2020特別号

コロナ禍後の社会変化を見据えた新しい情報学キーパーソンとの対話

NII Today 特別号

Interview

COVID-19とロジスティクス

データ共有・活用による次世代の物流サービスをめざす

新型コロナウイルス感染症が世界に拡大するなか、NIIオープンハウス2020(6月12日〜13日)は、感染予防のためオンラインで開催した。最初のプログラムとなる特別対談では、内閣府SIP「スマート物流サービス」のプログラムディレクターを務めるヤマトホールディングス株式会社執行役員の田中従雅氏を迎えて、コロナ禍とその後を見据えた次世代のロジスティクスについて伺った。

田中 従雅

Yorimasa Tanaka

内閣府 政策統括官付PD(プログラムディレクター)SIPスマート物流サービス担当/ヤマトホールディングス株式会社 執行役員 IT改革推進機能 IT改革担当
日本経済社会の情報化・サービス化にかかる基盤整備「攻めのIT投資評価指標」策定ワーキンググループ、ものづくり競争力研究会、IoT技術等を活用した次世代住宅懇談会委員等。1985年より、ヤマト運輸(株)の年間20億個を取り扱う宅配便を支えるシステムである「NEKOシステム」の開発と運用に従事。産総研IMPULSEコンソーシアムセミナー、日本鉄道サイバネティクス協議会等での講演多数。東京大学大学院工学研究科システム創成学専攻での特別講義(2011~2016年度)、東京理科大学大学院イノベーション研究科技術経営専攻等多数。

喜連川 優

Masaru Kitsuregawa

国立情報学研究所 所長

宅配便の現状と感染対策

喜連川 NIIオープンハウス2020、最初のトークセッションには、内閣府SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)の一つである「スマート物流サービス」のプログラムディレクターを務めておられる、ヤマトホールディングス株式会社の田中従雅さんをお招きしました。

ヤマト運輸は、東日本大震災の際にいち早く救援物資の配送を開始されましたね。がれきの中を走る配送車の姿が印象に残っている方も多くいらっしゃるでしょう。今回のコロナ禍でも、外出を避けるためにネット通販の利用が拡大し、物流にかかわる方々は社会機能の維持に不可欠な「エッセンシャルワーカー」であるという認識が広がっています。その分野を代表する田中さんに、コロナ禍への対応と次世代の物流についてお伺いします。

田中 まず弊社も含めた宅配便の現状についてですが、新聞などでも報道されているとおり宅配便の取扱個数は増えており、対前年比で4月が13.2%、5月が19.5%の増加となっています。また、2017年に弊社が宅急便の総量抑制と27年ぶりの値上げを決めたことで「宅配クライシス」などと言われましたが、その原因の一つとなった不在率は、在宅の方が増えたことから、対前年比で4%低下しています。

そうしたなかでウイルス感染を防止するため、テレビCMでもお知らせしているとおり、インターホンやドア越しに確認いただき、非対面で荷物をお渡しする方法もとっています。いわゆる「置き配」については、盗難などの危険があるため慎重に検討しているところです。マスクについては、熱中症対策との兼ね合いで、周囲に人がいないなどの条件下では外してよいこととしています。

また、病院での感染防止策として、オンライン診療の規制が時限措置として緩和されています。オンライン診療については法制度・IT・信頼性の壁があることが指摘されていますが、今後も継続、拡大していく可能性があり、処方された薬を患者さんまで届けるというニーズに宅配便サービスが貢献できると考えています。

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SIP「スマート物流サービス」がめざすもの

田中 次にSIPについてお話しします。我々がめざす「スマート物流サービス」は、現在の物流が抱える課題を克服し、「強い物流」をめざす取り組みで、研究開発項目の一つとして「物流・商流データ基盤」を掲げています(図1)。サプライチェーンの上流から下流に至る全体で物流や商流のデータを共有する基盤が構築できれば、物流の効率化はもちろん、渋滞緩和、フードロスやCO2排出量の削減、労働力不足の解消、新たなビジネスモデルの構築なども可能になると期待されます。

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図1│SIPスマート物流サービスが目指す社会 サスティナブルな物流・商流の実現

デジタルトランスフォーメーション(DX)が大きな潮流となり、ビジネスの世界ではプラットフォームの形成とユーザーの囲い込みをめざした競争が激化しています。我々がSIPとして取り組む上では、広い視野で将来を見据え、複数の主体による、利害を超えた大きな基盤をめざすことを重視しています。Society 5.0が掲げる安心・安全で質の高い生活を実現するためには、そうした基盤が必要になるはずです。

