SPARC Japan NewsLetter No.14 コンテンツ特集記事トピックス活動報告
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Open Accessはどこまで進んだのか(2) オープンアクセスはいかに実現されてきたのか

倉田 敬子(くらた けいこ)
慶應義塾大学文学部

● オープンアクセスの進展

このニュースレターの読者に、「オープンアクセス」が何の事か全くわかりませんという人は、さすがにいないであろう。この10年ほどで、オープンアクセスは学術情報流通、大学図書館という領域において、非常によく論じられるトピックになったといえる。

ただ、オープンアクセスとは何かという定義は、実は人によって結構異なっている。「学術情報へのアクセスの改善」がオープンアクセスの基本理念と考える人もいる1。この考えにたてば、Elsevier 社が何百万論文の書誌情報を無料で提供し、検索に供しているのも、有料のデータベース検索しかなかった時代と比べれば「アクセスの改善」に寄与していることになる。しかし、これまで最も議論となってきたのは、「学術雑誌論文を誰もが無料で制約なく利用できるようにする」という意味のオープンアクセスである。

このような狭い意味でのオープンアクセスは、現在の学術雑誌を中心とする体制を根本的に問い直すものである。そのため、これまでのオープンアクセスに関する論文や報告書の多くは、オープンアクセスの意義や可能性を論じるものや、進展させるための実践について述べるものが多かった。実証的なデータに基づく調査研究でも、オープンアクセス論文の方が引用されやすいかどうか、といったオープンアクセスの効果を明らかにすることを研究課題としてきた。

もっと単純に、オープンアクセスは現在どの程度まで進んでいるのか、それはどのような手段によるのかといった全般的な動向(実態)を実証的に明らかにしようとする調査は多くなかった。調査して結果が出るほどの段階に来ていなかったという認識であったのかもしれない。しかし、NIH の Public Access Policy をはじめとする研究助成団体などによるオープンアクセスの義務化、オープンアクセス メガジャーナルの台頭、機関リポジトリの発展など、オープンアクセスは確実に進展してきた。今後もさまざまな提案、政策、実践の試みがなされるであろうが、その際に、オープンアクセスの現状について知っておくことは、最も基礎的なこととして必要であろう。本稿では、オープンアクセス雑誌や機関リポジトリなどの個別のオープンアクセスの進展状況ではなく、「刊行されている学術雑誌論文にオープンアクセスが占める割合」について調査している研究を紹介することで、オープンアクセスの現状について考えてみたい。

● オープンアクセスを実現する手段

1. グリーンとゴールド

オープンアクセスを実現する手段として、最もよく引用されるのはグリーン(Green road)とゴールド(Gold road)という類型で、2002年に発布された Budapest Open Access Initiative(以下BOAIとする)で提案された2 グリーンとは、従来の学術雑誌に掲載された論文を著者がウェブサイトで公開する、いわゆるセルフアーカイブといわれる方法である。ゴールドとは、これまでの学術雑誌とは異なるオープンアクセス雑誌で論文を公開、流通させていこうという方法である。

BOAI が発布されたとき、実際に機関リポジトリはほとんどなく、分野別で論文をセルフアーカイブできるサイトも物理学の現在の arXiv.org 以外ほとんど存在していなかった。このグリーンとゴールドという2分類は、実際のオープンアクセスという現象を区分するためのものではなく、オープンアクセスを実現する方向性を示すものであった。つまり、従来の学術雑誌の体制をそのままに実質的に論文を無料でアクセスできるようにしようとするのか、これまでの学術雑誌とは異なるビジネスモデルに基づく学術雑誌を中心としてオープンアクセスを実現していこうとするのか、という方向性の違いを示すものであった。

2. 実際のオープンアクセス実現手段

実際にオープンアクセスという状況を実現させたのは、もう少し複雑で多様な手段であった。次節で詳しく述べるが、われわれの研究プロジェクトで生物医学分野のオープンアクセス状況を2006年から2012年まで定期的に調査してきた。そこでオープンアクセスを実現する手段として整理した類型は、最終的には以下の7種類となった。

① オープンアクセス雑誌

② 購読誌でオープンアクセス論文を掲載

③ PubMed Central(分野別アーカイブ)

④ 機関リポジトリ/団体等のウェブサイト

⑤ 個人のウェブサイト

⑥ 無料論文提供サイト

⑦ その他

ただし、これは発展の傾向をつかむためにまとめたもので、人によってはオープンアクセスには入れられないとする論文も含んでいる。たとえば、日本の J-STAGE を使って電子ジャーナルとして公開している学会誌の場合、印刷版の雑誌は有料で頒布しているが、J-STAGE からは無料で論文が入手できる。この雑誌をオープンアクセス雑誌と呼んでいいのかは議論が分かれるであろう。

