◆インタビュー記事
<地形データの蓄積・解析とその活用>
(早川)
私の専門は地形学で、研究の基盤は地形データの収集と解析です。近年は、無人航空機による写真・レーザ測量技術が急速に発展し、非常に高精細な三次元データが広範に取得できるようになりました。
(古宇田)
具体的には、どのようなフィールドで測定や解析を行っているのでしょうか。
(早川)
現在、北海道大学の研究林では、森林が蓄えている有機物の総量を観測・分析するプロジェクトが始まっています。分野の異なる研究者が協働し、取得したデータを一括管理・共有し、解析や可視化までを行えるプラットフォームの構築を進めています。同じ地形データであっても、対象が地表なのか、植生なのか、あるいは人工物なのかによって解析の目的は異なります。それらの対象物を地形データから自動的に判別する解析手法やソフトウェアの開発が必要となっています。
(古宇田)
地形データは、社会の中でどのように活用されているのでしょうか。
(早川)
例えば、北海道胆振東部地震による斜面崩壊では、地形データを計測・解析し、災害復興に向けた基礎情報として提供しました。また、登山道における人の流れと、スマートフォンを活用して計測した地形データとを組み合わせて解析することで、より安全で持続可能な登山道管理につなげる取り組みも行っています。さらに、洞窟内部の地形をレーザ測量で三次元計測し、そのデータをもとに3Dプリンターで模型を作成し、博物館などで展示した事例もあります。模型を通じて空間構造を視覚や触覚で体験することで、一般の方の地形に対する理解や関心が高まったという声が多く寄せられました。
<長時間軸での土壌炭素の蓄積の仕組み>
(徳永)
私は、大学演習林に蓄積されてきた長期観測データを活用し、森林のGX(グリーントランスフォーメーション)やDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速させることをミッションとする組織に所属しています。
(古宇田)
具体的には、どのような研究に取り組まれているのでしょうか。
(徳永)
地上部だけではなく、土壌中の炭素の蓄積にも注目しています。森林が吸収した炭素を長期的に大気から隔離するためには、土壌中に炭素が定着することが不可欠です。しかし、土壌中で炭素がどのように蓄積・分解されるのかについてはまだ分からないことが多く、長時間軸での継続的なデータの観測や解析が必要とされています。
(古宇田)
企業との連携も進められているのでしょうか。
(徳永)
はい。民間企業とも連携し、森林施業によってどれだけ炭素が吸収されるのか、水を浄化するのか、生態系がどのように保全されるのかといった多面的な価値を、経済的な指標として評価する手法について助言しています。これらの評価を企業の投資判断に活かしてもらうことが目標です。
<森林と動物の生態系の関係性>
(小林)
私は、森林に生息する動物の行動や生態を中心に研究しています。動物の行動は、種子散布などを通じて、長期的な森林の構造や更新にも影響を与えます。特に、人と野生動物の行動が重なる「境界領域」におけるフィールドデータの収集と分析には、現場に根差した継続的な観測が欠かせません。
(古宇田)
動物の行動変化の背景には、どのような要因があるのでしょうか。
(小林)
近年は、クマなどの野生動物が人為的に形成された地域に出没する事例が増え、森林の役割に関する社会的な関心も高まっています。動物の行動変化は気候変動の影響に加え、農村部の人口減少や里山の管理の変化など、人の暮らしの変化が大きく関係していると考えられます。「境界領域」から得られるフィールドデータをどのように解析し、自治体などの現場で継続的に活用していけるかが、今後の重要な課題です。
(古宇田)
フィールドから得られる膨大なデータについて、整理・蓄積・共有・活用といった技術的な課題だけでなく、それを支える体制や仕組みといった面でも、共通の課題があるようですね。
(早川)
測定機器の進歩でフィールドから取得される三次元データの量は急激に増加しています。地形データ関連のコミュニティとしてデータフォーマットの統一化が望まれていますが、現状は確立された標準的な方法はなく、共同研究などの枠組みごとに運用しているのが実態です。米国には、航空レーザ測量データを集約し、処理や共有までを一体的に行う「OpenTopography」という基盤がありますが、日本も同様の仕組みを構築することが課題と考えています。
(古宇田)
分野横断的な取り組みは進んでいるのでしょうか。
(早川)
生態系や文化財などの多分野の研究者と、地形データを共有する機会が増えています。毎年実施される日本地球惑星科学連合では、多様な分野の研究者が参加するセッションで地形データの共通的な利活用に関する議論を行っているのですが、研究者がデータの整備や普及活動に十分な時間を割くことが難しく、データ基盤形成を専門的・継続的に担う仕組みづくりの必要性を感じています。
(古宇田)
森林を対象としたフィールドデータについてはいかがでしょうか。
(徳永)
演習林には、100年以上前からの膨大な地上観測データが蓄積されていますが、トラック何台分にも及ぶ貴重な紙データが放置されており、活用されていない状況にあります。この貴重な紙媒体のデータをデジタルデータに変換した上で、保存方法やフォーマットの統一をどのように定義し、将来の研究に利用できる形にしていくのかを考える必要があります。これは個々の研究室や大学だけでなく、日本全体で取り組むべき課題と考えています。
(古宇田)
