SPARC Japan NewsLetter No.13 コンテンツ特集記事トピックス活動報告
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文献管理から解放されることを夢見る科学研究者

栃内 新(とちない しん)
北海道大学大学院理学研究院 自然史科学部門多様性生物学分野

● はじめに~ Mendeley との出会いと別れ

筆者のブログ「5号館のつぶやき」
Mendeley に出会って興奮しながら使っている時の様子が「生々しく」記されている。

2010年の春のことだったと思います。Mendeley というフリーの文献(引用)管理ソフトに出会い、ものすごい衝撃を受け、しばらくはそれにどっぷりと浸かる日々が続いていたのですが、いつの間にか使わなくなってしまいました。その原因は、調子に乗って Mendeley に論文の pdf ファイルを登録し続けて、ある日1ギガバイトを越えてしまったところで、Mendeley からフリーではこれ以上使い続けることはできないというメッセージをもらってしまったからです。もちろん、そこで有料のコースに変更して使い続けることもできたのですが、いくら安価だと言っても使うかどうかの決断をする前に有料のコースを選択するという勇気もなく、結局そのまま放置するということになってしまいました。しかし、このソフトに巡り合った時の興奮をブログに書き残しておいた1 ため、このブログ記事がその後たくさんの人々の目に触れていたようで、「Mendeley というフリーのサービス・ソフトがあるらしいけれども、どういうものかを説明して欲しい」という問い合わせをいただくようになったのが、私自身はすでにほとんど Mendeley から卒業してしまった後の、最近になってからのことでした。

実は、Mendeley から離れたのにはもう一つの理由もあって、その頃から急速にあちこちで無料のクラウド・サービスが立ち上がってきたことでした。Mendeley の大きな特徴のひとつが自分の保有する論文の pdf ファイルをクラウド上に保存して、それを複数のコンピューター、しかも OS の種類も問わず Windows、Mac、Linux、さらには iPad や iPhone という iOS や Android からもアクセスできることです。私の場合は、どちらかというと Mendeley の文献管理能力よりも自分の論文書庫に格納された pdf ファイルに、いつでもどこからでもアクセスできるというクラウド機能に魅力を感じておりましたので、Mendeley からの撤退は、その優秀な文献整理能力は使えなくなるものの、雨後の筍のように続々と登場してきたクラウド・サービス(フリーでも2ギガや5ギガのスペースが普通で、時には50ギガまで無料というサービスすらも登場)にまったく不便を感じなくなっていました。こうなってくると無料では1ギガ(公称では、個人の領域が500メガ・バイトで、残りは共有領域)しか使えない Mendeley の書庫は、日々増え続ける論文の pdf ファイルを収める場所としてはあまりにも狭すぎたというわけです。

● どうして科学者は文献管理にこだわるのか

Google Scholar という学術文献に特化した検索サービスがありますが、そのトップページには「巨人の肩の上に立つ(英語ページだと “Stand on the shoulders of giants” )」と書かれています。科学的知識は過去から連綿と受け継がれ積み重なりどんどん高くなっています。これが巨人に喩えられていて、自分が得た研究成果はたとえほんの小さなものかもしれなくとも、高くなった巨人の肩の上に自分が立つことで、過去に人類が積み上げてきた膨大な知識体系(巨人)よりも高いところへ到達できるということを意味する表現です。それは逆に言うと、私たちがどんなに素晴らしい研究結果を得たとしても、それは過去の業績があってこそ成し遂げられたことであり、自分が成し遂げた研究成果も関連する過去の重要な業績をチェックすることなしには評価することはできないということも意味しています。そうしたことから学術研究論文においては引用文献を非常に重要視する傾向があり、研究論文が過去の業績を正当に検討した上で各々の研究成果の重要性を主張しているかどうかが厳しく審査されます。それぞれの学術雑誌には厳密に決められた引用文献の書式が定められており、それに則って正確に記載されているかどうか、厳しくチェックされる「伝統」があります。そこで論文を投稿する側としては、適切な引用文献を探すことと、それを誤りのない書式で引用し、かつ誤りのない書式で文献リストを作り上げなければならないので、論文を書くプロセスのなかで文献の引用とリスト作りはもっともストレスのかかるステップのひとつなのです。これだけ緊張して作業しても、そこには絶対に間違いが紛れ込むものだという「神話」もあります。インターネットなどによる検索が今ほど一般的に利用できなかった時代には、文献リストにいったん間違いが紛れ込むと、場合によってはその文献リストからもとの文献にたどりつけないことも起こるというほど影響が大きかったのも事実です。

というわけで、分野にもよると思いますが、研究者は卒業研究や大学院入学直後から自分の研究に関係の深い分野の研究論文を収集し、管理し、文献リストを作ることにかなりの精力を注ぎ込むこととなり、少しでもその作業効率を上げるために、情報カードによる管理に始まる約半世紀にわたる文献管理技術の発達の歴史を経て今日に至っています。パーソナル・コンピューターが使えるようになると、エディタやワードプロセッサーに始まり、汎用のデータベースソフトで文献を管理する人もいましたが、結局文献管理や引用管理を専門に行うことに特化した EndNote といったソフトウェアが定番となっていた時代がしばらく続きました。ところが、この EndNote、機能が高いことは間違いないのでしょうが、値段も高く若い研究者が自腹で購入できるようなものではありません。そこへ彗星のごとく無料で高機能、さらに使って楽しい文献管理ソフトとして登場したのが Mendeley でした。

