャットの開発に着手され、ほぼ3カ月後には最初のバージョンを発表されたと聞いています。災害時にもかかわらず、たいへん素早い動きをされました。ショートメッセージの重要な役割を認識して開発されただけでなく、その後、きわめて日本らしい「スタンプ」という感情表現のファンクションを導入されました。これが圧倒的な人気を博したことで、日本をはじめ海外でも広く使われるようになったと理解しています。

そしていま、私たちはふたたび、国難とも言うべき事態に直面しています。新型コロナの感染拡大を防ぐために、人と人との距離を空けなければならない状況にあるわけですが、社是として"CLOSING THE DISTANCE"を掲げる企業として、「親しい距離感」をいかに実現していくのか、お伺いできればと思います。

出澤 ご紹介いただいたように、LINE誕生のきっかけは3.11にあります。その頃、我々はゲームや検索サービスで行き詰まっていて、背水の陣で次の一手を考えていました。当時はガラケーの時代でしたが、スマートフォンが次の大きな波だということは感じており、「スマートフォン×コミュニケーション」という文脈で何かやりたいと議論を重ねていたところです。

3.11直後は、東京でもコミュニケーションがうまく取れませんでした。小さいながら福島にもオフィスがあったので、そこで状況を憂慮しながらも、何かできることはないかと模索していました。そのなかで我々が痛感したのは、携帯電話回線が死んでしまうと、親しい人と一対一でコミュニケーションを取る手段が失われてしまうということです。これが一番痛烈に感じた原体験であり、そこをなんとかインターネットの力で改善し、人々の役に立てないか、というのがLINE開発のきっかけになりました。当時、インターネットのサービスでは、とくにTwitterが活用されていました。しかし、同時にフェイク情報が発信されることもあったので、よりよいコミュニケーションツールを探ったのです。

社員一同が志をもって取り組み、実質、2011年の4月後半から開発を始めて、6月23日に最初のバージョンをリリースしました。その半年後にはLINE特有のスタンプ機能も加えて、グローバルでも拡大を進めていきました。現在は、日本、タイ、台湾のアジア諸国でナンバー1のメッセンジャーになっており、世界の月間ユーザーは約2億人に上ります。

大きな環境変化に対応した新しい機能

出澤 LINEは今年で10年目を迎えますが、コロナ禍において、LINE始まって以来の大きな環境の変化、ユーザーの使い方の変化が起きています。具体的には、コミュニケーション量が増え、とくにグループトーク、グループ通話、ビデオチャットが大幅に伸びています。スタンプの送信数も増えています。2月と3月の比較でも顕著ですが、その後はさらに伸びています。とくに特徴的なのは、10代のユーザーの活用が顕著に上がっていることです。休校の影響などもあって、皆さん友達と連絡を取り合っているようです(図1)(図2)。

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図1

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図2

そのなかで、我々はいままさに、皆さんがお困りのことに応えたいと考え、新しい機能を追加しています。たとえば、会議ツールの画面の共有機能のほか、YouTubeなどの動画をグループで視聴できる環境の提供など、ビジネスユースだけではなく、普段の日常のコミュニケーションをちょっとリッチにするようなこともやっています。 そのほかの主な取り組みには、次のようなものがあります。

・パーソナルサポートアカウントの提供

地方自治体に提供しているサービスで、都道府県と住民をつなぐコミュニケーションツールです。体調に関する質問の回答を取りまとめ、国・厚生労働省と連携していくコミュニケーションハブとしての機能も提供しています。コロナの状況が深刻になってから、急ピッチで開発しました(図3)。

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図3

・新型コロナウイルス対策のための全国調査

厚生労働省の新型コロナ対策のための全国調査を、LINEの全ユーザー8300万人に向けて、全4回実施しました。1800万件くらいの回答があり、おそらく日本のオンライン調査では最大規模になると思います。リアルな情報提供ですので、施策立案に役立てていただいています。

・ダイヤモンドプリンセス号への支援

2月にダイヤモンドプリンセス号でコロナの集団感染が発生しました。そこで、船内の方々にLINEや簡単なアプリケーションをインストールしたスマートフォンを提供し、通信環境の構築をサポートしました(図4)。

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図4

・LINEヘルスケアの無償提供

病院に行きたいが、感染が心配で躊躇してしまうという声に応えて、「LINEヘルスケア」サービスの無償提供も始めました。現在は簡単なカウンセリングや相談での対応ですが、今後、オンライン診療に関して積極的な規制緩和がなされることを踏まえて、具体的な診療の提供も検討しています。

・LINEを通じた学生支援緊急給付金の申請

文部科学省が実施する学生支援緊急給付金を、LINEの公式アカウントから申請することができます。そのほかの支援給付金の申請に関しても、LINEでできるようにしていきたいと思っています。いずれはLINE Payを通じて、支払いまで一貫してできればと考えていますが、現状ではまだそこまで至っていません。

