SINETと省際ネットワークにおける協調的経路制御の研究

学術情報センター教授

小野欽司

 学術情報センターでは全国の大学などが接続される学術情報ネットワークであるSINETと国の研究機関が主に接続される省際ネットワークIMnetとの相互接続およびそこで生じる経路の複雑化に対応可能な協調的経路制御方式の実証的調査研究を進めてきたが,平成9年3月に3年にわたる研究を終了し,現在実運用に移行されているので,この研究概要を報告する。

1.経緯

 わが国の学術研究を推進する上で,学術研究ネットワークの果たす役割の重要性については科学技術会議などで指摘されてきた。本研究は科学技術振興調整費「研究情報基盤整備.省際ネットワーク推進制度」により,SINETと省際ネットワークというわが国を代表する学術研究ネットワークの相互接続を試験的に行い,そこで生じる経路制御などのネットワーク上の運用管理技術の調査研究を3年にわたって進めたものである。

2.研究概要

 SINETと省際ネットワークークの接続のため,東京および筑波の二地点での両ネットワークの相互接続を実施し,SINETと省際ネットワーク間の情報伝達と経路制御の運用および実証評価を行った。

 東京では,学術情報センターの東京JIXと省際ネットワークの東京NOCを相互に接続した。筑波においては,地域的な相互接続を試みるために,つくば相互接続ネットワーク協議会(RIC-Tsukuba)の協力を得て,RIC-Tsukubaと省際ネットワーク間の相互接続を実現した。

 また,協調的経路制御方式の検討を行うための基礎となるトラフィックデータを収集解析し,経路制御の特性を明らかにしながら,異なる学術研究ネットワークを相互接続した場合のネットワークアーキテクチャーのあり方,経路制御,マルチホーム接続における課題の抽出,輻輳の解決やアクセス性の向上を目的としたキャッシングメカニズムについての実験的調査研究を行った。

 東京においては,平成6年度に学術情報センターと東京NOC間を1.5Mbpsの専用回線で接続し,SINETと省際ネットワーク間の相互接続を実現した。さらに,平成7年度には3Mbpsに増速し,現在は6Mbpsで運用されている。

 協調的経路制御方式の検討を行うための基礎となるトラフィックデータを収集するために,ネットワーク管理装置を東京と筑波の2箇所に設置した。

 経路情報の交換にBGP4(Border Gateway Protocol Version 4)プロトコルを用いた。BGP4により他のネットワークと経路情報を交換するにあたっては,それぞれの相互接続の方針にしたがってやりとりする経路情報を取捨選択した。

 また分散したルータにおけるBGP4に関する設定を正しく維持するため,ルータ設定情報の一元的管理を行った。このためのデータベースの試作,ルータ設定の自動化などを試みた。

 さらに,平成7年度には,SINETがタイの学術研究ネットワークThaiSarnと,省際ネットワークが韓国の研究ネットワークKREONETと,それぞれ相互接続し,さらに両ネットワーク間で相互に利用できることとした。

 トラフィックデータから得られた経路制御に関する知見としては,アプリケーション種別のトラフィックデータを採ったところ,WWWが半分以上でftpとあわせると全体のおおよそ3/4を占めることが判明し,アプリケーションレベルの経路制御の必要性が明確となった。

 アプリケーションレベルの経路制御の具体的な手段としては,WWWキャシュサーバやftpのミラーサイトの適正配置を行うことが考えられる。これらの問題点に対処する方法として,品質レベルのコントロールによるファイルサイズの変更をキャッシュリレーで行うこと,および近傍のキャッシュリレー間でクラスタを形成しハイパーリンク情報を用いて連携を行うこと,さらにこれらの方針を組み合わせたキャッシュリレーメカニズムの実現方式を提案し,国内外の学会で発表した。

 インターネット上でマルチキャスト通信を行うMBONEについては,SINETでは,学術情報センター千葉分館にMBONEルータを設置し,SINETに接続する機関に対してMBONEの中継を行うハブの役割を担わせている。このMBONEルータを省際ネットワークのMBONEルータとも接続した。SINETと省際ネットワークをまたがって学会やシンポジウムなどの様子を中継するための手段としても実験的に使われ,両ネットワークを利用する研究者間の交流の促進に役立てた。

 その他,データ量が多くネットワーク上では工夫して取り扱うことが必要な動画などのマルチメディアデータに焦点を当てた検討も行った。本研究では,マルチメディアデータのスケーラブル特性を利用し,ネットワーク上のさまざまに異なる環境に対して,幅広いユーザからの多様なリクエストに応えることができるサーバシステムのアーキテクチャーを検討した。またネットワーク上の情報を集めてキャッシュする能力も備え,一方的に情報を発信するだけでなく,他のサーバより発信された情報を受け,これを利用しやすい形態で再提供するオープンなシステムについても検討した。

3.考察

 SINETと省際ネットワーク間の相互接続を実現し,両ネットワークに接続される機関の間で良好な通信が出来るよう実用に導いた。ルータ設定情報の一元的管理などにより経路制御的にも安定しており,運用的にも順調に推移している。

 また,地域的な相互接続の試みにおいては,マルチホームのための相互接続セグメントに関する知見が得られた。さらに,MBONEと接続しマルチキャスト通信の実験的な利用を実現した。

 SINETと省際ネットワークの相互接続はそれ自体が意義深く,両者の間の相互接続と安定運用を実現したことは,成功であると評価できる。経路制御の安定のために,SINET側でのルータ設定情報の一元的管理,省際ネットワーク側でのルートサーバの導入に見られるように,両サイドでの経路制御情報の適切な管理に対する努力が行われた。

 トラフィックデータからアプリケーションレベルの経路制御の必要性が明らかになったことなど,今後のネットワーク構築や運用に対して重要な知見が得られた。SINETのようなすでに業務的な運用を行っているネットワークにおいて実験的な試みを行うことは制約が多いが,それにもかかわらず,地域における相互接続の試みに際しては,マルチホーム接続において,多様な要求に対しきめ細かく応えるような技術的な解を提供することができ,また運用を通じて様々な技術的経験を積んだ。

 さらに,マルチキャスト通信のような新しい通信形態を試みることができたことは,ネットワークの利便性を実証するという目標に対し,技術的な視点からの結果を導出し得た。

4.むすび

 現在,SINETと IMnetの間は学術情報センターと東京NOC間を6Mbpsの専用回線で接続し,2つのネットワークに接続された機関の間で,活用されている。今後さらに,学術研究情報ネットワークの整備が進み,より複雑な相互接続の要求が出現する可能性があり,複数のネットワークにまたがる協調的経路制御方式について今回の研究が参考になれば幸いである。

 同時に,ルータの経路制御機能のみならず,トラフィック管理や経路制御情報の管理などのネットワーク管理技術が重要な課題になる。

 アプリケーションレベルの経路制御は,実際にネットワークが使われ,様々なトラフィックが流れることにより,その必要性が顕在化してきた。WWWキャシュサーバやftpサーバのミラーリングに関して,さらに研究を深める必要がある。また,マルチキャスト通信は,今後とも実際に利用することによる技術の評価が研究開発上不可欠である。参加者間でのコスト分担など未解決の課題も多く,この学術研究情報ネットワークを使った実証的な研究が引き続き行われることが肝要である。

 おわりに,本研究にご協力いただいた多くの関係各位に感謝申しあげる。


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