SPARC Japan NewsLetter No.15 コンテンツ特集記事トピックス
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SCOAP3とは何か?

野崎 光昭(のざき みつあき)
高エネルギー加速器研究機構

 

 

出典:野崎 光昭(2012)第5回SPARC Japanセミナー2012.

 

出典:野崎 光昭(2012)第5回SPARC Japanセミナー2012. 出典:野崎 光昭(2012)第5回SPARC Japanセミナー2012. http://www.nii.ac.jp/sparc/event/2012/pdf/20121026_6.pdf

学術論文の電子化及びオープンアクセス(OA)化は学術ジャーナルや図書館のあり方を根本から見直す良い機会になっていると思います。筆者は2007年頃から SCOAP3 への対応を迫られたKEK(高エネルギー加速器研究機構)からその対応窓口の役目を仰せつかり、また日本物理学会に於いては PTEP(Progress of Theoretical and Experimental Physics)2というオープンアクセスジャーナルの創刊に関わることになりました。このような経験を通して、図書館や出版の仕事に直接携わっているわけではなく専門的な知識も持ち合わせていませんが、研究者と図書館や出版に携わる方々との連携の必要性は痛感しています。この拙文が今後の協力の端緒となれば幸いです。


只今出張先のCERNでこの原稿を書いていますが、昨日まで 6th Summit of Information Providers in Astronomy, Astrophysics and High Energy Physics(AAHEP6)3 という会議に参加していました。筆者にとって初めての会議で、高エネルギー物理学及び宇宙・天文分野での情報発信・管理に関わる担当者(CERN, NASA, SLAC, DESY 等の研究機関及び arXiv.org や INSPIRE の管理者・運用者)と出版関係者(APS, Elsevier, IOP等)が30数名ほど集まり、ジャーナル出版、アーカイブ、ORCID、データ公開、IF に替わる新しい評価基準等々、様々なテーマについて2日間意見交換を行うというものでした。ここでは研究者と情報の保管・発信に関わる専門家(図書館の司書に相当か?)と出版関係者が一堂に会して共通の問題の解決に取り組んでいます。


日本の大学・研究所に於いてはそもそも “Information Provider” という視点そのものが存在しません。従来の図書館・図書室の所掌範囲を遙かに超えるものである一方、このような仕事に積極的に関わろうという研究者は皆無と言っても過言ではありません。研究者コミュニティの中で全く評価されないからです。キャリアパスも勿論ありません。高エネルギー物理学の研究者が日常的に利用している arXiv.org や INSPIRE(前身は SLAC の SPIRES という検索・統計情報システム)の構築や運営に日本人はほとんど関与しておらず、謂わば欧米の研究者が作ったシステムにただ乗り状態です。使用料を支払ってそれで済まそうというのが多数意見でしょう。日本には「学術情報の利用」について研究者と情報の専門家が連携して取り組む体制が欠如していると危惧します。


欧米の研究機関が研究インフラにそれなりの資源を投入するのとは対照的に、そのような仕事に割く人員(人件費)の余裕が全くない、というのが日本の研究機関共通の実情ではありますが、このような「情報」全般に関する仕事も「研究」を支える重要なインフラのひとつであることを考えると、日本の研究基盤の脆弱さ、欧米の研究支援の裾野の広さと歴史を感じざるを得ません。研究者と図書館関係者が連携して何かをやるということも、今回の SCOAP3 で初めて経験することではないでしょうか。情報の発信源であり利用者でもある研究者と、司書等の情報管理の専門家と、最新のテクノロジーを駆使できるIT専門家の三者が協力して情報管理・情報発信のあり方・仕組みを検討する場が必要であると痛感しています。


SCOAP3 から話がそれてしまいましたが、日本として今後このような分野に積極的に投資して国際的な議論に参画するのか、それとも欧米主導で作る世界標準にただ乗りを続けるのかは、個々の分野での議論も必要ですが、日本全体の問題として情報学研究所あたりを中心に早急に検討していただきたい課題です。今日のインターネットの時代に、日本独自のシステムを作る努力をするのではなく(新たなガラパゴスを育てるつもりなら話は別ですが)、国際協力の中で如何に日本の主張を反映させるかが問われています。


