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ビッグディールは大学にとって最適な契約モデルか?

永井 裕子(ながい ゆうこ/社団法人 日本動物学会 事務局長・UniBio Press 代表)

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● はじめに

ジャーナルを出版する、それも学術雑誌編集業務は魅力的な仕事だ。わたくしはかつて逐次刊行物の受け入れ業務を図書館で行っていたことがあるが、ジャーナルが生き物のように変遷するさまに、一瞬にして心を奪われた。その後、縁あって、理学系学会の事務を引き受けることとなったが、学会が100年を越えて、ジャーナルを出版していることにまたも私は、心惹かれたのである。そこには、多くの研究者の意志と喜びと誇りがあり、そして、それはいつまでも色褪せない。

21世紀における日本の学術誌出版に関わるこの報告書は、国立情報学研究所が2003年より開始した、SPARC運動1)の成果であり、そして、この活動に関わるすべての人によってもたらされた知識とそして得難い人間関係に根付くものである。私は、SPARC Japanに関わる多くの方々に代わって、この報告書を書こうと思うが、それは単なる代理としての立場にすぎないことをはじめにお伝えしておきたい。およそ社会的な運動は、多種多様な人間が関わるものである。高い立場にありながら、人への深い理解を持つ者、有能でそして冷静な判断者、静かに運動を支える者、という様々な人々である。私は運動を支えるその中の小さな、そして微力なひとりにすぎない。またこの報告書は、研究に携わる方々、学会業務、それは編集のみならず学会活動全般に従事される方々、図書館員、また図書館業務に関わる方々、そして、学術情報流通を支える様々な実務に関わる方々,それは同時に、SPARC運動に関わる方々でもあるのだが、そういった人々に向けて書かれるものでもある。従って、それぞれの立場、実務経験によって、その方にとっては、当たり前の周知の事実を記載している箇所がある。しかしながら、平たい言い方をすれば、研究者、学会、図書館と商業出版社2)が一体となって、現在の学術情報流通世界は存在している。ともすれば、学会は図書館を、図書館は研究者を、そして研究者は図書館をもしくは、それぞれがそれぞれの活動を知らない状況がわが国では起きているように見受けられる。わけても、学術の世界においては、学術情報流通の中心に位置するのは研究者であり、その研究活動こそが学術情報流通のすべてであると言っても過言ではない。しかし、21世紀の今、実際的な情報流通世界の中心に存在するのは、間違いなく「商業出版社」である。現状の、快適な学術情報の世界は商業出版社に拠って、もたらされたのだ。研究者が電子ジャーナルを、研究室のパソコンから読むことができるのは、インターネットのおかげではあるが、大学図書館が、「サイトライセンス」3)という名称の電子ジャーナルによる購読形態を取り、大学が購読料を支払っているからこそ、CELLやNatureを電子ジャーナルでその大学に所属する研究者は読むことができる。従って、日本の学術情報流通をより良くしよう、また改革しようと、考えるなら、研究者、学会、図書館が、基本的な部分で同様の知識を獲得し、同じコンセンサスに則り、2010年のわが国の状況を知って、その方向性を検討すべきである。今はまさにその時期なのだ。この報告書が今後のわが国のジャーナル出版を検討するために、そして最後には日本の学術を守ることになれば幸いである。守るのは読み手の皆様、一人ひとりであることは間違いない。守り、育てる人間は多ければ多いほうが良い。多様な、多くの人間から生まれる様々な考えをお互いに交換し、理解しあうことがあってこそ、そこで構築されたシステムは揺るぎのないものとなるからだ。また、それこそが成熟した社会である。

 

本報告書は、以下に挙げる内容を明らかにし、報告するという目的を持っている。
1. 日本の学術誌とはなにか
  − 2010年における日本の学術誌の特徴
2. 変容する学術情報流通
 − 2010年における学術情報流通の状況
3. SPARC、SPARC Japanの活動とは何か
 − 米国SPARC設立から12年を経て
4. 学術誌刊行のために
 − 日本の学会は、今後、どのように学術誌を出版するか
 ・ プラットフォーム
 ・ 電子投稿査読システム
 ・ ビジネスモデル
 ・ 機関リポジトリ4)方針
 − オープンアクセス5)への対応

本報告書は、できるだけ「観念的」な表現を避け、わかりやすく書くことを心掛けた。そして、また今まで公表されながら、実際に目に触れることが少なかった文書などを紹介することで、わが国が日本の学術誌をどのように育て、支援してきたか、また学術誌をどのように捉えていたかを簡単にではあるが、ご理解いただけるようにとも考えている。激動する学術情報流通世界では、「新しい用語」が次々と登場している。今後もそれは続くことだろう。用語がひとり歩きしないため、以下に簡潔な説明を加える努力を行う。しかしながら、言葉足らずで理解しにくい部分があるとすれば、それは筆者のみの責任によるものである。

