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D-Lib Magazine
2005年9月

11巻9号

ISSN 1082-9873

2005年初めにおける米国の機関リポジトリ配備状況

 

Clifford A. Lynch
Joan K. Lippincott
Coalition for Networked Information
{cliff, joan}@cni.org>


(原文: Institutional Repository Deployment in the United States as of Early 2005, D-Lib Magazine, v. 11, no. 9 (September 2005)

Red Line

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はじめに

2005年春、Coalition for Networked Information(CNI)は米国における機関リポジトリ(IR)の現状を調べるために学術機関会員を対象に調査を行った。本調査は、2005年5月10日から11日にかけてアムステルダムで開催された「機関リポジトリのための戦略的事例の作成」と題する国際会議に提出する米国報告書をCNIが取りまとめるために計画された。 この会議は、CNIと英国のJoint Information Systems Committee(JISC)およびオランダのSURF Foundationの共催で行われた。会議には自国のリポジトリ配備状況に関するデータを提供した13ヶ国が参加した。米国機関に対するCNIの調査は、アムステルダム会議のために用意された共通の報告テンプレートで要求された情報を求めるものであったが、米国における機関リポジトリの配備状況をより明らかにするためにテンプレートにはない設問も追加されていた。本論文で示される情報は、本論文と同一号のD-Lib Magazineに掲載されているvan WestrienenとLynchによる13ヶ国全ての報告書を調べた姉妹論文を補足するものである。各国が提出した全データは<http://www.surf.nl/download/country-update2005.pdf>で、会議のその他の資料は<http://www.surf.nl/en/bijeenkomsten/index2.php?oid=6>で、それぞれ見ることができる。

我々の知る限り、全米の高等教育機関における(あるいは、研究大学に限っても)機関リポジトリの配備状況を体系的に調査した例は比較的まれである。ただし、最初にマサチューセッツ工科大学で配備され、その後、他の機関でも配備されたDSpaceのような特定の最先端システムの配備に多くの注目が集められたことはあった。これら特定の機関の事例報告により、機関リポジトリの実現可能性や重要性について、また特に、機関リポジトリとオープンアクセス運動の帰属関係(すなわち、機関リポジトリが成功するか失敗するかにより、オープンアクセス運動が成功するか失敗するかが証明される)について、多くの憶測がなされた。また、学術コミュニケーションプロセスにおける様々な種類のリポジトリの役割について、特に電子プリントと著者によるセルフアーカイビングという文脈において、また最近では、著者によるセルフアーカイビングに関する機関の方針について、幅広い研究が行われてきた。しかし、これらの研究は機関リポジトリの計画や配備に関するあらゆる進展を解明しているわけではない。

Association of Research Libraries(ARL)とEDUCAUSEの共同プログラムであるCoalition for Networked Information<http://www.cni.org>は近年、出版や会議を通じて学術機関における機関リポジトリの整備とその役割を認識するよう強調・分析・普及促進してきた[1]。CNIは、プログラム全体としてデジタル知的資産の管理に関心を持っているという意味で、また、デジタル世界における学術コミュニケーションの進化という面で、リポジトリを極めて幅広く捉えてきた。

米国高等教育機関の調査 – CNI会員

CNIは機関会員制の組織であり、学術コミュニケーションの高度化および知的生産性の向上のためにネットワーク情報技術の革新的可能性を前進させることを目的としている。およそ200の会員機関は、高等教育、図書館、情報技術、政府、財団、ネットワーク、非営利など、さまざまな分野にわたっている。会員機関のほとんどは米国の機関であるが、カナダを代表する有力な機関を初めとして、英国、ヨーロッパ、オーストラリアに会員を持っている。

2005年2月、CNIは米国の124の高等教育機関会員に機関リポジトリに関する調査書を送付した。さらに、CNIのコンソーシアル会員権を持つ81のリベラルアーツカレッジに調査書を送付した。調査書は意図的に短く(設問数11)し、電子メールで送付した。1回の督促の後、調査した124の高等教育機関のうち、97機関から回答があった(78.2%)。これら97機関はすべて、カーネギー大学分類の「博士号授与大学」に該当する。さらに、調査した81のリベラルアーツカレッジのうち、35機関から回答があった(43.8%)。

