SPARC Japan NewsLetter No.13 コンテンツ特集記事トピックス活動報告
line
menumenumenu menumenu

 


図書館から
大園 隼彦(おおぞの はやひこ)
岡山大学附属図書館

 

配布リーフレット 配布リーフレット

オープンアクセスメガジャーナル(以下、OA メガジャーナル)という言葉を初めて聞いた。オープンアクセスの一つに著者が論文出版加工料(以下、APC)を支払うことで電子ジャーナルを無料公開するモデルがある。OA メガジャーナルは、簡単に言うと、その規模が非常に大きいジャーナルのことで、カスケード査読のような査読を効率化する方法を採用することにより、質を保証した論文を大量に発行することが可能であるらしい。PLoS ONE はその中心的な存在で、2011年度には、1年間で14,000報もの論文を公開している。今後 STM 分野では商業出版社も同様のモデルを採用するようになり、オープンアクセスの時代に本格的に突入する模様とのこと。素晴らしいことだと思う。イベントの詳細については SPARC Japan の Web サイトで公開されているのでそちらを参照されたい。1

では、想像してみよう、OA メガジャーナルの普及した素晴らしい未来を。発表されるほとんどの論文が無料公開される。オープンアクセスジャーナルは多くの研究者を読者として獲得するのだろう。多くの研究者の眼に触れるシステムは、当然、さらに多くの論文をそのシステムに取り込む要因となり得る。そして、そのすべてが再びオープンアクセスとして公開される。オープンアクセスがオープンアクセスを呼ぶ循環ができあがり、明るい未来が待っているように感じるが…。

PLoS ONE の OA Journal PLoS ONE の OA Journal
出典: Peter Binfield(2012)第5回 SPARC Japan セミナー2011, http://www.nii.ac.jp/sparc/event/2011/pdf/5/3_binfield.pdf


Nature の OA Journal Nature の OA Journal
出典: Antoine E. Bocquet(2012)第5回 SPARC Japan セミナー2011, http://www.nii.ac.jp/sparc/event/2011/pdf/5/4_bocquet.pdf


SpringerPlus の OA Journal Springer の OA Journal
出典: 山下 幸侍 (2012)第5回 SPARC Japan セミナー2011, http://www.nii.ac.jp/sparc/event/2011/pdf/5/5_yamashita.pdf

OA メガジャーナルがこのような循環で成長すると考えると、先発したジャーナルほどネームバリューが働き、論文が投稿されやすいシステムであるように思う。後発のジャーナルはスタート時に余程のネームバリューを持たない限り、先発したジャーナルに太刀打ちすることは難しいのではないだろうか。このようなシステムの中で、多くの論文の投稿が特定のジャーナルに集中するようになり、その結果ジャーナルの出版過程に手間がかかるようになるだろう。当日のパネルディスカッションでは、今後は APC が上昇するであろうという意見が大勢を占めた。その時に先発ジャーナルと後発ジャーナル間に投稿を促す要因について埋めることのできない大きな差が生まれているとしたら…。少数の OA メガジャーナルが市場を占拠した場合、APC は適切な価格に落ち着くことができるのだろうか。

現在の購読モデルにおいては、図書館はコンソーシアムを形成してジャーナル価格の上昇幅を抑える努力を行っている。しかし購読モデルではなくなった場合、図書館はこのような干渉をすることはできなくなる。オープンアクセスの時代をより良くするために図書館にできることとは何なのだろう。

そう考えたときにランガナタンの図書館学の5法則2 を思い出した。

 

1.図書は利用するためのものである

2.いずれの読者にもすべて、その人の図書を

3.いずれの図書にもすべて、その読者を

4.図書館利用者の時間を節約せよ

5.図書館は成長する有機体である

 