1)SPARC

The Scholarly Publishing and Academic Resources Coalitionの略。1998年に米国、2000年に欧州、そして2003年に日本で開始された学術情報流通の変革を目指す運動。米国はAssociation of Research Librariesによる、欧州は100を越える研究機関、大学図書館等による図書館主導型の運動となっているが、日本は、図書館主導という形は取らず、国立情報学研究所による国の補助による変革運動となった。米国、欧州が、現状の商業出版社による独占的ゆえの学術誌価格の高騰という現状を変革するというテーマを重要視している一方で、日本は、同じ立場に立ちながらも、それ以前に「日本の学術誌そのものが抱える問題」を解決する必要性があった。米国、欧州、日本の各SPARCのサイトは以下の通りである。
● 米国 http://www.arl.org/sparc/
● 欧州 http://www.sparceurope.org/
● 日本 http://www.nii.ac.jp/sparc/

2)現在の学術情報世界

学術情報流通の中心に立つのは研究者である。情報の内容、質等を査読し、その情報を保障するのが研究者であり、保障された情報をまた次の研究に用い新たな知見を生み出すのもまた研究者である。しかし、そういった、「研究の場」での学術情報のサイクルとは違うサイクルが、存在するのが、21世紀の学術情報流通の世界である。かつては、研究者は研究者内(学会を含む)で、情報伝達は行われ、すべてのサイクルは成立していた。しかし、今や、情報伝達において、また、それ以前のジャーナル製作という部分においてさえ、もはや商業出版社の介在なくしては、学術情報流通世界は成立しない。従って、今後、学術情報流通の中で、ジャーナルに関して、その方針や、新しいシステム、また重要な政策を検討する場合、学術に携わる研究者だけで、なんらかの決定を行うことは難しいと言える。

3)サイトライセンス

電子ジャーナル購読を行う際に、購入した機関のみが、そのコンテンツヘアクセスできるようにする形態の名称。資金力があり、たくさんのジャーナルを購読する大学に所属する研究者は、時に、ほとんどのジャーナルが、フリーアクセスでコンテンツを公開しているように見えてしまうことがある。「PCから読みたいジャーナルはすべて読める」「図書館はなにもしていない」「ほとんどのジャーナルはオープンアクセスになっている」という声を、研究者から私は聞いている。しかし、有力ジャーナルの多くは、「購読料モデル」を現状でも基本としている。

4)機関リポジトリ

機関リポジトリは研究機関が、その機関に所属する研究者、大学院生が生産した論文、紀要、講義ノート等を含む生産物を電子的に保存し、また広く公開するためのシステムである。また、オープンアクセスを実現させる2つの方法のひとつとして推奨される。例えばJoint information Systems Committee(JISC)の以下のサイトを参照。
http://www.jisc.ac.uk/publications/briefingpapers/ 2005/pub_openaccess.aspx(accessed 2010.04.08)

また、東京大学附属図書館情報管理課長(2010.04. 13現在)尾城孝一氏の以下のプレゼンテーションを参照。図書館側から、その責務と意義を忠実に述べた講演内容である。

尾城氏は千葉大学で機関リポジトリをわが国ではじめて実装させた経験を持つ。 http://home.q00.itscom.net/ojiro/DL_IR_071215.pdf (accessed 2010.04.01)

5)オープンアクセス

学術コンテンツへの障壁なきアクセス。研究者にとって、すべてのコンテンツが無料で提供されることは理想の世界であるといえる。オープンアクセスはビジネスモデルのひとつであり、コスト回収を想定しない、フリーアクセスとは異なる。また2009年9月に出版された“The STM Report: An overview of scientific and scholarly journal publishing ”によれば、多様な形態すべてを含め、オープンアクセス出版を続けているジャーナルは、ジャーナル全体の8%に満たない。としている。
http://www.stm-assoc.org/news.php?id=255 (accessed 2010.04.28)

2000年頃より、フリーアクセス、つまり無料で読むことができるジャーナルはインターネット上に存在したが、実際は、オープンアクセス運動との関連性はなかった。それを2004年頃から、オープンアクセスと呼んだのは言わば、後付の論理である。また、それらのジャーナルが2010年の今、ビジネスモデルとしてのオープンアクセスを標榜しているのか、また、コンテンツをオープンに公開し続けることで、ジャーナルの地位を上げようとしているのか、そして実際に上がったのか、またオープンアクセス運動に寄与するものとしてのモデルを検証の上で、選択したのか、その具体的な例を聞く機会は、我が国においては少ない。オープンアクセス出版にご興味がおありになる方には以下の文献をお勧めする。
● 林 和弘
 「日本のオープンアクセス出版活動の動向解析」
http://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/52/4/52_198/_article/-char/ja/(accessed 2010.4.14)
● 谷藤幹子
「オープンアクセスジャーナル出版の実践と考察 理工系分野における学術誌」 http://www.jstage.jst.go.jp/article/johokanri/52/6/52_323/_article/-char/ja/(accessed 2010.4.14)
「オープンアクセス再考 −なぜオープンアクセスジャーナルの道を選んだのか」
http://www.nii.ac.jp/sparc/publications/newsletter/html/2/fa1.html(accessed 2010.4.14)

