SPARC Japan NewsLetter No.16 コンテンツ特集記事トピックス活動報告
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「SPARC Japanセミナー2012」に参加して

 

講演(John Haynes:American Institute of Physics, Publishing) 講演(John Haynes:American Institute of Physics, Publishing)


講演(大園 隼彦:DRF,岡山大学附属図書館) 講演(大園 隼彦:DRF,岡山大学附属図書館)


右/講演者(城 恭子:DRF,北海道大学附属図書館)左/司会(谷藤 幹子:物質・材料研究機構 右/講演(城 恭子:DRF,北海道大学附属図書館) 左/司会(谷藤 幹子:物質・材料研究機構)


講演(有田 正規:東京大学大学院理学系研究科 生物化学専攻) 講演(有田 正規:東京大学大学院理学系研究科 生物化学専攻)


講演(植田 憲一:電気通信大学 レーザー新世代研究センター) 講演(植田 憲一:電気通信大学 レーザー新世代研究センター)


講演(野崎 光昭:高エネルギー加速器研究機構)
講演(野崎 光昭:高エネルギー加速器研究機構)

 

講演(栗山 正光:常磐大学 人間科学部現代社会学科) 講演(栗山 正光:常磐大学 人間科学部現代社会学科)

 

講演(栗山 正光:常磐大学 人間科学部現代社会学科)
講演(宇陀 則彦:筑波大学 図書館情報メディア系)

 

パネリスト パネリスト(左から植田 憲一:電気通信大学 レーザー新世代研究センター、野崎 光昭:高エネルギー加速器研究機構、栗山 正光:常磐大学 人間科学部現代社会学科、宇陀 則彦:筑波大学 図書館情報メディア系、安達 淳:国立情報学研究所)




図書館から
金藤 伴成(きんとう ともなり)
東京大学附属図書館

本セミナーでも取り上げられた SCOAP3 は、欧州原子核研究機構(CERN)が主導し、高エネルギー物理学分野の学術雑誌をオープンアクセス(OA)にすることを目指すプロジェクトである。日本では2011年8月に高エネルギー加速器研究機構、国立情報学研究所(NII)、国公私立大学図書館協力委員会の三者が共同で関心表明(EoI)に署名し、参加に向けて実質的な活動が始まった。筆者は学内では外国雑誌や電子ジャーナルの契約を担当しているが、2012年の夏から SCOAP3 タスクフォースの一員となり、国内の大学図書館が SCOAP3 にどのように協力するか調整の手伝いをすることになった。

無理に要約するとどうやって各大学に資金の拠出をお願いするかということになるのだが、SCOAP3 は時間を掛けて検討されてきた国際的な OA 活動であり、単なる金集めに矮小化される話ではない。自分が関わっている活動と OA の全体像を重ね合せる上で、2012年10月26日に Open Access Week 2012 の一環として開かれた本セミナーは、幅広い視点から OA のこれまでとこれからを知り、考えるための良い機会であった。

セミナーは3つのセッションで構成され、第1セッションでは OA の海外動向について、第2セッションでは日本における OA について講演があり、第3セッションでは OA が研究・学術活動にどのような未来をもたらすかについて、パネルディスカッションが行われた。すべての講演、パネルディスカッションの模様は NII の Web ページで公開されているのでそちらをご覧いただきたいのだが、出版社・研究者・図書館員など様々な視点から語られた OA の歴史と未来に関する議論が、充実した内容であったことを全体の印象として指摘しておきたい。

セミナーを聞きながら考えたのは、OA が持つ普遍性と多元性についてである。グローバル性とローカル性と言い換えても良いかもしれない。

OA は普遍的な効果をもたらす。Green OA であれ Gold OA であれ、論文などのコンテンツは基本的に広く誰もがアクセスできる。一方、その実現に際して、たくさんのローカルな問題が生じうる。機関リポジトリを例にとると、構築する/しないの意思決定に始まり、収録コンテンツの範囲や条件など各機関が独自に決める要素が多数ある。学会が OA ジャーナルを出版するかしないかも、分野や規模、財政状況などに左右され、一律に決まるものではない。

冒頭に紹介した SCOAP3 は、論文の著者が掲載料(APC)を払うのではなく、従来図書館が支払っていた購読料を出版料として振り替えることで OA 化するのだが、その資金は国単位で拠出することとなっている。しかし、参加各国の事情は様々で、対象大学の範囲や拠出金の集め方は一様ではない。そのことを目の当たりにしたのは、2012年9月に CERN で開かれた、主要国のメンバーからなる SCOAP3 技術作業部会に NII の安達教授、東大図書館の同僚と共に参加した時だった。ある国の代表は限られた期間での図書館への説得や調整に困難を感じており、既定の日程と方法で作業を進めたい CERN 側との間に応酬が繰り広げられた。決裂しなかったのは両者で OA の理念が共有されていたからだとやや楽観的に考えるのであるが、国ごとのローカル性を乗り越え、各国の状況や利害を調整する現場は多国間外交の一種のようにも感じられた。

こうしたローカル性は OA の実現の中いたるところに現れる。本セミナーの中でも、例えば研究データの保存と公開について講師間で意見の相違がみられた。その原因が分野の違いなのか、世代の違いなのかはよく分からないが、OA そのものへの共感が失われていなければ、決定的な対立にはならないだろう。今後、図書館もこれまで以上に OA と関わる場面が増えることが予想されるが、学内外に存在するローカル性を乗り越えるところにも役割が求められるように思われる。