米国の全高等教育機関を統計標本とする調査は行われていなかった。米国教育省の統計によれば、米国には中等教育卒業者のための4年制の学位授与機関がおよそ2,364存在する(ポケットガイド, 2005)。このうち、カーネギー大学分類<http://www.carnegiefoundation.org/Classification/>では、261機関を「博士号授与大学」として挙げている。97の回答機関は、博士課程を持ち研究プログラムに力を入れている米国の研究大学を十分代表するものである。

我々の印象では――体系的に収集した調査データに基づくというより明らかに事情通の伝聞によるものであるが――米国における機関リポジトリの配備は博士課程を有する研究機関を除いては極めて限られている。我々の知る限り、博士課程レベルの研究機関以外における機関リポジトリの配備や配備計画の取り組みは、学生や教官が独自の教材や学習資料を作成することに力を入れている大学で行われているものや学生の研究を記録するものがほとんどである。リベラルアーツカレッジから収集したデータが少なくともこの部門における進捗現状に関して何らかの洞察を与えてくれることを期待した。もちろん、学内でのデジタルコンテンツや高度情報技術の利用を検討することを自主的に選択した約80の大学による標本から4年生大学一般に関する統計的に意味のある情報が得られるかもしれないという幻想は持っていなかった。現時点での機関リポジトリの配備や配備計画は、今述べた機関グループに集中していると考えるが、時間が経つにつれ、その対象を広げるかもしれない動向が存在することは注目に値する。電子的学生ポートフォリオや電子学位論文の採用の増加がこれにあたる。また、研究成果の発信を支援する(おそらく何らかのアウトソーシングやコンソーシアムの枠組みで提供される)機関リポジトリサービスを利用したいという非研究機関の教官の要求もおそらくその一つであろう。

調査を準備する中で、調査書の記入要項に「機関リポジトリ」の作業定義を載せるか否かについて議論した。機関リポジトリには強調する点が若干異なる2つの視点が存在する(1つは他方のサブセットであるので、結局、両者が矛盾するというわけではない)。第1の視点は、主として教官の研究成果である様々な形態の電子プリントを発信するものとして機関リポジトリを見なすものである。しばしば――常にではないが――これは教官の出版物をオープンアクセスにするという目的に明示的に結び付けられる。(これは、学科リポジトリや学部リポジトリなど機関下位レベルのリポジトリの目的となる典型的な視点であるとも思われる。)第2の視点は、機関の――研究・教育両面における――知的作業による資料や知的・文化的生活の記録、現在の、そして未来の学問を支える証拠などを幅広く保管するものとして機関リポジトリを考えるものである。そのような機関リポジトリには、電子プリントはもちろん、データセットやビデオ、学習教材、ソフトウェアなどの資料が保管されることになる。これは、Lynchが2003年の論文で次のような定義を提出したときに主張された機関リポジトリの考え方である。

「大学における機関リポジトリとは、大学がその構成員に提供する、大学やその構成員により作成されたデジタル資料を管理・発信するための一連のサービスである。このサービスでもっとも大事なことは、これらのデジタル資料を組織し、アクセスを提供し、あるいは配布し、適切な場合には長期保存を行うなど、資料の受託管理に対して組織として責任を持って取り組むことである。」Lynch, 2003)

作業定義を載せるか否かについて議論したのは、可能な限り広い視点に立った機関リポジトリへの取り組みに関する情報を得たいという意図を明確に伝えたいからであった。結局、調査の目的に照らして、定義を提供しないことを選択した。その代わりに、各機関が機関リポジトリの役割、目的、適用範囲をどのように考えているかについてより多くの洞察を提供してくれるかもしれないという希望も込めて、機関リポジトリに対する各自の視点で調査票に記入するよう回答者に求めた。(後で述べるように、この戦略はおそらく非常にうまく機能し、デジタルライブラリやデジタルコレクション、デジタルアーカイブに対する機関の試みと機関リポジトリの試みがいかに区別されるのかという問題が提起された。)