その実現に向けての課題は、データのオープン化に対して慎重な企業がまだ多いことです。データの共有を推進するための環境整備をどう進めるかが、プロジェクトの成否を左右するカギになるでしょう。

今回のコロナ禍では、フェイクニュースをきっかけにトイレットペーパーが品薄になるという騒動が起きました。その際、経済産業省は社会不安を払拭するため、メーカー・卸・小売各社に電話をかけて、生産力に問題はなく在庫を均等化すれば需要を十分にまかなえることを確認する作業に多大な労力をかけておられました。もし、サプライチェーン全体の情報を一元化する物流・商流データ基盤があれば、データに基づいた最適なアクションを即座に起こすことができ、社会の混乱の抑制につなげられるでしょう。そうした観点から、SIPでは国家レジリエンスに関わるチームとも連携して、プロジェクトを進めています。

喜連川 人類の歴史を振り返ると、「国難」と呼ばれるものは基本的に自然災害か疫病、そしてこれは絶対に起こしてはならない大きな戦争という三つのどれかが要因となって起きています。自然災害と疫病の二つがセットで起きているわが国は、まさに国難の最中にあり、ヤマト運輸のようなエッセンシャルワークの重要性がますます高まっていると感じます。

オンライン診療を阻むITの壁とは

喜連川 さて本日は、日本で唯一の情報学専門の国立研究所である私どもNIIのオープンハウスということで、ITに目を向けつつ議論を進めていきます。先ほど田中さんは、オンライン診療を阻む壁の一つとしてITをあげておられましたね。現在、テクノロジーの面では高精細な8K映像、SINETのような超高速・高信頼なネットワークなどが揃い、現在、NIIでは医療ビッグデータ研究センターにおいて、医学系学会とともに医療診断画像の解析を進めるとともに、今後はさらに、日本外科学会と共同で遠隔外科手術の研究を開始する計画です。このように先端領域を見ているとかなり進んできた印象ですが、田中さんがおっしゃる壁とはどのようなことか、もう少し詳しく教えていただけますか。

田中 たしかに技術そのものは十分に進んでいると思います。しかし、現実として設備を導入するにはコストの問題もありますし、対面診療で医師が行っている五感を駆使した診察と同等のことを行える環境をリモートで実現するには、もう少し時間がかかるのではないでしょうか。また、IT機器を使いこなすには医師、患者の双方にそれなりのリテラシーが必要で、とくに高齢の方々にはなじみにくい面があるかもしれません。

ただし、コロナ禍でこれまで導入に二の足を踏んでいた企業も含めて、テレワークが一気に進んだという現実もあります。国難をトリガーに、オンライン診療も含めた新しい社会システムへの移行が進む可能性はあると思います(図2)。

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図2│オンライン診断の広がり

デジタル化の大きな課題はセキュリティ

喜連川 たしかにデジタル化では言葉やイメージが先行していますが、現実の課題を見つめることが重要ですね。

おっしゃるようにITの技術面、活用環境の面では、かなり進んできています。NIIは大学や学校の遠隔授業に貢献したいと考え、3月末から定期的に教育機関の取り組み状況をオンラインで共有し、課題を探るサイバーシンポジウムを開催しています。日本全国から2000名以上がリアルタイムに参加するくらい大規模になることもありますが、そのときに映像や音声の品質について伺うと、毎回おおよそ5%弱程度の方に、映像や音声の乱れや途切れなどの問題が見られます。これは裏を返すと、95%の方はほぼ問題がないということになり、日本のITインフラのレベルは世界のスタンダードと比べてもかなり高いと個人的には感じています。

一方で、行政機関や企業の業務ではFAXのようなアナログな情報伝達手段がまだ用いられているのも事実です。私どもNIIはそうした部分を含めてデジタライゼーションを進める旗を振っていく役割も担うべきではないかと思っています。それには、産業界の皆さんにどのような働きかけをすればよいのか、田中さんはどう思われますか。

田中 テレワークをはじめとする業務のデジタル化で、最も大きな課題は安全性、セキュリティですから、その部分のサポートが求められていると思います。

ヤマトホールディングスでは、今回テレワークを一気に進めるなかで、セキュリティに対する考え方を根本から変えました。企業におけるセキュリティ対策には、従業員教育による意識向上と運用ルールや技術面での対策という二つの側面があります。私どもは20万人の従業員を擁しており、全員にセキュリティ教育を行っても限界があることから、運用ルールと技術的な対策を重視してきました。しかし、テレワークを進めるにはこれまでの運用ルールでは対応しきれない部分もあり、そこについてはルールを変更しました。今後、感染が収束に向かったとしても、テレワークやそれに伴って変えた運用方法を元に戻すのではなく、新たな環境下でセキュリティのあり方も変えていくことが大切だと考えています。