さて、この小論では高エネルギー物理学分野で始まった SCOAP3 とは何か?と問うことにより、OA ジャーナル全般について考えてみたいと思います。高エネルギー物理学という分野の特殊性がどのように関わっているのか、SCOAP3 が他の分野にも適用できるのか否かは興味深いテーマです。SCOAP3 そのものについては、SPARC Japan のウェブサイト1 に詳しい解説が載っていますのでそちらを参照して下さい。


高エネルギー物理学というのは、素粒子や自然界の究極の法則について研究する分野です。従って、「そもそも論」を議論するのが大好きな研究者が集まっています。筆者も例外ではなく、拙文をしたためるに当たり、ジャーナルとはそもそも誰のためのものかについて考えてみました。植田憲一氏が SPARC Japan セミナーの講演で指摘したように、ジャーナルの意味は立場によって様々です。しかし、つまるところジャーナルは、図書館や出版社のために必要なのではなく、他人の研究を知り、自らの研究に活かし、自らの成果を発表し、査読による評価を得て自らの実績とする、まさに研究者自身のためのものという当たり前の結論に至り、日本の高エネルギー物理学の研究者自身が、これまで如何にこの問題に向き合ってこなかったかを反省しているところです。


一方、図書館には本来「人類の知」を集積して後世に伝えるというアレキサンドリア図書館以来2000年以上にわたって変わることのない使命があり、ジャーナルの購読もその一環として捉えるべきかも知れません。世界中の図書館が連携して「人類の知」の集積と継承に取り組んでいることと思いますが、SCOAP3 による OA ジャーナルの維持も、高エネルギー物理学という極めて限られた分野ではありますが、研究成果のアーカイブの一端であると捉えて、全国の図書館が連携して SCOAP3 に参加していただければ幸甚です。


「研究者の研究者による研究者のためのジャーナル」であれば、研究者が経費を負担するというのが当然の帰結です。経費の負担を読者としての研究者(及びその所属機関)に求めるのが購読料モデルであり、著者としての研究者に求めるのが掲載料モデルです。購読料モデルの場合、図書館が経費を負担するので、研究者は一見関与していないように見えますが、多くの大学で図書館のジャーナル購読料の原資は各教員に配分される「前の」研究費であることを考えれば、資金の流れの違いだけで、元は同じ「研究費」だと理解できます。


一方、すべての研究者にとって自由に(無料で)研究成果を投稿でき、自由に(無料で)研究成果にアクセスできるジャーナルが望ましいのは言うまでもありません。更に、自由に(無料で)検索システムや統計情報等の付加価値が得られ、自由に(無料で)再利用できれば喜ばしい限りです。どうしたらこのようなジャーナルを実現できるのでしょうか?


購読料モデルは雑誌の高騰により破綻しつつあります。所属大学・研究機関が必要な雑誌を購読できない、オンラインアクセスできない事例が日本に限らず世界中で発生しており、研究者・研究機関間の貧富の差が出始めています。読者が最も読みたい論文は、最も質の高い論文であり、通常の買い物のように「品質は悪くても安いもので我慢する」ことは出来ないのです。従って最も高い「ブランド誌」を優先的に購読したいところなのですが、雑誌の高騰がそれを阻害しています。また数が限られたブランド誌だけが情報源であるような研究分野は、多様性を失って衰退の道をたどるに違いありません。一方、出版社から見れば、高級ブランド品を安く売る理由は全くありませんから、必然的に雑誌は高騰します。


一方、著者の立場で見ると、植田憲一氏が講演で指摘したように、掲載料モデルでは、研究資金が潤沢でない多くの研究者・研究室から研究発表の場を奪うことになります。掲載料は安いけれども質の高い雑誌があれば良いのですが、商売の原則から考えて、質が高ければ高く売れるわけですから、掲載料の上昇が自然な流れでしょう。研究資金が足りないために、掲載料が安く評価も低いジャーナルに投稿せざるを得ず、外部資金獲得に於いて不利になるような例が出てきたら、その研究分野全体にとって大いに憂慮すべき事態です。研究資金の多寡は過去の研究実績を反映したものであって、将来を見通した指標ではないことを肝に銘じる必要があります。すべての研究者に自由な研究発表の場を提供することは、その分野の使命と考えるべきでしょう。