全国的なデータフォーマットの共通ルールが必要ということですね。
(徳永)
気候変動が進む中で、例えば過去の30年とこれからの30年が同じ環境条件であるとは考えられない状況のため、環境変化を見越した防災や温暖化対策の検討が必要です。そのためにも、過去のフィールドデータを活かせる形で残しておくことが重要です。
(古宇田)
フィールドデータの収集や運用の面で、現場特有の課題はありますか。
(小林)
フィールドで得られるデータ量は年々増加しており、その送信や処理が大きな課題になっています。一部の大学の演習林では、NIIが提供するモバイルサイネットを活用してデータを送信するとともに、現場でAIを用いてデータを前処理した上で必要な情報を抽出・圧縮して送信する取り組みが進められています。
(古宇田)
皆さんのお話から、現場で得られた貴重なフィールドデータを、研究者個人の努力に依存せず、組織的かつ継続的に管理・活用していくための仕組みづくりが今後のデータ利活用推進の鍵になると感じます。
(古宇田)
研究データエコシステム構築事業ではどのような取り組みを進めているのでしょうか。
(早川)
地形データに関し、まずはデータフォーマットの統一を、賛同していただけるコミュニティを対象に始めています。データ利活用のための基盤システムであるmdx(データ活用社会創成プラットフォーム)上に研究データを収集するためのソフトウエアを実装し、データとメタデータを集約して整理します。そして、保存したデータをGakuNin RDM(GRDM)を活用して共有し、可視化や解析ツールもmdx-GRDM連携システム上で利用可能とする仕組みを整えることを考えています。
(古宇田)
データフォーマットを定めて収集した後の、データの利活用のしやすさが重要ですね。
(早川)
その通りです。地形データは数値の集合体なので、地図や三次元データとして可視化するツールや解析するツールとセットで提供することで、他分野の研究者や専門外の方にも使っていただきやすい環境を整備することが、分野横断的な連携を広げる上で重要と考えています。
(古宇田)
森林を対象としたフィールドデータについては、どのような取り組みをされているのでしょうか。
(徳永)
全国6か所に配置された東京大学の演習林に蓄積されているフィールドデータのメタデータの標準化、および、紙媒体のデータをデジタル化して保存していくプロセスの検討を進めていきます。実際にはGRDM上でデータを収集・共有し、mdxでデータ解析を行い、WEKO3で成果を公開していくプロセスを確立していくことが目標です。
(古宇田)
大学の枠を超えた連携も想定されているのでしょうか。
(徳永)
大学間の連携はもちろん、企業や自治体ともデータを共有することを見据えています。多様な組織が関わるからこそ、公的なGRDMやmdxの基盤を共通プラットフォームとして活用する意義があると考えています。日本の国土の約3分の2を占める森林を対象に、日本モデルとなる森林データ基盤を構築し、世界に向けて発信していければよいと思っています。
(古宇田)
膨大なデータ量に対応するインフラ整備の取り組みはありますか。
(小林)
大容量のデータと最新のAIを活用した基盤システム「mdx MaaS(Model as a Service)」を開発し、2026年1月に利用を開始しました。生成AIモデルを安全かつ効率的に活用するための研究基盤であり、学習させるデータが拡張しても利用可能なシステムです。フィールドデータを活用する研究の推進に対する強い味方になると考えています。
(古宇田)
フィールドデータが容易に活用できる環境がResearch Data Cloud(RDC)上に整備されるとどのような効果がありますか。
(小林)
大きく三つの効果があると考えています。
一つ目は、分野融合を担う人材育成への効果です。mdxを含むNIIのResearch Data Cloud(RDC)を活用することで、これから研究を始める若手研究者や学生は、特別な機材や高度な専門知識がなくても、地形・森林・動物など多様なフィールドデータにアクセスできるようになります。これにより、フィールドデータに基づく研究や教育活動に、より早い段階から主体的に取り組むことが可能になります。
二つ目は、分野融合研究を支える研究支援基盤としての役割です。従来、研究データや解析環境は分野ごとに個別最適化されていたため、異なる領域のデータを組み合わせた研究には大きな障壁がありました。RDCを共通の基盤として活用することで、分野を越えたデータ共有や解析が容易となり、フィールドデータを軸にした分野融合研究をより円滑に推進できるようになります。
三つ目は、社会実装を後押しする効果です。防災、気候変動対策、野生動物との共存など、複雑化する社会課題の解決には、産学官の連携が不可欠です。RDCは、組織や分野の壁を越えたデータ共有を可能とし、日本の研究力や国際競争力の強化につながる多様な共同研究を支えるとともに、持続的な研究エコシステムを構築する基盤として機能すると考えられます。
(古宇田)
今回の議論から、大学演習林に代表される長期的なフィールドデータが、環境変動の理解や社会課題への対応に欠かせない基盤であることが明らかになりました。研究データエコシステム構築事業は、こうしたデータを整備・共有し、分野横断の研究や教育、人材育成を支える仕組みづくりを進めています。貴重なフィールドデータを社会の資産として次世代へ受け継ぐことは、未来に向けた重要な投資であり、本事業はその実現に向けた中核的な役割を担っています。


