情報研究の中核的研究機関の創設にあたって

情報研究の中核的研究機関創設準備室

安達 淳

1.はじめに

 学術情報センターは,1998年4月以来,「情報研究の中核的研究機関」(以下,「中核研」という)の準備調査およびそれに引き続く創設準備に関する「準備機関」として,委員会における検討,研究機関の調査,関係者との意見交換,予算要求事項の概算要求などの作業を実施してきた。

 幸い,文部省を始め関係諸機関や諸先生方から多大の支援を得て,平成12年度政府予算案に学術情報センターの改組による「国立情報学研究所(仮称)」の創設が盛り込まれることになった。

 今までの様々な場での努力が報われ,新研究所においては学術情報センターの従来の活動も継承しつつ,2000年4月には新たな展開を開始することになっている。

 本稿では,この2年間の活動について,それに至る経過と併せて簡単に紹介する。

2.準備調査に至る経緯

 情報分野における国立研究機関の設立を必要とする声は,まず,1997年5月の日本学術会議勧告「計算機科学研究の推進について」において表明された。一方,文部省では,学術審議会の下に情報学部会が発足し,1998年1月に学術審議会建議「情報学研究の推進方策について」が文部大臣に提出された。時期を同じくして出されたこの二つの提言は,コンピュータや情報に関係する学問全般の推進のために新たに研究機関を設立することを共に求めるものであった。

2. 1 日本学術会議の勧告

 勧告「計算機科学研究の推進について」は,日本学術会議の第四部情報学研究連絡委員会で詳細に検討され,1997年5月の第125回総会において議決されたものである。

 その内容は,「計算機科学」の国立高等研究所の必要性を強く訴えるものであり,第一には情報学基礎,算法設計,計算モデル,情報ベース,知識情報処理,情報ネットワークなどの「基盤計算機科学」分野,第二には大規模計算,分散並列処理,巨大ソフトウェアなどの「総合計算機科学」分野,そして第三に計算機科学と様々な学問分野との接点で生まれる先端的な分野において意欲的な研究を推進することが必要であると主張している。

 また,わが国では,これらの分野における大学・大学院の教育研究体制が不十分であると懸念し,総合的,先端的な研究を行い,かつ産学の連携を推進するためには,中核的組織による求心力が必要であるとしている。

 諸外国における国立研究所の例としては,米国のNSFによるスーパーコンピュータセンター,フランスのINRIA,ドイツのGMDなどを参考としている。

 この勧告では,研究所の望ましい規模を提示していることが特筆される。基盤計算機科学研究部門では11小部門に常勤研究者8人ずつ,総合計算機科学研究部門では6小部門に常勤研究者10人ずつ,先端計算機科学研究部門では4小部門に常勤研究者3人と客員研究者10人ずつを配置し,全体として160人の常勤研究者と40人の客員研究者で組織する構成となっている。

2. 2 学術審議会の建議

 1997年1月に学術審議会情報学部会が発足し,同年7月に中間まとめを行った後,翌年1月に建議「情報学研究の推進方策について」を提出した。

 「計算機科学」についての日本学術会議勧告とは異なり,学術審議会では「情報に関する学問」を重視し,その推進が,学術研究の上では情報に関する概念の活用,情報処理技術の提供,新しい学問分野の創出などの意義を持つこと,経済・社会に対しては知識・文化資産の蓄積や流通の支援,情報関連産業の振興と新しい産業の創出などをもたらすことを主張している。

 「情報に関する学問」は,これから発展していく学問分野であるととらえ,理工系のみならず生命科学や人文社会科学との関係を深めていくことを重視し,従来の情報科学や計算機科学よりも広い視野を持つことが必要であることを強調している。その上で,今後,計算的側面,生物・知能的側面,社会・コミュニケーション的側面の各方面にわたって「情報に関する学問」を確立すべきであると主張している。

 わが国の大学におけるこの分野の研究の現状については,「学部や大学院の研究・教育内容や教員構成について偏りが見られる場合もある」,「研究者の交流・連携が十分でない」との指摘がなされている。

 また,学術情報センターが「情報関連事業の実施とともに研究開発を併せ行っている」ことを認識する一方,わが国には情報に関する本格的な研究機関はないとの見方を示している。

 さらに,わが国の情報関連研究に関しては,内容,水準,研究者数,研究体制などの点で不十分であり,米国に著しく遅れていると指摘し,革新的なテーマの発掘や新しいマーケットの創成などの産業界からの要請に対応するとともに,特にソフトウェア開発力など様々な能力をかん養する必要性を述べている。

 以上を踏まえて,建議では,現下の課題として,第一に情報に関する研究体制を充実すること,第二に若手を中心とする研究者を確保し情報に関する高度な専門を持つ人材を養成することを挙げている。

 研究体制については,情報に関する研究の中核をなす研究機関の設置とともに情報関係の学部や研究科の拡充と研究費の充実がうたわれている。中核研の設置に関しては,既存の大学共同利用機関の改組などを含めて検討するものとし,また日本学術会議勧告との整合性も考慮する内燉eとなっている。

