学術情報センター国際シンポジウム

−「学術研究支援のための超高速情報通信網の研究開発」−

学術情報センター教授

淺野 正一郎

1.はじめに

 学術情報センターでは,文部省科学研究費補助金(創成的基礎研究費)による「学術研究支援のための超高速情報通信網の研究開発」を,1993年度から1997年度までの5年計画で実施している。本研究は,学術情報センター研究開発部を主体に,全国大学の研究者,日本電信電話株式会社(NTT)マルチメディアネットワーク研究所などの参加を得て実施するものであり,超高速マルチメディアネットワークの実現を目的とした研究開発を進めることで,今後の学術情報ネットワークに具体的に反映することを目標としている。また共同研究機関であるNTTは,マルチメディア通信サービスを提供するための基幹手段となるコンピュータネットワークの高度化に関する研究開発を,先端的ユーザと共同で実施することにより,実際の要求に基づいた検討を早期に進めることを狙いとしている。

 本稿は,1997年11月28・29日に,本研究の成果報告会として,文部省国際シンポジウム開催経費の援助を受けて,学術情報センター国際シンポジウム「超高速学術研究ネットワークの研究開発」を300名を超える参加者を得て開催したが,その概要を紹介するものである。

2.計画の概要

 学術情報センターでは,1994年に他に先駆けて新たな交換伝送技術である非同期転送モード(Asynchronous Transfer Mode: ATM)方式を学術情報ネットワーク(SINET)に導入している。さらに,1996年には多数の国立大学に導入されたATM-LANを接続するために,充実した機能を有するATMを改めて導入し,ATMの広域運用を開始している所である。ATMは,データ,音声,動画像などの性質が異なる情報の統一的な伝送を可能とし,統合的かつ効率的な通信網を実現するものとみなされている。

 しかしながら,ATMを目的に則して活用する技術は未だ完成されたものではない。例えば,現在各所に導入されている初期のATM製品は,学内を初めとするローカル環境で使用するものに機能がほぼ限定されている。また,現在のところATMを使用する事例の多くがインターネットへの適用を想定しているが,この場合の広域的な運用方法が確定していない。更に,ワークステーションなどのコンピュータとATM交換機間のATMインタフェースも十分に完成されてはいない。このように,ATM技術を広域網に本格的に適用するには,解決すべき多くの問題が残されている状況にある。

 一方インターネット(The Internet)は,元来コンピュータ間通信を行なう目的で開発されたものであるが,ネットワークの規模と性能の急速な向上と,ワークステーションやパーソナルコンピュータの低価格化と高性能化によって,リアルタイムに近い速度でのマルチメディア通信が手軽に可能となりつつある。しかし,インターネットを用いたマルチメディア通信は,そのアーキテクチャの制約から,サービス品質,スケーラビリティならびに機能の面で問題点が残されている。これらを解決する手段として,ATM技術の特徴を活かした新たなネットワークの構築が重要な課題となっている。

 この状況の中で,1994年9月にマルチメディア共同利用実験(NTTが1995〜1996年度に実施)を先取りする形でATM実験ネットワーク(テストベッド)の稼働を開始した。本研究が開始された当初の実験参加機関は,学術情報センター,NTT通信網総合研究所(現マルチメディアネットワーク研究所),東京大学生産技術研究所,早稲田大学理工学部であったが,その後,国内11機関(東京大学工学部,東京大学気候システム研究センター,岩手大学工学部,東北大学海洋変動観測研究センター,長岡技術科学大学工学部,九州大学応用力学研究センター,郵政省通信総合研究所,工業技術院電子技術総合研究所,学術情報センター千葉分館,千葉大学ならびに松下電工東京研究所)が参加するものに拡大している。更に,研究分担者が所属する東京工業大学工学部,宇宙科学研究所,名古屋大学工学部,(株)ATRなどとも共同研究開発体制をとり,また別途,高エネルギー物理学研究所,放送教育開発センター(現在メディア教育開発センター),会津大学をそれぞれ中心とするプロジェクトとも連携を可能としている。また,1996年10月から1997年3月にかけて,GII(Global Information Infrastructure)の実現を目指したG7諸国のプロジェクトのひとつであるGIBN(Global Interoperability for Broadband Networks)実験の一環として米国Wisconsin大学との接続も行い,国際評価も実施するものとなっている。この国際実験には,KDDならびにAT&Tの支援を受けている。

