Essay
制御理論って何?
岸田 昌子KISHIDA, Masako
国立情報学研究所
情報学プリンシプル研究系 准教授
情報系の人にとって、聞いたことがある気がするけれども、その中身は謎な「制御理論」。論文や研究課題のタイトルに「制御」とついているからと言って、その研究が「制御理論」に関係があるとは限りません。タイトルが「○○制御理論」となっていても、実は「○○制御のための理論」であって、「制御理論」に全く関係ない場合すらあります。こういった場合は、たとえ専門家であっても概要を読んだり、キーワードや文献リストを確認するしかありません。
制御理論は、主に微分方程式(または差分方程式)を用いて動的システムやプロセスを記述し、その微分方程式を用いて動的システムの特性を解析し、動的システムから望ましい出力を得るために動的システムにどのような入力を与えるべきかを数学的・理論的に提案する学問です。このため制御理論は、線形代数、グラフ理論、実解析、複素解析、関数解析、数理最適化などの多様な数学を駆使し、理論や提案を定理と証明の形で記述します。
制御という言葉がつく学問には制御工学もあります。制御工学は、自動車、航空宇宙、ロボット、電力システムなど、実際のシステムを思い通りに動かすために、制御理論を用いてシステムの設計・構築・運用する学問です。
このように、制御理論と制御工学は異なる研究分野ではありますが、密接な関係があり、グラデーションでつながっています。そのため、制御理論専門の研究者、制御工学専門の研究者、そして両方に携わる研究者がいます。
制御理論は人工知能とも密接な関係があります。例えば、制御理論におけるフィードバックや最適制御の考え方は、ニューラルネットワークや強化学習アルゴリズムの基礎となる考え方と言えますし、制御理論で知られている理論を用いて、学習アルゴリズムの収束性や安定性を保証するための条件を導出できる場合もあります。このため、機械学習や人工知能のアルゴリズム開発においても制御理論の研究者が活躍しています。
このような制御理論の魅力は、まず第一に紙とペンを使って研究を進められることです。パソコンは情報収集と論文原稿作成のために使用する程度なので、普通のパソコンで十分です。特別な設備を必要としないため、時間や場所(そしてお金!)に縛られることがありません。また、制御理論に取り組む中で身につける多様な数理的スキルは、幅広い研究分野で展開できるため、他分野の研究と自分の強みを融合させることができるのも魅力的な点です。さらに、制御理論は、曖昧さがなく簡潔、かつ実体をイメージしやすい数学で理論が展開される点も見逃せません。
まとめると、タイトルの「制御理論って何?」に対する答えは、「陰の立役者で重要で魅力的な数学の理論研究分野の一つ」です。