2. 3 その他の動き

 1997年12月から翌年3月まで,文部省学術国際局長の下に「情報分野における中核的な学術研究機関の在り方に関する調査協力者会議」が置かれ,中核研の具体的な在り方について議論された。

 1998年3月に取りまとめられた同会議の報告書においては,研究組織に加えて開発組織や事業組織を含める必要性が述べられた。また,既存の研究機関の改組拡充によって中核研を創設すべきであり,その場合は学術情報センターを母体とすることが最も適切であるという考え方が示された。

 この時期には,日本学術会議や学術審議会のみならず,大学においても「情報」を巡る新しい動きが起こっていた。

 1998年4月には京都大学に独立研究科として「情報学研究科」が設置され,以降他の大学においても類似の動きや検討が進められるなど,従来の狭いコンピュータ分野ではなく,もっと広い情報に関する学問を推進する動きが活発化していた。

 一方,計算機科学の最先進国としてわが国を大きくリードする米国では,インターネットの拡大にともない,IT(Information Technology,情報技術)の発展により更なる躍進を図ろうという動きが出てきている。ITという言葉に象徴されるように,従来のコンピュータよりも幅の広い「情報」に研究とビジネスの視点がひろがりつつある。

3.準備調査

3. 1 準備調査に当たっての課題

 筆者は,1998年4月の時点では,前節までに述べた審議会などの基本的な考え方を具現化するためには,さらにいくつかの現実的な課題を考慮に入れる必要があると考えていた。

 一つには,中核研が対象とする分野を「計算機科学」とするのか「情報学」にするのかという問題である。情報学はこれから発展し体系化するとされる新しい学問である。確かに,京都大学の例に見るように,大学界にはそれに向かう潮流があるものの,幅広い学問領域をどのようにカバーするかということは難しい課題であった。また,従来から情報工学などの分野で充実を図ってきた大学・大学院との役割分担と良好な関係の構築も重要な課題であった。

 また,大学共同利用機関として設置する場合,研究機関としての性格付けを明確にすることも重要な課題であった。

 従来の大学共同利用機関では,物理的に共同利用する設備がある場合や,研究所に資源を集中することが合理的であるケースが多く見受けられる。情報学やソフトウェアを扱う研究分野では,共同利用の研究装置などに代わるものの位置付けも重要な検討課題であった。

 一方では,行政改革による様々な影響を受ける可能性もあった。具体的には,省庁統合を念頭においた文部省や科学技術庁との関係,さらには国立試験研究機関との関係や独立行政法人化の動きに伴う影響も予想された。

3. 2 準備調査の開始

 1998年4月に文部大臣裁定により,「情報研究の中核的研究機関準備調査委員会」が設置され,中核研の組織運営などの重要事項を検討することとされた。その事務局として,学術情報センターに中核研準備調査室が設置され,専任教官一人と専任の事務官一人が配置された。さらに,学術情報センターの管理部,事業部および研究開発部の教官・事務官が同室に併任され,準備調査の実施に当たることになった。

 同委員会の下には,中核研の組織,機構,運営などについて検討する第一部会および中核研における研究内容・手法,他機関との協力などについて検討する第二部会が設けられた。1998年8月までに委員会が3回,部会が2回ずつ計4回,さらに報告書の起草委員会が2回開催され,「情報研究の中核的研究機関準備調査委員会中間報告」が同年8月に提出された。この中間報告は,文部省において次年度の概算要求を行う上で十分に活用された。この報告書の作成が短期間で終わったのは,委員会や部会の先生方の精力的な活動のおかげであり,大変感謝している次第である。

3. 3 中間報告の概要

 準備調査委員会では,中核研が対象とする研究分野を「情報学」と定め,その名称を「国立情報学研究所(National Institute of Informatics)」(仮称)とした。

 その目的は,「情報に関する総合的な研究および開発並びに学術情報基盤の開発・整備および学術情報の活用に係る業務を行うこと」とされた。設置形態については,学術情報センターの改組・拡充により,大学共同利用機関として設置するものとし,所在地の決定に当たっては,学術情報センターの持つ既存施設の有効活用に配慮することを求めた。

 このように,学術情報センターの改組・拡充という具体的な創設の手順を提言するに際して,学術情報センターが学術情報基盤の開発とそれに関する研究において達成してきた成果を継承するとともに,情報基盤整備という実証の場が情報研究において果たす役割を十分に認識する必要性が述べられた。

 研究分野については,まず基幹的研究分野として,情報学とソフトウェアの基礎,アーキテクチャ,ソフトウェアシステム,人工知能・知的情報処理,人間・社会との関わり,学術研究との関わり,そして他分野への応用という七つの研究領域を設定した。

 一方,学際性や総合性を持った研究分野も重要であるとし,情報倫理,情報環境,多言語,情報セキュリティ,電子図書館などの分野横断的な研究課題について,社会的要請にも配慮しながら推進することを求めた。