我々の調査は、特に機関としての実装や計画に関するデータを収集しており、一般に(おそらく最高情報責任者などの大学管理者と協議した)図書館上級管理職から収集した情報に基づいていることを認識することが重要である。CNIの組織構造により、会員機関のしかるべき責任者に連絡を取り、非常に高い回答率を得ることができる特別に良い位置に我々はいたからである。会員機関には機関レベル以下で明らかにたくさんの出来事が生じている。たとえば、各学科が独自の電子プリントリポジトリを構築しており、学部レベル(特にビジネススクールや工学専門スクールなどの専門スクール)でも同様である。しかし、これらの活動に関する情報は収集しなかった。我々が収集したデータとサウサンプトン大学のEPrintsソフトウェアの配備状況について報告されたデータ<http://archives.eprints.org/>を直接比較するとこの状況がはっきりする。実際、いくつかの例で、学科や学部レベルの活動と機関そのものの(中央的な)活動の連携の度合いやお互いの認知度について疑問に思うのは当然であり、そしてもちろん、これらの幅広い活動を調整する戦略について質問したいと思うのも当然である。将来の調査においてこの点に焦点を合わせれば明らかに得るものがあるだろう。

リポジトリの実施状況

米国には何千もの学位授与機関があるが、研究大学はおよそ250に過ぎない。米国の博士号授与機関のおよそ半数に対する我々の調査(回答率が約80%)に基づくと、機関リポジトリがキャンパスの基盤要素として定着してきていることは極めて明らかなように思われる。回答機関のおよそ40%は何らかの機関リポジトリを運用しており、リポジトリを持っていない機関の88%は機関リポジトリの構築やコンソーシアルリポジトリへの参加を計画中である。このグループの大学が米国における研究成果の大多数を生産している。予想されたように、4年生のカレッジや非研究専門高等教育機関における機関リポジトリの配備はまばらで、広範囲には広がっておらず、多くの場合は、教材や教育用の研究支援資料、授業の成果として作成された学生や教員の資料の管理を支援することを意図したものであるように思えた。調査書を送った81のリベラルアーツカレッジのうち、35機関(43%)から回答を得たが、機関リポジトリを運用していると答えたのは2機関(回答機関の6%)に過ぎなかった。

これらの非研究専門機関の間には、機関レベルでリポジトリを運用するための固定経費やスケールメリットを得るための利用水準に関する現実的な懸念が存在することも明らかである。そして、固定経費を分担する方法として、他の団体からリポジトリサービスを購入することやコンソーシアムによる多機関リポジトリのメンバーになることに大きな関心を持っているようである。現在リポジトリを持っていない大学のうち、28%は将来の実施戦略としてコンソーシアルリポジトリを利用する、あるいは、機関リポジトリとコンソーシアルリポジトリを併用する計画を立てている。リベラルアーツカレッジの21%は、将来の実施戦略として、あるいは、自身のリポジトリの構成要素として、コンソーシアルリポジトリを利用する計画を立てている。方針の問題の多くは、特にコンソーシアルリポジトリの運営方針については、完全に今後の課題である。これらのコンソーシアルリポジトリの配備が先導的な単機関リポジトリの波よりゆっくりとしたものになるのは当然であると思われる。なぜなら、コンソーシアルリポジトリの設計はより複雑であり、コンソーシアムベースのサービスの機能要件の枠組みを作成するには単機関リポジトリにおける指導者の経験が役立つからである。しかし、一旦実現すれば、コンソーシアルリポジトリを1つ作ることで多くの機関の機関リポジトリがいっせいに実現することになる。したがって、将来、コンソーシアルリポジトリの配備、特に研究大学以外による配備の相乗効果が見られるだろうと考えられる。また、コンソーシアルレベルでの方針の選定(たとえば、どのような種類のコンテンツをリポジトリサービスはサポートするかなど)が将来の相乗効果にどのように影響するかを認識することも重要である。このため、本調査に続けて、焦点をコンソーシアムベースのリポジトリサービスの進展に絞った調査を行うことは非常にタイムリーであろうと考える。

