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ビッグディールは大学にとって最適な契約モデルか?

尾城 孝一(おじろ こういち/東京大学附属図書館)

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● はじめに

ビッグディールは、大学にとって最適な電子ジャーナル契約モデルか?この問いに対する答えは、イエスであり、ノーである。本稿では、国立大学図書館協会の取組みを縦軸にとりながら、ビッグディールをめぐる悩ましい問題について論じてみたい。

● ビッグディールとは 

図1:ビッグディールの概念図
図1:ビッグディールの概念図

ビッグディールとは、ある出版社が刊行している全ての電子ジャーナルにアクセスすることのできる契約モデルである。包括的パッケージ契約と称されることもある。例えば、エルゼビア社は約2,000タイトルの雑誌を電子ジャーナルとして提供しているが、エルゼビア社との間でフリーダムコレクション(エルゼビア社のビッグディールの呼称)の契約を結ぶことにより、大学の正規利用者は2,000タイトルの全てにアクセスすることができるようになる。

それでは、ビッグディールの価格構造はどのようになっているのか。大学は、ビッグディールの契約開始時点に購読していた雑誌に対する支払額を基本として、それに非購読誌にもアクセスするためのわずかなアクセス料金を上乗せした金額を支払うことによって、全タイトルアクセスの権利を得ることができる。さらにこの金額に毎年の値上がりが加算されていくことになる。出版社によっていくつかのバリエーションがあるが、これが基本的な価格の仕組みである。

しばしば誤解されるが、出版社の全タイトルから構成されるパッケージ商品というものが存在し、それにある価格が付与されているというものではなく、契約開始時の購読額にわずかな追加料金を払うことにより全タイトルアクセスが可能となる点が重要である。

ビッグディールの価格モデルについて、より具体的なイメージを描くために、概念図(図1)を使って説明する。

  • 大規模なA大学は、ある出版社の雑誌を500誌講読していた。その購読額は180,000千円であった。それに非購読誌のアクセス料を20,000千円追加して、合計200,000千円を払って2,000タイトル全てにアクセスできるようになった。
  • 中規模のB大学は、90,000千円払い300誌を購読していた。それに10,000千円を追加して、合わせて1億円の支払によって全タイトルにアクセスできる権利を獲得した。
  • 小規模なC大学は、100誌購読していた。購読額は25,000千円。5,000千円の追加料金を払って、2,000タイトル全てにアクセスできるようになった。

以上のように、同じ出版社の場合でも、ビッグディールの価格は大学によって大きく異なる。契約を開始した時に購読していた雑誌に対する支払額に左右されるからである。

● コンソーシアムとビッグディール

図2:国立大学・雑誌受入数(平均)の推移
図2:国立大学・雑誌受入数(平均)の推移

1980年代から顕著となったシリアルズ・クライシス(雑誌の危機)と1990年代から加速度的な普及した電子ジャーナルへの対応を迫られた大学図書館は、コンソーシアムによる電子ジャーナルの共同購入体制の確立という戦略を採用するようになる。複数の図書館がコンソーシアム(図書館連合体)を形成して、それによって共同体全体の購買力と出版社との交渉力の強化を図ろうという戦略である。

国立大学図書館では、1990年代の後半から、電子ジャーナルの共同購入をめざした、さまざまな実験的な試みが行われてきた。こうした準備段階を経て、平成12(2000)年9月に国立大学図書館を代表する交渉窓口として、国立大学図書館協議会の下に電子ジャーナル・タスクフォースという組織が設立された。電子ジャーナル・タスクフォースは、電子ジャーナルなどの電子情報資源を安定的に供給できる体制を作ることによって、学術情報の基盤を整備することと、学内および大学間の情報格差を解消する、という2点を理念的な目標としてコンソーシアム活動を積極的に進めてきた1)

コンソーシアムによる共同購入体制の整備、国による呼び水的財政支援と組織内予算の集約化などを背景として、国立大学における電子ジャーナルへのアクセス環境は、ここ10年間で急速に向上した。

図2は、昭和45(1970)年以降の国立大学における、毎年の雑誌の受入数の平均を示したものである。洋雑誌(冊子)の受入数を見ると、シリアルズ・クライシスの影響を受けて平成2(1990)年をピークにして、その数が激減している。

