Mar. 2015No.67

映像情報技術が生み出す新潮流

Interview

テレビは社会の動きを感じ取るセンサーだ

テレビ、ラジオ、新聞などのメディアは社会を映す鏡。トレンドを感じ取るセンサーでもある。映像の意味を解析するシステムの研究に取り組む国立情報学研究所の佐藤真一教授と、テレビ番組の放送内容を記述したTVメタデータの提供、調査、分析をする株式会社エム・データ※ の小口日出彦取締役に、センサーとしてのテレビ利用の現状と未来を話し合ってもらった。 株式会社エム・データ http://mdata.tv

佐藤真一

SATOH Shin'ichi

国立情報学研究所 コンテンツ科学研究系 教授・主幹

小口日出彦

KOGUCHI Hidehiko

株式会社エム・データ 取締役

辻村達哉

聞き手TSUJIMURA Tatsuya

共同通信社 編集委員 論説委員
1984年、東北大理学部物理第2学科を卒業後、共同通信社入社。大阪支社社会部、大津支局、札幌支社、釧路支局を経て本社ラジオ・テレビ局報道部、科学部。2005年から編集委員室兼務。06年にメディア局メディア編集部。07年から編集委員兼論説委員、10年に秋田支局長、13年9月から現職。

辻村 まずはどんなデータを取り出し、利用しているか教えてください。

小口 私たちの会社はテレビに、いつ何がどのように映っていたかという情報を集めています。テレビは映像、音声、テキストを総合したメディアです。それらの情報を扱いやすくするため、全部文字に起こしています。

 それは本の「書誌データ」みたいなものです。タイトル、著者、ページ数、ジャンルなどのデータを基に私たちは目当ての本を探しますよね。書誌データはデータの集まりである本に関するデータ。「メタデータ」と呼ばれるものの1つです。テレビの映像にも必ずメタデータが付いている。それを文字にしてデータベースを作る。例えば「ゴジラ」と入力すると、過去1年間にゴジラが、いつ、どんなふうに放送されたかがわかる。あるものが頻繁にテレビに出るというのは、世の中のトレンドを表象する情報発信です。視聴者がそれを見ると、その行動は情報を送る側にフィードバックされ、さらに出る場面が増える。テレビはそんな世の中の情報の流れをとらえるセンサーであるとも言えます。

辻村 佐藤さんはどんな研究をしているのですか。

佐藤 20年ほど前、画像や映像の検索技術の研究を始めました。色の分布を基に、数千から数万の画像の中から、似たものを検索する技術が出てきたころです。ただ当時は動物だけとか建物だけとか、限られた画像の中から検索するだけでした。さまざまな映像が流れるテレビから、欲しい情報を取れれば、実用的な技術になるのでは、と考えました。

 まずテレビ放送の録画システムを作り、これまでに40万時間分の映像を蓄積しました。映像から研究の邪魔になるCMを抜き取る技術も開発しました。抜いたCMのどれが同じかも判定できる。すると、あるCMがどの曜日のどの時間帯にどれだけ放送されたかがわかり、そのパターンを分析すると、企業の消費者戦略が見えてきました。リーマンショックの後だったせいか高額商品のCMがほとんどないとか、景気が上向くと高級車のCMが増えたとか、これは社会のセンサーとして使えると思いました。

小口 テレビは情報源として私たちの生活に影響を与えています。マーケティングの人たちは、その情報がいつどんなふうにテレビで語られたのか知りたい。それに役立つ仕事ができるのではないかというのがエム・データという会社の始まりでした。

 一方で、世界中の情報が流れる交差点のようなところに網を張り、俯瞰してみたいという夢ももっています。例えば国内の政治問題が国外で報じられる際の違いを相対的に扱えるようになれば、物事を中立的な視点から見て判断したり選択の幅を広げたりできるのではないかと考えています。

 情報にはどうしてもバイアスがかかる。どんなバイアスかが見えれば、人々に与える影響は大きい。そんな「メディアのメディア」のようなものができれば面白いでしょう。

佐藤 実際にどうやってメタデータを取っているのですか。

小口 専門スタッフ約80人が輪番制で、24時間365日、テレビを見ながら情報を入力しています。自動化できるといいのですが、現状では機械による文字化はどうしても数%程度は間違える。それを人間が直すくらいなら初めから人間が識別し判読した方が圧倒的に速いのです。

佐藤 私たちは「人間が映像を見てメタデータを付けたらいいのでは」という批判を浴びます。映像が大量なら全部見るのは大変だと反論しているのですが、エム・データはそれをしておられるので困りますね。(笑)

小口 いえ、ご研究には意味があると思います。例えば自動車のF1レースでコースに掲げられた企業のロゴが何秒間、画面のどこに映ったかという情報は企業にとって重要です。それを自動的に分析できるなら、人間よりもずっと効率がよい。

佐藤 私たちは「物体検索」の研究を続けていて、これはロゴ検出に最適なんです。世界的にも競争力のある検索精度をもつ技術で、かなり検出できるようになりつつあります。

 先ほどの話の続きですが、ニュースの要約を作るなどメタデータを取り出すとき、人間の主観が入ることはないですか。

小口 情緒的な判断が入らないように入力インターフェースを工夫しています。できるだけ主観の入り込む余地がない対象を抽出するので誰が入力してもデータの揺れは少ない。

佐藤 映像から情緒的な情報を取り出すことが重要になる場合もあるのでは。機械で立ち入るのは難しい領域ですけれど。

小口 直接把握するのは難しいのですが「露出の頻度や時間」を分析すると、例えばある物事がセンセーショナルに扱われているような現象をとらえることができます。

佐藤 ウエアラブルなセンサーを使って、テレビを見る人がどんな刺激を受けているか把握するというのはどうでしょうか。

小口 すぐの事業化は難しいですが、やってみたいですね。テレビを見ている人がリアルタイムでツイッターに何を書き込み、どう共感が広がっているかというのはモニタリングの対象に入れつつある。人間の生活に関わる記録をテレビのメタデータと併せて取り扱おうというアプローチも始めています。

インタビュアーからのひとこと

日米欧などの研究者が協力したヒトゲノム解読計画では読み取った塩基配列データが共有された。巨大加速器や大型天体望遠鏡などの実験・観測データの共有化は以前から進んでいると聞く。データの共有化が大きな潮流であることは間違いない。
 他方、すべての領域で野放図に共有化が進むとも思えない。研究者や企業、国家間の競争が激しい領域では話は単純ではない。守るべきデータは存在する。欧米の論文誌に投稿すると査読段階で情報が漏れるとの苦情や不安をしばしば耳にしてきた。似た状況がデータの世界で生ずるのは避けたい。それには日本が公開のルールづくりで積極的に発言し貢献することが
必要だろう。

第67号の記事一覧