最先端研究開発支援プログラムについて
最先端研究開発支援プログラム(FIRSTプログラム)は、世界のトップを目指した先端的研究を推進することにより、産業、安全保障等の分野における我が国の中長期的な国際的競争力、底力の強化を図るとともに、研究開発成果の国民及び社会への確かな還元を図ることを目的として、平成21年度補正予算において国が創設した、「研究者最優先」の研究支援制度です。
全国から565件(うち大学関係は428件)の応募があり、そのうち30件が採択され、本研究はその中の1件として採択されました。
プログラム詳細
中心研究者紹介

スタンフォード大学 教授
情報・システム研究機構国立情報学研究所 教授
山本 喜久やまもとよしひさ
量子情報処理技術は、そのスコープの広がりと将来予想されるインパクトの大きさとから、各国とも国家プロジェクトとして明確な戦略の下に取り組みが行われている。日本には、この分野で複数の研究グループが、独創性の高い研究成果を上げてきたが、日本国全体としての研究開発戦略に欠け、個々の研究成果が繋がって大きな世界的潮流となるには欧米に比べ不利な状況にあった。この重要な分野で日本が米国や欧州と競って、世界的潮流を形成できるか否かは、21世紀の情報、通信、エネルギー技術に基盤をおく、日本の国家戦略を練る上で無視できない極めて重要な点である。この分野の特色を一言で表せば、テーブルトップと呼ばれる小さな研究設備を有する個々の研究グループが独創的なアプローチにより、従来は不可能と思われてきた壁を突破し、予想もできなかった応用分野がそこから出現していく姿にある。
過去に例を取ると、ドイツ軍の暗号(ENIGMA)の解読装置(Colossus)の開発が現代コンピューターの基礎を築いたり、マイクロ波分光の基礎研究、特に核磁気共鳴(NMR)の発見が磁気共鳴画像(MRI)装置に発展したり、光ファイバーとレーザーの発明が光通信を可能とした経緯に似たものがある。この分野で日本が世界的リーダーシップを発揮するためには、独創的で高い研究レベルを持つ個々のグループ、研究者の才能を明確な国家戦略の基に、いかに組み合わせられるかにかかっている、と言える。
量子情報処理分野の特徴は、量子力学をはじめとした様々な先端科学技術に深く精通した研究者によってのみ、最先端の研究開発が切り開かれることである。このため、この分野を担う研究者の育成には長い時間とリソースを必要とする。我々は、過去6年間にわたり、若手研究者の育成を目指して4回のサマースクールを開講し、延べ250人の若手研究者の教育、育成を行ってきた。これらの学生が中心となって関東及び関西地区に量子情報学生チャプターが結成され、独自に活動が行われている。これらの努力は、本プロジェクトの中でも継続して行われる予定である。学問の基礎を固め、独創的な研究環境に置かれて育つこれらの研究者は、量子情報処理分野にとどまらず、様々な科学技術分野で将来我が国のリーダーとなるものと期待される。
プロジェクト共同提案者

独立行政法人理化学研究所 チームリーダー/日本電気株式会社 主席研究員
蔡 兆申ツァイ ヅァオシェン

東京大学 大学院工学系研究科物理工学専攻 教授
工学系研究科附属 量子相エレクトロニクス研究センター センター長(兼務)
樽茶 清悟たるちゃせいご
プロジェクト研究支援統括者