3.主な研究開発課題と成果

 以下に,本研究で採り上げた課題と成果を述べているが,主要な成果はシンポジウムでデモンストレーションを行っている。

3.1 基盤ネットワーク技術の開発

 広域ATM運用技術の開発,ATM-LANまたは高速LANとの接続技術の開発を主な目的とするものである。特に,サービス品質保証,マルチキャスト通信の効率的実現,通信資源の動的管理などに重点を置いて検討を進めている。

(1)ATM交換機能の評価実験用プラットフォームの構築

 ATMの通信接続は,PVC(固定接続)とSVC(交換型接続)に大別でき,両者とも既に国際標準化が完成している。しかし,SVCのコンピュータ通信への具体的な適用に関してはまだ検討の余地が残されている。本課題では,接続制御ソフトウェアを柔軟に開発するためのプラットフォームを完成し,各種仕様の評価を実施した。

(2)超高速情報通信網における品質制御

 ATM通信に関係する機能階層で実現できる品質を評価し,全体としての品質設計を行なうことを目標としたものである。本課題では,サービスを提供している状態の品質測定に焦点を当て,専用の測定品質装置の開発を行っている。これを用いて,テストベッドで品質制御を評価した。

(3)品質保証型マルチキャスト通信

 現在インターネットで使用されているマルチキャスト手法(MBONE)では通信品質の保証がなく,しかもATM本来の機能に整合がとられたものでもない。ATM通信では,ネットワーク負荷に応じて通信に許容される帯域が制限される可能性があり,また端末の性能も大きく異なると考えられる。このために,マルチメディア通信では,異なる速度の回線速度に応じて符号化速度を変えることが出来る(スケーラブルな)符号化方式を採用することが望ましい。本課題では,マルチメディアスケーリング技術とATMのマルチポイント接続機能を用い,これに資源管理機能を併用することで,異なる通信環境にある端末が混在する状況のマルチキャスト通信においても,端末の環境や性能に応じた品質の保証が実現できることを実証した。

(4)ATM網でのコネクションレス型サービスの実現

 コネクションレス型通信をATMネットワークで提供する方式としては,コネクションレスサーバとPVCを用いる方法を基本とすることになるが,比較的少数のコンピュータ間で大量のデータの授受を行なう場合には効率が望めない。また帯域の保証も困難となる。半面,SVCを用いる方式では帯域を保証することは可能であるが,呼設定に伴う接続遅延が避けられない。本課題では,SVCを用いる方式において通信終了後もコネクションをABR/UBRモードで保持することにより,接続遅延の解消と通信資源の無効保留を回避する方式の提案を行ない,その評価を行なった。

(5)アプリケーション品質を考慮したQoS制御

 サービス品質(QoS)を積極的に制御することはATMの究極の目標であるが,現在のプロトコル階層構造では,上位のプロトコルがATM層と連動して品質目標を達成することは困難である。この問題を解決するために,アプリケーションからの品質要求に対して総合的に各階層の資源を制御する「サービス品質マネージャ」を導入するための検討を行っている。更に,品質制御を行うプロトコル(ST2,XTP)を開発し,テストベッドへの実装を行なった。

(6)異なるネットワーク環境におけるメディアスケーリング

 ATM通信では,ネットワーク負荷に応じて通信に許容される帯域が制限されることがある。このためにマルチメディア通信では,異なる速度の回線速度に応じて符号化速度を変えることができる(スケーラブルな)符号化方式を採用することが望ましい。本課題では,画像フレーム数,画像怏像度により情報量のスケーリングを行なう動画像伝送方式を提案し,その実装,評価を行なった。

(7)ネットワーク管理システムの開発

 ATM,ルータ,LANをはじめとするネットワーク構成要素の種類が増加し,また論理的な構成も複雑になってきている。この状況でネットワーク管理を実現することは,ATM技術を有効に活用するためのにも必須の課題である。ここでは,ATM網におけるネットワーク管理の要求条件の分析と整理を行なうと共に,その検討に基づいたプロトタイプシステムの試作を行ない,実験網を対象として実証的な検討を行った。

