日米高速通信実験の概要と成果

学術情報センター教授

淺野正一郎

1.GIBNと日米高速通信実験

 平成7年2月にブラッセルで開催された「G7情報通信関係閣僚会議」において,GII(Global Information Infrastructure) の形成に向けた政策課題が検討され,この結果GIIの形成に係わる11の国際共同プロジェクトが承認された。GIBN (Global Interoperability for Broadband Networks) もこれに含められている。

 インターネットの需要の増大と画像・音声・映像を伴う情報伝送の一般化を受けて,数100Mb/s〜数Gb/sの速度の通信回線を利用したネットワークの開発が日米欧で続けられている。これらの実証的な開発研究のためのネットワーク(テストベッド)を相互に接続し,ネットワークを利用するアプリケーションを共有することは,GIIの形成に向けた先進国間の協調のために重要であると認識されている。同時に,テストベッドで開発された技術やアプリケーションを社会に提示することは,利用者の関心を高揚し,サービスや情報のプロバイダにインセンティブを与えることになる。

 このような背景からGIBNプロジェクトが開始され,カナダと日本が幹事国となり, 取りまとめをカナダ産業省Mr. Kieth Changが行うこととなった。

 国際通信試験の第一期は平成8年10月初旬から平成9年3月末にかけて実施し,国際回線の用意が整った日米間に限定して,5種類の実験が行われている。これには,本稿で紹介する学術情報センターが参加した実験に加えて,名古屋大学医学部および九州大学医学部がそれぞれ参加した共同医療実験,日本科学振興事業団が参加した科学技術情報の交流に関する実験,並びに郵政省通信総合研究所が参加した HDTV(ハイビジョン)の衛星通信によるポストプロダクションの実験が含まれる。

 学術情報センターでは,東京大学・早稲田大学を始めとする全国15大学並びにNTTとの共同研究を文部省科学研究費補助金による創成的基礎研究費(通称,新プログラム)の補助により「学術研究支援のための超高速情報通信網の研究開発」を課題名として,平成5年度〜9年度にかけて行っている。この開発成果を米国ウィスコンシン大学との間で実証することが,GIBNプロジェクトに参加する目的である。なお,ウィスコンシン大学は,米国の超高速通信コンピューティング開発プロジェクト (HPCC) にも参加する拠点大学であり,また,共同研究者である同大学計算機工学科Landweber教授はISOC(Internet Society) の会長を努めた著名な研究者である。

2.日米高速通信実験の概要

 新プログラムの成果の中で日米高速通信実験に採用したものは,「超高速転送プロトコル ( ST2 )」と「品質保証型マルチキャスト通信」である。

 ATM (Asynchronous Transfer Mode : 非同期転送モード) は超高速通信の基本伝送方式であり,ATMを使用して映像の伝送の品質を保証するストリーム制御型プロトコル (ST2) が開発された。これは,伝送に必要な通信帯域の中で,映像情報の流れ(ストリーム)に擾乱を与えることなく伝送を可能とするものである。TCP/IPと比較すれば,ST2の効果は歴然としており,またST2自体がIPv5(Internet Protocol version 5) と称されることから理解できるように,インターネットとの整合性が保証されている。しかし,長距離伝送における特性は実証されておらず,このことがインターネットの標準を開発しているIETF (Internet Engineering Task Force) での課題となっている。以上から,世界でも最先端のST2を実現するハードウェアおよびソフトウェアをウィスコンシン大学に移設して評価実験を行うとともに,成果の普及に努めることが目標となる。

 一方,近未来の通信環境を想定すると,幹線(バックボーン)は超高速となるが,バックボーンへのアクセスは数Mb/s程度の低速通信が残ることになろう。このような状況で映像通信を行うと,バックボーンの内部では高品質音声を伴った精細映像を伝送する帯域を確保できても,アクセス区間の帯域制限から全ての情報を伝送できない事態が生じる。マルチキャスト通信では事情は一層複雑となり,同報グループの全てに対して映像伝送ができないことが起こりうる。この対処として,音声を含む映像情報を階層的に分割し,通信帯域の制約が大きい相手には上位階層(削減した情報)のみを伝送し,帯域制約のない相手には全ての階層情報を伝送する方式を提案し,TCP / IPの上に実装した。この国際評価実験が第2の目標である。

 国際通信は,KDD並びにAT&Tが提供する国際ATM網を使用し,これに新プログが使用するNTTの実験網を接続することで構成している。両端には学術情報センターが所有するATM交換機 ( FORE Systems ASX200BX ) とプロトコル機能を実装したワークステーションを接続して実証評価を行っている。なお,使用したATM通信の帯域は,VBR (Variable Bit Rate) 35Mb/s,並びにCBR (Constant Bit Rate) 10.8Mb/sである。図1には実験の模様を示している。

図1.ウィスコンシン大学における実験の様子     

       (ワークステーションに向かっているのがLandweber教授)

 実験は良好に完了し,平成9年1月14日にはKDD大手町ビルにて,公開実験を伴う報道発表を行っている。また,1月27,28日に東京で開催されたGIBN会合でも実験を実施し,欧州委員会を含むG7諸国のメンバーに成果を示しており,ともに好評を得ている。なお,全国紙を含む8紙に実験内容が紹介され,共同通信社を通して海外にも発信された。

図2.公開実験による報道発表

3.成果と今後のGIBN

 国際通信実験は所定の成果を挙げ,特に長距離遅延の影響を受けない高品質高速通信方式の実用化に目どをたてたものとして評価された。特に,映像伝送の品質は現在実験されているものの中でも最高に類するとされている。

 GIBNは平成9年度から,第二期に入っている。そこでは,国際実験のための特別な回線を用意することなく,国際接続されている高速研究ネットワークの一部の帯域を使用して,より柔軟に実験を行える環境をつくりつつある。このため米国はシカゴにSTAR TAP ( Science Technology And Research, Transit Access Point ) を設け,各国からのATMによる高速研究ネットワークの国際接続回線を相互接続することを提案している。既に,カナダからの回線を接続しており,また欧州回線も接続を準備している。日本からもGIBN実験に参加する機会を担保するため,学術情報センターでは本年10月に SINETの対米回線をSTAR TAP に接続することを計画している。但し,米国向けの通信が混み合っている現状を改善することが急がれるため,当初は通信帯域の全てを通常の研究通信の伝送に割り当て,来年1月以降に帯域を拡大し,実証的な通信に利用することを構想している。本件に関して,日米間の国際実験テーマの募集を予定しており,改めてご案内申し上げる。


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