Mar. 2024No.102

日本の文化芸術と情報学

NII Today 第102号

Interview

ジャパンサーチの目指す「デジタルアーカイブが日常となる未来」

デジタルアーカイブの力で文化的歴史的情報の蓄積を社会の活力に変えられないか。 2015年から内閣府知財戦略本部や国立国会図書館を中心に、そうした議論が続いている。4年前に公開された「ジャパンサーチ」もそこから生まれた。その母体となった実務者委員会の座長を務めた国立情報学研究所(NII)の高野明彦名誉教授に、ジャパンサーチ、そしてデジタルアーカイブの未来について聞く。

高野 明彦

Akihiko Takano

内閣府デジタルアーカイブ戦略懇談会メンバー
国立情報学研究所 名誉教授

日本のデジタルアーカイブを集約するジャパンサーチ

── デジタルアーカイブとは何ですか?

これまで日本の文化的歴史的記録は、博物館、美術館、図書館や公文書館、自治体、寺社、大学などが資料を保存継承し、個別に資料現物を利用する場を提供してきました。しかし、デジタル技術の進歩により、資料の発見性や利便性を高めつつ、遠隔からも高精細画像や全文データを利用できるサービスの構築が進んでいます。厳密な定義ではありませんが、これを従来の所蔵資料管理のためのデータベースとは区別して、「デジタルアーカイブ」と呼んでいます。コンピュータの誕生以前から様々なメディア(媒体)を使って伝承されてきた記録を、現在のデジタル情報技術で取り扱いやすい形に変換して、電子メディアに記録し直す活動ともいえます。

── ジャパンサーチについて概要を教えてください。

内閣府で始まったデジタルアーカイブ関連機関の実務者による議論では、デジタルアーカイブの整備・活用は、私たちの社会の活力増進に大いに貢献すると再確認され、国の知的財産推進計画にも「デジタルアーカイブ社会の実現」という目標が掲げられました。ジャパンサーチは、我が国のさまざまな機関が構築・公開しているデジタルアーカイブの分野横断的統合ポータルとして構想され、まとめて検索、閲覧、活用するためのプラットフォームを目指しています。内閣府委員会の定める運営方針の下、システム構築・運用は国立国会図書館が担当しています。2024年2月末現在、147機関、227個のDBと連携し、2950万件のデータを収録しています(https://jpsearch.go.jp/stats

ジャパンサーチの役割は、アーカイブ機関、つなぎ役、活用者を媒介して、デジタルアーカイブを活用するためのプラットフォームを提供することです。全体像を図1に示します。ここで、つなぎ役とは分野ごとにメタデータを集約して標準化や整理を行うサービスです。文化庁とNIIが運営する「文化遺産オンライン」などがこれにあたります。

── ジャパンサーチはデジタルアーカイブの一つですか?

よく誤解されますが、ジャパンサーチ自体はデジタルアーカイブではありません。様々な分野の信頼できるデジタルアーカイブの情報を集約して提供していますが、収集対象はメタデータやサムネイル、プレビュー画像が中心で、個々のデジタルアーカイブが提供するコンテンツデータは収集していません。

一般の検索サービスと似ていますが、ジャパンサーチの検索範囲はインターネット全体ではなく、連携先のデジタルアーカイブが提供するコンテンツのメタデータに限られます。本の書影や書誌データ、美術作品のサムネイルなどは見つかりますが、資料コンテンツの利用には連携先サイトへ飛ぶ必要があります。

コンテンツ利用を促進する工夫として、個々の資料コンテンツの利用条件やライセンス状況をメタデータと共に明記するよう推奨しています。これにより、活用者は個々の連携先サイトで確認せずに、自分の用途に合ったコンテンツを分野横断的に探すことができます。ぜひ一度、お試しください。

