Sep. 2015No.69

仮想通貨の技術と課題

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仮想通貨に技術的跳躍をもたらしたブロックチェーン技術

取引を支える技術には応用可能性も

通貨を電子情報としてネットワークで流通させるために、さまざまな技術やシステムが模索されてきた。その中でも、ビットコイン型の仮想通貨が研究者の関心を集める要因は、発行主体も管理者も持たずに健全性を保つ、巧みな仕組みと技術にある。その取引の健全性を裏付けている「ブロックチェーン技術」とはどのようなものなのか。ブロックチェーン応用システムの研究に取り組む近畿大学の山﨑重一郎教授に、技術的観点から解説してもらった。

山﨑重一郎

YAMASAKI Shigeichiro

近畿大学産業理工学部情報学科 教授
近畿大学産業理工学部情報学科教授。専門はモバイル・エージェント、公開鍵認証基盤など。現在は社会情報基盤としてのブロックチェーン技術の応用に関する研究を行っている。

仮想通貨とは、「国家の裏付けがなく、ネットワークなどを介して流通する決済手段」です。通貨を電子情報としてネットワークで流通させるには、現物の貨幣と同様に、不特定多数の人との決済に利用できる流通性と、受け取った人が第三者に譲渡できる連続譲渡性という二つの要素を合わせた「転々流通性」を持たせなければなりません。実用化のためには、取引内容の改ざんや二重使用などの不正を防ぐことも必要です。

 転々流通性と不正使用防止の両立は、「信頼できる第三者」が存在する中央管理型のシステムなら実現できます。ただし、第三者の信頼性を確保するためには運用コストがかかり、手数料の高騰などの問題が生じるでしょう。

技術を緻密に組み合わせた仕組み

 そうした課題を鮮やかに解決したのがビットコインです。「Satoshi Nakamo to」と自称する謎の人物が2008年に発表した論文に記述されていた仮想通貨の構想は、ソフトウェアと分散型ネットワークシステムのみで不正使用を防止しながら、インターネットを介した転々流通を可能にするものでした。

 構成要素となっている個々の技術は、実は目新しいものではなく、これまで実際に利用されてきた実績のある技術です。それらの堅実な技術を緻密な構想の下で見事に組み合わせ、仮想通貨に技術的跳躍をもたらしたのがビットコインの仕組みなのです。

 基盤となるのは、ネットワーク上で対等な状態にある端末どうしを直接接続してデータをやりとりする、P2P(ピアツーピア)型のネットワークです。ビットコインのソフトウェアをインストールして起動すると、自動的にそのネットワークに接続されます。

 P2P 型のネットワークには、中心となるようなサーバやストレージはありません。取引のデータが蓄積されるのは、利用者それぞれの端末です。ビットコインを送金する際には、送金者は「取引記録(トランザクション)」と呼ばれるデータを、受領者だけでなくネットワークに接続している利用者全員に向けて送信します。そして、送信された取引記録は、「ブロックチェーン」と呼ばれるデータベースに蓄積されていきます。

ブロックチェーン技術とは

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 このブロックチェーンへのデータ蓄積方法が、ビットコインの核心部です。

 ビットコインの利用者は、ある計算競争に参加することができます。その競争とは、暗号学的ハッシュ関数を利用したもので、概念的に説明すると、サイコロを振って、ある数より小さい目を最初に出した人が勝利者になるというようなものです。

 計算競争の勝利者は、直前の約10分間の取引記録を検証し、計算の解(プルーフ・オブ・ワーク)とともに「ブロック」と呼ばれる1つのデータの塊にまとめ、ビットコインの利用者すべてに送信します。受け取った利用者がそれぞれブロックの内容を検証し、問題ないと判断されれば、そのブロックは既存のブロックと接続されて保存されます。

 このようにブロックが次々と作成、確認されて、時系列で接続されていくことから、このデータベースをブロックチェーンと呼んでいます(図)。ブロックチェーンは、取引記録を書き込む帳簿としての役割とともに、タイムスタンプとしても機能しています。もし、過去にさかのぼって取引内容を改変しようとすると、各ブロックに含まれたプルーフオブワークをもう一度計算し直すという膨大な手間が必要になり、事実上不可能です。その仕組みが、仮想通貨の実用化に不可欠な要素である取引の非可逆性や二重使用の防止を支えています。

人間の「欲望」を利用

 計算競争のインセンティブは、ビットコインの報酬です。計算競争が行われるたびに、一定額(現在は25BTC)のビットコインが新規発行され、直近約10分間に行われた取引の手数料とともに、計算競争の勝利者のものとなります。これが、あたかも金の採掘のようであることから、計算競争は「採掘(マイニング)」と呼ばれています。

 ビットコインのソフトウェアは、おおよそ10分間で正解が出るような難易度に調整しながら、計算競争の問題を出題し続けています。採掘には誰でも参加できますが、勝利するためには、約10分間に他者より多くサイコロを振る力が必要で、より多くの計算能力を持つほうが有利です。計算能力を高めるには多額の投資と電力コストが必要になりますが、勝利者になればビットコインの報酬が得られるのです。

 発行主体も管理者もないシステムでは、一見、圧倒的な計算能力を持つ利用者が現れたり、一部の利用者が結託したりすれば、不正を働くことも可能に思えます。しかし、ビットコインの価値はビットコイン経済が健全であってこそ保たれるものであり、不正行為によりシステムそのものを破綻させるのは合理的ではありません。

 もちろん、堅牢性の高い公開鍵暗号技術や電子署名、すべての取引の整合性を検証可能にする帳簿記述方式など、不正を防止する技術はきちんと用意されています。それに加えて、採掘の仕組みとブロックチェーンの技術によって、人間の欲望をシステム全体を発展させるドライビングフォースとしつつ、健全性の確保にも利用するという、実に巧みなアイデアです。

 分散型ネットワークにおいて、偽の情報に惑わされずに正しい合意を形成する方法は「ビザンチン将軍問題」(詳細はP8-9)として知られていますが、ビットコインはその難問に対して、ブロックチェーンのシステム設計によって解決を試みた例と言えるでしょう。

電子情報に原本性を持たせる

 このように、ブロックチェーン技術は、電子的に記録された事象を積み上げ、ブロックというクロニクル(歴史的記録)とすることによって、改変を不可能にしました。これまで困難と考えられてきた、電子情報に原本性を持たせることに成功したのです。さらに、タイムスタンプ機能も有することから、事象の発生順序も証明できます。

 こうした特性から、地域通貨システムはもちろん、公共関連の申請や届出のシステム、公文書を扱う社会情報基盤などへの応用も可能です。記録の真正性、時間的な優先性の根拠、所有の移転などをサイバーの世界だけで証明する手段として、社会に大きな変化をもたらす可能性を秘めています。

(構成=関亜希子)

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