リポジトリの大きさ

調査では回答者に、オブジェクト数や占有スペース量など、各自が把握している方法で機関リポジトリの大きさを示すよう求めた。機関リポジトリの管理者との議論から、現存するコンテンツを数える標準的な方法が存在しないことは調査書を作成している段階で既に明らかであった。様々な機関リポジトリが現在保有するコンテンツの規模について得られた結果は、非常に問題の多いものであった。同じものを数えている機関が2つとしてなかったからある。オブジェクト数についての報告には、上は何10万から下は数10までの違いがあった。「オブジェクト」の定義や保管するオブジェクトの種類(個々の論文や画像がある一方で長大なビデオやデータセット群がある)に多様性があると、リポジトリの大きさを解釈したり、リポジトリの大きさをスペース容量に結びつけたりすることを非常に困難にする。リポジトリで使用している大容量記憶装置の容量を推定することによりリポジトリの大きさを記載した機関もあったが、最高10テラバイト超から最低1ギガバイト未満までの幅があった。ここでも、このデータを比較に使用するには我々がしなかった極めて注意深い定義が必要であることが明らかである。たとえば、リポジトリのためのストレージ容量の定義には、ミラーリングやRAIDによるオーバーヘッド、オブジェクトの複製、その他同様な要因を常に考慮する必要があるだろう。

機関の間でリポジトリの大きさを比較することは明らかに非常に複雑な問題であり、おそらく短期的には手に負えないものだろうが、リポジトリの成長率の推定値を機関から集めることは比較的簡単であり、状況を理解するのに役立つだろう。我々は今回の調査でこれを調べるべきであったが、これについては検討しなかった。もう一度調査を行うとしたら、もちろんこれについて質問するつもりである。なお、新しく構築されたリポジトリの少なくともいくつかは、年当たり、あるいは月当たり数テラバイトの増加率で成長している事例証拠を我々は得ている。

リポジトリに保管されている資料の種類

米国調査に使用する、リポジトリに現在保管しているコンテンツ、あるいは、近い将来(たとえば、1年から3年以内に)リポジトリに受け入れる計画のあるコンテンツの種類の一覧表を作成するために、まず、CNI/SUR/JISC会議のために用意されたテンプレートのカテゴリをたたき台とし、これに、我々が知っていた米国の主要な機関リポジトリのWebサイトを分析して得られた多くのカテゴリを追加した。Webサイトの調査により、各機関がリポジトリに保管している資料のフォーマットや種類は多様性に富むことが明らかになった。今回の調査結果で重要な点は、明らかにかなり多くの機関が機関リポジトリに電子プリント以外の資料を保管していると思われることであった。現在リポジトリに保管している資料の種類、および、近い将来保管することを計画している資料の種類の中には、電子プリントや電子学位論文だけでなく、デジタル化した特殊コレクション資料やマルチメディア、教材、データセットなど(表1)も見ることができる。機関リポジトリに使用されているソフトウェアに関する情報もこの結論を裏付けている。使用パッケージとしてはサウサンプトン大学のEPrintsシステムやbepressよりMITのDSpaceが支配的であり、独自開発したシステムや様々なコンテンツ管理パッケージの使用も多く見られた。これらはすべて、リポジトリに保管するコンテンツの種類に柔軟性を持たせたいという願望を示唆している(ただし、公正を期すと、下の表から分かるようにbepressソフトウェアの使用もDSpaceに次いで多い)。さらに、いくつかのリポジトリは極めて大規模であることから、これらのリポジトリが電子プリントだけではなく非常に幅広い資料を扱っていることが明らかである。どんなに教官の生産性が高くても機関で作成する電子プリントだけでは何10テラバイトにもなることは絶対にないからである。

表 1.
米国の機関リポジトリ
コンテンツの種類 ―― 現状と計画
コンテンツの種類 機関数 -- 現状 機関数 -- 計画
学位論文 21 15
プレプリント/電子プリント 24 9
会議録 14 14
会議プレゼン資料(PPTスライドなど) 15 13
テクニカルレポート/研究報告書 20 12
電子図書 4 18
雑誌 11 13
新聞(ボーンデジタル) 0 8
データセット 4 26
図書館の特殊コレクションを
デジタル化した機関の資産
19 13
博物館のコレクションを
デジタル化した機関の資産
3 6
大学出版物 8 17
大学の電子記録 2 13
部局の資料または記録 6 17
デジタル画像 19 15
デジタル音源 10 19
デジタル動画 6 20
デジタル楽譜 2 12
展覧会 0 14
パフォーマンス 2 14
インタビュー原稿 1 14
地図 9 12
図面/設計図 1 10
ソフトウェア 1 10
講義資料(シラバス、講義録など) 5 13
学習資料 6 15
学位論文以外の学生の論文・レポート 9 14
電子ポートフォリオ 0 11
その他
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リポジトリソフトウェア