コロナ禍の時代におけるLINEの役割

喜連川 スケールの大きな課題に機動的に取り組まれており、たいへん素晴らしいと思います。3.11とは違う、コロナ禍におけるLINEの役割をどう考えていらっしゃいますか。

出澤 グループトークにおけるテキスト・スタンプ・画像送信数が約30%増、LINEグループ通話利用回数が約60%増というデータから、これまでの face to face のコミュニケーションがオンラインに移ってきていると実感しています。 一過性で戻る部分もあるでしょうが、戻らない部分もかなりあるのではないかと考えています。ビジネスにおいては、大部分のミーティングや出張は、コロナ後もオンライン化されていくと思います。我々は、とくにプライベートなコミュニケーションのオンライン化に関して、かなりの部分をサポートできるのではないかと考えて、いろいろな機能を開発しているところです。

喜連川 エンドユーザー間での会話がLINEベースで増えたということですが、ビジネスでの利用も増えたのでしょうか。

出澤 ビジネスで顕著なのは、デリバリーや出前を始めた飲食店などが、お客様とのコミュニケーション手段として活用している事例です。行政手続きなどでも、これまでのウェブサイトよりもLINEのほうがわかりやすいということで、自治体での活用が進んでいるところもあります。

喜連川 3密回避という点からも、LINEの役割がいっそう強くなっているのではないでしょうか?

出澤 そうですね。社会的にはテレワークの実施や押印の省略など、これまでなかなかできなかったことが、このコロナ禍で一気に、なかば強制的に変わらざるを得なくなったと思います。コミュニケーションの面においても、LINEのビデオチャットやオンライン飲み会などを通じて、認知度が一気に上がりました。今後は、それが定着していくフェーズになるでしょう。

我々としては、奇をてらって新しいことをするよりも、通信の安定性や使いやすい機能の追加など、LINEの基本であるコミュニケーションの部分をしっかりやっていきたいと思っています。

喜連川 皆が活用できる大きなプラットフォームになり、社会的な責任が非常に大きくなったことから、まずはレジリエントであることが求められるようになった、というわけですね。創設時のLINEとは、だいぶ立ち位置が違ってきたところではないかなと思います。

サイバー空間に新しいコミュニケーションの醸成の場を

喜連川 現在、大学ではコミュニケーションのほとんどがオンラインになっています。すでに友人関係が構築できている学生にとっては、オンラインでそれなりにコミュニケーションを取れることは周知されたと思うのですが、一方で困っているのが新入生ですね。

たとえば東京大学の場合、いろいろな地域から初めて上京する学生さんが多いわけです。入学式もなく、リアルに顔を合わせることができないなか、彼らが一番困っているのは、友達をつくれないことでしょう。

つまり、オンラインのコミュニケーションというのは、お互いに知り合った後か、知り合いをつくるフェーズかで、だいぶ感覚が違う気がするのですが、このあたりはどのようにお考えでしょうか。

出澤 その点に関しては、我々も新入社員を受け入れる際に、非常に課題を感じています。個人的にも、初めての方とZoomやLINEで人間関係を構築していくのはきわめてハードルが高いと感じています。

ただ中期的に見ると、初対面でもオンラインでコミュニケーションを取るのがデフォルトになっていくと思います。SNSやWeb会議システムを通じて出会い、関係を構築していくためのノウハウや作法が、これからできていくのではないでしょうか。オンラインゲームでは、旧来からずっとそこに滞在している人たちがいて、そこで出会い、友人になって結婚をしたという人もいます。マジョリティではないですが、先駆的な事例はあるわけです。

そのような若い人たちのコミュニケーションの受け皿として、新しいLINEのツールや、よりエンターテインメント性の強いゲーム、音楽サービスなどができつつあり、それらが人間関係の醸成の場になっていくのではないでしょうか。それは大学や学校でも同様で、今までにはないような関係性を構築するための受け皿が、サイバー空間にできてくると思っています。

喜連川 深層学習が確立される前の機械学習では、サポートベクターマシン(Support Vector Machine)という手法がよく用いられていました。この開発者であるロシア人のヴァプニク(Vladimir N. Vapnik)さんがある賞の授賞式で来日された際に祝辞を述べられたのが、ニューラルネットワークの基本原理の確立に尽力された甘利俊一先生です。当時ロシアはソ連邦でしたので自由に国外に出ることができず、お二人はそれまで一度も会ったことがなかったのですが、まるで長年の親友のように親しく話をされていたことが印象に残っています。

この様子を目の当たりにして、一度も直接会ったことがなかったとしても、このように親交を深めることができるのだと感じました。アカデミアの場では、解くべき共通の課題があるためです。これからのオンラインでも、何か共通のテーマがあれば、次世代の子どもたちのコミュニケーションの促進につながるのではないかと思います。