一方、電子ジャーナルの方は、コンソーシアムが正式に成立した2000年くらいから急激にその数を増やしていき、平成19(2007)年には、平均7,267の電子ジャーナルが各大学で利用できるようになっている。主要な学術出版社とのコンソーシアム契約は、全てビッグディールが基本となっており、2000年以降の大幅なアクセス可能タイトル数の増加の第一の要因がビッグディールの積極的な採用にあったことはまちがいない。

とりわけ小規模な大学にとっては、ビッグディールの恩恵は大きかった。それまでの購読額にわずかな金額を上乗せすることによって、一挙に大規模大学と同数のタイトルにアクセスすることが可能となるからである。まさにビッグディールは、コンソーシアム設立時のミッションである「大学間の情報格差解消」を実現するための最適なモデルであったと言えよう。

一方、大規模大学にとってもビッグディールの効果は小さくない。論文ダウンロード数は急増し、それとともに論文当たりの単価も年々低下してきた。ビッグディールが費用対効果の高い契約モデルであることはまちがいない。

● ビッグディールの問題点

しかしながら、ビッグディールには大きなリスクも伴っている。ビッグディールが抱える最大の問題は、支出額が上昇し続けるということである。コンソーシアムは出版社との協議の中で、プライス・キャップ(値上げ率の上限)を設け、価格上昇に一定の歯止めをかけてはいるが、運営費交付金の減少が続く国立大学にとって、毎年の支出額が5%程度増え続けることは相当な負担であり、いずれ継続が不可能になることは明らかである。既に、いくつかの大学ではビッグディールの中止を検討する動きも出てきている。

また、この契約モデルが登場した当時から、図書館の選書権が剥奪されることにより大手商業出版社が刊行するタイトルに偏った、歪んだコレクションが構築されるといった危険性も指摘されていた*1

この危険性が現実のものであることを示唆する調査結果が、最近、日本物理学会によって公表された。日本物理学会の研究費配分に関する教育研究環境検討委員会は、Journal Citation Reportsに採択されている物理学系主要学術誌263誌について、全国の大学、短大、高専の図書館を対象とした購読状況アンケートを実施した。その結果によれば、2002年と2006年を比較すると、中規模大、小規模大ではElsevier系のPhysicaシリーズ、Phys. Lett.、Nucl. Phys.やSpringer系のEuro. Phys.シリーズなどが全てこの4年間で増えている。小規模大でAPSのPhys. Rev.シリーズが減少し、大規模大でもJPSJやIOPのJ. Phys.シリーズが減少しているのと対照的である。この結果を踏まえ、同委員会は「大手出版社が他分野の雑誌も含めたセット販売方式を採用し始めたため、大学として特定の分野でも不可欠な雑誌がその中に含まれていれば、他の雑誌もセットで購入せざるを得ないという実情があり、全体の図書経費圧縮の中で大手出版社以外が扱う雑誌の講読中止が起こっていると推測することができる。各大学とも見かけ上は購読雑誌の総数では増加しているが、その一方で経費不足から本当に必要な学術誌の購読が中止されている恐れがある」と指摘している*2

● ビッグディールをめぐるジレンマ

図3:ビッグディール(継続)
図3:ビッグディール(継続)

 図4:ビッグディール(離脱)
図4:ビッグディール(離脱)

ここで、ビッグディールをめぐるやっかいな問題を浮き彫りにするために、グラフを使って、ビッグディールを継続した場合とビッグディールから離脱した場合の簡単なシミュレーションを行なってみたい。
【ビッグディールの継続(図3)】

  • 2000年時点で500タイトルを購読。
  • 2005年から追加料金を払いビッグディールを開始。支出額は200,000千円。アクセス可能なタイトル数は非購読誌も含めて2,000タイトルに増加。
  • その後、毎年5%の値上げに追随していくと仮定すると、2010年には支出額は250,000千円を超える。
  • 真の購読誌は500タイトル。購読誌については、恒久的なアクセス権が保証されている。
  • 残りの非購読誌1,500タイトルは、いわば見かけ上アクセス可能となっているが、恒久的なアクセス権が保証されていない。つまり、契約終了後には全くアクセスできなくなる。
【ビッグディールからの離脱(図4)】
  • 2010年の時点で値上げに追随できなくなり、ビッグディールから離脱する
  • 離脱後、それまでアクセス可能であった非購読誌1,500タイトルへのアクセスが不可となる。アクセスできるのは実質的に購読していた500タイトルのみ。
  • さらに500タイトルの値上げは続いていくので、支出額を250,000千円に固定したとすると、購読できるタイトル数は漸減していく。