どちらのモデルを採用するにせよ、自然の流れに任せていては必然的に貧富の差が出てしまうようです。ではどうしたら良いか?ジャーナルは研究コミュニティにとって分野の発展を支える重要なインフラのひとつであると認識し、研究者個人ではなく、もっと「大きな枠組み」で経費を負担する仕組みを構築すれば良い、というのが筆者の結論です。


例えば、「物理学分野における日本発の情報発信力の強化」と「日本の素粒子・原子核・宇宙線・ビーム物理分野の発展」という観点から、日本物理学会が2013年1月から刊行するPTEPという特定の雑誌に対する KEK や理研の支援が実現しました。PTEP は OA(Gold)かつ電子版のみで、素粒子・原子核・宇宙線・ビーム物理分野を主な対象としています。前身である PTP(Progress of Theoretical Physics)は購読料モデルの雑誌でしたが、OA 化にあたり掲載料モデルに移行しました。PTEP は SCOAP3 の対象誌となり、2014年から3年間の高エネルギー物理学分野の論文については SCOAP3 から APC(Article Processing Charge)が支払われますが、高エネルギー物理学(素粒子物理学)以外の論文については、KEK や理研による掲載料支援の仕組みを用意しています。今後、掲載料を支援する大学・研究機関を増やすことを目指しています。


SCOAP3 では「世界規模での高エネルギー物理学の発展」という観点で CERN が中心となって「大きな枠組み」を構築しようとしています。SCOAP3 では、世界中の高エネルギー物理学分野の論文数を調査し、リーズナブルな単価設定により、全世界規模で刊行に必要な経費を割り出します。これを賄う原資として CERN が中心になってコンソーシアムを作り、世界中の図書館から従来の購読料を集めるというものです。このような仕組みの構築が可能であったのは、高エネルギー物理学分野では、大規模国際共同実験が常態化して研究者コミュニティの合意形成を得る仕組みが容易に構築できること、長年にわたり arXiv.org によるプレプリント投稿・公開システムを利用・運営していて OA に対する理解が深いこと、CERN は INSPIRE4(前身はSLACのSPIRES)を独自に構築し、検索機能や統計情報をコミュニティに提供していて、出版社と渡り合えるノウハウを蓄積していること、高エネルギー物理学分野では10誌以下の少数のジャーナルに投稿が集中していること、CERN をはじめ研究コミュニティの中核となる研究機関が存在すること、研究コミュニティ全体が同じ船に乗っている仲間であるという感覚を漠然と共有できている、等々の様々な要因が下地になっていると考えられます。


他にも「××大学の研究の発展」のために、××大学が大学として所属研究者の論文投稿を支援する仕組みを構築すれば、それも「大きな枠組み」のひとつと考えられます。海外の研究機関・大学の中には OA ジャーナルに対する独自の支援体制を用意しているところが数多く見受けられます。日本政府が「日本発の研究の振興」「日本の情報発信力の強化」等の旗印の元に、日本の OA ジャーナルを支援すれば大変心強い限りですが、実現するでしょうか。


研究者の貧富の差に関係なく自由な投稿と自由なアクセスを保証し、研究活動の活性化を図るためには「大きな枠組み」の介入が不可欠です。「大きな枠組み」は、国単位、大学・研究機関単位、コミュニティ単位等々、様々な形態が考えられますが、どれかひとつですべてが解決するはずもなく、すべての関係者がそれぞれのレベルで努力することが肝要かと思われます。


しかし、どのような枠組みにせよ、無制限に支援することは出来ないのが現実です。PTEP の場合、PTEP が当該分野において日本唯一のジャーナルですから問題は発生しませんでした。SCOAP3 の場合は、入札によって価格と品質を総合的に判断して対象誌を12誌に絞り込みました。「大きな枠組み」の枠が大きくなり、対象が広がれば広がるほど、どのジャーナルへの掲載を支援するのか、どの分野の論文を支援するのか、どの論文を支援するのか等々、対象の絞り込みが次の課題になります。それぞれの関係者に良い知恵を出して欲しいと願うだけです。


