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NII情報
米澤明憲 所長特別補佐の特別講演会を開催[イベントレポート]
言語への好奇心から世界を動かす技術へ - 米澤明憲先生が語る半世紀の研究遍歴
2026年4月24日、国立情報学研究所(NII)にて、米澤明憲先生による特別講演会「私の研究遍歴(My Research Odyssey)」が開催されました。本講演は若手教員を主な対象として企画されたもので、佐藤副所長の開会挨拶に続き、米澤先生が半世紀にわたるソフトウェア研究の歩みを振り返りました。ご自身の長年のキャリアを通じて、若い研究者に伝えたいメッセージを率直に語る、貴重な機会となりました。
言語との出会い - チョムスキーに魅せられた学生時代
講演の冒頭、米澤先生はヴィトゲンシュタインの有名な一節「およそ語れうることは明晰に語れる。語りえないことについては、沈黙しなければならない」を引用し、研究のキーワードとして「言語、形式論理、並列性、オブジェクト指向、セキュア計算」を挙げました。
研究の原点は、東京大学学部時代にさかのぼります。ロシア語の授業中に生成文法の話題に触れたことをきっかけに、ノーム・チョムスキーの著作『Syntactic Structures』を手に取った先生は、その明晰な英語に驚嘆し、「言語は面白い」という深い興味を抱くようになりました。この「言語」への好奇心こそが、その後のプログラミング言語研究を貫く原動力になったといいます。
工学部では甘利俊一先生の「情報理論」に感銘を受け、修士課程では森口繁一研究室に所属。定理証明器を実装した修士論文を完成させるなど、理論と実装の両面に取り組みました。その後、日本学術振興会の奨学金を得てMITに留学し、カール・ヒューイットやバーバラ・リスコフといった著名な研究者のセミナーに参加するなかで、並列計算の世界に足を踏み入れていきます。
「並列オブジェクト」の着想とABCL言語シリーズ
1975年頃、MIT在学中に米澤先生が着想したのが「並列オブジェクト」という概念です。現実世界ではあらゆるものが同時に存在し、互いに影響し合っている。この並列性をそのままプログラムで表現するにはどうすればよいか――先生はこの問いに対して、「対象世界の各要素をオブジェクトとして表現し、要素間のインタラクションを非同期のメッセージ交信として表現する」というアプローチを提唱しました。
プログラミング言語の研究には「設計・実装・意味論・応用」の4つの柱があり、これを「正四面体」に喩えます。1984年には世界初の実用的な並列オブジェクト言語「ABCL/1」を開発。以降、ABCL/R(自己反映計算)、ABCL/f(超並列コンピュータ向け)、JavaGo(移動オブジェクト)と言語シリーズを発展させ、OOPSLA等の国際会議で次々と成果を発表しました。
当時、「並列性はマシンパワーを消費するから実用的ではない」という批判もありましたが、先生は「そのうちマシンパワーは上がる」と確信していたといいます。実際、並列オブジェクトの考え方は、仮想世界のSecond Life、数億人規模のユーザーを抱えるX(Twitter)やFacebook、スーパーコンピュータ向けの分子動力学シミュレータNAMDなど、今日の大規模システムを支える基盤技術となっています。
セキュアコンピューティング――社会基盤を守る研究へ
2000年代に入ると、米澤先生は研究の軸足を情報セキュリティへ移します。コンピュータウイルスの蔓延により社会インフラが脅威に晒されるなか、「社会基盤としてのセキュアコンピューティングの実現方式の研究」を代表者として主導。6つの大学にまたがる約35名の研究者を組織し、理論・検証(プログラムの論理的解析)、言語・記述系(セキュアなプログラミング言語の設計)、OS・インフラ系(セキュアな実行時系の設計)という3層のセーフティネットを考案・実装しました。
この研究は、平成16年の文部科学白書において「科研費による最も社会的貢献の高い5つの研究」のひとつに選定されました。他の4件はいずれもノーベル賞受賞者の研究であり、情報科学分野からの選出は極めて異例のことでした。
若い研究者へのメッセージ
講演の最後に、米澤先生は若手研究者に向けて3つのメッセージを送りました。
第一に、「計算機科学に卑屈にならないでほしい」ということ。物理学や化学といった伝統的な科学分野に比べて計算機科学は歴史が浅いものの、いまや社会のあらゆる場面を支えている。その重要性に自信を持って研究に取り組んでほしいと語りました。
第二に、「国際的なコミュニティと積極的にインタラクションを持つこと」。海外の研究者と議論を交わすことで研究のタネが見つかり、互いに刺激を与え合えると、自身の経験を振り返りながら強調しました。
そして第三に、「agree to disagree」という姿勢。意見が違っても気にしすぎず、違いを認め合いながら前に進むことが大切だと、実直な語り口で締めくくりました。
半世紀にわたる研究人生を飾り気なく語る米澤先生の言葉は、コンピュータサイエンスの未来を担う若手研究者にとって、大きな励ましとなりました。
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