出澤 まさにおっしゃる通りです。すでにゲームは一つのフィールドとして確立されていますが、今後は学術領域をはじめ、言語や国際交流などに興味のある若い人を中心に、それぞれの分野で交流の場ができてくると思います。今後はよりいっそう、コミュニケーションを醸成する機能に目が向けられると思いますし、我々としても若者の将来に資するような場を、ぜひ考えていきたいと思っています。

喜連川 実はNIIは「発見と発明のデジタル博物館」というサイトを運営していて、日本の卓越した研究成果を広く紹介しています。非常に興味深いのは、今回のコロナ禍において、海外からのアクセスが驚異的に増えたことです。アメリカからのアクセスは約400%も増えたのです。

COVID-19の封じ込めに苦労している諸外国、とくにアメリカ(ニューヨーク)の混沌とした状況と比較して、日本が新型ウイルスにうまく対応していることに興味津々なのかもしれません。その背景に、文化の側面が色濃く影響を及ぼしているのではないかと考えて、アクセスしたのではないかと思った次第です。

このようにコミュニケーションの場は多様化しており、オンラインを活用しながら、それぞれの世界でつながることによって、新たな関係性が構築されていくのではないかと思います。

出澤 そうですね、漫画やゲームの場は活性化していて、海外ユーザーが非常に増加していますが、ゲームだけではなく、新たな場をつくっていきたい。コロナ禍での新しいコミュニケーションを醸成していくような場づくりを、LINEとしてやっていきたいと思っています。

喜連川 先ほど、ポストコロナの時代では、ディスタンスをとったフレームワークがデフォルトになっていくだろうとおっしゃっていましたが、私も同感です。NIIでは3月末から、ほぼ週に1回のペースでオンライン授業をテーマにサイバーシンポジウムを開催していて、LINE LIVEでも配信していますが、多いときは2000人を超える方に参加いただいています。また、その活動を通じて、学生たちに遠隔授業の感想を聞いたところ、「コロナが終息しても、オンライン授業を続けるべきだ」という意見が非常に多くありました。「大きな講義室で後ろに座ると黒板が見えにくいし、ときには隣の学生のキーボードの音で集中できない。遠隔授業のほうが圧倒的に集中できて効率がよい」と言っていました。

ポストコロナの時代には、根源的にコミュニケーションのスタイルが変わるのではないかと思うのですが、今後についてどのように考えておいででしょうか。

出澤 企業でもサービスでも、同じことが起こっています。多くの企業がwork from home の利便性、効率性を体感したことから、これがニューノーマルになっていくでしょう。とくにインターネット業界では、基本的には在宅をベースとして、オフィスでの勤務を組み合わせた働き方になっていくと思います。

当然ながら、オフィスのあり方、通勤のあり方、家庭での過ごし方など、すべての領域で変化が起きると思います。コロナ後に向けて、いろいろなことをガラッと変えなければいけないと思います。

新しい時代のコミュニケーションを担うスマートスピーカー

喜連川 現在、NIIはLINEのご支援をいただきながら共同研究を進めていますが、そのなかのトピックスの一つがスマートスピーカー「LINE Clova(クローバ)」です。コロナ禍において、長時間一人で過ごす寂しさやコミュニケーション不足により、認知症が進んでしまうことが問題になっています。そうした状況で今後は、LINE Clovaのようなスマートスピーカーやチャットボットが重要な役割を担うのではないかと思います。

出澤 まさにそうした課題に応えようと、私どもは 高齢者施設とも連携してLINE Clovaを展開しています。現在、若い世代も含めて、とくに一人暮らしの方が孤立した状況で、スマートスピーカーのように、より使いやすいインターフェースやデバイスを提供し、コミュニケーションの新しい姿をデザインしていくことが重要になります。

今後はさらに、NIIとも連携させていただき、AIを使って、より気持ちいい、より正解に近い答えを出せるように、中側のエンジン(頭脳の部分)も磨いていきたいですね。ニーズの高まりとともに学習データも増えていくので、これが今後のサービスのカギになるでしょう。

我々は今年、Yahoo!、Zホールディングスとの経営統合を計画していますが、新しいグループで手掛けていくのは、まさにこのような領域です。日本の社会課題に対してテクノロジーの力でアプローチできることはないか、そこが肝になってくると思います。

喜連川 これまで不登校だった子どもが、オンライン授業では積極的に発言するようになった例があり、学校の先生方は驚いているそうです。これはオンライン授業がデフォルトになること以上の大きなインパクトをもたらす事例で、新しい時代のコミュニケーションになると感じています。LINEの役割もますます大きくなりますね。今後とも、共同研究などでご一緒させていただければと思っています。本日はありがとうございました。

(構成・文=平塚裕子)

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