(8)マルチレイヤ環境におけるトラヒック特性分析

 ATM上にTCP/IPを運用するときには,ATM層とトランスポート層の間の制御の相互作用が,スループットに与える影響の把握は重要な検討課題となっている。ここではUBRとABRによる性能を評価しつつ,テストベッド上での性能評価実験を行った。

3.2 超高速ネットワーク応用の開発

 超高速ネットワークにより実現可能となるアプリケーションに関する課題を紹介する。

(1)動き外挿による仮想フレーム構成を用いたMPEGの画像改善

 動画像符号化において,フレーム間予測が効果的でないシーンチェンジに対応させた新たな方式を考案することは,符号化の効率の低下を抑止し,通信回線利用効率の向上をもたらすことになる。また,アプリケーションの開発でも時間遅れのない品質が達成できる。本課題では,シーンチェンジの直前のフレームおよび動きベクトルを利用して続くフレームを生成し,これを表示することによる解決を提案した。

(2)人間の記憶モデルに基づく分散型階層的画像データベース

 多次元情報を蓄積する手法において,情報のスケーラブルな特性に注目し,グレースフルな忘却機構を備えた新しい分散蓄積手法を検討し,テストベッド上でWWWによる実装を行っている。加えて,ユーザの直感的理解を支援する3次元空間表示を用いた画像ブラウザを提案した。

(3)ネットワークニューロベイビー

 ネットワークニューロベイビーは,ネットワーク上の感情表現エージェントであり,言語を用いずに文化の異なる人々の間の相互理解を行なう試みである。1995年8月に米国ロサンゼルスで開催されたSIGGRAPH’95の会場と東京大学生産技術研究所を接続し,アメリカと日本にカスタマイズされたニューロベイビーをそれぞれ置いて通信を行ない,「非言語による異文化対話実験」を成功させた。

(4)衛星画像データの広域利用

 衛星からの情報を駆使し地球環境の解明を進めるために,東京大学生産技術研究所で受信されるNOAA衛星,GMS(ひまわり)などからの観測データをリアルタイムで関連研究機関に配信するネットワークを構成し,評価した。また,配信を受けた研究機関では,各々の研究課題に応じてそのデータを処理し,その結果を分散したデータベースを作成した。

(5)マルチメディア遠隔医療支援システム

 高度な通信技術や遠隔制御技術を応用すると,これまで困難とされてきた遠方にいる患者の診察や治療(遠隔医療)が可能となる。本課題は,マルチメディアを用いた遠隔医療の基本概念を提示し,その実現に必要となる医療支援手法の一例として,脳血管内カテーテル手術における骼糾o支援方法を提案し,遠隔操作実験を行なった。

3.3 GIBN実験

 諸外国においても,類似した研究開発プロジェクトが存在する。1995年2月に開催されたG7情報通信関係閣僚会議では,GIIの実現を目指して,各国で推進されている開発プロジェクト間の相互運用性(Interoperability)を達成するための国際テストベッド(GIBN)の試行が承認された。本実験は,GIBNの一つを分担するものとなっており,1996年10月から半年間にわたり,日米間の国際接続実験として,3.1(3)および(5)の課題の実証試験を行っている。

4.おわりに

 本研究は産学共同の研究体制の下に,当初の目標を上回る成果をあげているといえる。これは,従来ややもすれば見落とされがちであった異なる立場の関心を広く採り上げたことが,主たる要因といえよう。またマルチメディア通信に関する研究は,国際的な協調が不可欠な分野であるため,今後これらの成果を広く国内で利用するとともに,GIBN実験などを通して国際協力を拡大させていく所存である。

 また,本研究の目標は,研究開発成果を学術情報センターの事業に迅速に移管することにある。幸いにして,学術情報センターではプロジェクトの期間に二度にわたり大規模なATM機器の導入が行なわれている。これらの基本仕様には,本プロジェクトの中間成果が利用されている。今後も得られた成果を適切に事業に反映し,国内外の研究者の研究環境の向上に役立てていきたい。


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