OA メガジャーナル中心の時代となり、数多くの論文が自由に読める環境になったとしても、必ずしも適切な論文に適切な読者がたどりつくとは限らない。情報量が爆発的に増加している現代は、ランガナタンの時代とは別の意味で情報アクセスに問題がある。一方、学術情報については利用の優先順位の目安として、ジャーナルによるフィルタリングが良くも悪くも働いているように思う。ここでは、特に3番目と4番目の法則に注目したい。ランガナタンの時代では、目録、分類配列、レファレンスサービス等で資料の存在を利用者に周知することや、利用者の要求に配慮した資料構成等がこれらの法則を実現する主な手段だった。一方、デジタル化が進んでいる現代では、全ての学術情報を包括的に検索できる環境の整備や、利用者に応じた最適な情報検索システムの展開等が重要になるだろう。そして、利用者の時間を節約するには、職員の能力開発やサービスの優先順位に応じた業務改善も必要になる。これらの結果、「適切な論文」に「適切な読者」を「可能な限り早く」見つけることができるようになるだろう。目新しいことはない。これまでも言われてきたような図書館サービスの改善を継続することが、結果として、利用面におけるジャーナルのフィルターを弱め、論文そのものの利用につながる。そしてそのことが、OA メガジャーナル同士、また OA メガジャーナルとその他のジャーナルとの適切な競争につながり、適切な APC の実現へとつながるのではないだろうかと思う。「図書館は成長する有機体である」という第5法則を胸に刻み、こう言おう、「どんとこい、OA メガジャーナル。」

 


参考文献
1. SPARC Japan “2011年度 第5回「OA メガジャーナルの興隆」”. 国立情報学研究所.
http://www.nii.ac.jp/sparc/event/2011/20120229.html(参照 2012-06-05)
2. S.R.ランガナタン. 図書館学の5法則. 渡辺信一ほか訳. 東京, 日本図書館協会, 1981, 425p.

 

 


研究者から
有田 正規(ありた まさのり)
東京大学大学院 理学系研究科生物化学専攻

 

第5回 SPARC Japan セミナー「OA(オープン・アクセス)メガジャーナルの興隆」で感じたのは、出版社・図書館・研究者の距離の遠さである。本来は三者が顔を突き合わせて議論すべきテーマなのに、聴衆に研究者は少なかったように思う。ただしこれは、研究者であれば筆者のようにむさ苦しい格好だろうという偏見に基づいた推測である。爽やかなスーツ姿の研究者が多かっただけかもしれない。

さて、学術出版に関する話には「ビジネスモデル」という言葉がつきまとう。商業出版社であればビジネス(つまり金儲け)が最優先である。たとえ非営利だとしても株主に利益を還元しないだけの企業であり、儲からなくては話が進まない。セミナーでは PLoS の Binfield 氏が PLoS ONE 誌の商業的大成功について語り、今後は PLoS ONE のような総合誌が学術出版界を席巻すると予測した。Nature ジャパンの Bocquet 氏も Nature シリーズが最重要視する「インパクト」の概念を強調し、トップジャーナルとしての Nature の権威と勢いは今後も衰えないと話した。どちらもその通りであろう。優れた出版社の優れたビジネスモデルに基づく、優れた予測である。しかし、ひねくれ者の自分としてはあえて疑問を呈したい。そのビジネスモデルは健全な市場に支えられているだろうか。つまり、読者側の厳しい吟味を経た上での購読料あるいは投稿料に基づく収益だろうか。

残念ながら現実はそうでないと思う。多くの研究者は学術出版の実情を知らない。研究に埋没して世間の事情に疎いことが尊いと勘違いし、論文執筆、とりわけインパクトファクター(IF)の高い雑誌に掲載されることを目標にする研究者にとって、雑誌や出版社の違いは IF という数字の違いにすぎない。情報系研究者を代表して情報学研究所の安達氏がコメントしたように、医学や生命科学分野には IF の高い雑誌から順に投稿する奇妙な習慣がある。だからこそカスケード査読のような制度も生まれてくる。意地悪な見方をすれば、生命系の研究者はまぐれ当たりを期待して IF が高い雑誌から順に投稿している。雑誌のポリシーや掲載料の正当性まで考えているとは思えない。

開会挨拶(杉田 茂樹:DRF,小樽商科大学附属図書館) 開会挨拶(杉田 茂樹:DRF,小樽商科大学附属図書館)

