May. 2014No.64

パーソナルデータプライバシー保護とデータ利活用は両立するのか?

Essay

過去からの教訓

Hisamichi Okamura

国立情報学研究所 客員教授 / 弁護士

 誰にでも忘れられない日があるはずだ。筆者にとって2005年4月25日が、それにあたる。

 この日の朝、大阪市内に向かう通勤電車に乗っていた。うららかな春の陽が降り注いでおり、日頃と変わらぬ平凡な朝の光景だった。ところが、その直後から大事故発生の報道で埋め尽くされていった。JR尼崎駅の手前で快速電車が脱線し、107名が死亡するという未曾有の列車事故が発生したからだ。皮肉にも自分が乗った電車の直後を走る快速だった。

 その日の午後、近畿大学で法科大学院の講義を終え、会議のために法学部長室に入ると、学部長がせわしなく携帯電話を掛けていた。法学部生の保護者から、「この電車に本人が乗っていたおそれがあり、携帯に何度電話しても連絡が取れないので、授業に出席していないか確かめてほしい」という連絡があり、確認させたが学生は出席していなかったという。保護者から聞いた学生の携帯番号宛に、学内関係者は何度も電話を掛け続けたが、つながることはなかった。建物の外に出ると、いつしか冷たい霧雨に変わっていた。その学生は最悪の結果となったことが後日判明した。

 当時の報道によれば、事故現場では、被害者の携帯宛に、かけがえのない人の安否を気遣う家族からの呼び出し音やメール着信音が、気が遠くなるほど繰り返し鳴り響いており、受話器の向こうで明暗が分かれていた。

 その一方、数百人に及ぶ負傷者は、神戸から大阪にかけて広域の病院に搬送されていた。被害者の家族は安否を気遣って収容先病院を回ったが、収容の有無すら教えてもらえないケースが多発していた。つい25日前に施行された個人情報保護法(保護法)違反に問われることを怖れた病院側が、委縮して収容者の氏名公表を躊躇したことが原因だった。そのため最後の言葉を交わせなかった家族もいたようだ。これを皮切りに、保護法への「過剰反応」が社会問題となった。

 この事故から9年の歳月が流れた現在、保護法の改正に向けた検討作業が進められている。情報通信技術の発展に伴う新たなパーソナルデータの利活用に対応するためのものだ。しかし、今も「過剰反応」には抜本的な対策が講じられないままだ。

 過去を起点に未来は扇状に続くが、過去の出来事は常に未来への貴重な教訓を残している。我々はそれを、ときどき振り返ることによって、どのようにして保護と利活用の適正な調和を図るべきか、在るべき姿を常に問い続けなければならないはずだ。

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