SCOAP3 は他の分野に適用できるでしょうか?自由な投稿と自由なアクセスを目指すことを前提とすれば、「大きな枠組み」が必要になりますが、それぞれの研究分野には固有の事情と歴史があり、各分野の方が判断するしかありません。図書館が各分野の研究者と十分に協議する必要があると思います。一方、大学全体による支援はもう少し実現性が高いのではないかと期待しています。乱暴な設定ではありますが、仮にすべてのジャーナルが OA 化して掲載料モデルとなり、すべての大学・研究機関の図書館が所属研究者の掲載料を無条件で支払う仕組みが出来れば、購読料から掲載料へのリダイレクションが全国規模で一気に実現するのではないでしょうか。


雑誌の質を高く維持するためには、出版社は掲載論文数を制限する一方で掲載料を高く設定しますから、自然の流れとして、掲載料が高くて掲載率の低い「ブランド誌」と掲載料が安くて掲載率が高い「大衆誌」のようにジャーナルが分類されていくと予想されます。図書館は購読の窓口ではなく投稿の窓口としての役割を果たすことになり、ジャーナルの価格交渉の代わりに掲載料のディスカウントを出版社と交渉することになるのでしょう。


しかし単に問題をすり替えただけ、という見方も出来ます。研究資金が十分でない大学の場合、ジャーナル購読で発生した同じ問題が掲載料の支払いで起こるでしょう。A 大学の経費で B 大学の掲載料を支援することは出来ませんから、貧富の差を生じさせないためには、研究分野全体の発展という目標を共有したコミュニティの中で何らかの助け合いの仕組みが必要です。弱肉強食の論理でこの問題に対応すると、少数精鋭の研究コミュニティとなり、短期的には生産性の高い研究集団が出来るでしょうが、長い目で見ると分野全体が衰退すると懸念されます。多様性の維持はどのような分野にとっても重要ではないでしょうか。


SCOAP3 の入札は価格の高騰を抑制するという重要な役割も担っています。SCOAP3 対象誌の APC は SCOAP3 のウェブサイトに掲載されています。5 購読料モデルにせよ掲載料モデルにせよ、価格上昇を抑制する機能は支援とは別に構築しなければなりません。購読料モデルの場合は、図書館がコンソーシアムを形成して価格交渉に当たり、ある程度の効果はあったと認識しています。OA ジャーナルについては、SCOAP3 が実施したような入札により対象誌を選定する以外に効果的な方法を思いつきません。CERN のような中核機関が音頭を取って SCOAP3 のようなコンソーシアムを形成することが出来るか否かは分野毎の事情によりますし、新しいアイデアがあればどんどん出していただきたいところです。


最後に SCOAP3 の今後の課題(と私が認識しているの)は、図書館購読料のリダイレクションという考え方を維持し続けられるか、というものです。2014年の SCOAP3 スタート時点では2013年の購読料がベースになり、各図書館の負担額は3年間維持されますが、その後の負担額の根拠はどのように決めるのが合理的なのでしょうか?また現在の国単位の負担額は図書館の対象ジャーナルの購読数ではなく、発表論文数に準拠しているので、国によってはリダイレクションで負担金を集めることが難しい国が出てくる可能性がある一方、ただ乗りする国も出てきます。因みに日本は、図書館の購読に比べて数多くの論文を発表している国のひとつです。論文数をベースにした負担額という考え方そのものは適切だと考えますので、研究発信能力の高い研究大学や研究機関にこれまで以上の負担をお願いする理念と仕組みを、発足当初の負担額が固定される今後3年間の間に構築しなければなりません。

 


参考文献
1. http://www.nii.ac.jp/sparc/scoap3/index.html
2. http://ptep.oxfordjournals.org
3. http://indico.cern.ch/conferenceDisplay.py?confId=209651
4. http://inspirehep.net
5. http://scoap3.org/news/news95.html