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化学系を中心としたジャーナル合同プロモーション


● はじめに

インターネットのインフラがもたらした学術ジャーナルの電子化により、日本の学術ジャーナルもここ10年ほどは電子化、電子ジャーナル化が大きなトピックであったといえます。各学協会は各自の事情に合わせて自ジャーナルを電子化し、学会によっては新刊電子ジャーナルを発行してきたところもあります。また、国立情報学研究所(NII)の電子図書館(NII-ELS)、科学技術振興機構(JST)のJ-STAGE、日本学術振興会(学振)の科研費補助の電子ジャーナル対応(研究成果公開促進費)など、各種政府系団体が電子ジャーナル化を後押ししてきました。さらにNIIのSPARC Japanプロジェクトでは単なる電子化の枠を超えて日本発の国際的な学術情報流通を改善することをミッションに、これまで3年ごと2期の活動を行ってきました。その第2期後半に学協会合同でジャーナルを自主的に世界に宣伝するという、日本でも最初の試みといってよい活動を行ったことで、SPARC Japanレター誌初号の紙面を借りて紹介する機会をいただきました。


● 合同PRに至るまでのいきさつ
そもそも学術ジャーナルに宣伝(プロモーション、以下PRとする)は必要なのでしょうか?学術情報の事業は非営利性を追求するべきであって、良い情報であれば必ず誰かの目に留まって評価されるのだからPRは必要ないのではないか? そう考える層は未だ少なくありません。また、それは極めて正論であるし、それができるに越したことはありません。しかし現実に目を向けると、たとえ学術情報といえどもPRが分野を問わず必要であることがわかります。それを簡単に確認するには、それぞれの分野のインパクトファクター上位のジャーナルの活動を調査すればすむことです。特に、もしそのジャーナルの発行団体が学会であればその学会の年会・総会を訪れ、あるいは発行団体によらずその分野でもっとも重要な国際会議を訪れれば一目瞭然です。各出版社がこぞって自ジャーナルの宣伝を行っています。PRは必要なのです。さらに言わせていただくなら、オープンアクセスジャーナルの先頭を行くPLoSジャーナルでさえPRの重要性を認識し、初期PRにDNA二重螺旋で有名なワトソン博士を起用したほどです。

では、なぜPRが必要なのでしょうか。PRというと利用者への販売促進面に目が向きがちで、確かに巷で売られている生活用品などの場合は販売の目的がほとんどです。しかし、学術情報の場合は趣を異にします。PRは利用者である読者へはもちろん、著者へのPRなのです。良い原稿をもらうために良い雑誌であることをPRし読んでもらうのです。そして、著者の優良なコンテンツを掲載することで、結果的に購読にも結びつきます。コンテンツの生み手と利用者の層がほとんど同じであるという特殊性に従って、投稿者にPRすることが不可欠なのです。日本の学術出版では長い間この認識があまりありませんでした。あるいは認識はあっても具体的な活動に結びつきませんでした。その理由はさまざまでしょう。日本の学協会独特の非営利性、科研費出版補助の縛り、あるいはそもそも海外にPRするための費用不足など、要因を挙げればきりがありません。いずれにせよ、日本化学会は電子ジャーナル化と平行してコンテンツの改善にも取り組み、その一環としてPR活動が必要と認識し、2004年から中国やアメリカ向けを中心とした活動を開始しました。これがこの活動の発端ともいえます。

しかし、この日本化学会の活動は2年ほどしてある壁にぶつかります。それは少タイトルのハンデでした。海外の会議でブースを出展し始めてすぐに痛感したのですが、何十、何百というタイトルを一度に宣伝する欧米の出版社の出展と比べると、内容、見栄えどちらをとっても不利なのです。さらに、雑誌あたりのPR費用も考えると、改めて「数は力」としてプレゼンスを示せるだけでなく、また効率の良さを生み出すことを理解させられました。もっともこの数の差は予想もしており、その差を少しでも埋めるために、日本化学会は日本で製作販売しているHGS分子模型のPRとタイアップするなど、別の商材を組み合わせるという工夫を加えていました。そしてその一方で、本来のジャーナルの数をまとめて宣伝するメリットも生かそうと、他学会との連合、特に化学系の学会との連携を模索し始めました。

