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情報研シリーズ16「これも数学だった!? -カーナビ、路線図、SNS」<情報研シリーズ16(丸善ライブラリー)>
「これも数学だった!? -カーナビ、路線図、SNS」
河原林 健一 教授、田井中 麻都佳 氏(ライター)

携帯電話やカーナビ、電力需給、物流、プロ野球の対戦スケジュール、ソーシャルネットワーク(SNS)、さらには結婚問題に至るまで、じつにさまざまな分野に離散数学が応用されています。本書では、「離散数学」とその周辺の学問について、それがどんな学問で、どんな考え方の上に成り立っていて、私たちの生活にどれほど役に立っているのかということをわかりやすく伝えます。またそうすることで、離散数学的なモノの見方に触れていただきたいと思います。


(著者プロフィール)
田井中 痲都佳 (たいなか まどか)

編集・ライター/インタープリター。中央大学法学部法律学科卒。科学技術情報誌『ネイチャーインタフェイス』編集長、文科省科学技術・学術審議会情報科学技術委員会専門委員などを歴任。現在は、大学や研究機関、企業のPR誌や、書籍を中心に活動中。分野は、科学・技術、都市、建築、環境、音楽など・専門家の言葉をわかりやすく伝える翻訳者(インタープリター)としての役割を追及している。



  本書のおかげで、数学アレルギーを克服することができました

 この本の執筆をすることになったのは、私が国立情報学研究所の広報誌『NII Today』という冊子の記事ライターをしていたのがきっかけです。じつは私は文系出身なのですが、なりゆきでここ十数年、科学・技術関係の本や雑誌の編集・ライターの仕事をしていて、数年前から『NII Today』に関わっていました。
 とはいえ、最初、広報の清水あゆ美さんから、「数学の本の執筆をお願いします」、と言われたときは、思いっきり尻込みをしました。以前にも人工知能や聴覚に関する本を手がけたことはありましたが、本丸の「数学」となると話は別です。数学は子どものころから大の苦手。とくに宿題で出される計算ドリルが大嫌いで、成績はいつも惨憺たるものでした。
 にもかかわらず、私は子どものころ、どういうわけか天文学者に憧れたことがあります。そのことを兄に言うと、「天文学というのはほとんど数学なんだよ。算数ができないおまえには絶対無理!」と一蹴されたのです。以来、数学は私の夢に立ちはだかる巨大な壁になりました。そして、高校生になる頃には、数式や記号を見ただけで緊張してしまう、数学アレルギーを患うまでになってしました。
 今から思うと、計算ドリルで躓いて、数学嫌いになってしまったことを、本当に残念に思います。 だから、この本のお話をいただいたときは、迷うことなくお断りしようと思ったのです。だいたい、「りさんすうがく」なんて言葉は聞いたこともありませんでした。尻込みする私に、「一般の方に読んでいただく本だから大丈夫ですよ。理系出身の方が書くと、かえって難しくなりすぎてしまいますから」と、広報の清水さんはおっしゃってくださいました。結局、そのやさしい笑顔に押し切られて引き受けてしまったものの、インタビューが始まるまでの不安な日々といったら……。

 初めて河原林先生とお会いしたのは、2010年の初夏だったでしょうか。先生ご自身も本の執筆は初めてということで、これから始まる長いインタビューを前に、いささか緊張されているようでした。
互いの緊張を解きほぐしてくれたのは、先生が着ていらした1枚のTシャツです。その胸元には、かわいらしい猫の写真のプリントが施してありました。お聞きすると、先生のお宅で飼っていらっしゃる「さくら」ちゃんだという。私も猫を飼っているので、一気に猫談義で盛り上がり、打ち解けていきました。
 肝心の数学に関しても、河原林先生にいろいろとお聞きするうちに、不安な気持ちが霧散していきました。「こういう数学もあったのか!」という驚きが、私のなかで大いなる好奇心へと変わっていくのを感じました。携帯電話、カーナビ、乗換案内、避難経路、SNS、人間関係まで、ありとあらゆることが数学の対象となっていることを知り、かつて私の前に立ちはだかる壁だった数学は、日常生活を支える身近な存在へと変わっていったのです。また、こうした学問に携わる数学者たちのエピソードがじつに面白く、魅力的でした。学問の内容を深く理解することはできなくても、その考え方の一端に触れ、それを支えている人々に思いを馳せるだけで、随分と世の中は違って見えるものです。河原林先生のお話を聞き、本書をまとめた1年半の間に、私の中の数学観、そして世界観は大きく変わったように思います。
 その最先端の数学を牽引し、1年に何本も優れた論文を書いては周囲を驚かせている河原林先生ご自身も、意外なことに、私と同様に(というとかなり語弊がありますが)計算が苦手だったとお聞きしてびっくりしました。苦手意識をもたなければ、もしかしたら私の職業も、今とは違ったものになっていたかもしれません。

