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轟 眞市(とどろき しんいち/物質・材料研究機構)
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 科学・技術・医療分野でのオープンアクセス(OA)論文の発行数(論文単位)は、全体の数%しかないという*¹。それでも筆者は、査読付き原著論文(筆頭著者分)は原則としてOAで出版することに決めている(1。その理由のひとつは、“Do as we would be done by.”、他人の論文に障壁無くアクセスしたいと思う以上、自分から行動すべきと思うからである。本稿では、それに伴う損得勘定を筆者がどう捉えているのかを述べる。



●マイナスは無いのか?
図1:筆者による主な著作物のオンライン出版パターン
●や◆はオリジナルを表し、白抜き印はその派生物。
図1:筆者による主な著作物のオンライン出版パターン



(1: 本稿で用いる“Open Access”の意味は、論文の出版時点からインターネット上で誰でも中身が読める状態にすること、とする。
雑誌全体がOAでなくとも、論文単位でOAにできる選択肢があれば良い。
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(2: http://pubman.mpdl.mpg.de/
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(3: http://www.scribd.com/tdrks/
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(4: http://www.youtube.com/Tokyo1406
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(5: http://www.geocities.jp/tokyo_1406/
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その他にも更新頻度は低いが以下のものがある。
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http://researchmap.jp/tokyo1406
( リサーチマップ)
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http://nims.academia.edu/Shin-ichiTodoroki
(academia.edu)
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http://www.researcherid.com/rid/A-9922-2008
(ResearcherID)
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http://jglobal.jst.go.jp/detail.php?JGLOBAL_ID=200901090798268748
(ReaD)
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http://www.sangakuplaza.jp/page/143087/
( 産学プラザ研究者DB)
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またNIMS eSciDoc では、登録コンテンツと連動して研究者ブログ
を自動生成するサービス(http://todoroki.blogs.mpdl.mpg.de/参照)
やResearcherIDとの連携機能を開発中である*³。

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図2:文献*⁵の累積アクセス数の変化。
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 OAで出版するには、ほとんどの場合、著者が負担する費用が増えるのだが、筆者はなんとかお金をやりくりすることにしている。投稿する学術雑誌の選択肢は減るが、幸いにして筆者の専門分野では致命的に困ることは無い。もちろん各雑誌の読者層には違いがあるから、OA雑誌だけでは届きにくい読者層も存在するとは思う。しかしそれは、インターネット関連技術でカバーされる時代になったと感じる。
 それに加えて筆者が心がけているのは、査読付きOA論文以外の書き物を、できる限りセルフアーカイブ(SA)することである。これらは自分のOA 論文を引用していることが多いので、SAすることで広がった読者層を原著論文に誘導する役割を負ってくれるのである。
 筆者のSA活動については、今年の第1回SPARC Japanセミナーで詳しく紹介した*²のだが、それをOA論文との関係を加えてざっくりとまとめたものを図1に示す。筆者の原著論文は図の右上の領域(査読済英文)の青い印に相当する。OAを表す緑色の領域の外に位置する論文は、著者の保有する権利の範囲内でSAしている。
 SAする場所は、所属機関のデジタルライブラリであるNIMS eSciDoc
(2と、文書共有サイトであるScribd(3を使っている。スライドやポスター等の講演資料や、必要に応じて作成した和訳や英訳もSAしている。紙媒体の和雑誌に記事を寄稿した場合には、編集部と交渉してできる限りSAで公開する許可を取っている。また、研究の過程で作成したビデオはYouTubeで公開している(4。個人ホームページ(5では、これらへのリンクをテーマ毎にまとめて紹介している。
 この様にして、原著論文を自己引用するSA 素材の裾野を広げ、できる限り人の目に触れや易くする戦略をとっている。



●プラスは本当にあるのか?
   論文をOAで出版したメリットを個人単位で定量的に把握するのは、現状ではほぼ不可能である。しかし、筆者のSA活動の経験から判断するに、プラスはあると断言できる。それは、自分の専門から離れた所にいる読者を増やすことができるからである。その根拠は、SA素材に対するアクセス統計の解析から明らかになった。
 材料科学の学術雑誌に載せた論文のSA版が、発行してから3年半経ってもコンスタントに毎月百数十回閲覧され、言語学者にも読まれていたことが分かったり*²、YouTubeで公開したある動画を見たユーザーの数%が関連文書を求める行動に出たことが明かになった*⁴。
 一方、OA原著論文のアクセスログを著者が閲覧することは不可能なので、この種の解析を試みることはできない。しかし今年9月、PLoSが発行する7誌が論文毎の統計情報を公開した。たまたま筆者は一年前、PLoS ONE 誌に論文を載せていた*⁵。本命の速報誌に却下されたビデオ付き論文を再投稿したものなので、そのインパクトは推して知るべしである。しかし折角ビデオを添付したのだから、専門分野によらず広く読者を引き付けることを狙って、和文解説記事で引用したり国内講演で紹介してみた。国内をターゲットにした理由は、全文和訳も論文に添付したからである。言語とアクセスの障壁なしでどれほどの人が中身を見てくれたのか?その結果を図らずも目にする機会を得た訳である。
 図2は月極で集計した累積アクセス数である。筆者の専門分野でこの雑誌はほとんど読まれていないにも関わらず、発行後約一ヶ月で300弱のアクセスが得られたのは、10月下旬に発行された和文記事*⁶(雑誌の発行部数:13500部(公称))で引用したことも効いていると思われる。また、例のSPARC Japanセミナー(6月下旬)*²でも取り上げた影響が見て取れる。この他にもYouTube等のSA素材から誘導されてきた分も含まれているはずである。もしOAで公開していなかったら、これ程のアクセスを得られていたとは思えない。


●なぜOAやSAにこだわるのか?
図3:研究発表に関わる説得力の三要素
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 それは、冒頭で述べた理由の他に2つある。ひとつは、最近取り組んでいる研究テーマは一般の人からの興味を引きやすい内容を含んでいるからである。「ファイバヒューズ」と呼ばれる、光ファイバが強い光で壊れてしまう現象は、目の前でデモンストレーションすると誰もが驚きの声を上げる(講演*²のビデオの6分10秒~7分を参照)。さらに、この研究の遂行にあたって、セレンディピティ(偶然を契機にして道を切り開く能力)が働いた経験が何度ももあった*²。専門を異にする人々にも広く知ってもらいたい話であるからこそ、障壁のない状態で公開したい。
 もうひとつは、現在までに筆者が受けてきた恩を返したいと願っているからである。日本におけるインターネットの黎明期に大学院生となった筆者は、大型計算機を通じてUNIX互換OSとその文化に触れた。そしてLaTeX、GNU/Linux、Rubyといったフリーソフトウエアの恩恵を受けながら研究者への道を歩んできた。ソフトウエア開発者ではない筆者ができる恩返しは、自らが生産した情報を誰もが自由にアクセスできる様に努力することである。
 以上が筆者のOAに対するスタンスであるが、もちろんこれとは異なる立場も多々あると思う。それらを相対化して考えるために、アリストテレスが提唱した説得力の三要素(エトス、パトス、ロゴス)を持ち出してみる(図3 参照)。
 研究者がその成果を示すのに依って立つ基本はロゴズ(論理)である。しかしその成果は読者が居てこそ伝わるものだ。彼らに論文を手に取らせるために、どのような戦略を取るかがスタンスの違いになる。障壁の無いアクセスを確保することを重視するのか、エトス(情報の送り手の信頼性)を利用して読者を引きつけることを優先するのか。両者は対立する要素では無いが、完全に両立するとも言いきれない。良く議論に登るImpact Factor は学術雑誌のエトスである。
 ひとたび読者が論文を読み始めれば、パトスも利用した説得が展開される。読者の心を動かすことができれば、それが著者のエトス向上に繋がっていく。
 学術情報流通の長い伝統に比べて歴史の浅いOAにどう向き合っていくのか。本稿をお読み頂いた研究者の方々に、自らのスタンスを再認識するきっかけを提供することになれば幸いである。最後に、本稿の執筆にあたり有益なコメントを下さった永井裕子氏(日本動物学会)と谷藤幹子氏(物質・材料研究機構)に謝意を表する。


※ 引用文献

*1 M. Ware and M. Mabe: “The stm report: An overview of scientific and scholarly journals publishing” ,
Technical report, International Association of Scientific, Technical and Madical Publishers, Oxford, UK( 2009).
http://www.stm-assoc.org/news.php?id=255.

*2 轟 眞市:“だからセルフアーカイビングはやめられない!” ,
第1回SPARC Japan セミナー2009「研究者は発信する-多様な情報手段を用い、社会への拡 がりを求めて」( 2009).
http://www.nii.ac.jp/sparc/event/2009/20090625.html

*3 高久雅生:“NIMS eSciDoc: 国内における展開” , DRF 技術ワークショップ(技術と研究が出会うところは)
「Workshop of Application of Repository Infrastructure for eScience and eResearch -研究成果やデータを永久保存していく活動へ向けて」
(2009). (http://drf.lib.hokudai.ac.jp/drf/index.php?DRFtech-Kyoto

*4 轟 眞市:“ファイバヒューズの動画に突然注目が集まった事の顛末” , マテリアルインテグレーション, 22, 11, pp. 67-69( 2009).
http://pubman.mpdl.mpg.de/pubman/item/escidoc:108043

*5 S. Todoroki: “In situ observation of modulated light emission of fiber fuse synchronized with void train over hetero-core splice point” ,
PLoS ONE, 3, 9, p. e3276( 2008).
http://dx.doi.org/10.1371/journal.pone.0003276

*6 “光ファイバーの自壊連鎖現象~ファイバーヒューズ~” , O plus E, 30, 11, pp. 1188-1191( 2008).
http://pubman.mpdl.mpg.de/pubman/item/escidoc:39033