まず自助努力による合同PRの可能性を探るべく、2007年4月11日に「学会英文誌合同プロモーションを考える会」を開き、化学系の英文誌を発行している学協会に声をかけて、それまでの経験を基に合同PRの意義と自主的参加を呼びかけました。しかしながら、各学会の反応はさまざまで、合同PRの意義を大筋では理解しながらも、各学協会の事情からすぐにPR活動に賛同、参加するところは多くありませんでした。特に、急に立ち上がったプロジェクト案ということもあって、予算措置の問題、すなわち、金銭的な面で参加が難しいことがわかりました。そこで、化学工学会を代表にSPARC化学系ジャーナルと日本化学会で合同PRを行う企画を興しました。折しも、SPARCの運営方針自体が単独の学会をサポートするよりは学協会合同の企画をサポートすることにシフトしていたこともあって、本企画が通りSPARC Japan化学系ジャーナルに対して一定の補助を得ることができました。


● 合同PRの内容
2007年に開始した合同PRについてご紹介します。主な活動はSPARC Japan選定誌の化学系ジャーナル5誌と日本化学会の2誌とで、海外向け投稿者PRのために、海外の主な国際会議にブースを出展しました。初期の参加ジャーナルは、日本化学会の2 誌(Bulletin of the Chemical Society of JapanChemistry Letters)とSPARC Japan選定誌の化学系5誌(Analytical Sciences日本分析化学会Bioscience, Biotechnology, and Biochemistry日本農芸化学会Journal of Bioscience and Bioengineering日本生物工学会Journal of Chemical Engineering of Japan 化学工学会Polymer Journal高分子学会 )でした。

まず、2007年は、第41回 IUPAC Would Chemistry Congress(国際純正・応用化学連合総合大会/2007年8月5〜8日 、イタリア・トリノ)と第234回 ACS National Meeting (米国化学会秋季大会/2007年8月20〜22日、米国・ボストン)で合同PRを行いました(表1および図1参照)。
海外の国際会議に参加する場合、出展の平均日数は3日程度です。ブースの標準サイズはおおよそ3 m×3 m、そこに参加ジャーナルの見本誌、パンフレット、ノベルティグッズ、その他SPARC Japanの総合パンフレット、SPARC Japanのポスターなどを展示します。化学系合同PR専用の合同カタログとポスター、参加ジャーナル共通のノベルティとして、参加ジャーナル名の入った竹のうちわも製作し、現地で配布しました。このうちわに関しては、各自学会の自己負担で作成し、少ない額ながらもこれらの参加学会にてPRを目的とした事業が執行されたことになります。

ブースは、日本と違って四角いスペースのみが提供される場合が多く、ブースとしての体裁やデコレーションは各団体が一からすべて行うか、お仕着せのキットをレンタルすることになります。PRのため現地に出張する担当者2から3名で会場の設営から、会議の参加者への説明、宣伝、撤収までのすべてをこなします。おおよそ5日間の仕事となり、欧米の場合は移動日が2日加わりだいたい1週間の出張となります。

会場で配布できる見本誌は会議開催中の3日間で100冊程度、パンフレットは500部程度です。ブースに訪れる会議の参加者にパンフレットを配布しながら、さまざまな質問に答えます。興味の中心は、インパクトファクター、電子投稿の有無、審査期間などです。その他は投稿資格、出版にかかる費用、会員になる方法、等々です。

2007年のアメリカ化学会でのPRが終了後、10月10日には参加学会を集めて報告会と反省会を行いました。各展示内容と反応について報告を行い、合同PRの意義と継続を再確認した後に、来年に向けた改善案について協議しました。

