Sep. 2020No.89

COVID-19と向き合う情報学の挑戦データから新型コロナウイルスをみる

Interview

「SNSによるデマ拡散」問題の本質とは

「疑うタイミング」の創出が重要に

新型コロナウイルスの感染拡大を受け、世界的に問題視されたものの 1 つに「SNS(ソーシャルメディア)を通じたデマの拡散」がある(図1)。日本でもトイレットペーパー不足を招いたとされるなど、社会的に注目を集めた。この状況をどう認識、理解すべきなのか。「SNSとデマ」をめぐる問題の本質について、東京大学の鳥海不二夫准教授に聞いた。

鳥海不二夫

Fujio Toriumi

東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻 准教授

村山恵一

聞き手Keiichi Murayama

日本経済新聞社 コメンテーター
1992年日本経済新聞社入社。産業部で情報通信・エレクトロニクス、自動車、医療、金融などを担当。2004~05年米ハーバード大学留学。2005~09年米シリコンバレー支局。2012年編集委員。2015年論説委員を兼務。2017年からコメンテーター。担当はIT、スタートアップ。

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図1│コロナ禍での新型コロナに関するツイート数の時系列変化

「正しさ」より「面白さ」も背景に

─そもそもデマはどういう背景、経緯で出回るのでしょうか。

鳥海 いくつかの理由があります。当初から騙してやろうというものはほとんど存在しないと言ってよく、どちらかというと勘違いです。人間は同時に何かが起こると因果関係を求めたがる性質があります。その結果、勘違いをして喧伝するという流れです。情報が流布する原因は人々が慌てているからではありません。多くの人はほとんどの情報について、いちいち正しいかどうかは考えません。ほとんどの情報はとくに疑われることもなく拡散されるのです。それ自体は自然な流れだと思います。
 面白いと思ったからその情報を拡散するというのもあります。あやしい内容かもしれないけれど、ほかの人に話題が提供できたり、友達同士で話が弾んだりする、という理由によるものです。「トイレットペーパーがなくなるらしいよ」のほうが、「今日もトイレットペーパーが棚にあったよ」というより面白い。情報の正しさを伝えるというより、楽しさを共有するという意味でデマが拡散するのです。それが 2つ目の拡散要因です。
 さらに、マスメディアがデマ的な情報を広めている事例も見られます。拡散につながる報道にはいくつかのパターンがありますが、新型コロナで特徴的だったのは、「SNS上でこんな話が盛り上がっている」と紹介する報道が多くなされ、そのなかに、それほど拡散していない情報が含まれていたケースです。Twitterに書いている人は数人しかいないにもかかわらず、「こんなデマがTwitter 上で拡散されている」と報じられるケースがありました。

─新型コロナに関連するデマの影響をどの程度と考えますか?

鳥海 いちばん話題になったトイレットペーパー不足に関するもののほか、「お湯を飲むと効果がある」「イソジンが新型コロナに効く」というものがありました。ただデマはありましたが、それが拡散したかというとどうでしょう。正直なところ拡散したデマは多くないと思います。それほど広がっていない印象があります。
 もっとも、どのくらいの量になれば拡散したというのかは難しいところです。たとえばトイレットペーパーに関するデマを詳細に分析してみると、「トイレットペーパーがなくなる」「なくなるかもしれない」といったツイートを見た可能性のある人は、「それはデマだから注意しよう」と否定するツイートを見た人と比べると、約2%と非常に少なかった。デマしか見ていないという人の数はかなり限られると言っていい。デマを拡散したと犯人扱いされた人がいましたが、データを見ると、その人が書いた内容は拡散していませんでした。リツイート数はわずか1か2。しかも自分自身によるもので、拡散はゼロと言っていい状態です(図2)。
 ではなぜ、トイレットペーパー不足が起こったのか。それは、「デマに騙された人が買いに走るのではないか。であれば自分たちも買っておこう」となった結果だと思われます。しかもトイレットペーパーを買ったのはTwitterのメーンユーザーである10~30代ではなく、Twitterをあまり使っていないもっと上の世代です。これをSNS発のデマが原因といってよいかというと、かなり疑問です。
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図2│トイレットペーパー不足を否定するツイートと、不足を伝えるツイートの拡散状況

問題は拡散の「量」ではない

─ SNSでのデマ拡散で社会が混乱したとは受け止めない方がいいと?

