researcherFile2021岸田 昌子

Researcher file no.1

「理論ほど実用的なものはない」という信念を携えて、新しい制御理論に挑む

岸田 昌子

情報学プリンシプル研究系 准教授

21_rf_kishida_mv.jpg

18世紀後半、蒸気機関の回転速度を一定に保つためにワットが実用化した遠心調速機が制御のはじまりとされる。その後、この調速機の問題点を解決する過程で理論研究が生まれ、以来、「動きをデザインする科学」として産業の発展に多大な貢献をしてきた。AI(人工知能)全盛の現代においても、制御の果たす役割は強大だ。岸田は理論を武器に、複雑なシステムの制御に取り組んでいる。

21_rf_kishida_image-01.jpg

米国ミシガン大学アナーバー校にて、学士号(B.S.E.)、修士号(M.S.およびM.S.E.)取得。2010年にイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校にて博士号取得(Ph.D.)。マサチューセッツ工科大学Visiting Scholar、東京大学大学院情報理工学系研究科システム情報学専攻助教、ニュージーランドのカンタベリー大学Electrical and Computer Engineering Lecturer、ドイツのオットー=フォン=ゲーリケ大学マクデブルクHumboldt Research Fellowなどを経て、2016年より現職。専門は応用数学、制御理論。「令和2(2020)年度科学技術分野の文部科学大臣表彰 若手科学者賞」受賞。

「不確かさ」が及ぼす影響を定量化

 制御とは、「モノを望み通りに動かすための技術」のこと。岸田はそのために必要な条件や手法などの法則を、数理モデルを使って厳密に導き出す制御理論の研究をしている。身の回りの家電はもとより、自動車や通信ネットワーク、モノがネットワークにつながるIoT(Internet of Things)など、私たちの社会を支えるあらゆるものは、この制御理論によってその動きをデザインされている、と言ってもいいだろう。

 「ただ、自動運転車や電力ネットワークなどの大規模で複雑なシステムの場合、その動きを数理モデルで完全に記述することは不可能です。センサーから得られたデータに含まれるノイズや、出力に影響を与える外乱――例えば自動車なら、まっすぐで平らな道ばかりでなく、凸凹道や路面の凍結に遭遇することがあるように、現実のシステムはつねに不確かさを含んでいます。こうした複雑なシステムの解析や制御の問題は難しく、従来はシミュレーションに頼るか、問題を単純化して最適化問題を解くのが一般的でした。しかし、シミュレーションでは解の正確性は保証できないし、問題を単純化すれば保守的な解しか得られません。つまり制御性能が落ちてしまうのです」と岸田は語る。

 そこで、岸田はこうした不確かさを有するシステムの解析・制御にしばしば現れるボトルネックとなっている問題に取り組み、正確性を保証する精度の良い近似解を効率的に求める方法を提案した。ここで肝となったのが、「構造化特異値」と呼ばれる、制御理論でシステムの安定性、特に周波数領域における安定性を調べるために使われてきた指標だ。
 「少し専門的になりますが、制御理論は大きく古典制御と現代制御の二つに分けられます。古典制御では、入力と出力を一つずつ持つ線形システムを扱います。そこでは微分方程式モデルのラプラス変換をとって、システムを周波数領域で表現し、解析や制御器の設計を行います。一方、現代制御では、入出力の数に制限はなく、非線形要素を持つシステムも扱うことができます。ここでは、微分方程式モデルを時間領域の状態方程式で表現して、解析や制御器の設計を行います。私は、この現代制御理論において構造化特異値を不確かさの解析に初めて利用したのです。この結果を使って、不確かさがシステムに及ぼす影響を適切に定量化することで、より効率良く安全なシステムを構築できるようになります」

 構造化特異値の本質が、システムの安定性、つまり「望ましくない状態に達するまでの距離」を測る指標であることに立ち返り、ボトルネックとなっていた計算困難な問題を、距離を測る問題に書き換えたところに岸田の革新性がある。この成果は、ネットワーク化制御や生化学ネットワーク解析など、さまざまなシステムに応用可能だ。これにより岸田は、2020年度科学技術分野の文部科学大臣表彰において「若手科学者賞」を受賞した。

21_rf_kishida_image-02.jpg

AIを含むシステムを安全に制御する

 一方、世の中がAIブームに沸くなか、AIを含むシステムを安全に制御することに大きな期待が寄せられている。

 「機械学習などによるAIは理論に裏打ちされたモデル化が困難で、保証が難しいのです。そこで2020年度より科学技術振興機構(JST)のCRESTにおいて、『AI集約的サイバーフィジカルシステムの形式的解析設計手法』(研究代表者:末永幸平・京都大学准教授)というプロジェクトがスタートし、私が制御部分を担当することになりました。フランスの研究チームとの共同プロジェクトで、AIを含むCPS(サイバーフィジカルシステム)の安全性・信頼性の担保と、AIを使ってCPSを安全に動かすための手法の開発という二つのアプローチで臨みます。最終的に、その成果を自動運転につなげていく予定です」

 その傍ら、「不確かさ」の範囲をさらに広げて、確率分布の不確かさを対象に、制御の問題におけるリスク管理などに活かす研究も手がけている。

 「好きな言葉は、"There is nothing so practical as a good theory" (Kurt Lewin)。つまり、良い理論ほど実用的なものはない、ということ。インパクトのある分野で広く使える良い理論をぜひ生み出したいですね」

 理論で現実社会の課題解決に挑む岸田の挑戦は続く。 

(取材・文=田井中麻都佳、撮影=古末拓也)

Recommend

さらにみる