2年目の2008年になると化学系合同プロモーションに、新たにTrends in Glycoscience and Glycotechnologyフォーラム:糖質の時代がやってきた)が参加し、7学協会8雑誌のプロジェクトとなりました。さらに2007年のプロモーションは欧州と北米のみでしたが、2008年には中国でのプロモーションも実現し、アジアを加えた日米亜三極の主要マーケットでPRを展開することができました。この初めてのアジアプロモーションである中国化学会第26回学術年会(2008年7月13〜16日、中国・天津)に加えて、第236 回 ACS National Meeting(米国化学会秋季大会/2008年8月17〜8月19日、米国・フィラデルフィア)、そして第2回EuCheMS Chemistry Congress(ヨーロッパ化学会議/2008年9月16〜20日、イタリア・トリノ)と参加しました(表1および図2 参照)。また、中国化学会では日本分析化学会の高島氏がSPARC Japanパートナー誌のスタッフとして初めて直接PR 活動を行いました。

2008年のPRでもう一つ特記すべきことは、ジャーナルの分野を超えた「科学」のくくりでPRを行ったことです。また、この活動は新たな観点のPRともなりました、すなわち海外図書館へのPRです。先の著者向けから、軸足を図書館向けに変えたのです。これは分野が多岐に渡ることで著者向けにはアピールしにくいという理由に加え、将来的に日本発のジャーナル群としてパッケージに相当するようなサービスが可能かどうかをみるためでした。そこで、SPARC Japan選定誌を中心にSLA2008(米国専門図書館協会年次総会/2008年6月15〜18日、米国・シアトル)に参加しました(表1および図3 参照)。 SPARC Japan選定誌代表として、日本動物学会の永井氏が会場でPR活動を行いました。化学系合同PRより参加ジャーナルが多いため、会場での反応にはより手ごたえが感じられました。また、SLAのマーケットの性質上、経済や法律系のライブラリアンとのコミュニケーションが取れ、特許に絡む案件で日本の学術論文を見ることがある(がどこを見ればよいかわからない)という、少ないながらもニーズがあることがわかりました。

第41回IUPAC Would Chemistry Congressの展示
図1:
最初の合同PRとなった第41回
IUPAC Would Chemistry Congressの展示



第41回IUPAC Would Chemistry Congressの展示
図2: 化学系では最大規模の第41回
IUPAC Would Chemistry Congressの展示

2008年化学系合同プロモーション参加の雑誌群
図3: 2008年化学系合同プロモーション参加の雑誌群( PR 用うちわの裏面に同様のものを印刷)

SLAでの展示の様子
図4:
SLAでの展示の様子
(飾るジャーナルが多い分、装飾がシンプルでもインパクトが出ている点に注目)

 
表1:合同プロモーション出展国際会議
出展会議名 開催場所(国名) マーケット 展示期間 参加人数 出展ブース数
第41回 IUPAC Would Chemistry Congress
国際純正・応用化学連合総合大会)
トリノ  (イタリア) ヨーロッパ 2007年8月5〜8日
約1,200
6
第234回 ACS National Meeting
米国化学会秋季大会)
ボストン (アメリカ) 北米 2007年8月20〜22日
約15,000
436
SLA2008
米国専門図書館協会年次総会)
シアトル (アメリカ) アメリカを中心とした全世界 2008年6月15〜18日
5,011
282
中国化学会第26回学術年会
天津    (中国) 中国 2008年7月13〜16日
約2,300
37
第236回 ACS National Meeting
米国化学会秋季大会)
フィラデルフィア(アメリカ) 北米 2008年8月17〜19日
13,805
545
第2回 EuCheMS Chemistry Congress
(ヨーロッパ化学会議)
トリノ  (イタリア) ヨーロッパ 2008年9月16〜19日
約2,000
27


● 合同PRの考察
日本の学協会発行の論文誌の多くは電子化され、海外からのアクセスも投稿論文も増えつつあります。しかし、PRの現場で聞く声は、「日本のジャーナルについてもっと情報がほしい」というものでした。海外の研究者にとっても、図書館員にとっても、まだ日本の学術情報は情報をどこから得たらよいのかわからないものです。それに比べ、海外の出版社は営利、非営利を問わず定常的に出展し、広報も重要な活動と位置づけられています。ちなみに、このようなPR活動によって購読数など具体的な数字が実際増えるのかといった直接的な成果を求める声もよく挙がりますが、日本分析化学会や日本化学会で中国へのPR後に中国からの投稿が若干増えるといった傾向を見ることができた程度で、数字の上では顕著な成果を見ることはできませんでした。この点をイギリス化学会に率直に伺ってみたところ、彼らも具体的な数値目標があって(出展)PR活動を行っているわけではなく、常にPRし続けることで、その存在(プレゼンス)を示すことが大事であるとのことでした。また、常に新しい宣伝材料を用意することも大事であり、その上で、継続的なPR活動を事業予算として取り込んでいるのです。

