新年度にあたって

学術情報センター所長

猪瀬 博

 学術情報センターは昨秋創立10周年の記念行事を無事開催することができ,予想をはるかに超える多数の方々が出席されて暖かい激励のお言葉を賜りました。教職員一同,ご期待に応えるべく,次の10年間の飛躍と発展へ向けて覚悟を新たにした次第であります。

 当センターの事業は,関係者の皆様のご支援とご協力のお陰で,順調に進展しております。前年度から推進してきましたオープンシステム化につきましては,目録所在情報システムのデータベース部分をサーバに移行しました。また電子メールシステムの機種更新を行い,マルチメディアへの対応を進めております。ネットワークの拡充につきましては,回線容量を50Mbps,6Mbpsに高速化するとともに,全国の28ノードに導入した高性能ATM交換機の相互接続により,広域ATM網の運用を開始しました。日欧間にも2Mbpsの専用回線を新設しました。データベースも59種,7,100万件と充実し,また電子図書館につきましては本格サービス開始の準備が整いました。相互貸借(ILL)サービスの利用も拡大が続き,英国図書館や国立国会図書館への依頼件数も増大を続けております。

 平成9年度は事業費約70億円と前年度比22%の増額が認められましたので,需要の急増が続くネットワークの強化に重点的に投入して,基幹部分の回線容量を150Mbps, 50Mbpsに高速化するとともに,対米回線も45Mbpsとする計画であります。また電子図書館システムの構築やシステムのオープン化もさらに推進して参ります。折しも米国のクリントン大統領は年頭の一般教書において,現状の100倍ないし1,000倍の通信速度をもつ次世代インターネットの構築や,超高性能コンピュータや電子図書館の実現を指向する第2期高性能コンピュータ計画を発表しております。このような雄大な構想には及びもつきませんが,我が国の学術の発展を支える情報通信基盤提供の重責を果たすべく,今後不退転の努力を続けていかなければならないと痛感しております。関係者の皆様におかれては何卒倍旧のご指導,ご支援を賜りますようお願い申し上げます。

 それにつけても気掛かりなのは,バブルの崩壊以来,日本の社会がいささか意気消沈し,悲観主義が横行しているように思われることであります。戦後50年間を顧みると,私共は経済復興に努めつつ,平和で平等な社会を築いてきました。その成果に自信をもち,21世紀へ向けて,人類の繁栄と幸福に貢献すべく,より積極的に努力すべきではないかと考えます。このような思い入れから,先般所内で講演する機会を与えられました折,「より良き明日をもとめて」と題して私見を申し述べましたので,以下にその概要をご披露させて頂きます。

 今日の日本の繁栄は,敗戦に伴う軍需産業の民生産業への全面転換に負うところが大きいのであります。冷戦の終焉により軍需大国は一様に産業の軍民転換に苦しんでいますが,中にはそのはけ口を兵器の大量輸出にもとめて地域紛争の激化を助長している国さえあります。日本はその貴重な体験をこれらの国々に伝授し,技術革新の成果を人類の平和と繁栄に役立てるように説得すべきではないでしょうか。

 地球規模での環境問題の解決が,今日緊急の課題となっていますが,それを声高に主張している国々の中には,過去の実績に乏しいものも少なくありません。それに引き換え日本は大気汚染防止に積極的に取り組んで成功を収めたばかりでなく,クリーンエンジンを生んで世界の自動車市場をリードしてきました。日本はその輝かしい実績をふまえ,環境問題の解決に指導性を発揮するとともに,環境負荷緩和型の新産業創出に努めるべきではないでしょうか。

 高齢化社会への対応が先進国共通の課題となっていますが,他の先進諸国を追い越して最長寿命を達成した日本は,その保健医療の良い側面をさらに伸ばしていくとともに,定年の延長などの施策を通じて活力と達成感に満ちた自立的老後を設計することにより,人生80年代のライフサイクルを再構築し,世界に模範を示すべきではないでしょうか。

 日本人はうさぎ小屋に住む働き中毒だといった言葉が,誹謗の意図をもって欧米人から投げつけられたことがありました。挑発に乗って憤慨した人々も多かったのですが,むしろこれを日本人に対する賛辞と受け取り,質実簡素な生活と勤勉貯蓄の精神を堅持し続けるべきでしょう。何となれば,世界にはうさぎ小屋にさえ住むことのできない人々が数十億人居り,また働きたくても職のない人々がこれまた数十億人居るからです。それらの人々が安住の居を得,安定した職につくことができるまでは,先進諸国の人々は日本人にならってうさぎ小屋に住み,刻苦勉励して働き続け,地球上から貧困と失業を追放すべきではないでしょうか。日本のODAが世界第一位であることに,私共はもっと誇りを持ってよいと思うのです。 

 勿論,今日の日本がすべての面で正しく,かつ優れているわけではありません。バブル経済を生んだ拝金主義にかわって,武士道ともよばれてきた日本古来のノブレス・オブリージュの精神を復活させなければなりません。規制緩和による市場の活性化は必須の要件ですが,それと並行して,競争原理だけでは解決できない,教育,医療,福祉,環境などの問題群への積極的対応が不可欠です。国民大衆と政府との相互信頼の回復も急務ですし,金まみれの俗物視され勝ちな日本人の国際的イメージを改善するためにも,教養主義の復活が期待されるところです。

 21世紀へ向けて最大の課題は,日本人が自らの文化と業績を再評価し,自信と抱負とをもって,日本のためにそして国際社会のために貢献する意欲を回復することではないかと考えます。学術情報センターも今後一層の努力を重ねて,世界に誇ることのできる成果を達成するとともに,日本のそして世界の学術の発展に貢献したいと考えております。


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