「フィジカルインターネット」という新しい概念

喜連川 SIPに関して伺いますが、物流の世界では「フィジカルインターネット」というキーワードが注目されているそうですね。その意味を教えていただけますか。

田中 「フィジカルインターネット」の解釈は人によって異なるかもしれませんが、もともとは米国のジョージア工科大学のブノア・モントルイユ教授や、パリ国立高等鉱業学校のエリック・バロー教授らが提唱した概念で、物流にインターネットの発想を取り入れたものです。インターネットでは、さまざまに張り巡らされたネットワーク上を発信地から目的地まで最適なルートで情報が届けられます。同じように、フィジカルな物の流れも、物流ネットワーク上の最適なルートで届けます。たとえばヤマトが荷物を受けても最終的には他社が届けるし、災害などでどこかのルートが寸断されても迂回してちゃんと目的地まで届けるのです。そのような効率的かつ安心・安全な物流の世界を私はイメージしています。

フィジカルインターネットの一例として、私どものヤマトグループ総合研究所では、ボックスチャーターという方式を提案しています。104×104×170(cm)という規定の大きさのボックスを1単位として荷物を輸送する方法で、集荷から輸送、配達という流れを弊社だけでなく複数社の集合体で受けもっています。必要なものを必要な時に必要な量だけ安全に輸送できるのが特長で、こうしたサービスを拡大していけば、スマート物流の世界に近づいていくと考えています。

データの共有が最大のテーマ

喜連川 ただおっしゃられたように、そのデータ共有が難しいわけですね。政府のさまざまな委員会などでも、最終的にいつも課題になるのがその点です。とくに近年はデータというものがビジネスの根幹に関わる中核的なアセットとなり、共有の難しさが増しています。わが国は2018年に不正競争防止法を改正し、安心してデータの提供・利用ができる環境を整えました。データの重要性がかつてないほど高まっているなかで、それをどう利活用して成長につなげるのかは、社会のすべての分野における大きな課題です。

田中 データ共有はSIP「スマート物流サービス」の研究でも最大のテーマです。共有の形については、データをこれから一緒に集めましょうという領域と、各企業が蓄積しているビッグデータを利活用しましょうという領域の二つがあります。後者の場合、データベースのなかにあるデータを安心して共有できるように、利用範囲を持ち主が設定できる技術などの開発を進めています。

東日本大震災の後にも危機的状況のなかで情報は一元化すべきという話が出ていましたが、やはりなかなか進んできませんでした。しかし、今回のようなパンデミックや自然災害などの緊急時には、データをオープン化するかどうかが対応を大きく左右します。政府が方針を明確にし、法整備によってオープン化を後押しすることが必要ではないかと思います(図3)。

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図3│SIPスマート物流サービスが目指す社会 国家レジリエンス×物流・商流データ基盤

喜連川 同感です。データの不正利用を防ぐ仕組みを強化することで、データの共有が促進されると思います。ヨーロッパでは2018年にGDPR(EU一般データ保護規則)という個人情報保護の枠組みを策定し、個人に紐づけられた情報まで含めて保護の対象としています。アメリカでもCCPA(カリフォルニア州消費者プライバシー法)が2020年1月に施行され、個人情報の扱いに関するレギュレーション(規制)が厳しくなりました。日本は罰則が厳しくないため、議論が進まないところはありますが、データの取り扱いに関する「お作法」をしっかりと決めることが、安心して利用できるシステムをつくる前提として必要です。

ちなみに、SIPでめざしておられる物流・商流データ基盤ができると、物流の効率はどれくらい向上することが期待できるのでしょうか。

田中 物流の業務全体の効率という観点で言うと、基盤だけでなくさまざまなフェーズがあるので一概に言えないのですが、実際の積載率に関しては30%以上のアップを見込んでいます。ただ、業界のなかでの基盤は達成できても、最終的な目標である業界をまたいだ幅広い連携には時間がかかるかもしれません。

