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ビッグデータ社会の課題にアルゴリズムと数理で挑む - NII Interview (66-1)

インターネットでの検索や購入履歴、スマートフォンの位置情報など、私たちの日々の暮らしは膨大なデータを生み出している。このビッグデータから社会を変革するような新しい価値を創出できるのか。アルゴリズムを研究するNIIの宇野毅明教授と、コンピュータ科学を理論面で支える離散数学が専門のNIIの河原林健一教授に、ビッグデータ時代の社会課題の解決にどのように挑むかを聞いた。
uno66-1.jpg宇野毅明
UNO Takeaki
国立情報学研究所 情報学プリンシプル研究系 教授 /
総合大学院大学 複合科学研究科 情報学専攻 教授

kawarabayashi66-1.jpg河原林健一
KAWARABAYASHI Ken-ichi
国立情報学研究所 情報学プリンシプル研究系 教授 /
総合大学院大学 複合科学研究科 情報学専攻 教授

滝田 爆発的に増え続けるデータは、もはやコンピュータの処理能力を超えていると言われます。データをすばやく解析し、意味ある情報を引き出すためには、どのようなアプローチが必要でしょうか。

宇野 まずはできるだけ計算回数を少なくする方法を考えます。アルゴリズムというのは、コンピュータに計算させる方法の設計図です。コンピュータのメモリを全部使ってしまうような膨大な計算をせずに、現実の問題に対して最適の解を導きたい。データの中で情報の乏しいノイズの部分を捨てることも大事です。例えば、コールセンターの録音データから、お客様が怒っているのかどうかを知りたいのなら、「もしもし」の「も」の声だけでわかるかもしれない。後のデータは捨てていいわけです。

河原林 どこに注目すれば不要なデータと残すべきデータを判別できるのかを、数理の面から攻めて定式化できないかと考えています。私は鉄道網や道路網のように頂点と辺の集合である「グラフ構造」を研究していますが、データを眺めていると、その構造が見えてきます。どこが大事で、どこは省略しても良いかがわかるのです。長年の経験による部分が大きいのですが、そういった力をアルゴリズムの研究者と組んで社会に役立てたいですね。

滝田 実際に企業との共同研究もされていますね。

河原林 日本のメーカーのビジネスは、半導体開発から情報通信技術(ICT)に移っていますが、ICTには半導体のような基礎理論がまだありません。完成した基礎理論の上に、もの作りの技術を発展させていった半導体開発の成功体験はICTでは通じない。土台部分の理論研究を科学者がもっと担わなければならないと思います。

宇野 企業の方々は、肌感覚でデータの持つ意味をわかっています。でも、データ量が大きくなると、その意味を数字なり数理で言語化しなければならない。それが難しいのです。現場と信頼関係を築き、私たち研究者は数理の面で良いモデルを提供したい。

滝田 米国が圧倒的に強いICT分野ですが、日本に勝機はありますか。

河原林 2020年の東京五輪は、日本にとってゲームチェンジになると思います。五輪では動画や写真など、大量のデータが蓄積されることになります。これをどう活用するかです。

宇野 五輪招致では「おもてなし」がキーワードになりましたが、日本のおもてなしは情報が関わっていますよね。店員さんはお客様の様子や会話から、何を求めているかを判断しています。そういった細やかな心配りや現場の知見を数理で言語化して、新たなサービスを創出できるのではないか。例えば、競技会場周辺の表示板に、気温が上がったら飲み物がある場所を案内したり、カメラの情報から子どもが多いことがわかったら、子どもが遊べる場所を紹介したりするなどが考えられます。

河原林 五輪に備えたICTの基盤整備も大切ですが、集まったデータを活用できる人材をどれだけ育てられるかが今後のカギを握ると思います。数学的な物の見方というのは、研究者として何年も訓練して、たくさんの問題にあたって、身に付く部分があります。企業から見れば短期で成果をもたらさないかもしれない。しかし、長期的にはこういった人材がいるかいないかで、基礎体力が全然違ってきます。ICTで成功した米企業には、自由な雰囲気の中でゆとりを持って研究を楽しむ環境があるように思います。

宇野 もの作りやサービス産業では、10人全員が同じように生産性を上げていくことが求められますよね。でも、ICTの基盤となる科学の世界は、芸術やスポーツに近い。10人の中で1人が良い結果を出せばいいのです。だからといってトップ1人を雇えば、成果がでるわけではない。残りの9人がいるから頂点ができるのです。トップスターが生み出したビジネスで、残りの人が食べていく。こういった発想が日本企業にはないと思います。

滝田 数理、数学のセンスを持った人材育成が求められているのですね。

河原林 「数学は実社会の役に立つのか」という議論が長くされてきました。最近は、役に立つということに異論はないと思います。でも、「数学者が役に立つ」とは思われていない。その認識を変えていかなければなりません。もちろん、これまでの数学者の側にもいろいろと問題はありました。企業の人と話している時に、「その定義は何ですか」とか聞くのは良くないですよね。社会が抱えている問題を自分自身が発見し、消化し、定式化する。そうやって、数学者が社会の問題を解決できるのだということを示していきたい。

宇野 今までの数理は、ある現象の証明に取り組んで解決すれば終わりでした。それでは産業界で役立ちません。その証明をする時の考え方、物の見方というのを応用していくことが大切です。数理は経営の効率化という視点で使われることが多いのですが、これからは新しい価値の創出に使われるべきです。数理は単なる計算ではなくて、人間の創造性に深く結びついているものです。その面白さが伝われば、世の中の見方も変わると思っています。

インタビュアーからのひとこと

お勧めの洋服や本、お出かけスポットをコンピュータが示すビッグデータ社会は、便利だが空虚さも漂う。身体感覚からかけ離れた解析のスピードに、居心地の悪さを覚えることもある。現場の主観や「おもてなしの心」を、アルゴリズムや数理に採り入れ、コンピュータではなく、人が中心のビッグデータ社会を築いてほしい。

takita66-1.jpg滝田恭子
TAKITA Kyoko
読売新聞東京本社 論説委員 兼 編集委員
上智大学外国語学部卒業後、読売新聞社入社。八王子支局などを経て2000年、カリフォルニア大学バークレー校ジャーナリズム大学院修了。2002年より科学部で科学技術政策、IT、宇宙、環境、医学、災害を担当し、東日本大震災も取材した。2014年より現職。

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第66号/2014年12月発行

アルゴリズムと数理研究の融合

・ビッグデータ社会の課題にアルゴリズムと数理で挑む
・「数理」と「アルゴリズム」と「熱血」が新しい扉を開く
・越境により進化する新アルゴリズムの威力
・脳から新しいアルゴリズムを抽出する

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