講演(西薗 由依:DRF,鹿児島大学附属図書館) 講演(西薗 由依:DRF,鹿児島大学附属図書館)

講演(佐藤 翔:筑波大学大学院博士後期課程図書館情報メディア研究科) 講演(佐藤 翔:筑波大学大学院博士後期課程図書館情報メディア研究科)


一つ例を挙げてみよう。Nature 誌はセルフアーカイビングを許しはするものの、基本的に商業誌である。論文の著作権も Nature グループが所有する。そのように、公的資金でおこなう研究の成果を営利企業が有償公開する実情を憂いて PLoS は設立されている。だから「Nature に投稿して駄目だったから今度は PLoS に投稿しよう」という行動は PLoS の精神を理解していない。むろん、これは極論である。自分も研究者だからよくわかるが、現場の判断はずっと難しいし、Nature 社の姿勢には素晴らしい点も多いと付け加えておこう。しかしもう一つ、これも Nature グループから例を挙げてみたい。新刊の総合誌 Nature Communications の OA 投稿料は64万円もする。一般常識から考えて、これは妥当な値段だろうか。私にはとてもそう思えない。しかしセミナーでも紹介されたように日本は投稿数が世界2位、採択数は世界3位である(いずれも1位は米国)。たいへんなお得意様である。Nature に載るなら64万円を惜しまない研究者は多いようで、生命系の半数以上が OA を選ぶ事実もセミナーで紹介された。しかしこれは投稿料を研究費から出すからではないか。例えば1割にあたる6.4万円を研究者が自腹で払う制度にしたら、どれだけの人が OA を選ぶだろう。学術出版という巨大ビジネスの顧客として正しく行動しているのかどうか、研究者はもっと自省しなくてはならない。

そして、研究者と学術出版の関係を語る上で欠かせないのが大学図書館である。実はセミナーに参加するまで、国立大学図書館協会が SPARC と密接につながっているとは思っていなかった。でも考えてみれば当たり前である。研究者がこれまで学術出版に無関心でいられた理由は、大学図書館が研究者を代弁し、交渉してくれたからである。つまり我々は長い間甘やかされ過ぎたのである。セミナーでは鹿児島大学附属図書館の西薗氏が詳しいサーベイを出しながら、控えめながらも出版コストの問題に一石を投じていた。制作費用だけをみると一流紙と呼べる PLoS Biology でも論文あたり約1,100ドルらしい。査読のコストを考慮しても、原稿の半数以上を受理して編集作業を一切しない多くの OA 誌はボロい儲けに思われる。だからこそ商業出版各社がこぞって OA 誌を出すのである。ちなみに Binfield 氏は儲かるから PLoS ONE の投稿料を下げると発言していた。これには驚いたし、PLoS は偉いと思ってしまった。それはさておき、研究者がまず図書館の実情を理解して連携することこそ、商業出版社と対等に渡り合えるようになる第一歩に思う。

このように、セミナーは様々な角度から研究者の問題点を浮き彫りにしており、大変勉強になった。だからこそ多くの研究者にも参加してもらい、実情を把握してもらいたい。関連する雑文を岩波「科学」2012年5月号にも掲載してもらった。機会があれば手にとっていただけるとありがたい。

 

講演(Peter Binfield:PUBLIC Library of Science) 講演の様子
講演(Peter Binfield:PUBLIC Library of Science)講演の様子
パネルディスカッション パネリスト(左からPeter Binfield:PUBLIC Library of Science、Antoine E. Bocquet:NPG Nature Asia-Pacific、山下 幸侍:シュプリンガー・ジャパン(株)代表取締役社長、大澤 類里佐:DRF,筑波大学附属図書館、安達 淳:NII学術基盤推進部長 教授)
パネルディスカッションパネリスト(左からPeter Binfield:PUBLIC Library of Science、Antoine E. Bocquet:NPG Nature Asia-Pacific、山下 幸侍:シュプリンガー・ジャパン(株)、大澤 類里佐:DRF,筑波大学附属図書館、安達 淳:国立情報学研究所)