国立情報学研究所 特任教授
量子情報処理プロジェクト 研究支援統括者
仙場 浩一せんばこういち

学歴
1983年3月 | 東京大学理学部 物理学科卒業 |
1985年3月 | 東京大学大学院理学系研究科修士課程修了 |
2002年6月 | 東京大学大学院工学系研究科 博士 (超伝導工学) |
職歴
1985年 | 日本電信電話株式会社(NTT)入社 |
2002年~2003年 | デルフト工科大応用物理学科 客員研究員 |
2003年~2012年4月 | NTT物性科学基礎研究所 グループリーダ |
2008年~2012年4月 | 東京理科大連携大学院 教授 |
2012年5月~ | 国立情報学研究所 特任教授 量子情報処理プロジェクト 研究支援統括者 |
研究分野、テーマ
- 凝縮系物理学(超伝導), 固体量子情報デバイス など。
その他(コメントや研究室のHP情報等)
プロジェクト概要
本プロジェクトでは、量子力学の中心的概念である量子もつれを用いて、計測、標準、通信、情報処理技術の4つの分野で欧米を中心としたこの分野の従来の手法に対し、我が国の独創的なアプローチに基づいて研究開発を行い、5年後にこの分野で世界をリードする潮流を形成することを目指す。
1. 量子計測
様々な量子技術を根底で支えるのは、単一光子や単一スピンの計測技術であり、我が国は、これまでこの分野で優れた成果を上げてきた。また、微小な磁場や光の位相を計測するために非古典光(スクイーズド状態や量子もつれ状態)を利用するという量子光学の研究においても我が国は先導的な役割を果たしてきた。これらの個別の量子デバイス技術を組み合わせ、複合的な量子システムを実現して、量子計測分野のみならず広く量子技術における我が国の世界的リーダーシップを不動のものにすることを目指す。
2. 量子標準
ブロードバンド光通信やGPS技術を根底で支え、また現代科学の基礎原理である量子論と相対論の整合性を確立する基礎物理実験を可能とする時間(秒)の標準には、現在セシウム原子時計が使われているが、より精度の高い次世代の標準には、米国を中心に開発されてきたイオントラップと呼ばれる技術がこれまで本命と目されてきた。これに対し、光格子時計という全く新しい概念が我が国から提案され、5年という短期間のうちにイオントラップ時計の性能と肩を並べるレベルに到達した。次世代の時間標準を5年後には日本発の技術で実現すべく、その開発に取り組む。
3. 量子通信
現在、単一光子を用いた量子暗号通信が実用化を目指して盛んに研究されているが、より現代社会にインパクトのある電子投票や電子入札に象徴される絶対安全性が要求される多者間通信網の構築には量子もつれ状態の多者間配信が不可欠である。我が国はこの方式の実現の鍵となる量子メモリーの開発で、現在世界をリードする立場にある。5年後に量子もつれ通信網の構築が将来の社会インフラとして不可欠であり、かつ技術的に可能であることを世界に証明すべく、研究開発に取り組む。
4. 量子コンピューター/量子シミュレーター
量子コンピューターには、より近未来に実現されると期待されるアナログ量子コンピューターとより高度な技術を必要とするディジタル量子コンピューターがある。ボーズアインシュタイン凝縮体(BEC)を用いるアナログ量子コンピューターは個々の量子ゲートの制御を必要としないため実用化が近いと目され、また巡回セールスマン問題に代表されるNP完全問題など広範な問題に適応できる。このユニークなアイディアは、我が国から提案されたものである。5年後に、日本発のこの概念が実用技術になり得ることを世界に示すべく研究開発に取り組む。また、より大きなインパクトを持つ量子ビットの個別制御を使うディジタル量子コンピューターに関しては、将来大規模システムへ発展できない方法は捨て、最も有望な超伝導量子ビットとスピン量子ビットを用いた誤り耐性のある量子コンピューター方式に的を絞って研究開発に取り組む。量子コンピューターが数学的問題を解くマシーンであるのに対し、複雑な多体系物理の問題をシミュレートする量子シミュレーターは、将来の固体物理の発展、新材料開発の鍵を握る技術として、また量子コンピューターよりも早期に実用化される技術として期待されている。冷却原子、イオン、励起子という3つの特色ある系を用いて量子シミュレーターの開発に取り組む。この3本立ての研究開発により、5年後には量子コンピューター/量子シミュレーターの研究で世界をリードする地位を確立する。