ジャパンサーチ戦略方針2021-2025「デジタルアーカイブを日常にする」

── デジタルアーカイブが私たちの社会を変える可能性について教えてください

デジタルアーカイブは次の3つの価値の提供を通じて、私たちの社会を大きく変える力を持っていると考えています。

(1) 記録・記憶の継承と再構築、(2) コミュニティを支える共通知識基盤、(3) 新たな社会ネットワークの形成、です。

(1) で重要なのは、これまで別々に継承されてきた記録の写しが、同一のデジタル空間上に作られることで、新たな関係性の発見や記録の再構築が促されることです。(2) は時間的空間的制約を超えて多くの情報がアクセス可能になることで、私たちが学び、考え、議論するために必要な共通の知識基盤を提供しやすくなります。一見相互に矛盾するような情報が集まってくることも、デジタルアーカイブ特有の価値だと考えられます。(3) は分野や地域を超えてデジタルアーカイブが連携することにより、新しい分野間や人間同士の繋がりが生まれるということです。

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(図1)デジタルアーカイブの共有と活用のために

──今後、ジャパンサーチはどのような社会を目指しますか?

これからの日本が目指すべきデジタルアーカイブ社会について、「ジャパンサーチ戦略方針2021-2025」をまとめました(図2)。上で述べたデジタルアーカイブの3つの価値とそれらを最大化するためにジャパンサーチを使って取り組むべき4つのアクションを挙げています。ジャパンサーチのミッションを次のように定めています。「新しい情報技術とアーカイブ連携を通じて、日本の文化的・学術的コンテンツの発見可能性を高め、それらを活用しやすい基盤を提供することで、デジタルアーカイブが日常に溶け込んだ豊かな創造的社会を実現します。」

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(図2)ジャパンサーチ戦略方針2021-2025
https://jpsearch.go.jp/about/strategy2021-2025

──「 デジタルアーカイブを日常にする」とはどのようなことですか?

これから日本が実現を目指すデジタルアーカイブ社会については、「アクションプラン」の中で次のような例を挙げています。
・デジタルアーカイブが情報やコミュニケーションのインフラとなっている。
・様々なプラットフォームが相互にデータ連携して社会のインフラになっている。
・デジタルアーカイブのビジネス利用が社会に浸透し、成果が生まれている。
・多くの人が「デジタルアーカイブ」という言葉を意識することなくデジタルアーカイブを使っている。
・何かを知りたいと思ったときに、信頼性のあるサイト・機関から情報を得ることが習慣づいている。
・デジタルアーカイブを使って、「見る・知る・調べる」を楽しむ人が増え、生活や学びに密着して使われている。

震災で認識した記憶を繋ぐアーカイブの価値

── 最初に携わったデジタルアーカイブは何ですか?

2002年の秋、私たちは研究室で開発中の連想検索技術を実装した「Webcat Plus」という、大学図書館1,000館の所蔵目録検索サービスを公開しました。書籍の目次情報を手がかりに、自由文や選択した書籍群から類書を探す仕組みでした。キーワード検索とは異なる柔らかな検索機能に関心を持った文化庁幹部が「美術館や博物館、お寺や神社が発信する文化財情報はキーワード検索ではうまく見つからない。連想検索は使えないか?」とNIIに相談に来られたのです。文化財版のWebcat Plusということで、連想検索の開発元である私の研究室が引き受けました。

文化庁の手配で全国の文化施設から作品情報や画像を提供してもらい、国宝や重要文化財など指定文化財をはじめ、仏像、絵画、工芸作品などのデータを収集整理してワンストップで検索、閲覧できる「文化遺産オンライン」を実現しました。2004年に試行版、2008年に正式版公開、2022年のリニューアルを経て、現在では年間600万ユーザが使う定番サイトに成長しました(https://bunka.nii.ac.jp/)。文化財分野のつなぎ役としてジャパンサーチとも連携しています。

文化遺産オンラインは、公開当時は世界的にも珍しいサービスで、国内はもちろん海外の機関からも注目されました。その後、EUはGoogleに対抗して「Europeana(ヨーロピアナ)」を立ち上げ、米国でも各所で文化財やアート分野の大規模なデータ公開が進みました。2011年には、文化遺産オンラインの国際化を目指して米国に出張してSmithsonian, MET, ARTSTORなどのデジタルアーカイブ部門を訪ねて、データ連携の可能性について議論しました。奈良博の宮崎幹子さん、文化遺産オンライン立ち上げメンバーの丸川雄三さんも一緒でした。そして、帰国予定日の前々日の2011年3月11日、 ニューヨーク市内のホテルで東日本大震災の映像を見て声を失いました。

──震災後、デジタルアーカイブの見方が変わりましたか?