要約すると、ビッグディールを継続し全タイトルへのアクセスを維持するためには、出版社主導の値上げに応じて支出を増やすしかない。一方、ビッグディールから離脱した途端に、アクセス可能なタイトル数は激減し、その後も支出額を増やさない限り、タイトル数は減り続ける。All or Nothing、これがビッグディールをめぐる最大の問題点である。

● 中間の道の模索

では、このジレンマにどう対処すべきか。

ひとつの道は、可能な限りビッグディールを継続する。つまり値上げを受け入れて支出額を増やし続けることによって現在のアクセス環境を死守する。もうひとつの道は、ビッグディールから離脱し、アクセス可能なタイトル数の大幅減少を甘受する。しかしながら、いずれの道も茨の道であることはまちがいない。

この板ばさみから逃がれるために国立大学図書館協会のコンソーシアムでは、ビッグディールからの秩序ある撤退を図るための新たな契約モデルについて検討を開始した。具体的には、ビッグディールと個別タイトル契約の中間の道を見出すために、ペイ・パー・ビュー(論文単位での購入)を含めて新しい契約モデル(中間の道)の検討を開始したところである。

だが、ビッグディールからの秩序ある撤退を成し遂げるための中間の道は果たして存在するのだろうか。また、新しいモデルの策定は、現在の学術情報流通システムが抱えるさまざまな問題の根本的な解決につながるであろうか。残念ながら、ビッグディールからの秩序ある撤退のモデルも、短中期的な解決策であり、あくまで対症療法と考えるべきであろう。たとえ新しいモデルに移行したとしても、学術雑誌の値上がりが続く限り、大学が購入できるタイトル数の漸減は避けられない。それ故、単にビッグディール後の新たな契約モデルを探し求めるだけではなく、現在の学術情報流通システムの改革をめざした長期的な活動が求められる2)

● 学術情報流通の改革を目指して

国立大学図書館協会は、2008年4月に『学術情報流通の改革に向けての声明文−学術基盤である電子ジャーナルの持続的利用を目指して』*3を公表した。この中で現行の電子ジャーナル契約モデルは早晩破綻をきたすことを指摘し、学術情報基盤を維持するためには、新たな学術情報流通システムの構築が求められると訴えた。また、2009年3月には『オープンアクセスに関する声明〜新しい学術情報流通を目指して〜』*4を発表し、学術情報流通に関わるすべての関係者に向けて、新しい学術情報流通を支えるためにオープンアクセスを推進することを呼びかけた。さらに、2008年から2009年にかけて、「学術情報流通の改革を目指して」と題されたシンポジウムを3回開催し、学術情報流通システムの根本的な改革に向けた議論を加速させている。こうした取組みを踏まえ、平成21(2009)年に電子ジャーナル契約に関連する複数の委員会やワーキンググループを統合し、学術情報流通改革検討特別委員会を立上げ、出版社との交渉に留まらず、将来的な学術情報流通システムの構築に向けた検討を本格化させている。現在、特別委員会を中心として、学術情報流通システムのパラダイム転換を図るための長期ビジョンの策定とその実現に向けたロードマップの作成を進めているところである。
(1)フェーズ1(〜2011年)

  • 現在のビッグディールの継続
  • 中期的な対応方策を検討
  • 10年先のビジョンの実現に向けた検討開始
(2)フェーズ2(2012年〜2019年)
  • 中期的な対応方策の実施
  • 10年先のビジョンの実現に向けた段階的な試行
(3)フェーズ3(2020年〜)
  • 新しい学術情報流通システムの実現