● Mendeley の衝撃

文献管理というのは極めて個人的色彩の強い作業で、それぞれの人がそれぞれのやり方で文献を見つけ、収集し、管理しているものです。そして、引用管理というのは研究活動の仕上げとしての論文作成の最後のステップとして行われますので、これまた研究活動全体から見るとマイナーな部分ということになります。そういうこともあって、ワードプロセッサーやプレゼンテーションソフトに比べるとその進歩は遅かったと感じていますが、インターネット上に公開されるデータが蓄積されてきたこととそれを検索する技術が発展してきたことが相まって、ここ数年である種の爆発的進化を達成してきているのではないかと感じています。その先鞭をつけたのが Mendeley です。Wikipedia によると「Mendeley は2007年にロンドンで創始され、最初の公開ベータ版は2008年8月にリリースされた」と書かれています。欧米では2009年ころから広まったようですが、日本語版がないこともあってか日本での普及は遅れ、私も2010年の春になってようやくその存在に気がつきました。フリーのソフトだったのですぐにダウンロードして使ってみると、驚くほど簡単に使えるにもかかわらず、出てくる結果が本格的文献管理に勝るとも劣らないということで、あっという間にはまってしまった記憶があります。その時に書いたブログから引用してみます。(一部、省略・編集したり改行を変更したりしてあります。)

 


 この pdf ファイルの登録が驚くほど簡単で、pdf ファイルをズルズルと引っ張っていって、リスト部分の窓部分にドロップするだけです。そうすると、コンピューターの中で pdf ファイルへのリンクを作ってくれるとともに、どうやらネットにアクセスしてその論文の書誌情報を集めてくれるようです。その結果、やったことは pdf ファイルを投げ込んだだけなのに、このような書誌情報が自動的に作られます。まずは、アブストラクト。続いて、いわゆる書誌情報です。そして、なんと多くの場合には(ダメなこともあるのですが)、論文末にある引用文献リストまでをも自動的に取り込んでくれます。(この引用文献リスト作成機能は、今はなくなっているようです。)もちろん、これらの情報はデータとして文献の整理や検索、あるいは論文原稿作成時に駆使できるのですから、感涙ものです。
 実は恥ずかしながら私はあの有名な EndNote というものを使ったことがないのですが、おそらくそれに匹敵するあるいはそれ以上の機能があるのではないかという感じがしました。おまけに、この Mendeley Desktop は500Mバイトという制約はあるものの、オンラインで複数のコンピューターで同期させながら利用することができる(クラウド)ので、複数の人で共有すると論文輪読や論文作成の際の共同作業ができます。(ただし、私は個人で使っているので、この機能は試したことはありません。)そして、ブラウザーモードもありますので、出先から論文リストのチェックなども簡単にできたりします。pdf ファイルに書き込んだメモやマーカーなども共有できそうです。
 これは、いわば論文整理の SNS だと言っている人もいます。もちろん、私のように個人で複数のコンピューターを同期させるという使い方でも十分パワフルです。考えてみれば、まだベータ版なのでこれからどんどん進化していけば、とてつもない業界標準ソフトができあがりそうな気もします。

 

と今読み返してみるとちょっと恥ずかしくなるくらいの「興奮」が伝わってきますが、pdf ファイルを窓枠の中にズルズルと引っ張り込むだけで、書誌情報が切り出されてきた時には本当に興奮したのを思い出します。

● ReadCube の時代へ

ReadCube の画面
ブラウザーの中で ReadCube Web Reader を起動して、Nature の最新論文を拡張画面(Extended pdf )で読んでいるところ。スタンド・アローン・ソフトのほうもほとんど同じ画面。

その後、どうして Mendeley を使わなくなったのかという理由は冒頭に書いたとおりですが、今はもう文献管理はしていないのかというと Mendeley の強力なライバルが登場していてそちらに乗り換えていたのでした。それは ReadCube という、もちろん無料のサービスです。こちらも Mendeley と同様にデスクトップアプリとオンラインのウェブ版からなっていて、デスクトップ版の文献管理ソフトとしての機能は Mendeley に匹敵する高さであることもさることながら、ウェブ版は現時点では文献リーダーに徹していて、ユーザーがログインする必要すらもなく、pdf フルテキストだけではなく(LAN の環境により、アクセスが可能であるならば)、その論文に付随するサプルメンタリー情報、関連記事、引用文献の原著などへクリックひとつでアクセスができる、文字通りのスーパー・リーダーです。さらにすごいニュースとしては、2011年の11月2日より Nature などを出版している NPG の学術雑誌に ReadCube が公式リーダー(ビューワー)として組み込まれており、アクセス権のある LAN からだと論文の横に前からあった download pdf アイコンの下に出現しているはずの view in readcube というアイコンをクリックするだけで魔法の世界のような論文リーダーが自分のものになります。サンプルとして公開されているオープンアクセスの Nature 論文2 にアクセスしてそのすごさを実感してみてください。リンクをクリックするだけで、Nature の中の Supplementary Information, Editor’s Summary, News & Views だけではなく、論文内の文献番号からでも、サイドバーの中に出ている引用文献リストからでも原著に飛んでいくことができます。

大学などの機関で NPG の論文をウェブ購読できる環境にいる方は、どの論文でもこのスーパー・リーダーで読むことができます。(まだ、未完成のようですが、いずれはダウンロードした pdf もウェブにつないだ環境では、こうしたスーパー・リーダー・スタイルで読むことができるようになるらしいです。)というわけで、今やこの ReadCube と任意のクラウド・サービスを組み合わせることで、クラウドの中の論文 pdf ファイルを ReadCube に管理してもらいつつ、web を通じて interactive にあちこちにリンクで飛びまわることのできる enhanced pdf を読む超高機能のリーダーを手にすることができる時代になったことを実感しています。(一部、機能はまだ未完成のようですが、NPGがついているのですから期待して良いと思います。)

 


参考文献
1. http://shinka3.exblog.jp/14359187/
2. http://www.readcube.com/reader/10.1038/nature10414