May. 2014No.64

パーソナルデータプライバシー保護とデータ利活用は両立するのか?

Article

柔軟性ある個人情報保護と活用へ

コンジョイント分析で人々の姿勢を浮き彫りに

個人情報の活用や保護に関して、人々の意識はさまざまだ。個人情報は保護されるべきだという基本的な考え方は共通するものの、個人によって、どこまで情報を出すのかといった意識は大きく異なり、その対価で何を得られるのか、といったことで姿勢は大きく変わる。これを、コンジョイント分析手法を用いて浮き彫りにするのが、岡田仁志准教授が取り組む研究テーマの1つ。この研究成果は、個人情報保護に関するルールづくりにも応用されようとしている。

岡田仁志

Hitoshi Okada

国立情報学研究所 情報社会相関研究系 准教授総合研究大学院大学 複合科学研究科 情報学専攻 准教授

個人情報保護・活用には、柔軟な取り組みが必要

 個人情報の活用および保護に関する議論が活発化している。企業からの個人情報の漏えいや、それを利用した企業情報や電子マネーの詐取といったサイバー犯罪が発生。ITの普及に伴って、個人情報を巡る課題は、世界的な関心事になっているのは周知のとおりだ。だが、「単純に個人情報を保護すべきか、すべきでないかという議論に終始するのは意味がない」と、NIIの岡田仁志准教授は警鐘を鳴らす。

 個人情報に対する考え方は、人によってさまざまだ。

 まったく個人情報を出したくないという人もいれば、氏名、年齢はいいが、それ以外は公開したくない、あるいは、購買履歴情報、位置情報まで公開しても構わないという人もいる。そして、その考え方は、提供されるサービスなどによっても大きく異なる。

 個人情報を提供したくないという利用者が、ソーシャルメディアを通じて、自らが食事をしている様子などを広く公開するといったように、サービスを楽しむ上で意識せずに個人情報を提供してしまっているという例も少なくない。個人情報に対する意識と行動が乖離しているケースだといえよう。

 一方で、制度の上で、個人情報の保護ばかりを優先すると、活用といった面での制限が増え、情報を活用した新たなサービスの創出を阻む要因にもなりかねない。企業においては、余計な個人情報を取得することはリスクにしかならないが、適正な情報を収集し、それを活用することで、革新的なサービスの創出や、企業競争力を高めることができるのは明らかだ。保護とのバランスをとりながら、活用においても前向きな議論が必要である。

 岡田准教授は、「個人情報の活用や保護についての議論やルールづくりは、択一的な観点での議論だけでは危険である。柔軟性をもった捉え方が必要である」とする。

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ユーザの本音を引き出すコンジョイント方式とは

 こうした個人情報の保護と活用において、個人の意識を研究するために、岡田准教授が用いているのが、コンジョイント分析手法である。

 コンジョイント分析とは、複数の評価対象を示し、それを繰り返し回答者にたずねることで、トレードオフの関係にある要素との相関関係を捉えながら、人々の考え方や行動を浮き彫りにしようというものだ。

 岡田准教授が取り組んでいる研究では、インターネットを活用し、無作為に選ばれた対象者が、画面上に表示される9種類のカードを見比べて、そのなかから順に、自らの個人情報に対する姿勢に合致したものを選択することになる。2010年から研究を開始し、設定する項目を変えながら、さまざまな角度からの分析を行っているという。多いときには月1回のペースで情報を収集している。

 一般的な調査では、「個人情報は保護すべき」と質問すれば、ほぼ100%に近い人が「はい」と答えるだろう。そして、個人情報をむやみに出したくないとする回答も多いはずだ。

 だが、仮に、「個人情報を提供する」という項目に加えて、「災害時の政府の支援対象となる」、「一定期間を過ぎれば情報を破棄」という項目が加われば、多くの人が個人情報の提供に同意すると考えられる。つまり、コンジョイント分析では、さまざまな要素を組み合わせたカードを対象者に見せ、どちらのカードに書かれたものを優先するかということを繰り返し調査することで、人々の姿勢を明らかにしていくことになる。

 「個人情報は提供したくないと考えている人でも、個人情報を提供することによって、ポイント還元などのメリットを得られるとなれば一定の情報を提供すると答える。また、ソーシャルメディアで個人情報ともいえる写真の掲載や記述をすることは、そのサービスを楽しむというメリットを感じているためである。さらに、研究では、交通系カードの利用に際しては、個人情報を提供したくないという回答が多かったのに対して、流通系カードでは個人情報を提供したいという答えが多く、メリットを期待していることがわかる。場面や用途、どんなメリットを得られるのかということによって、個人情報の提供に関して提供者の姿勢は大きく変化する」

 岡田准教授は、これを「コストとメリットのトレードオフ」と表現する。

 「どこまでの個人情報を出せば、どれだけのサービスが得られるのかということを、消費者は強く意識している。個人情報をコストとして捉え、そのコストに見合ったサービスをメリットとして受け取るという仕組みが構築されはじめている」

コストとメリットを明らかにし、ルールづくりに活かす

 個人情報を提供する側と、それを受け取り、活用する側とが、コストとメリットのトレードオフの関係を理解することは、個人情報を有効活用する社会環境の構築において近道となろう。

 岡田准教授は、「個人は、どこまでのメリットを得られれば、どこまでの個人情報を提供するのかという目安を理解すること。それに伴って、企業側はどこまでのサービスを提供するのかということを、お互いに理解した上で、それぞれの当事者間の契約が成り立つという仕組みが構築されるべき」とし、択一的な個人情報保護の考え方は適切ではないと指摘する。

 現在、政府では、2014年6月を目標に、個人情報保護法改正案の大綱をまとめ、パブリックコメントを経て、2015年初めには、通常国会へ改正案を提出する予定である。

 このなかでは個人情報(パーソナルデータ)の取り扱いに関して、いくつかの新たなルールが盛り込まれることになるが、当事者間での契約をベースとすることなどが前提となる柔軟性をもったものへと進化する。

 コンジョイント分析手法は、もともと法律や条例などの新たなルールづくりを行う際に採用されることが多い。岡田准教授による個人情報に関するコンジョイント分析を活用した研究成果は、択一的にはならない個人情報保護のルールづくりの実現にも貢献することになりそうだ。

(取材・文=大河原克行)

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