SPARC Japan NewsLetter No.13 コンテンツ特集記事トピックス活動報告
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菊井 寿子(きくい ひさこ)
公益社団法人 日本生物工学会事務局 英文誌編集係

 

 

2003年に始まった SPARC Japan の活動は、その前年に前任者から Journal of Bioscience and Bioengineer­ing(JBB)の編集作業を引き継いだ私にとっては、電子ジャーナルという概念自体が初めて触れるものであり、当初は「学術誌の電子化への支援及び強化」という目的の意味が理解出来なかったというのが正直なところだった。ジャーナル編集は審査状況を管理し、掲載可となった論文をまとめて冊子として出版していく、ある意味単純な作業であると考えていた。目先の仕事に追われ、他学会の状況を知ることもなく、また関心もなかった。それが SPARC Japan と関わるようになったことで、世界の趨勢は紙からオンラインでの出版に変わりつつあること、欧米出版社の寡占によるジャーナル価格の高騰化が図書館予算を圧迫し、学会等非営利団体の出版販売モデルに影響を与えていること、大学等の研究機関による機関リポジトリ構築の動き、電子化の技術動向、ジャーナルのブランディングやビジネスモデル構築の必要性等、白紙の状態から一つ一つ世の中の流れを知り、ジャーナル出版の将来を考えるようになった。SPARC セミナーで紹介される事例や講師の方々の話、出席者との質疑応答は、ネット等で得た断片的な知識を補強し、俯瞰するのに大変役立っている。参加出来ないときは、終了後にオンライン公開される講演資料に必ず目を通している。またセミナーや報告会を通じて同様の仕事をされている方々と知り合うことで、知識を共有し、お互いに励まし合う関係を築けたことは、大きな財産となっている。

SPARC 選定誌としては、大阪大学生協との電子投稿システム共同開発事業に対して個別支援を頂いた。これにより JBB は2006年夏に郵便ベースからオンライン投稿への移行を果たした。翌年には海外からの投稿数が前年比2倍に当たる200件を超え、JBB の国際化に寄与した。ジャーナル出版を取り巻く環境の変化により、現在は Elsevier 社の投稿システムを使用しているが、システムを根本から考えた経験は、日々の業務の中で大いに役立っている。

2007年に SPARC 選定誌5誌及び日本化学会2誌(計6学会7誌)で始めた化学系ジャーナル合同プロモーションでは、2009年の第9回アジア太平洋生物化学工学会議(神戸)、2010年の第3回欧州化学会議(ドイツ・ニュルンベルク)及び2011年の第242回米国化学会秋季大会(米国・デンバー)に展示ブース担当者として参加する機会を頂いた。海外での出展では、各誌の読者であり投稿を経験している研究者や現地の出版関係者との交流から、什器の不足や荷物の遅着等のトラブル対応まで、実際に現地に赴いたことで貴重な体験を得ることが出来た。特に留学や仕事で日本を訪れたことがある人々からの非常に好意的な反応には、面映ゆさを感じつつも、まだ失われていない日本への期待に応えたいと思わされるものがあった。様々な国からの参加者がブースを訪れる反面、日本人参加者の姿があまり見られなかったことが気になった。

学術出版界で近年話題の中心となっているオープンアクセス(OA)に関しては、海外投稿の掲載料無料化によって、アジアを中心に海外からの投稿数が飛躍的に増加したことが象徴するように、少なくとも JBB がターゲットにしているアジアの研究者にとっては、掲載料著者負担モデルはまだ受け入れられる段階にはない。会員からも論文の無料公開への要望が上がることはあっても、著者負担増につながる提案は賛意を得られない。また JBB は Elsevier 社と提携して出版しているため、仮に OA を導入した場合、著者は当会が独自に課している掲載料と出版社への OA チャージを支払うことになり、二重負担となってしまう。持続可能なビジネスモデルの構築と併せて、今後考えていく必要のある問題である。

SPARC から多くのものを得た一方で、研究者自身が望まない限り、学術コミュニケーションの世界に大きな変革を起こすことは難しいと痛感している。SPARC Japan が行ってきたことが実を結ぶかどうかは、研究者が学術情報発信を巡る様々な課題をどれだけ自分達のこととして受け止めるかにかかっている。しかし研究費や人員、ポストの削減、雑務の増加等により、忙しい研究者にはただでさえ少ない時間と労力を「課外活動」に振り向ける余裕はないのが実情である。セミナーで得た知識を紹介しても、残念ながら関心を示す研究者は限られている。国際誌での論文発表や国際会議への出席が高く評価される一方で、国内誌への投稿実績や審査員及び編集委員の経験、学会活動への参加は業績にならないと聞く。海外の大学で教鞭を執る日本人の先生からは、「国内の学会参加費が安く設定されている一方で、日本人は高額な参加費を払って海外の学会に出席している。日本の研究費は海外を潤している」との指摘を受けた。国際化重視の流れが、国内軽視であってはならない。研究者が国内基盤強化につながる活動に参加することを、積極的に評価する仕組みが求められる。