学術情報センター軽井沢土曜懇話会報告

地殻変動下の情報通信

―通信・放送・コンピュータの融合はどこまで進むか―

東京大学名誉教授,早稲田大学教授

安田 靖彦

 世の中,携帯電話やインターネットの普及がめざましい。また,ディジタル放送が現実のものとなってきたし,伝送の高速化も目の前にある。そうした中で,今日は最初に,情報通信が変わろうとしているその現状の解釈の仕方を,交通との比較から話し,次いで,放送関連のディジタル化について話したい。

情報通信のディジタル化

 電気通信は19世紀の後半に実用化されて,これまでに百数十年が経っているが,これまで主体は電話であった。それが今変わろうとしている。21世紀にはマルチメディア情報通信の時代になると誰もが予想している。こうした変革を可能にした技術として,ディジタル化技術の影響が大きい。情報通信のディジタル化は最近始まったことではなく,数十年前から行われている。アナログ的手段で達成できる機能やサービスは,すべてディジタル化で達成できるが,その逆は出来ない。通信のディジタル化は1960年代の中頃に短距離搬送回線から始まり,次いで長距離搬送回線がディジタル化された。更に交換機のディジタル化が後を追った。加入者線が最後になったが,それもISDNというディジタル化によって実現しようとしている。テレビは放送局から直接視聴者に届く通信であることから,視聴者に与える影響を考慮して躊躇していたが,最近,ディジタル放送,音声,マルチメディア放送が始まった。要するに,ディジタル化というマグマが今一気に噴出していると言うことが出来よう。ディジタル化は,コンピュータでは最初は大型化/高速化,やがて小型化/大容量化,そしてネットワーク化であり,通信は中継伝送路,交換機,そして加入者回線のディジタル化が今進行中であり,放送では,放送のディジタル化から,今後はマルチメディア放送になるだろう。

 情報流通を物流と比較してみる。どちらも人間にとって重要な社会システムである。両方とも流通を司るという点で共通している。物流システムでは道路網,鉄道網,港湾と空港といったインフラの上に各種交通サービスがある。それに対して,情報通信においては,メタリック・ケーブル(銅線),光ファーバー,地上波,衛星通信といった物理的伝達網の上に通信サービスが展開されている。物流システムに対する投資の方が現在はまだ大きいが,社会が進歩するに連れて,情報流通システムに対する投資の方が相対的に大きくなって行く。さらに,物流システムにおける役割分担を平成10年度運輸白書によって見ると,人の輸送で道路のウエイトが高く,貨物輸送では更にその差が激しい。一方情報流通システムのインフラを見ると,回線交換ネットワーク(電話)が鉄道に相当し,パケット交換ネットワーク(インターネット)が自動車交通に相当すると言える。そして交通では鉄道と道路があって競っているのに対し,情報では,鉄道に相当する回線交換的な方法しかなかったが,やっとインターネットというパケット交換が出てきた。電話網と鉄道は秩序を重視し,それに対して道路は自動車の自由を尊重する。道路は自宅からすぐ多様なアクセスが可能である。通信の場合,これまでの電話網では自宅からのアクセスがだめだったが,ネットワークへのアクセス手段が多様化し,かつ高速化してきて,マルチメディア化をサポートすることが可能になってきた。道路は日常的な渋滞に悩まされ事故もあるが,にもかかわらず廃らないのは便利だからだ。パケット交換でも渋滞は起こる。ノードで一度蓄積してそこからまた宛先へ送る時渋滞するし,パケットが失われることもあるが,にもかかわらず便利だから使われると言う点もよく似ている。自宅からすぐに多様なアクセスが可能な道路に対応する,ユーザから見ての最初の1マイルを実現する情報通信技術は,XDSL,CATV,モバイルアクセス(携帯電話),広帯域無線アクセス,衛星通信,FTTHがあり,その上に乗ってIP網上のサービスは,規制緩和も手伝って,電子商取引,電子決済,電子新聞,仮想会社,サイバーショッピング,仮想空間共同作業などが可能となる。

放送のディジタル化

 マルチメディアでは映像が非常に大きな役割を占めている。その映像に関連する媒体は放送である。テレビはアナログ時代から長い間映像を扱ってきた上に,大衆への普及度が大きいのと,コンテンツの蓄積とその作成ノウハウの熟練の点で放送は大きな分野である。今それがディジタル化への道を歩んでいて,放送のディジタル化がマルチメディアに与える影響は大きいと予想される。これまではアナログという電波の上での話だったのが,ディジタル電波を用いたテレビ放送という新しい媒体が登場してきた。放送の分野でも,スタジオの機器とか,局内電送,受像器の内部はディジタル化してきたが,視聴者と放送局との間の電送はまだだ。放送システムを劇場にたとえてみると,これまでは舞台裏でのディジタル化であった。これからは舞台そのものをディジタル化する時代だ。

 こうしたことの背景にある技術は,ISO,IEC,ITUと言った国際機関で最近相次いで標準化が進められた。まず,最近よく耳にするM-Peg IIという圧縮技術,高能率符号化技術がある。もう一つの技術は高能率電送技術,変調技術で,それを再度道路と比較すると,通信路が道路に,帯域幅が道路幅に,高能率変調が二階,三階建て道路に,圧縮符号化が車の小型化や貨物の整理に対応する。このうちの後の二つの技術が相まってディジタル放送が実現した。

 日本のディジタル放送方式は,自分が委員長をしている郵政省の電気通信審議会のディジタル放送委員会で審議して技術的条件を決めている。カバーする放送には,衛星通信を使ったディジタル・テレビ放送,CATV,放送衛星,地上波ディジタル・テレビなどがある。ディジタル・テレビの基本構造としてできるだけメディアに依存しない方法を考えることとし,そこでメディア横断的な層はM-peg IIに準じて決めている。一方伝送路に固有な層は,それぞれの媒体に応じて最適方式が違うからそれぞれに応じて決めている。

 映像のディジタル化の意義として,高能率性,高画質性,画質の安定性などはアナログ技術の延長上にあるが,処理加工の容易性,高機能性,コンピュータ/ディジタル通信との親和性といったところはディジタル化によってのみ可能となる。NHKはISDBを通信のISDNに対応するものとして主張している。各視聴者はその放送を受け止めるISTVを自宅に備えて,映像,音声,番組を蓄えておいて好きなときに視聴することが出来ると説いている。放送と移動体通信は,どちらも電波を使うので事業としての効率性を使用帯域,投資額,市場規模で較べてみると,放送の使用帯域の広さがはっきりする。放送はディジタル化による骭率性の向上が望まれる所である。通信・放送・コンピュータの融合で出来ることをテレビの方で言えば,実映像とコンピュータ・グラフィックスで作った虚の映像を融合させて,新しい映像の世界を作ることができることだと言えるであろう。

(文責:井上如)


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