ところで、セミナーの中で司会の谷藤氏が各講演の冒頭で「今の職業以外でやってみたい仕事は?」「絶対にやりたくない職業は?」と各講師に聞いていた。言うまでもなく、講師の方々も人生における大小の選択を経てこの日に演台に立っていたのだ。「あり得たかもしれない現在」を考えることは、未来のことを考える一助になるだろう。OA のこれからを考える上でも同じことが言えるかもしれない。

講師の方々がこの質問にどう答えたか。その答えも NII から公開されているビデオ映像にある。セミナーに参加できなかった方もぜひご一覧を。

 


※ 本セミナーにおける野崎教授の講演の他、SCOAP3 については次の文献を参照
野崎光昭. SCOAP3 とは何か?. SPARC Japan NewsLetter. no.15, 2012, p. 1-4.
安達淳. SCOAP3 の現状, 課題そして展望. 日本物理学会誌. vol.68, no.1, 2013, p. 50-51.

 

 

 

 


学会出版から
清家 弘史(せいけ ひろふみ)
英国王立化学会 日本事務所

 

2012年10月の OA 週間に開催された第5回 SPARC Japan セミナーに参加した。その際に感じたことを思うままに述べてみたい。

まず、英国王立化学会(RSC, Royal Society of Chemistry)の OA に対する立場であるが、従来の購読モデル、あるいは OA モデルのどちらであろうとも、化学コミュニティーが望むモデルを尊重し、サポートするという姿勢を表明している。もちろん、新しいモデルが STM 出版として担うべき役割を従来通り果たし、公正で、持続可能なモデルであることが前提であるのは言うまでもない。生命科学や一部の物理学の分野では OA 化が大きく進展しているが、化学コミュニティーは OA に関しては保守的な立場を取っていると言ってもいいだろう。多くの化学者から聞く懸念の一つに、OA 化に伴う論文掲載料(APC)の問題がある。RSC は昨年、英国の化学コミュニティーが OA へ移行する際の試験的な試みとして、論文掲載料の負担を援助する ‘Gold for Gold’ イニシアティブを開始した。このイニシアティブは、‘RSC Gold’ 購読契約をしている英国内研究機関が RSC の OA オプションを選択した場合、論文掲載料を ‘RSC Gold’ 購読契約金額に相当する分だけ無料にするというものである。英国内で好評を得た ‘Gold for Gold’ イニシアティブは本年より日本を含む、世界各国で展開されることとなった。‘Gold for Gold’ イニシアティブの利用を通じて日本の多くの化学者に OA 出版を経験していただき、その経験を基に、学協会出版社として RSC が果たすべき役割についての率直なご意見を賜りたいと思っている。

データの検索やリポジトリーに関しても、面白い議論があった。データの検索に関し、Dr. John Haynes が RSC の ChemSpider(http://www.chemspider.com/)に言及された。手前みそにはなるが、少し紹介させていただきたい。ChemSpider は400を超えるデータベースとリンクすることにより情報を収集しており、2700万を超える化合物の物性や化学的性質に関する情報を提供している、誰でも無料で使用できるインターネットポータルサイトである。ChemSpider は化学構造を基盤とするテラバイトのオンライン化学情報検索エンジンであるが、情報の収集や管理において、クラウドソーシングによって様々な情報が集まる化学者のコミュニティーとしての性格を有しており、「隠れていた」情報を掘り起こすことに有用である。ジャーナルやデータベースの OA 化が進むにつれ、ChemSpider のような情報検索エンジンの果たす役割は益々大きくなってくると思われる。また、個人的に非常に興味を持ったのは、リポジトリーに関連して、図書館の役割についても色々な意見が述べられたことである。大きな意味での図書館の役割の再定義については、世界中で議論されているようだ。個人的な経験を挙げるならば、昨年9月にハーバード大学化学科の事務長であるアレン・アロイス博士と意見交換をした際にも図書館の役割の再定義についての意見を求められた。出版物のオンライン化に伴い、物理的な存在としての図書館の存在理由を問い直している場合も多いようだが、Big Data の時代を迎えるにあたり、種々のデータを専門に取り扱う場としての図書館の重要性は増してくるだろう。

「科学の言葉はユニバーサル」とは言うものの、国や研究分野が異なれば、研究システムや資金を含む、その支援体制も違ってくる。もちろん、国家間の政策の違いや利害に関する衝突も存在する。OA 化やデータ共有の推進がグローバルな性格を有することを考えると、多くの混乱が生じることが予想されるが、多国間の協力関係を築いていく努力が不可欠なのは言うまでもない。そこで最も重要なことは、日本の意思をいかにして反映させるかということであろう。現在構築されつつある学術情報流通・管理の新しい枠組みが世界の科学者、そして産業界の行動パターンに大きな影響を与えることは間違いなく、その新しい枠組みが日本のさらなる飛躍を促すものであることが望まれる。RSC が日本に事務所を開設した大きな理由の一つに、日本の科学コミュニティーとの密な意見交換や連携を通じ、科学の更なる発展に貢献したいという思いが挙げられる。今後とも、今回のように色々な現場からの貴重なご意見をうかがえる機会には是非とも、参加させていただきたい。