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小林 多寿子(こばやし たずこ/一橋大学 社会学研究科)

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2009年12月11日に開催されたSPARC Japanセミナー「人文系学術誌の現状―機関リポジトリ、著作権、電子ジャーナル」は、所属学会誌の電子化に関わっている私にとって非常にタイムリーな、いまもっとも知りたかったことを知ることのできた有意義な機会であった。というのは、私の専門は社会学であるが、この3年ほど、大学紀要や学会誌のCiNiiにおける電子化の仕事に携わるなかで、人文・社会科学系の学術誌の電子化はいかに進めたらよいのかを考えさせられており、具体的な先行例をぜひ知りたかったからである。 当日の報告はいずれも興味深いものばかりであったが、とりわけ山本真鳥氏による日本文化人類学会の紹介は、人文・社会科学系の学術刊行誌における著作権の問題、学会誌の公共性の問題、さらに電子化普及のなかでの学会運営と学会誌の関係をめぐる問題をわかりやすく要点整理して示していただき、人文・社会科学系学会誌電子化の先行モデルとして示唆に満ちたものとなった。

山本氏が説明された日本文化人類学会における著作権委譲への移行とそのための合意形成プロセス、既刊号への対応や機関リポジトリへの対応方針は、後続の人文・社会科学系の学会誌にとっておおいに参考となるものである。とくに機関リポジトリは、この数年、大学院生を多く抱える規模の大きな大学で普及しているものの、小規模な大学ではまったく取り組みが始まっておらず、学会を運営する理事のあいだでも認知度はけっして高くない。ところが、学会誌への投稿者には機関リポジトリを推進する大学に在籍する大学院生の割合が増えており、投稿前に所属機関のリポジトリに掲載できるかどうかを問い合わせてくるというケースもでてきている。学会誌として機関リポジトリへいかに対応するかという問題は、電子化のための著作権のありかた、さらにCiNiiにおける学会誌コンテンツの有料公開といかに調整するのかという問題と連動して検討が急務の課題となっている。文化人類学会がとっている「査読後最終原稿のPDFファイル」をもって可とするという機関リポジトリへの方針は具体的な対応策として私の関わる学会でもぜひ参考としたい。

山本氏が「学術コンテンツのコモンズ的思想」という考え方を示して言及されたところは学会誌のあり方にとって重要な点である。学会誌が学術の先端を切り拓いて知の発展に寄与し、社会的な公共性をもつという認識は学会誌に関わるものに共有されるべきではあるものの、他方で、学会の維持運営と学会のもつ学術資源の保全を図らなければならないという、ときに相反する、両立の難しい問題をあらためて浮かびあがらせている。とくに会員数の小規模な学会は、社会に対して学術成果をアピールしつつ、学会運営の基礎となる会費収入の確保と会員の利益保全をいかに図るか、さらに学会誌が会員のピアレビューと編集委員によるボランティア的貢献によって成り立っている現状をふまえると、どのような考え方でいかに電子化に対応していくかを考えさせられる。

たとえば私の関わる二つの学会誌の現状を紹介しよう。まず日本オーラル・ヒストリー学会は、オーラル・ヒストリーという口頭で語られる言葉を記録し、その語りを研究する歴史学、社会学、文化人類学、民俗学など複数領域にまたがる学際学会である。2003年に設立された会員数約300名の小規模な若い学会であり、学会誌『日本オーラル・ヒストリー研究』を2006年に創刊し、2008年にCiNiiにおける電子化をおこない、既刊号の執筆者への許諾作業を経て創刊号からすべて非会員には有料公開している。新しい学問潮流のもとで立ち上がった学会であるが、まずは学会の運営基盤を確立させることが優先課題となっており、電子化もその確立を促進するという観点で取り組まれた。

いまひとつは日本生活学会である。日本生活学会は今和次郎や宮本常一など多くのユニークな学者が関わって1972年に設立された学会であるが、現在、会員数は約500名、近年漸減傾向にある。日本生活学会の特徴は、建築学、家政学、都市計画論、文化人類学、社会学、歴史学、デザイン、社会福祉学、栄養学、人口学、民俗学、農学、環境学など人文・社会科学系と理科系、さらに芸術系も含んだ多領域を横断する学際学会であることにある。1996年より『生活学論叢』という学会誌を刊行しているが、この学会誌のコンテンツには生活を描いた図や絵、写真など、文字以外のデータがふんだんに盛り込まれた論文がある。学会誌はいま電子化作業の途上にあり、「学術コンテンツのコモンズ的思想」と学会の保有する学術資産の活用、学会運営の安定化のすりあわせのなかで具体的な方向性を模索しているところである。

人文・社会科学系の小規模な学際学会は数多くある。このような学会は学会誌をいかに電子化に対応させていくべきか試行錯誤のなかで頼りとなるモデルや指針を一層求めている。

広島大学共同リポジトリ