 さらに,研究成果の学術情報基盤開発への寄与を重視するという考え方を打ち出した。

 また,

(1)プロジェクト型の共同研究の推進

(2)国際的研究活動の推進

(3)客員部門や流動部門,ポスドクの活用などによる開放性や機動性に配慮した任用

(4)大学院との連携

(5)分散型研究体制

(6)開発研究体制

(7)学術情報基盤整備との相互作用

などをふまえて研究体制を構築することが求められた。

 組織構成については,財政事情などによりその規模が左右されることを考慮して,優先度の高い研究系・研究部門から設置するという考え方を示した。また,管理部に加え,開発・事業部や附属施設を設けるなど,研究開発および関連事業を充実するための体制に十分留意した提言を行った。

3. 4 その後の展開

 中間報告は,委員会の意向に基づき,各国公私立大学その他の関係機関に送付された他,学術情報センターのホームぺージにおいてその英訳とともに公開された。

 また,準備調査室では,国内の大学や他省庁の研究機関を訪問し,中間報告の趣旨を説明して様々な意見を集めた。さらに,欧州に調査団を派遣し,INRIAやGMDなどの代表的な情報関連研究機関の調査と中核研の構想についての意見交換を行った。

 一方,文部省では,準備調査委員会の検討状況を踏まえ,次年度に準備調査を一段階進めた「創設準備」を行うための概算要求を行った。その結果,1998年末には政府内においてその要求が認められることになった。

 また,学術情報センターでは,情報分野における米国のシニアの研究者や科学技術政策の重鎮にインタビューを行ったほか,1999年1月にはこれらの専門家を招へいして準備調査委員会委員も交えたインフォーマルなパネルディスカッションを行った。この中では,中核研の計画について,研究機能と実証的な開発・事業が結び付いたユニークな組織であるとの良好な評価を得ることができた。

 準備調査委員会では,これらの活動も踏まえて,中間報告に対して寄せられた意見を逐一検討するため1999年3月までにさらに3回の委員会と3回の起草委員会を開催した後,1年間にわたる検討結果を「情報研究の中核的研究機関準備調査委員会報告」として取りまとめた。

 この報告の内容は,中間報告を基にして,大学などからの様々な要請を反映させたものである。

4.創設準備

4. 1 創設準備の開始

 今年度に行われた創設準備とは,学術情報センターの改組により国立情報学研究所(仮称)を設立するために必要な準備作業を実施するという趣旨である。

 1999年4月に文部大臣裁定により「情報研究の中核的研究機関創設準備委員会」が設置されるとともに,前年度の準備調査と同様に,学術情報センターに中核研創設準備室が置かれることになった。創設準備室は,専任の職員が教官2人,事務官2人の規模に拡大され,さらに学術情報セン塔^ーの教官・事務官の協力も得て,創設準備の作業に当たることになった。

 創設準備委員会では,専門部会を置き,準備調査委員会の報告を基に中核研の創設に関する重要事項について検討を行うこととされた。1999年5月から7月までに4回の委員会,2回の部会,1回の起草委員会が開催され,「情報研究の中核的研究機関の創設について」と題する創設準備委員会の「中間まとめ」が同年7月に提出された。

4. 2 中間まとめの概要

 中間まとめは,中核研の必要性および設置の基本方針を述べた上で,名称,設置目的などの基本事項のほか,中核的研究機関としての機能を果たすために必要な組織を具体的に示している。

 研究組織については,七つの研究系に27の専任研究部門と28の客員研究部門を置くこととし,厳しい財政事情の下で共同利用研究機関としての機能を十分に発揮するために,客員部門を厚くする計画になっている。また,情報学に関する実証的研究を行う研究施設と,情報資源を開発・収集して共同研究を推進する研究施設を設け,ここに専任の研究室とプロジェクト対応の客員研究室を置く構成がとられている。

 一方,事業および事務を担当する組織として,開発・事業部,管理部,国際・研究協力部を設置することとされ,学術情報センターの事業を継承しつつ中核研の研究支援機能を充実させる組織構成になっている。

4. 3 その後の展開

 文部省においては,中間まとめに従って国立情報学研究所(仮称)を創設するための概算要求を行い,1999年末までに財政当局との折衝が行われた。幸い,平成12年度政府予算案の内示において,専任職員を150人とする国立情報学研究所(仮称)の創設が認められた。関係者による様々な努力が結実することとなり,大変有り難く思う次第である。

 今後は,文部省に置かれる「協力者会議」において所長候補者などの選考が行われた後,2000年4月に新研究所が発足する運びとなっている。

5 むすび

 本稿では,学術情報センターの改組・拡充により新しい研究所が創設されるに当たり,関係者によるこれまでの活動の跡を簡単にたどってみた。

 筆者は,準備調査および創設準備に直接携わってきた者として,その間に委員会や関係機関の諸先生方から受けたご指導に改めて感謝するとともに,文部省などの関係官のご努力に慎んで謝意を表するものである。また,この間の作業に対する学術情報センターの協力にも感謝したい。

 最後に,本稿の前半で述べた内容に関連して,「学術月報」1998年10月号において情報科学研究の最新の動向が紹介されていることを申し添えたい。


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