機関リポジトリに使用しているソフトウェアを尋ねた設問に回答のあった38機関のうち、22機関(58%)がDSpaceを使っていると答えた。次に回答が多かったソフトウェアはbepressで、8機関(21%)であった。その他回答のあったソフトウェアの使用は全て5機関未満で、Content DM、バージニア工科大学が開発した電子学位論文ソフトウェア、DigiTool、独自開発システムなどであった。複数のリポジトリソフトウェアを使用していると答えた機関や現在使用しているソフトウェアをまもなく変更すると答えた機関もあった。なお、計画中の機関については、ソフトウェアに関する情報は収集しなかった。

管理責任と方針制定

一般に、研究図書館が機関リポジトリの運営やリポジトリ運営方針の策定に指導的役割を果していることは明らかである。機関リポジトリの管理責任者を尋ねた設問に回答のあった機関のうち、ほぼ80%は図書館単独の責任であると回答した。図書館と情報技術部門、図書館と教育工学部門、図書館と大学事務局、アーカイブ・ユニット、その他の複数部局による協定、など共同で責任を果している機関もあった。管理責任よりは少ないが、およそ60%は機関リポジトリの運営方針の策定に関する責任を図書館単独で果たしていると回答した。ここで「単独」という言葉には注意が必要である。方針を決定する技術的役割は図書館が果たすだろうが、これらの図書館においても方針を策定する際には何らかの諮問委員会や協議組織を発足すると思われるからである。その他の機関では方針の決議に、学部評議員、学科や学部、情報技術部門、大学事務局が単独あるいは共同で参加したと報告している。

財政責任者については今回尋ねなかったが、これは将来における調査、特に、多くの場合リポジトリの開発や立ち上げ資金として使用されている補助金や特別な予算配分などの1回限りの措置を終えて機関が次の段階に向う時点での調査には興味深い分野であろう。

リポジトリの連携とリポジトリ横断サービスの展開

各国報告用のテンプレートにはリポジトリ横断サービスについての情報が含まれていたが、これについては調査を行わず、現在の開発状況に関する我々の知識や、個人的な連絡や会議から得た情報に基づいて作成した。観察した限りでは、まず、ほとんどの機関リポジトリはネットワーク化された情報ランドスケープにおける「良い住民」になりたいと思っており、それゆえ、たとえば、OAI-PMH(Open Archives Initiative Protocol for Metadata Harvesting)をサポートしている。機関リポジトリからハーベストを行っている実験的サービスがいくつか存在する(イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校のOAISTERや、DSpaceリポジトリからGoogleやその他のサーチエンジンにコンテンツをエクスポートする試みなど)が、これらの試みは未だ始まったばかりであり、それを推進する先導役をどの機関がとるべきかは明らかでない。言い換えれば、機関リポジトリを配備している機関は、より大きな国家レベル、あるいは世界レベルのシステムの構成要素にいつでもなれるが、これらのシステムの開発は各機関の優先事項ではないように思われる。ただし、これは他の者にとっては創造的な活動をするための沃野であるに違いない。

分散して存在しているリポジトリのコンテンツを複製するための連合組織が(組織的な意味で)運営されている証拠は発見できなかった(コンテンツの継続管理を行う連合組織はなおさらである)ことは注目に値する。ただし――組織的問題や経済的問題ではなく――技術的な問題に目をやれば、特に、サン・ディエゴ・スーパーコンピュータ・センターのStorage Request Broker(SRB)などのデータ・グリッド技術のDSpaceソフトウェアへの統合など、いつかの実験が進行中である。

国の政策と機関リポジトリ

公的助成を受けた研究成果へのアクセス、あるいは、研究機関の生産性や品質の評価といった分野における国の諸政策の間の関係は国際会議において非常に興味が持たれた話題であった。