アクセス数の増加がその「良い事実」として、オープンアクセスを語る折に引き出される。しかし、アクセス数の増加に関しては、以下の点を最初に考慮すべきである。

1. PC保有数の増大や、インターネット環境整備の影響

2. 検索ロボットの影響

3. コンテンツ蓄積量は年々増加する。アクセスは右上がりの曲線や棒グラフとなるのが通常の状態である。

上記を踏まえ、ジャーナルのパフォーマンスを検証する折には、学会等は、慎重なログ解析が必要だと言える。

● 問題提起のために

ここでは、次回よりはじまる報告のために、問題提起として、いくつかの統計をお示ししたい。図1、図2の円グラフは、根岸 正光氏*1による2000年における各国から出版されるジャーナル数を示しており、また日本の研究者が発信する学術情報量を示すものである。重要なことは、図2の3%を占める日本のジャーナルをどう考えるかであろう。日本の学術誌は、世界のジャーナルの中では、数として主要ではない。米国の学会の動向が、学術情報流通に与える影響は、わが国の学会よりも大きいということは確かである。そして、重要な点は、日本の学術政策を考える上で、日本の学術情報量は、資源の少ないわが国で、唯一、世界に誇れる、重要な資源と考えられるということである。つまり、この重要な資源を、いかに有効に利用し、一方で、日本の学術誌の立場を明確にしていくか、ということがポイントになる。しかもそれは、「誰かが何かを行うことで得られるもの」ではなく、その学会誌に関わる人々が、またそのジャーナルに投稿する方々がそのジャーナルをいかに愛するかということにのみ依拠する。方策はいくつかあるだろう。だが、ジャーナルの地位をさらに上昇させていくには、主幹をはじめとする人々の強い意志とそのジャーナルへの深い愛情なくしては、それは成し遂げられない。それも一時的な気まぐれではなく、自らが責任に基づいた、日本のある学問領域の担い手という自覚に裏づけられた深い愛情である。


図1:日本の論文の雑誌発行別掲載数の構成比
(2000年/合計71,300論文)

図2:主要国際学術誌3,820誌の発行国別掲載論文数の構成比
(2000年/合計596,100論文)
図1:ビッグディールの概念図
図1:ビッグディールの概念図

出典:根岸 正光.研究評価における文献の計量的評価の問題点と研究者の対応.薬学図書館.2004. Vol.49. No.4. p.181グラフ改変
ISI NCRJ 1981-2002, CR 2000, Science Edition, 同Social Science Editionに対する調査推計結果

 

また、図3のグラフは、物質・材料研究機構科学室長 谷藤 幹子氏の講演資料を拝借したものである。我が国のジャーナルがどのようなプラットフォームから電子ジャーナルを公開しているかを示したものである。合わせて、日本最大の電子ジャーナルプラットフォームであるJ-STAGEを利用する学会著作権ポリシー*2を調査し、グラフにした(図4)。オープンアクセスとは何かというテーマは、この報告書の中でも幾度も登場することになる。なぜなら、2010年の今、ジャーナル出版に関わる者は、オープンアクセスを避けて通ることはできないからだ。それは、「ジャーナルはフリーで出版すれば良い」という問題とは、一線を画した今後のジャーナル出版に関わる重要なテーマだと言える。J-STAGE上でFreeとマークされているジャーナルとその著作権ポリシーの大きな齟齬はなぜ生じているのだろうか。

図3:Publishing in Japan

図1:ビッグディールの概念図

出典:By Mikiko Tanifuji, National Institute for Materials Science, 2007
図4:J-STAGE掲載誌(595誌)著作権ポリシー
図1:ビッグディールの概念図

次回へ続く


※ 参考文献・資料
*1: 根岸正光, 研究評価における文献の計量的評価の問題点と研究者の対応,薬学図書館.2004, Vol.49, No.3, p.176-182  
*2: 各学会の著作権ポリシ−については、以下のサイトを参照。また合わせて、以下の記事を参照。
http://scpj.tulips.tsukuba.ac.jp/ (accessed 2010. 5. 2)
SCPJ プロジェクトの取り組み−学協会のOA方針の策定を目指して http://ci.nii.ac.jp/naid/110007473329