以上のようなロードマップに沿って、学術情報流通の改革を現実のものとするためには、中期的な対応方策が鍵を握っている。中期的な対応方策の中心となるのはいわゆるセーフティネット(安全網)の整備である。新しい学術情報流通システムへの移行とは、ビッグディールからの離脱に他ならない。換言すれば、ビッグディールにしばられている限り、新たな学術情報流通システムへの道は拓けない。しかしながら、ビッグディールを中止すれば、これまでアクセスできた電子ジャーナルの相当数が利用できなくなる。それに対する教員や研究者の反発は必至である。その結果、学術情報基盤を支えるという図書館の存在意義は大きく揺らぐことになろう。ビッグディールからの離脱は、まさに「言うは易し、行なうは難し」であり、極めて困難である。このジレンマを克服するには、ビッグディールから離脱した後にも、大学が必要とする基盤的な学術雑誌に掲載された論文の入手を保証するセイフティネットが不可欠である。具体的には、アクセス可能なタイトル数の激減を緩和する契約モデルの策定、電子ジャーナルのバックファイルを全国の大学で共通的に利用できる仕組みの整備、さらには外国雑誌センター館の見直しを通じて、各館が維持できなくなったタイトルを共同利用できるような体制を作ることなどが考えられる。こうした安全網を整備し、安心してビッグディールを中止することのできる環境を構築することが、国立大学図書館協会が取り組むべき喫緊の課題である。

また、中期的な方策の検討と実施と平行して、10年先の長期ビジョンの策定も急がなければならない。新しい学術情報流通システムのビジョンを検討する上で重要なポイントを以下に挙げる。

  • 商業出版社に過度に依存した現行システムから研究者コミュニティ主導のシステムへの移行
  • コンテンツ(論文そのもの)の流通と付加サービスの分離
  • 学術情報流通のコスト負担モデルの構築
  • オープンアクセスの成果の取り込み
  • 図書館(コンソーシアム)の新たな役割

こうした点を念頭に置き、日本学術会議や国立大学協会における取組みともベクトルを合わせつつ、現在の商業出版社に過度に依存した現在のシステムから脱却し、研究者コミュニティを中心とした新たな学術情報流通の姿を明確にしていきたいと考えている。

● おわりに

ビッグディールは、それまでの購読料にわずかな料金を追加することにより、飛躍的にアクセス可能なタイトル数を増やすことができるという点において大学にとって最適なモデルである。また、ビッグディールを採用することによって、大学間の情報格差も大幅に是正されたことも事実である。

ビッグディールを継続するか、それともビッグディールから撤退するかは個々の大学の判断に委ねられるべき問題であろう。しかしながら、長期的に見ればビッグディールが財政的に持続可能なモデルでないことは明らかである。また、ビッグディールを継続する限り、商業出版社に支配された学術情報流通の仕組みを根底から変えることはできない。ポスト・ビッグディールの学術情報流通システムの創出に向けて全ての関係者の知恵を結集すべき時期が来ている。


※ 注 釈
1): 国立大学図書館協会のコンソーシアム活動の詳細については、次の文献及び報告書を参照されたい。
・植松貞夫.大学図書館における電子ジャーナルとその展望.図書館雑誌. 2009, Vol.103, No.11, p. 756-758.
・国立大学図書館協議会電子ジャーナル・タスクフォース. 電子ジャーナル・タスクフォース活動報告.国立大学図書館協議会, 2004.
・国立大学図書館協会学術情報委員会.電子ジャーナル・コンソーシアム活動報告書.国立大学図書館協会, 2009.
2): 学術雑誌の値上がりについては、(1)商品としての特殊性、(2)論文数の増加、(3)商業出版社の市場独占、(4)価格上昇に対する非弾力的な需要、(5)電子ジャーナルの新たな機能開発、などさまざまな要因が指摘されている。次の文献を参照されたい。
・ 尾城孝一,星野雅英.学術情報流通システムの改革を目指して 〜国立大学図書館協会における取組み〜.情報管理. 2010, Vol.53, No.1, p. 3-11.











※ 引用文献


*1: Frazier, Kenneth.The librarians’ dilemma: contemplating the costs of the “Big Deal”.D-Lib Magazine.2001, vol.7, No.3. http://www.dlib.org/dlib/march01/frazier/03frazier.html (参照 2010-02-10).
*2: 研究費配分に関する教育研究環境検討委員会.“研究経費の競争原理強化による教育研究環境の変化(V)図書館アンケートによる雑誌購読状況”.日本物理学会誌. Vol. 65, No. 1, 2010, p. 49-51.
*3: 国立大学図書館協会.学術情報流通の改革に向けての声明文.2008.
http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/projects/sirwg/statement.pdf (参照 2010-02-10).
*4: 国立大学図書館協会.オープンアクセスに関する声明 〜新しい学術情報流通を目指して〜.2009. http://wwwsoc.nii.ac.jp/anul/j/operations/requests/statement_09_03_16.pdf (参照 2010-02-10).