現在、米国は機関リポジトリの進展を方向付ける、あるいは支援する明確な政策を持っていない(多くの議論を呼んでいる国立保健研究所(NIH)の要請、すなわち、NIHの助成を受けた論文をデポジットによりオープンアクセスにすることは、主に主題リポジトリであるPubMed Centralに関係している)が、研究助成団体の間では、オープンアクセスの議論ではそれほど取り上げられていないデータ管理やキュレーション、アーカイビングへの関心が高まっていることに注意することが重要である。国立衛生研究所は2004年に50万米ドルを超える全ての助成金の交付条件としてデータ管理計画を求める規則を導入した。また、米国国立科学財団(NSF)の方針を制定している米国科学委員会は最近、報告書「後世に残るデータコレクション」(National Science Board, 2005)を発行し、NSF助成金の交付条件として同様なデータ管理計画を求めた。報告書の原案をめぐる議論から、連邦機関によるその他の(少なくとも自然科学分野の、そして、おそらく最終的にはそれ以外の分野の)研究助成金の交付にも同様な問題が出てくることは明らかだと思われる。機関リポジトリはこれらのデータ管理義務化に対応する手段として重要になるだろうと考える。さらに聞いた話によると、州立の機関では公共という文脈において、公共参画のための手段あるいは大学の知的・芸術的貢献を州民へ伝達する手段として機関リポジトリに大きな関心を寄せていることを注意しておく。これが、米国以外の国でも行われている、情報の流通や大学とそれを支える市民の間のコミュニケーションを構築する際の機関リポジトリの役割に関する国レベルの議論と歩調を合わせていることは明らかである。

そして、もちろん、オープンアクセスも依然として政策課題である。今後、公的助成を受けた研究に基づく出版物に対するオープンアクセスが要求されるようになったとしても、あるいは、研究成果やデータに対するオープンアクセスが要求されるようになったとしても、いずれにしても将来の機関リポジトリの発展に確実に影響を与えるだろう。

その他の問題と動向

大学が機関リポジトリを構築する際、インフラを提供する部署――ほとんどの場合図書館であるが――は、教官がリポジトリに資料をデポジットしなければならない理由を明確にする必要がある。他国の事情とは対照的に、米国では事実上全ての機関において機関リポジトリの利用は完全に教官の自発的行為のようである。そのため、教官には、リポジトリに貢献しない場合のペナルティで脅迫するのではなく、その利益を納得させる必要がある。教官のニーズを理解したり、教官への連絡を組織的に行ったりすることに一丸となって取り組んでいる機関は、リポジトリにコンテンツを引き込むことにより成功しているように思われる。

教官との連絡・調整は時間がかかり、徐々に増加するいささか漸進的なプロセスであるので、機関リポジトリに特定の種類のコンテンツを大量に受け入れる即席の方法として、教官ではなく学生の研究成果を入れ始めた機関もある。電子学位論文(ETD)プログラムはそのようなアプローチの一例である。その他には、機関記録の管理に対するニーズが機関リポジトリを促進する初期の原動力として重要な要素になることもあるだろう。さらに他の機関では、戦略の一つとして、個々の教官ではなく学科や研究室、その他の組織単位レベルで所蔵されている既存のテクニカルレポートやその他の資料を受け入れるプログラムを採用している。しかし、機関リポジトリのコンテンツを増やす初期の戦略が何であったにせよ、米国ではほとんどの機関リポジトリが定着している。それは、ハードウェアやソフトウェアあるいは機関リポジトリを支援する機関の方針など、機関リポジトリのインフラを確立するために機関の図書館がリーダーシップを執ったからである。

学術コミュニケーションシステムに対する関心――高価な学術雑誌への抵抗、あるいは、オープンアクセス運動の目標に向けた支援――は、機関リポジトリに研究成果をデポジットする教官の数を増加させることにもなるだろう。過去1年間に多くの学部評議員は、一般に機関リポジトリ戦略へ言及することは特にないものの、オープンアクセスポリシーを支持する声明を出したり、決議をしたりしてきた [2]。少なくとも教官の出版物については、(学術評議員により公表されたように)機関の規範として教官が著作物を機関リポジトリに置くことが勧められるようになってきていると信ずる理由がある。e-スカラーシップやe-リサーチのその他の生産物――データセットやソフトウェア、シミュレーション、その他の関連資料――については、ここ当分の間、アクセスの持続性・品質・一貫性、保存、キュレーション、その他同様な問題に関しての事例が蓄積される必要があると考える。