鳥海 SNSのユーザーは若い世代に偏っています。新型コロナウイルスに関する情報をどこで見聞きしたかについてアンケー トをとると、SNSで得た人は10~30代が多く、40代は4分の1くらい、60代は10%以下。日本の人口のボリュームゾーンは年齢が高い方にあるため、SNSの影響の方が大きいとすると、おかしいことになる。また、SNSをどのくらい信用しているかという話になると、若年層さえ信頼度は20%を下回る。彼らもTwitterを信用できるものだとは思っていないのです。
 少なくとも日本では、デマがすごく拡散して、皆が騙されるような状況にはなっていません。一方で、大規模に拡散していなくても危険なデマは存在します。科学否定のようなものはそれなりにあり、そういうデマは生命に関わることがあるので危険です。しかもこうした問題は、拡散した数が多い、少ないというように量で測ることはできません。たとえ拡散する数が少なくても致命的なことになり得る。新型コロナもそうですが、災害時、緊急時のデマは問題になる可能性が高いと言えます。

緊急時に生じる「情報発信は社会貢献」?

─緊急時と平常時ではデマの発生具合に違いがあるのでしょうか。

鳥海 新型コロナや災害などは、皆が同時に興味をもつ話題です。基本的にSNS上の人々はコミュニティを形成して、自分の興味のある情報を手に入れるために使っています。それぞれのエリアで活動し、楽しみのために使っていることが多い。普段は異なるコミュニティ間で共通の話題はそれほどないため、コミュニティをまたいで拡散する情報は多くありません。一方、新型コロナのような話になると、皆が同時に興味をもち、拡散しやすい土壌ができるのです。
 また、緊急時なると、人々は重要そうに見える情報を広めることに意義を感じます。とくに災害時に多いのですが、情報を広めることが社会的な活動だと思えてしまう。それをすることで自分は社会的に良いことをしたという満足感を覚えることができるからです。つまり、自分自身はほとんど労力をかけずに社会的に貢献したと感じる。そうした行為が災害時などには多くなり、その結果、真偽が不確かなデマも拡散しやすくなります。

─こうした状況を踏まえて、SNSの活用は今後どうすべきでしょうか。

鳥海 これまで問題が起きていないから、今後もこれまで通りでいいという考え方は危険です。かといって情報のすべてを 疑うのは難しいし、基本的には性善説に立つほうが世の中は回りやすいでしょう。ただ、情報について「疑うポイント」はいくつかあると思います。「この人が発信源ならあやしい」「この人のリツイートには偏りがある」などといった指標をもつことです。デマはポジショントークの場合も少なくありません。それを広めているのが誰なのかは確認した方がいいと思います。
 つまり、情報の出どころや拡散者などに関する、いわゆるメタ情報が重要です。発信源となったメディアが信頼に値するのかどうかなども判断の手がかりになる。情報に接したとき、「疑わしいな」と思うことさえできれば、手を打つことも可能でしょう。その観点からメタ情報の提供によって、そうした「疑うタイミング」をつくることができればいいなと思います。バックグラウンドの情報があれば、情報の確からしさを調べたり、ほかに違う意見があるかもしれないと気づいたりすることができるはずです。

インタビュアーからのひとこと

 米Twitterの創業者ジャック・ドーシー最高経営責任者(CEO)と話したとき、Twitterの利用のされ方は「当初の想定を超えている」と言っていた。情報収集やコミュニケーションの道具として使いこなす人々の姿は「感動的」と評価は前向きだった。同時に、誤情報や偽情報、誹謗中傷問題への対応も怠れないと付け加えた。SNSが秘めるポテンシャルを私たちはまだ十分に引き出せていない。知恵を出す余地がたくさんある。

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