Jun. 2017No.76

情報オリンピック若きプログラマーの発掘・育成のために

Interview

仕事の意義と内容が理解される好機

情報人材の育成で、産業界活性をめざす

次世代人材の育成は社会共通の課題。特に、あらゆる産業の基礎となる「情報」を重視し、担い手を見出し、成長させていくには、産官学の理解と連携による具体的な取り組みが必要不可欠だ。情報オリンピックのスポンサーとして、多彩な支援を提供するNTT データの木谷強常務に、日本の科学技術の進展やCSR の観点を踏まえた協賛の意義、情報科学分野における人材育成への展望、日本で開催される第30回大会への期待を聞いた。

木谷 強

Tsuyoshi Kitani

株式会社NTT データ 取締役常務執行役員 技術革新統括本部長
日本電信電話公社に入社後、横須賀電気通信研究所に所属。NTT データでは、1991 年米国カーネギーメロン大学客員研究員を経て、研究開発に従事。1999 年には米国現地法人社長として技術調査、共同研究等を実施。その後も、研究開発部門を率い、2016 年より取締役常務執行役員を務める。

田中里沙

Risa Tanaka

マーケティング専門誌『宣伝会議』の編集長を経て、取締役編集室長としてメディアを統括しデジタルメディアを創刊。2016 年より現職で新事業創出、地域活性人材の育成と研究を行う。東京2020 エンブレム委員、国の審議会委員、テレビコメンテーター等も務める。

日本の情報力向上に寄与

田中 NTT データは、情報技術で新しい仕組みや価値を創造する会社です。情報オリンピックのスポンサーとして参加されることになった経緯と理由を聞かせていただけますか。

木谷 「情報」は日常的にあらゆる場面で使われる言葉であり、当社も情報を扱ってIT システムをつくり、提供する事業を展開しています。エンドユーザーが直接手にする商材を販売する仕事ではないため、仕事の内容が一般的に伝わりにくく、理解が得にくいという現実があります。そこで、少しずつでも世の中の皆様に仕事の意義や内容を理解してもらいたいという思いがあります。情報オリンピックは、高校生・中学生に情報について興味を持ってもらい、勉強をしてもらい、理解をしてもらう活動です。当社の思いに合致するところで、若い世代の人たちに情報に楽しみながら触れてもらう機会をよりよい形で提供したいと考えました。CSR(企業の社会的責任)として社会に貢献したいと思いますし、当社の特性を活かす形で日本の科学技術力の向上にも寄与することをめざしています。

田中 確かに情報は目に見える部分が少ないですね。それゆえ、体験してもらうことに意味があるのでしょうか。

木谷 情報の神髄は、アルゴリズムとデータ構造を考えることにあります。コンピュータ上にデータをどのような形で保持しておくとより速く処理ができるか、メモリをより少なく使って処理できるかを考える点に面白さと醍醐味があります。数学とは少し異なる世界で、きれいに解けると本当に楽しく、アルゴリズムを発見して実際に動かしてみて、スムーズに美しく動くと気持ちのよいものです。  情報オリンピックの選手の中には、大人顔負けのアイデアを考え、実行する人がいます。出される問題はその分野の研究者にとっても難解で、いろいろな角度から多様な切り口を考えないと効率的に解けません。勉強してきた基礎知識や学問の積み重ねに加えて、新しいアイデアを加えることが求められるので、手強いと同時に非常に面白いのです。選手たちは互いに刺激し合い、先輩が後輩のコーチを務めます。協力をして問題にあたる姿など、たいへん素晴らしいものがあります。

田中 中高生という多感な時期に情報の本質に触れると、創造力が刺激され、高まるのかもしれません。総合的に見て、情報オリンピックの意義をどのようにお考えですか。

木谷 情報科学は、純粋なサイエンスというよりもビジネスに近い。情報を切り口として問題を解いていくこと自体が楽しいと感じる中高生が増えることで、ひいては情報を扱う産業が活性化していきます。IT 産業、ソフトウエア産業は、辛い仕事だと言われる面もありますが、同時に楽しさもあることを理解してもらえると期待しています。

未来に大きな価値を生み出す

田中 事業を通した社会貢献には意義がありますが、IT は裾野が広く、今日ではあらゆる産業が関わりを持っています。他分野の企業も多く参加されるとよいですね。

木谷 スポンサーには費用面の協賛がありますが、それ以外のファシリティの活用、レクチャーなど関わり方はたくさんあります。企業の実際の事業内容を中高生に伝える機会を得ることはたいへん有意義です。企業内の活動を感覚的につかんでもらい、アルゴリズムやデータ構造が企業や社会でどう役立つかをイメージしてもらうことで、未来に大きな価値が生み出されることでしょう。

田中 社会人と学生が情報に向き合い、共に時間を過ごす交流の素晴らしさもあるのではないでしょうか。

木谷 例えば、企業の社員が中高生に何かを伝える・教えるということは、お客様や社内で話をするのとは全く別の世界です。どうすれば興味を持ってもらい理解をしてもらえるか、そのためにはどのような話し方をすべきか、考えて工夫をするようになります。また、情報オリンピックを通じて、「情報科学」という共通概念を持つ学生、アカデミア、産業界の三者が出会うことで、それぞれに気づきを得たり、新たな価値創出のきっかけになったりすることも期待できるのではないでしょうか。

田中 今回は日本で初開催される特別な大会となります。出場者にはどのような期待を寄せていますか。

木谷 選手には、情報科学の分野で世界をリードする人間になってほしいと思います。IT において、現在の日本は残念ながら米国や東欧の国々に追随する立場です。日本のレベルを上げることが必須であり、ぜひ世界に出て仕事をしてもらいたいと期待しています。

田中 情報リテラシーの高い若者が産業界で活躍するようになると、日本はたいへん活性化します。情報は若者をはじめ世の中の関心の高いAI、IoT の入り口でもありますから。

木谷 まさにそうです。日本での開催をしっかりアピールし、幅広い方々に興味を持ってもらうために、企業も国も挙げて支援をして活性化させていくことが大切です。日本からの出場選手がよい成績をあげることへの期待もありますが、海外から集まる選手の皆さんにも、しっかりした環境で情報オリンピックの競技の場を提供したい。我々のおもてなしの力が問われています。本大会をきっかけに、情報に関する価値や意義への理解者が増え、IT 産業全体がレベルアップすることを期待しています。関わるアカデミアの先生方も尽力されていますが、事務局の運営体制が大きくない中、日本がホスト国になるのは大変で、さらなる支援の仕組みが必要です。我々もご支援させて頂いておりますが、すでにIT はほとんど全ての産業に関わってきており、IT 産業のみならず、他の産業の皆様も含めて広く参画されることを強く期待しています。

田中 産業界も連携し、各方面からの多様な支援が重要ですね。ありがとうござました。

(取材・文=田中里沙 写真=佐藤祐介)

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