さらに、調査の回答では、多くの機関でデジタルライブラリとデジタル研究コレクション、機関リポジトリの資料コレクションの関係を混同していることや、これらすべてと学術コミュニケーションプロセスとの関係のあり方が強調されている。多くの回答機関は、我々がデジタルライブラリコレクションであると考えていた資料を機関リポジトリに受け入れるべき資料として挙げていた。これは注意深く、かつ思慮深い分析が必要な問題である。デジタルコレクションとデジタルライブラリを区別する鍵となる特徴は、今のところ、教官主導ではなく機関による受け入れや組織的努力であると考えているからである。

結論

米国における研究主体の高等教育機関における機関リポジトリの構築運動は未だその初期段階にあるが、調査から得られた、我々が重要だと考える結論がいくつか存在する。

今や、機関リポジトリはデジタル世界における学問のための基本的なインフラであると明確にかつ広範囲に認識されている。これは、研究大学部門における実際の配備状況や計画の規模から明らかである。したがって、今後数年間に、インフラとしての機関リポジトリと、(国レベル、主題レベル、機関レベルの)研究データの管理、発信、キュレーションを支援するために必要な戦略やインフラに関して表面化している幅広い問題との関係は確実に大きくなると考えられる。

少なくとも米国においては、機関リポジトリは、変化している学術行為という文脈における、また、e-リサーチやサイバーインフラストラクチャにおける、あるいは、デジタル時代の大学構想における、汎用のインフラとして決定的な位置に置かれていることは明らかであると思われる。確かに機関リポジトリは伝統的な学術文献へのオープンアクセスに関連する議論を支援するために使用されてきたが、機関リポジトリは、単に、既存の学術出版システムや雑誌購入経費、オープンアクセス運動についての懸念に応えるために配備されているわけではない。

研究図書館は、研究大学における機関リポジトリにおいて、方針作成(必要な全学レベルの話し合いの枠組みを含む)の役割と配備・運用の役割の両者でリーダーシップを発揮してきた。(財政についての質問はしなかったが、将来は重要になるだろう。)明らかに機関リポジトリは機関のサービスとして認識されているのに、一般に図書館がリーダーシップを執ることは疑問視されていない。ただし、学内の他の組織との協力関係の範囲は大学により異なる。機関リポジトリは、政策・運営に関する決定的に重要な研究図書館の新しい役割、および大学の中核的学術プロセスと研究図書館との関係を新たにする役割を表している。

注記

[1] リポジトリに関するCNIの活動を幅広く知るには <http://www.cni.org>で入手できるCNI 2004-2005 事業計画を参照のこと。 また、たとえば、
Lynch, Clifford. "Institutional Repositories: Essential Infrastructure for Scholarship in the Digital Age." ARL Bimonthly Report, No. 226, February, 2003, <http://www.arl.org/newsltr/226/ir.html>;
"Institutional Repositories: A Workshop on Creating an Infrastructure for Faculty-Library Partnerships" <http://www.arl.org/IR_agenda.html>;
"Institutional Repositories: What Does Your Institution Need to Know?" <http://www.educause.edu/LibraryDetailPage/666?ID=EDU0327>を参照のこと。

[2] たとえば、コーネル大学 <http://www.library.cornell.edu/scholarlycomm/resolution.html> やカンザス大学 <http://www.provost.ku.edu/policy/scholarly_information/scholarly_resolution.htm>を参照のこと。

参考文献

Lynch, Clifford. "Institutional Repositories: Essential Infrastructure for Scholarship in the Digital Age." ARL Bimonthly Report, No. 226, February 2003. <http://www.arl.org/newsltr/226/ir.html>.

National Science Board. Long-Lived Digital Data Collections: Enabling Research and Education in the 21st Century. Draft Report of the National Science Board. National Science Foundation, 2005. <http://www.nsf.gov/nsb/documents/2005/LLDDC_report.pdf>.

Pocket Guide to U.S. Higher Education 2005. (Compiled by EDUCAUSE)

Copyright © 2005 Clifford A. Lynch and Joan K. Lippincott
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