個別最適化の物流では立ち行かなくなる

喜連川 現在、AfterコロナあるいはWithコロナ時代のニューノーマル(新常態)ということがさまざまな業界で言われています。国難とも言える状況ですが、そのなかで得た経験をプラスとして活かせば、次世代のサービスモデルへの飛躍のきっかけにもなり得ると思うのですが、物流のニューノーマルについてはどのようにお考えでしょうか。

田中 物流は、もともとメーカーや業界それぞれのサプライチェーンを支える存在として、その中に組み込まれた形で個別に発展してきました。実は、このコロナ禍で最も苦労している業種の一つが卸業者さんです。物量が急激に増え、マスクなどは大量に入荷してきて一気に出荷しなければならないなど、流通の波のピークが大きくなったことで対応に苦慮されています。冒頭でお話したように、ヤマトの本業である宅配の領域はどうにかやっていけそうですが、やはり海外のサプライヤー→メーカー→卸→小売というBtoBのラインは、これまでの個別最適化の考え方ではいずれ立ち行かなくなるでしょう。この部分をいかに共同化するかが、ニューノーマルを見据えたSIPの取り組みのポイントになると考えています。

わかりやすい例をあげると、都市部のコンビニエンスストアは異なるブランドの店舗がすぐ近くにあったりしますが、配送トラックはそれぞれブランド別に動いています。これを共同化できれば効率が大きく向上します。実際、配送エリアの広い北海道ではビール各社の共同配送も始まっていて、今後そうした流れも拡大していくでしょう。

ただ、そこで大切なのは、一律に共同化するのではなく、これまで各社がつくり上げてきた高度なサプライチェーンという日本の特色を活かしながら、いかに効率化を図るかを意識することです。

宅配に関しては、BtoCは一時的に増えているものの、オフィスなどへのBtoBの配送は減少しています。ニューノーマルの中で今後どう動いていくのかは、私どもも完全に読み切れていない部分があり、今後のあるべき姿についても検討すべき状況になっています。

情報を共有して活用することが優位性につながる

喜連川 日本のロジスティックスは非常に高品質であることは確かです。ただ、これはなかなか難しい問題だと思うのですが、品質を上げることは、クライアントのニーズになるべく寄り添うということですね。一方で、抜本的な効率向上をめざすフィジカルインターネットのような仕組みは、クライアント側にシステムに合わせることを要求する面があり、この二つのデマンド(要求、要請)をうまく両立させるのは難しいのではないかとも感じます。

田中 私のなかに二つの立場があってコメントしにくいところもあるのですが、SIPのメンバーとの議論では、やはり物流は日本の産業を支える、ある種の社会インフラとして集約されたほうがいいという意見は聞かれます。電気・ガス・水道や鉄道のように民間の複数社で一緒に支えていくという形ですね。その上で、各社がこれまで築き上げてきたサービスの品質をいかに維持していくかということが、これからの課題になると思います。

喜連川 答えにくい質問をしてしまい、失礼いたしました。実は我々のIT、情報通信の世界は、インフラとして社会を支えつつ企業としてのサービスを追求するという悩みを何度も乗り越えてきているのです。ドッグイヤーとか、ラットイヤーと言われるような激しい変化の中で、築いてきた固定電話網の価値がインターネット、さらにモバイル通信の普及によって低下し、そのモバイルも当たり前になるなかで、さらにその次を意識した新しいサービスを生み出していかなければならないという状況です。

ヤマト運輸は宅配便が社会のエッセンシャルな存在として定着していくなかで、スキー宅急便やクール宅急便、時間帯お届けのような新しいサービスをどんどん生み出してこられました。すばらしい活力だと敬服しております。その知見も活かして、基幹ネットワークはなるべく共通化してスリム化し、ある線より上は各社が独自色を出せるというようにロジスティクスの世界を整理することができれば、ニューノーマルにおける物流サービスの発展が期待できるのではないかと思います。

田中 まさにそうした世界が理想です。これからの時代、「情報をもつことではなく、情報を共有して利活用することが優位性につながる」という考えの下、SIPの枠組みを活かして、おっしゃるような世界を実現したいと思います。

喜連川 情報を囲い込み、個々の物流の力を高めることが勝負を分けた時代も過去にはあったでしょう。しかし今は、データをシェアすることによって社会全体の効率化を進め、環境負荷を減らしてサステナビリティを高めることを重視する方向へと、価値基準がシフトしています。そうしたなかで田中さんのお話を伺って、次世代のスマート物流サービスへの期待が高まりました。本日は誠にありがとうございました。

(構成・文=関亜希子)

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