この2年間のPR活動で得ることができたことの一つは、この内外の差を目の当たりにしたことです。いままでの日本の学術出版には、PRという点が欠けていたことを改めて強調しつつ、この現状を正しく認識し、ジャーナルが海外の研究者および図書館員の目に触れるために継続的な努力を続ける必要があります。また、少ないながらも学協会スタッフが現地を訪れ海外の研究者の生の声に触れられたことも大きな経験です。当たり前ではありますが、自ら海外に出向かなければ海外の本当の様子は掴めませんし、それがわかっているからこそ欧米のスタッフは日本にも足しげく通ってくるのです。日本発の情報発信が真の国際化を目指すのであれば、海外マーケットの反応は肌身で感じる体制にしておくことは不可欠とも言え、今後もこのような機会が継続的に学協会スタッフに与えられることが期待されます。  なお、このPR活動は副次的な効果も生み出しました。それは、化学以外の分野の学協会にもPRの意識が浸透したことです。2007年の化学系合同PRの一定の成功を受けて、2008年からは物理系、情報系、医学系など分野を問わず多くの学協会が国際会議でのPR企画を立ち上げ、そのいくつかはSPARC Japanの補助を得て活動を行っているか、近々に行う予定です。


● 実際的な今後の活動のために
しかしながら、日本の学協会がPR活動を続けていくには大きな問題が依然として二つ残っています。一つ目はPR活動のための予算確保です。日本の多くの学術出版は欧米と異なり学術ジャーナル発行で利益を得ることが難しく、科研費の出版補助に頼っているところも少なくありません。さらに、電子ジャーナルで課金を行っているジャーナルも全体的に見ればまだ少なく、ジャーナルをビジネスとして確立できていないので、結果としてPRのための予算を確保する余地がないのです。二つ目はスケールメリットの問題です。このようなPR活動はジャーナル単体ごと個別にできることではなく、もしくはできても大変非効率的ですので、今回のような学協会連合のスケールメリットを生かした取り組みが望まれます。さらに申し上げれば、化学系など分野別にパッケージ化したほうがPRの観点だけから見れば効率が良いのですが、それが難しいことがこれまでの学協会間の対話で判明しています。そのために、各個別の活動ごとに学協会の連携を取るという事態になっており、常に連携が崩れるリスクを内包しながらPRを進めていくことになっているのが現状です。実際に今回の参加学会の一つである高分子学会は、2010年以降商業出版者のNature Publishing Groupに委託を開始することがアナウンスされ、今後どのように連携を行っていくかが不透明になっています。

以上、合同PRを定常化するための、予算および人員の確保と長期的かつ安定的な提携体制の維持など大きな問題も横たわっています。これらは簡単に解決できる問題ではありませんが、冒頭で述べたPRの重要性を常に認識しながら今後も日本発の学術情報発信の向上に向けて様々な活動を展開できればと考えています。



謝辞
本活動にあたっては、丸善(株)に事前準備と展示期間の設営等にご協力いただきました。また、本活動に理解を示し参加ただいた各学協会の関係者と、本活動を全面的にサポートしていただいたNIIのSPARC Japanおよび同事務局に謝意を表します。

山下 和子(やました かずこ/化学工学会)
林 和弘(はやし かずひろ/日本化学会・ 国際学術情報流通基盤整備事業運営委員)

※参考情報
 【 化学会のPR活動について 】 
  林 和弘、太田 暉人、小川 桂一郎 「電子ジャーナル事業の確立と課題 : 日本化学会の取り組み」 
  (情報の科学と技術/ 2006, 56, 4, 2006, 188-192.)
 【 SLA出展の報告について 】 http://www.ndl.go.jp/jp/publication/biblos/2008/fall/02.html