情報政策とイノベーション

−経済イノベーション促進政策における学術情報の研究とサービスの役割−

ハーバード大学ケネディ政治学部名誉教授

ルイス M ブランスコム

1.はじめに

 去る5月24日(月)に弘済会館において標記講演会が行われた。NACSIS Invited Lecture Seriesは昨年度から開始された研究開発部主催の企画であり,国際的に著名な学者・研究者が本センターを訪問する機会に,公開で学術講演をお願いするというものである。今回のブランスコム教授は情報政策学の第一人者であり,IBM研究担当副社長,NSB長官,米国大統領科学顧問委員,全米科学技術会議議長を歴任され,全米科学アカデミー(NAS)会員,全米工学アカデミー(NAE)会員である。また,日本工学アカデミー(JAE)外国人会員で,日本学術振興会先端技術と国際環境第149委員会の米国側委員会メンバーである。今回は特に,工学アカデミーと149委員会関係の方々にも案内を出して,外部で開催した。以下,講演要旨を紹介する。

2.講演要旨

2.1 情報サービスの重要性

 全ての先進工業国は政策的な重点を,“研究と政策の調和のとれた投資”の方向にシフトしつつあるが,これは研究からもたらされた技術的アイデアをベースとしている。イノベーション政策は,税金,制度,競争,貿易政策,知的財産権法の考慮に加えて,最近の研究の結果,“情報インフラ”という新しい要素が明らかとなった。これが,専門知識の波及や取得を決定する重要な要因であることが分かったからである。米国政府の政策担当者はこのことの重要性をしばしば過小評価するが,学術情報の研究とサービスはイノベーションを可能とする神経系統である。

 学術情報サービスは,一次データの品質と信頼性,他分野での利用の提供,情報の生産者と利用者の持続的協力のためのネットワーク,にかかわる問題を含んでいる。このようなサービスを支える科学技術者への報酬制度が十分でないために,これらの研究やサービスに献身しようという意欲を喚起しないのは問題である。政府は十分な公的補助の対象となるよう重要議案として取り上げるべきである。

 さて,情報インフラは次の3つの要素から構成されている。

 1)情報の生成:研究および情報収集。

 2)ネットワーキング:所在,アクセス,評価,獲得

 3)処理:質の評価,利用のための準備

 一方,多くの国で,政府は,研究助成の主要な役割を担い,情報通信制度や情報サービス支援(日本におけるNACSISやアメリカにおけるMedlars)を通して情報ネットワーク化を促進しているが,質の評価やサービスにおける利用の支援は民間に頼っている。米国では,この政策は“供給側”の科学技術政策に反映されている。つまり,主たる公的投資は,知識の生成,および,研究をより効率的に行うために知識を生成するための共同体内でのコミュニケーションの道具を供給すること,に向けられている。これは「横型」コミュニケーションである。

2.2 横型と縦型のサービス

 横型のサービスは,仲間同士のものであり,読み手が文献を理解し評価するのを支援する付加的処理は全く必要ない。Physical Reviewのような査読型論文誌はこのサービスをしている。米国における研究資金は,研究のスポンサーや,著者と読者の両者を代表する専門学会によって共有される。著者,査読者,編集者,読者は同じ学会の中で組織されるので,情報サービスのこの部分はとても良く整備されている。

 縦型サービスは,データを造り出した研究分野以外の専門家たちに役立つものにするサービスをいう。例えば,エンジニアは物理や化学の研究から造り出された物質や原料の属性データを使うかもしれないし,臨床医学の研究者は生化学や分子生物学のデータを使うかもしれない。この種のサービスは,情報インフラの中でも,極めて研究開発支援が不足している分野である。データ・アクセスや,利用プロセスへの投資は,イノベーション・プロセスの生産性を上げることに貢献しうるし,また,研究者からユーザへの知識の波及にとって肝要な部分である。これは“需要側”のR&I(研究革新)政策のキーとなる。

2.3 利用指向のデータ評価とネットワーキング

 インターネットは,ユーザ・ニーズの表現,データの集積,分散協調的評価,およびユーザからのフィードバックに対して,劇的可能性をもたらした。しかし,情報に関して基本的な要件は,ユーザ共同体自身によって十分なデータ信頼性とアクセス性が保証されることである。これ黷ヘ高価な仕事であり,特別な才能が要求される。問題は,学問の世界では創造性は報いられるが,ユーザ・サービスは報いられることがないので,効果的な動機づけを与えられないことである。この種の投資は,“供給側”のR&I政策である。商業界では横型サービスはビジネスチャンスとなるが,コストも時間もかかるデータ評価の必要な縦型サービスへは,投資しようとはしない。

 もし政府が,データ評価,利用指向サービス,更にアクセス容易なデータ集積に投資する用意があるならば,インターネットはこれをより効果的にするための魅力的な可能性を提供してくれる。例えば,データ評価の仕事は地理的に広い範囲での活動として組織されうるし,wwwを通して供給されるデータサービスへアクセスすることによってすばらしいユーザインターフェースが提供されるし,学会は評価済のデータコレクションを証明する情報を提供することができる。しかし,データ評価に十分な金額を投資してもらうには,克服すべき困難がある。例えば,web siteに大量のインフォーマルな電子出版物や,ドラフト原稿が送られると,研究者同士での相互査読の量が増えてやっかいなことになる。

2.4 結論:緊急課題

1)政府は,需要志向型の研究やイノベーション政策を採用すべきである。キーとなる要素は,データ評価や利用に促したサービスを育成すること,つまりユーザー主導型データベース戦略である。政府研究投資の10%程度がこの為に消費されるのが適切な水準である。これは,データ評価に加えて,イノベーションを目指す研究者の生産性を向上するために,論文審査その他の高価な学問的活動への投資を必要とする。

2)国家的情報ネットワークや情報収集の管理者は,他の学問分野におけるユーザのために,データの質的評価を伝達し確立するためのプロトコルや,標準を確立するための協力を促進すべきである。CODATAはこうした努力に貢献すべきである。

3)利用に促した情報サービスのための協力ネットワークは,国際的に調整されるとともに,知的財産権に関する合意によって進められるべきであり,国際的なアクセス手段によってデータ評価,ユーザ,再出版の処理がなされるべきである。これによるユーザのコスト負担増は,アクセスに要する費用の最低限に抑えられるべきである。つまり,Webを使ったサービスにおいては最小限のコストであるべきである。

72才とは思えぬ若々しいお声で熱弁をふるわれるブランスコム教授

熱心に聞き入る聴衆


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