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図書館情報サービスにおける国際協力活動に関するワークショップ-2
Workshop on International Cooperation in Library and Information Services-2
軽井沢国際高等セミナーハウス 1999年10月20日(水)―21日(木)
International Seminar House for Advanced Studies, Karuizawa, October 20-21 1999

国立大学図書館における海外図書館職員の研修活動
−筑波大学における事例
Training Activities for Overseas Librarians by National University Libraries: Cases at the University of Tsukuba Library

小西 和信 (Kazunobu KONISHI)
筑波大学図書館部情報システム課長

1 はじめに
2 3人の司書の事例
3 国際交流基金による「司書日本語研修」への協力
4 評価及び問題点
5 おわりに

1 はじめに

 わが国の国立大学図書館においては、公式の継続的な海外司書研修プログラムは存在しない。非公式のその場限りの研修受入れがわずかに存在するのみである。非公式ということもあり、それらが紹介されることも少なく、したがって海外司書研修の実態を正確に把握することは、ひじょうに困難である。

 早稲田大学や慶応大学など一部の私立大学において、公式のプログラムがあることは比較的知られているが、ここでは触れない。

 今後、国立大学図書館に公式の海外司書研修プログラムが根づいていくかどうか分からないが、もし、そのようなプログラムが発展していくとしたら、現在実施されている非公式の研修受入れの経験が土台になると思われるので、今回は、筑波大学図書館におけるささやかな事例を紹介し、大学図書館における海外司書研修の成果、問題点等について考える契機としたい。

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2 3人の司書の事例

 筑波大学は、26年前に創立された比較的歴史の浅い大学で、従来の日本の大学とは異なる新しい試みを行ってきている。現在ではもはやありふれた標語となった「学際化」や「国際化」を大学経営にとりいれた最初の大学の一つかもしれない。

 このような新構想の大学は、新しい大学の在り方のモデルとして、国際的にも注目を浴びるところとなり、海外からの留学生は千名近くまで増加し、海外教育関係者の大学(及び図書館)への視察・見学もひじょうに多い。筑波大学は、海外にもっともよく知られた日本の大学の一つとされているのである。

 したがって、日本に関心を寄せる海外司書の中には、筑波大学図書館での研修を希望する人もあった。すでに述べたように、国立大学である筑波大学図書館には、海外司書を公式に受け入れる制度はない。しかし、いくつかの条件が満たされて、非公式ながら筑波大学図書館で研修を受けることになった3人の司書の事例を以下に紹介してみたい。

2.1 英国の大学図書館副館長の事例
 今から、10年ほど前、Aさんは、筑波大学の短期の招聘教授として迎えられたご夫君に随伴されて来日した。すでに、副館長のポストにあった彼女は、日本の大学図書館に知識もあり、この機会を通じて筑波大学図書館で仕事をするために、休職して応募してきた。

 しかし、当時は、外国人が短期間にせよ国の機関で働くことは制度的に認められておらず、彼女の申し入れは断らざるを得なかった。

 代わりに、図書館での研修プログラムを組み、彼女を受け入れることになった。

 この時のプログラムがどのような内容であり、どのくらいの期間実施されたかは、記録も残されておらず不明である。おそらく、仕事の流れにそって、各セクションから業務の内容等について説明を受けたのではないかと想像される。彼女は、日本語を使用しなかったので、説明は比較的英語に堪能な職員によって行われたようである。

 当時いた館員に強く印象に残るのは、時間外に彼女から英会話を教わったことである。彼女のクインーズ・イングリッシュによる英国文化の紹介は、英語を話す技術以上に大きな影響を与えたのである。

2.2 台湾の国立大学図書館員の事例
 Bさんは、台湾の国立大学図書館の逐次刊行物部門で働く司書である。昨年1月、彼女から図書館に宛てたメールが寄せられた。筑波大学図書館での研修(実習)を希望するという内容である。図書館で検討した結果、研修生として受け入れることが決定された。彼女と受入れ窓口となる担当者(応急的に企画渉外係が担当することになった)との間で、何度かメールの交換があった後、研修プログラムが決まった。この後、彼女の所属する大学の図書館長から、筑波大学図書館長あてに正式の派遣依頼状が届いた。

 プログラムは、1999年8月5日から11日までの一週間で、内容は、逐次刊行物と電子図書館に関することである。特に、日本のチ−ムワ−クについて知りたいという彼女の希望にそって、図書館の組織と業務について、図書館長を含む幹部職員との懇談会を設けた。
 滞在中の宿泊施設は、学内の大学会館を斡旋した。

 彼女は、所属する大学の語学講座で日本語を学び、簡単な読み書きと会話が可能であったので、研修プログラムは、日本語で実施されたが、各説明者は、出来るだけ平易な言葉や表現を用いることに努めた。

  彼女は、台湾の図書館派遣という立場で来日し、筑波大学のほかに、東京農工大学と大阪市立大学でそれぞれ2日間づつの研修を受けた。

 短期間ではあったが、研修の目的は十分に果たされ、研修後1年以上経つが、彼女と図書館との交流は続いている。先日の東海村の事故に際しては、彼女からお見舞いのメールが届き、館員一同感激している。

  実施後の反省としては、本人からの希望による日程ではあったが、プログラムに土日を挟んでおり、その期間の行動を考慮していなかったことである。見知らぬ土地で、単独行動が十分にできない外国人を2日間も宿舎に閉じ込めておくことになるからである。担当者の機転で、近隣の博物館* E美術館の見学や食事で時間を過ごすことになって救われたのであるが、全期間の行動計画をたてておく必要がある。

2.3 中国の国立大学図書館員の事例
 Cさんは、中国の大規模大学図書館に勤務する研究図書館員である。彼女は、中国留学基金 (China Scholarship Council) による中国政府派遣研究員として、受入れ先の筑波大学学術情報処理センターに派遣された。彼女の研究テーマは、仮想図書館(Virtual Library)を作成する関連技術である。彼女の研究テーマにとって最も適切な研究環境を提供するために、指導教官は図書館での研修を提案してきた。協議の結果、研修場所として図書館の情報システム課が選ばれた。

 研修期間は、1998年10月中旬から1999年9月30日までの1年間であった。

 研修プログラムは、担当係が中心となって、最初の3か月分のみ作成した。1年間全体の研究計画が、指導教官の下に作成されていたので、図書館でのプログラムは、図書館現場で実習をしながら図書館システムや電子図書館システムの実際を学ぶことに中心が置かれた。

 最初の2か月間程度で、各係を巡回する研修を終え、その後は、もっぱら自主研修となった。彼女は、1年間を通じて、じつに合計80回以上に及ぶ電子図書館関係諸機関の訪問・調査、研究会出席、ゼミ参加などの日程をこなした。

 彼女は、10月1日にこの1年間の充実した研修の成果とともに中国に帰国した。

 異国での1年という長期間の滞在は、生活面及び精神面でさまざまなことがあった。宿舎は、大学が斡旋した客員研究員の宿泊施設であったが、生活用品を揃えること、都市ガスのこと、図書館までの交通機関のこと、電話のこと、健康保険のこと、とまどったことは数多く存在したに違いない。生活面、精神面のサポート役として、図書館の担当者が献身的に尽くすことがなければ、彼女が研修の最後の日を迎えることはなかったかもしれない。

 また、彼女は、数年前に別の国立大学で2年間の日本語研修を受けており、日常会話や読み書きにほとんど不自由がなかった。このことも彼女の研修を成功に導く大きな要因だっただろう。

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3 国際交流基金による「司書日本語研修」への協力

 筑波大学図書館は、6年前から、国際交流基金関西国際センターの「司書日本語研修」に協力している。

 「司書日本語研修」は、海外の司書に対する日本語研修で、例年10数名の司書が10月から3月までの6か月間、関西国際センターでの語学研修と各地の図書館見学等を受けるものである。

 筑波大学図書館では、12月上旬の2日間、見学実習を受け持っている。

 筑波大学での研修プログラム作成に当たっては、過去の経験を通じて、研修生の日本語能力にかなりの差があることから、説明資料にルビを振るなど、分かりやすい説明に重点を置いている。 今年から、講義形式ではなく、質疑応答形式の懇談会が提案されている。短い時間に高度に専門的な内容を押し込めることから、一部に消化不良が認められたこと、また、研修生の関心が図書館だけにとどまらず日本人の考え方や日本文化全般に及ぶため、研修生の自発性を重視したプログラムに変更されるようである。

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4 評価及び問題点

 海外司書を受け入れて研修することの意義は、一つには、自分たちの仕事を外国人にも分かりやすく説明することによって、より深く理解できることである。これは、教えることが学ぶことになるという研修の一般的な意義である。

 二つには、異文化に接触することで、その影響を受けること。わが国では、当たり前のやりかただと思い込んでいた仕事の進め方などについて、異文化からの素朴な疑問が寄せられることによって新しい発見がある。もちろん、相手の国の文化だけではなく、大学や図書館の事情についての生の情報を得ることもできる。

 三つ目は、研修者との交流を通じて人の輪が生まれ、図書館同士や大学同士の関係まで発展していく可能性を持っていることである。特に、電子メールが普及した昨今では、海外司書に知人がいることの意義は大きい。この点は、日本の司書が海外研修をする場合にも当てはまる。

 次に問題点であるが、残念ながら現時点では、海外司書研修を実施するためには非常に多くの問題点があると言わざるを得ない。

 まず、国立大学で海外司書を公式に受け入れる制度や体制の整備があげなければならない。せめて、Cさんの事例のような学内研究者との連携による受入れが可能な程度まで、整備が必要であろう。ただし、この場合には、受入れ担当者を明確にし、それぞれの役割分担をあらかじめ決めておくことが重要である。

 第二に、研修期間が長期になる場合は特に、生活面および精神面のサポートは必須であり、それらを組織及び業務として対応できる体制を整える必要がある。研修生が何を学んだか以上に、明るく健康に研修期間を終えることの方が数倍重要なのである。

 第三に、研修者の語学力と研修目標の明確さが求められる。この点は、応募があった時点で慎重に判断する必要があるだろう。

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5 おわりに

 筑波大学図書館における事例は、きわめて例外の多い断片的な経験であるだろう。しかし、海外司書研修を今後とも受け入れて実施していく場合には、見過ごすことのできない留意点を含んでいると思われる。

 いずれにしても、意義深い研修を行うためには、十分な準備と体制が必要なのであり、このことに関して、わが国の大学図書館及び個別の図書館内において多くの議論を積み重ねる時期にきている。

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