情報研シリーズ


 
量子元年、進化する通信

情報研シリーズ18(丸善ライブラリー)

量子元年、進化する通信


根本 香絵 (国立情報学研究所 教授)
佐々木 雅英 ((独)情報通信研究機構未来ICT研究所 量子ICT研究室室長)
池谷 瑠絵 (サイエンスコミュニケーター)

定価 760円(税別)
ISBN:978-4-621-05383-6


著者からのメッセージ

鼎談の様子

量子技術の時代は、通信からはじまる。

今まさに「ビッグデータ」というキーワードで語られる情報活用時代が到来しています。このような時代に量子が制御できるようになると、いったい、どんな使い途や利便性があるのでしょうか? また量子を制御する技術の発達によって、ICT関連の技術や産業はこれからどう変化していくと考えられるでしょうか? そして、この「量子」というまったく新しい技術は、これから私たちの生活にどんなふうに入り込んでくるのでしょうか?──『量子元年、進化する通信』は、このような問いに、照らす角度を変えながら、じっくり答えていこうという本です。

通信と量子が出会う歴史を伝えたかった

佐々木雅英
佐々木
この本は、アインシュタインが現代物理学を大きく方向付けるような3つの論文を生み出した「奇跡の年」と言われる1905年からちょうど20年が過ぎた頃──1920年代を起点にしています。これは量子力学の体系が形作られた時期にあたり、ハイゼンベルクが行列力学を導いたのが1925年、シュレディンガーが波動方程式を定式化したのが1926年のことでした。

一方、これと同じ頃に現在につながる通信というものの考え方が誕生します。ナイキストらが通信の原理をつくり、一方アメリカ大陸でもちょうど同時期に、電信電話という技術のための基礎理論がつくられたんですね。当時の日本は大正時代です。仙台に電気通信研究所が出来て、「逓信」という時代のキーワードのもとで、新しい技術が発達していきました。それぞれ独立に誕生した量子力学と通信という2つの分野は、やがて1950年頃にひとつになります。ここに至って、何がほんとうに究極の通信容量なのか? ということが改めて議論されていくんですね。

「通信の道」を表現した表紙イラスト

池谷瑠絵
池谷
佐々木先生の言われる「究極の通信容量」には、対応する数式があるのですが、身近な感覚で言えば「もっと速く、もっと大量に送受信できないか」というニーズにも対応するでしょう。通信の技術者たちはノイズと戦いながら、どうしたらもっと速く、遠くに、たくさん送れるか、と問いつづけてきた。それを目標に歩んできた「通信の道」と、一見まったく関係のない量子力学が必然的に出会うところを、いわば本書のハイライトとして、読んでいただければ幸いです。

このことは、実は表紙カバーのイラストで、イラストレータのmakomoさんに表現していただいたんです。表紙の中央を斜めに走る白い帯が、光ファイバーにも似た「通信の道」です。量子技術の驚くべき進化によって、この通信はいま根底から、大きな変化の時期を迎えています。その新しい技術を支えるのは、もちろん量子です。そこでこのイラストではさらに、量子の世界に特有の「測定」という問題に関連して、人間の測定器である目や口などの感覚器が「ランダム」に移動する様子も表現されています。

本書はどのようにして書かれたか?

根本香絵
池谷
ICTの発達した現代においては、「通信とは何か?」と問われてもあまりにも身近すぎてかえって見えにくい。また「暗号とは何か?」というと今度は戦時下のような日常生活とはかけ離れた世界を、私たちはイメージしがちです。本をつくるプロセスでは、量子という大変革期だからこそ見えてくる「通信」というものの本質、「暗号」というものの本質を書きましょうということを申し上げました。根本先生にはまさしく最先端の理論の立場から、佐々木先生には日々新たな挑戦を続けるなかで出会った実感として、今見えてきているものを教えていただこうというわけです。ところが問題は、とにかくお二人ともお忙しい(笑)、到底、本のための時間がとれないわけです。
根本
はい。そこで今回も『ようこそ量子』の時と同じように、まず佐々木先生や私が伝えたいこと、理解してほしいことを提案し、何回かインタビューの機会を設けて、それらについて説明しました。それを池谷さんに再構成してまとめてもらい、できあがってきた原稿を元にやりとりを重ねて推敲していきました。
佐々木
校正のヤマ場はちょうど年末年始だったように記憶します。
根本
そうでしたねえ。
池谷
最終章だけは私の力ではなかなかまとまらず、根本先生から少しまとまった文章をいただき、それを元に構成しました。

2013年を象徴する「量子元年」

根本
最終章で言いたかったことは、まず量子、たとえば光ならば光子ひと粒ひと粒が制御できるようになってきたという技術的なインパクトの大きさが、世の中にあまり伝わっていないのではないかという印象を持っているんですね。「量子って何に役に立つんですか?」というご質問を受けたりすることが、やはりあるんです。今ある技術のひとつひとつが、量子のレベルまで制御できることになることによって、大きく変わっていくんだということを伝えられればと思っています。この意味で、今、通信に始まった量子技術が、その先にあまねくさまざまな技術に量子の性質が活かされてくるのだということを、最後は言いたかったんです。

また、これはタイトルとも関連するのですが、本をつくっていた2013年は、何かひとつの量子的な制御が出来たというのではなく、D-WAVEにしろ、量子鍵配送にしろ、同時多発的にさまざまな量子技術が登場したことが印象的な年ではなかったかと思います。私たちは長年量子に関わってきたわけですけれども、その中でも昨年はこの革新的な量子技術の発展へ向けて、「いよいよ」という感じがありました。
佐々木
そうでしたね。それから、本にも書かれていますが、量子通信は「究極の通信」へ向けてまさに「これから」という時期なんですね。一方で、量子鍵配送は今、世界的に実用化へと動いています。最近のわれわれの研究成果では、既存の通信システムと連携して、お手元のスマートフォンで、将来にわたって秘密を保持できる最高のセキュリティを備えた量子鍵配送システムが実現できます。地域の病院の電子カルテと患者さんのスマートフォンを量子鍵配送でつなぎ、地域ぐるみで通信の安全性を担えるようなしくみが、もう現実のものとなりつつあるんです。
鼎談の様子

(2014年6月)

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