帰国後、しばらくは現実感のない日々でした。それまで科学的事実を伝えていると思っていた専門家の言葉が信用できなくなり、専門家同士でも基本的事実の認識が食い違うことを多く目撃しました。結果、将来も揺るがない事実認識を自分が行えるという自信は消え去り、すべては暫定的な解釈に過ぎないという世界認識に辿り着きました。ユーザ個々人が主体的に真実を選び取るための情報技術を追求してきた私にとって、研究の目的を見失った気分でした。そんな頃、奈良博の宮崎さんから、国宝「玄奘三蔵絵」(全12巻・全長190m)全体を展示する展覧会を開くので、そこで使うデジタルビューアの制作を私の研究室でというお話をいただきました。鎌倉時代から伝わる長大な絵巻と初めて向き合って、玄奘三蔵の物語を大型スクリーンで自在に眺めるシステム作りにチーム全員が没頭することで、また元気が出てきました。ちょうどその頃、文化遺産オンラインで整理していた文化財の所在データが震災後の文化財レスキュー隊の仕事で大いに役立ったという嬉しい報告も届きました。さらに、文化遺産オンラインに各地の津波記念碑が多数登録されていることに気づきました。このように平時にはあまり意識せずに受け継いできた記録が、ある日突然、重要な意味を持つ存在になり、見る人の心に語りかけてくることを実感しました。

311情報学:複数の物語を伝えるメディアとしてのデジタルアーカイブ

──デジタルアーカイブは真実を記録できるのでしょうか?

おそらく文化遺産オンラインを担当していた影響だと思いますが、国会図書館の震災アーカイブ(ひなぎく)など震災関連アーカイブ作成に関わるいくつかの委員会に参画しました。遠い過去の記録の整理だけでなく、現在進行中の活動について多面的に記録していこうとするアーカイブ構築は新しい挑戦でした。

活動を通じて遠い異分野の専門家と出会い、事実を別の角度から捉える方法を学びました。そこで生まれた新しい人の繋がりから、のちのデジタルアーカイブ学会も生まれました。

その頃感じていた専門知や専門家の限界に関する違和感を言葉にしようと、『311情報学』(岩波書店)というタイトルの共著書も出しました。私の主張は、「専門家が語る物語には語り手の世界観が反映される。個々の物語はいつも部分的であり、一つの物語によって出来事の全体像を捉えることは、本質的に困難だ。芥川龍之介が『藪の中』で描いたことも、相互に矛盾する物語の集まりとしてしか本当の真実は語り得ないということだったのかもしれない。」

「"真実"を記憶するためのアーカイブ作りとは、この矛盾を内包するかもしれない複数の物語を集めて、相互に関係づけながら記録することだといえる。」

──デジタルアーカイブの未来について夢を聞かせてください

上の本のあとがきに書いたことが、今も私の指針になっています。「日本社会が大震災のダメージからゆっくりと回復していくプロセスそのものをつぶさに記録していくデジタルアーカイブは、現在の日本の社会のあり方を映す鏡のような役割を担うことになる。真実に近い自らの姿をいろいろな角度から眺められる良い鏡を作り、将来の日本社会が今よりも透明で美しい佇まいをもつことに貢献すること、それが『311 情報学』の挑戦である。」

いつまでも複数の真実の物語が記録され、語り継がれる場所として、デジタルアーカイブを作り続けられる未来を夢見ています。

取材・文 浦島 茂世 Photo 杉崎 恭一

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