 先日、ある講演会でサイエンス作家の竹内薫さんのお話を聞く機会を得ました。竹内さんは、日本に科学者の言葉をわかりやすく伝えるサイエンス・コミュニケ―ターが圧倒的に不足していること、また、日本の教育がそうさせていることを大変嘆いていらっしゃいました。私もその役割の一端を担っている気持ちではいるのですが……竹内さんは、サイエンス・コミュニケ―ターに必要な資質を問われて、「それは、数学力です」と一言。……撃沈。
 そう、これからの時代には、圧倒的に数学力が求められているのだと思います。現代の情報社会において、コンピューターの恩恵にあずかる現代人にとって、数学力はもちろんのこと、サイエンス・リテラシーを身につけることは死活問題とも言えます。社会は数学者を、そして私のような役割を演じるサイエンス・コミュニケーターの存在をも強く必要としています。本書が、その一助となり、少しでも多くの方に数学に興味をもっていただくきっかけになれたら、とても嬉しく思います。

 私の数学アレルギーは完治したわけではありませんが、本書にかかわったことで随分と症状が和らいだように思います。1年半におよぶ長いインタビューにお付き合いいただき、「離散数学とは何ぞや」から根気強くお話をしてくださった河原林健一先生には、感謝しきれない思いでいっぱいです。昨年からJST ERATOの研究総括となられて、ますますお忙しいご様子ですが、今後のいっそうのご活躍をお祈りしています。
 また、国立情報学研究所とのご縁をとりもってくださった名誉教授の東倉洋一先生、進行管理をしてくださった広報チームの清水あゆ美さん、原稿チェックはもちろんのこと、数学科ご出身ということで数学の問題をつくってくださった丸善出版の小西孝幸さん、いつも私の仕事をお手伝いいただき、今回もカバーデザインを手掛けてくださったデザイナーの澤地真由美さん、そして薬師寺デザイン研究所さんに、深く感謝いたします。
 河原林先生も私も猫が大好きなことから、今回、イラストレーターの「猫ストーカー」浅生ハルミンさんにイラストをお願いする夢が叶いました。ハルミンさんとは十数年のおつきあいがありますが、今や超売れっ子の身。しかも、イラストをお願いしたのはちょうど年末の超多忙な時期で、運悪くノロウィルスにやられて体調を崩されていました。そんな大変な状況にもかかわらず、素敵なイラストをよせてくださいました。表紙だけでなく、扉のイラストもじつに秀逸です。もう、なんてかわいいんでしょう! ハルミンさん、本当にありがとうございました。

 執筆するなかで、私の頭では到底理解できないような難しい問題に直面し、投げ出したくなってしまうこともありましたが、こうしてなんとか最後まで書くことができたのは、いつも原稿を書く私の傍らにいて、心の支えになってくれた愛猫・ネオ君のおかげでもあります。
 河原林先生も本書の「おわりに」にお書きになっていましたが、本当に猫は不思議な魅力をもっている生き物だと思います。原稿に行き詰まったとき、ネオ君を膝に抱いて、柔らかな毛並みを撫でていると、自然と心が落ち着いて また新たな気持ちで原稿に取りかかることができます。もっとも、あまりにかわいい寝顔を見せられると、一緒に昼寝をしたくなって困るのですが……。
 本書の影の功労者であるネオ君にも、感謝の気持ちを捧げたいと思います。いつもありがとう。いつまでも、元気で側にいてね!

(田井中 麻都佳)



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国立情報学研究所 総務企画課 広報チーム Tel:03−4212−2145、E-mail: