行木 孝夫(なみき たかお/北海道大学大学院理学研究院数学部門 准教授・北海道大学数学連携研究センター兼務)
● はじめに
去る9月8日から9月9日にかけて第三回SPARC Japanセミナーとの共催となる京都大学数理解析研究所研究集会を開催した。京都大学数理解析研究所(以下RIMS)では全国共同利用施設における共同利用事業の一環として、提案型のプログラムRIMS研究集会を実施している。毎年数十件の採択があり、我が国の数学研究の発展に極めて大きく寄与している事業である。各研究集会の記録は京都大学の機関リポジトリから公開され、世界の数学研究者に利用されている。
筆者は2006年から2008年まで三回のRIMS研究集会を「紀要の電子化と周辺の話題」というタイトルで開催した。今年は「日本におけるDigital Mathematics Library構築へ向けて」というタイトルとし、第三回SPARC Japanセミナーとの共催となった。
京都大学図書館機構との共催により、会場は京都大学附属図書館のライブラリーホールを使わせていただいた。図書館内での開催ということもあり、情報管理課の方々には運営面で多々お世話になった。参加者は60名弱であり、例年を大きく上回った。数学関係者の参加は10名から15名程、図書館関係者が20名から30名程である。これに先立つ9月7日にはDRFおよび物質・材料研究機構(以下NIMS)主催によるDRF技術ワークショップが開催され、双方に出席した参加者も多かった点も参加者の増えた理由と考えられる。
● 概要
9月8日は午後のみのプログラムであり、東大数理の麻生氏から、300年来の難問であったフェルマーの最終定理を解決する道筋をつけた国際会議「東京日光シンポジウム」(1955)における講演音声テープを発見した経緯とデジタル化に関する報告があった。世界的にも重要なコンテンツである。京都大学附属図書館の西村暁子氏からは数学文献を中心に機関リポジトリを中心とする大学紀要等の電子ジャーナル化事業を報告された。極めて小規模な大学紀要を中心に出版事業が維持されている数学系ジャーナルにおいて、機関リポジトリの占める要素は大きい。筑波大学の佐藤翔氏からは機関リポジトリのアクセスログ解析に関する分野別傾向の報告があり、PDFへのテキスト埋め込みに関する有効性が述べられている。
9月9日の午前はNIMSの高久雅生氏およびMax Planck Digital LibraryのMalte Dreyer氏から材料科学分野におけるサブジェクトリポジトリとして展開するeSciDocに関連し、日独の状況とeScienceへの方向性が報告された。材料科学と数学との直接の関連は薄くとも、サブジェクトリポジトリとして通じる部分は多い。
9月9日の午後は数学中心となり、行木は国内における数学系ジャーナルの概要とSPARC Japan事業の支援の下に構築した我が国のDigital Mathematics Library( 略称DML-JP)に関する報告を行った。米国を別格とすれば、規模として独仏に次ぐものである。後述するProject Euclidとともに機関リポジトリを中心とするデジタルリポジトリの役割が端的に現われている。東京大学の横井啓介氏からはMathMLコンテンツマークアップを利用した類似数式検索における最新の成果を発表された。数式検索の用途は数学に止まらないものであり、広く利用されることが予想される。九大数理の鈴木昌和氏からは数学論文誌の電子化における適合型手法を報告された。例えば数式検索においても過去の論文をスキャンした画像から適切なマークアップを構成することは不可欠であり、数式を含むOCR技術の発展は欠かせない。Duke Univ. PressのMira Waller氏とProject EuclidのDavid Ruddy氏からは、SPARC Japan事業の数学系パートナー誌を担う数学・統計学分野の電子ジャーナルプラットフォームProject Euclidの概要が紹介された。Project Euclidには我が国の主要な数学系ジャーナルが搭載され、大きな役割を果たしている。
● おわりに
この研究集会を開催してきた4年間で状況は大きく変化したように思う。4年前に利用できた汎用のプラットフォームはJ-STAGEのみであった。現在では80に迫る機関リポジトリが存在している。様々な議論があるにせよ、プラットフォームを選択できるという点だけを見ても隔世の感がある。本研究集会の講演資料等についてはSPARC Japanのホームページを参照していただければ幸いである。
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