また、②の類型に入るのは、従来型の有料購読学術雑誌に掲載された論文であるが、結果としてオープンアクセスとして入手できるものである。代表的なものは、エンバーゴという一定の猶予期間後にオープンアクセスとなる論文であろう。1995年にスタンフォード大学図書館の部門として創設された HighWire Press 社は、中小学会や大学等が編集刊行する雑誌の電子ジャーナルとしての提供を行っており、原則として6ヶ月から3年後にそれら雑誌の論文をオープンアクセスにするという方針が示されてきた。現在では、刊行している雑誌論文660万件のうち200万件以上の論文に無料でアクセスできる。Harnard はこのようなエンバーゴの後、無料で入手できるものをオープンアクセスとは呼べないとしている。

大手の商業出版社や学会が採用している、著者が掲載料を払ってオープンアクセスとすることを選択できる制度(オープンアクセス・オプションとする)もここに入るが、それだけでなく、購読誌であっても毎年特定号は誰でも無料で読めたり、特定種別(たとえばニュース、解説、症例研究など)の論文は無料にしたりと、オープンアクセスといえるのかどうか議論になるような形で公開されている論文が存在している。

④の機関リポジトリは明確だが、それ以外にも看護師や理学療法士などの医療関係の専門家の協会や団体のサイト、特定疾病に関する NPO などの団体、患者会などさまざまな組織のサイトで、雑誌論文が無料で公開されていることがある。

⑥の無料論文提供サイトとは、FindArticles のように一般的な雑誌記事を無料で提供するサイトで、医学医療関係の場合、主要な商業出版社や学会の雑誌ではないが、総説、解説的な記事を掲載する雑誌が収録対象となっていることがある。⑦のその他には、ファイル共有サイトなどで個人が自分の論文や、時に人の論文もアップしていたりする。

● オープンアクセスの全体に占める割合

オープンアクセスの発展を、たとえばオープンアクセス雑誌の数や掲載論文数から見ることはできる3。ただし、それではオープンアクセス雑誌の状況しかわからない。従来の学術雑誌に掲載されている論文も含めて、その全体のなかでオープンアクセス論文がどのくらいの割合を占めるのか、というデータを示すことによってはじめてオープンアクセスの発展状況を全体として把握できると考えられる。ここでは、オープンアクセス論文の割合を調査している研究例を紹介する。

1. 初期の時代のオープンアクセスの割合

Hajjem 等は Web of Science の10分野(生物学、心理学、社会学、健康科学、政治学、経済学、教育学、法律学、経営学)収録雑誌に1992–2003年に掲載された論文のうち、オープンアクセスである論文の割合を示している4。ただし、彼らの研究目的は、オープンアクセス論文がその後の引用においてどれだけ有利に働いたかというオープンアクセス効果を明らかにすることであったため、オープンアクセスの割合は図でおおよその傾向が示されているだけで、具体的数値は一部しか明記されていない。

1992年から2003年にかけてオープンアクセスの割合は1992年の7、8%程度から徐々に増えてはいるが、2003年でも10%を少し超える程度である。分野別では2005年に調査した時点で、最も低い法律学が5.1%、最も高い社会学が16.0%であった(生物学は15.0%、健康科学は6.0%)。

2. 最近のオープンアクセスの割合

図1: 2009年におけるオープンアクセス状況 図1: 2009年におけるオープンアクセス状況
出典:Björk,B.-C., et al.5 Fig.4. doi:10.1371/journal.pone.0011273.g004

Björk 等は Scopus 収録の2008年に刊行された論文を28分野9領域に分け、各領域から一定数を抽出してその論文が2009年にオープンアクセスであるかどうかを調査している5。実際に探索した対象論文は1,837論文である。彼らは最初にオープンアクセスとして見つかった手段一つだけを採用し、その手段をゴールド(オープンアクセス雑誌、エンバーゴ、オープンアクセス・オプション)とグリーン(分野別アーカイブ、機関リポジトリ、その他ウェブサイト)に分けて結果を示している(図1参照)。

全体のオープンアクセス割合は、地球科学が約33%と高く、物理学が23%と続いている。両方とも圧倒的にグリーンの手段でオープンアクセスを実現している。医学・生物学系の3領域は、オープンアクセスの割合は20%前後とそれほど高くないが、ゴールドが圧倒的に多いことが特徴的である。

表1: 英国の研究論文のオープンアクセス割合
  Gold Green
Mathematics 7% 60%
Professional fields 1% 29%
Engineering & Technology 1% 30%
Earth & Space 5% 47%
Arts & Humanities 1% 13%
Physics 4% 48%
Social Sciences 1% 34%
Chemistry 1% 15%
Biomedical Research 14% 43%
Health 8% 25%
Psychology 1% 34%
Biology 4% 38%
Clinical medicine 4% 34%

3. 英国研究者の論文におけるOA

Nature のニュース記事6 の中で、トムソン・ロイターとGargouri が、2010年に英国の研究者(UK academics)によって出版された約8万5千件の論文のオープンアクセス割合を調査した結果が図として示されている。引用文献もなく、具体的な調査方法の記載もないため、どうやってこの結果が得られたのかは不明だが、全体としてゴールドが5%、グリーンが35%としている。図で示されている%を表として列挙したのが表1である。数学では67%、生物医学研究では57%という高い数値を示している。他方で化学が16%、人文学が14%と低い値となっている。


図2: 生物医学分野のオープンアクセス進展状況 図2: 生物医学分野のオープンアクセス進展状況

4. 生物医学分野のOA状況の進展(展開)

表2: 2010年におけるオープンアクセス実現手段(複数選択)
  OAの割合
① オープンアクセス雑誌 26%
② 購読誌でOA論文を掲載 17%
③ PubMed Central 18%
④ 機関リポジトリ/ 団体等のウェブサイト 5%
⑤ 個人のウェブサイト 1%
⑥ 無料論文提供サイト 5%
⑦ その他 1%

われわれ共同研究グループでは生物医学分野に限定して、2006年7、2008年8、2010年9、2012年と継続的にオープンアクセス状況を調査してきた。PubMed で前年度に刊行された論文から抽出した論文(順に4,592件、1,908件、1,942件)をGoogle で検索して、オープンアクセスであるかどうかと、その実現手段を調べた。

この3時点のオープンアクセスの割合を図2に示したが、確実にオープンアクセスが進展してきた様子がわかる。「全文なし」とは電子化されたファイルが発見出来なかったということであり、この数年で電子化されていない論文はほとんどなくなったといえる。

表2に2010年のオープンアクセスを実現する手段の全論文に占める割合を示した。オープンアクセスが複数の手段で実現されている場合には、重複して集計している。たとえば、BioMed Central 刊行の雑誌はオープンアクセス雑誌であるが、PubMed Central にも収録されているし、著者が個人のウェブサイトでも公開しているような場合もある。そのため、単純にゴールドとグリーンに区分して%を示すことはできない。

● おわりに

最近のオープンアクセス状況を調査した3件の研究において、それぞれのオープンアクセスの割合にはかなり差があった。調査対象とする論文の抽出方法、オープンアクセス論文の定義、オープンアクセス論文と判定する方法の違いなど、その原因と考えられる要因は多い。オープンアクセスがどの程度、またどのような手段で実現されているのか、多様な観点からの検討が必要であろう。

 


参考文献
1. Willinsky, J. The Access Principle: The Case for Open Access to Research and Scholarship. MIT Press, 2005, 307p.
2. Budapest Open Access Initiative. http://www.soros.org/openaccess/
3. Laakso, M., et al. The Development of Open Access Journal Publishing from 1993 to 2009. PLoS ONE. 2011, vol. 6, no.6, e20961.
http://www.plosone.org/article/info:doi%2F10.1371%2Fjournal.pone.0020961
4. Hajjem, C., et al. Ten-year cross-disciplinary comparison of the growth of open access and how it increases research citation impact. IEEE Data Engineering Bulletin. 2005, vol. 28, no. 4, p. 39-47.
5. Björk,B.-C., et al. Open Access to the Scientific Journal Literature: Situation 2009. PLoS ONE. 2010, 5(6), e11273.
doi: 10.1371/journal.pone.0011273. http://www.plosone.org/article/info:doi/10.1371/journal.pone.0011273
6. Van Noorden, R. Britain aims for broad open access: But critics claim plan seeks to protect publishers’ interests. Nature. 2012, vol. 486, p.302-303. doi: 10.1038/ 486302a
7. Matsubayashi,M., et al. Status of open access in the biomedical field in 2005. Journal of Medical Library Association. 2009, vol. 97, no. 1, p.4–11. doi: 10.3163/1536-5050.97.1.002
8. 倉田敬子, 森岡倫子, 井之口慶子. “生物医学分野におけるオープンアクセスの進展状況:2005年と2007年のデータの比較から”. 三田図書館・情報学会2008年度研究大会発表論文集. 2008, p. 33-36.
9. Kurata, K., et al. Proceedings of the American Society for Information Science and Technology. 2010 November/December, vol. 47, no. 1, p. 1-2. doi: 10.1002/meet.14504701383