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杉田 いづみ(すぎた いづみ/国立情報学研究所学術コンテンツ課)

●はじめに 

2010年秋、筆者はSPARC Japanセミナー「日本発オープンアクセス」1 の企画・実施に続けて、ソウルで開催されたOpen Access Korea (OAK) Conference2 、北京で開催されたBerlin83 と、東アジアの主要都市を開催地とする3つのオープンアクセス(OA)関連イベントに参加する機会を得ました。全体的に技術面よりはビジネスモデルやポリシーの側面に重点を置いた発表が主流でした。本報告では、特にOAジャーナルに関する議論を中心に紹介します。

●第6回 SPARC Japanセミナー「日本発オープンアクセス」@東京 (10月20日)
図1:ディスカッションの様子
図1: ディスカッションの様子



図2: “Unlock and Open” のポーズを取る
講演者、コーディネータ、司会者
図2: “Unlock and Open” のポーズを取る 講演者、コーディネータ、司会者

10月18日~24日は、米国SPARCの呼びかけにより「オープンアクセスウィーク(OAW)」と銘打ち、世界中でオープンアクセスにちなんだ様々な活動が行われました。94ヵ国で900名近い参加があったとのことです。

SPARC Japanセミナーのテーマは「日本発オープンアクセス」。2010年6月に公開された「科学技術基本政策策定の基本方針」4 に、「機関リポジトリやオープンアクセスを推進する」ことや「研究者はそれぞれの研究について内容や成果を分かりやすく発信する必要がある」ことが盛り込まれたのを受け、これらを絵に描いた餅に終わらせないために何が出来るのかを具体的に検討しようというのが、今年のセミナーの趣旨でした(図1)。

日本化学会・SPARC Japan運営委員の林氏による「日本の論文誌の電子ジャーナル化に見るオープンアクセス出版の可能性と課題」では、日本のOAに関わる状況の整理、具体例の紹介がありました5 。もともとフリーアクセス化を進めてきた多くの日本の電子ジャーナル化の状況はOA向きであること、クオリティを中心に様々な課題を解決すべきであること、そのためには研究者がキーであることが指摘されました。

東北大学の村上氏からは「学会誌と機関リポジトリの協同:大学図書館による出版の再生」として、京都大学応用哲学会の査読付き電子ジャーナル “Con­temporary and Applied Philosophy” 6 を、京都大学学術情報リポジトリ(KURENAI)をベースとして創刊した研究者の立場から発表があり、小規模な学会がOAジャーナルを発行しようとするときに必要なことや、どこにコストがかかるのかといった具体的な経験談の紹介がありました。

ライフサイエンス統合データベースセンターの飯田氏から紹介のあった「新たな日本語Webコンテンツ『ライフサイエンス 新着論文レビュー』」7 は、Cell、Nature、Scienceなどのトップジャーナルに掲載された、日本人が第一著者である論文に、著者自身が日本語レビューを書き、Web上でいち早く無料公開するものです。いわゆるOAの範疇には入りませんが、上記の「基本方針」を先取りする新しい取組み例としてご発表いただきました。専門外の人が読んで分かりやすいものにするには「編集が重要」という指摘は、出版活動全般に通じるものと思いました。9月にオープンしたばかりのサービスですが、依頼したうち6割強の研究者が協力してくれ、年間100本以上になりそうなペースで公開が進んでいるそうです。研究者の「研究成果公開ニーズ」にマッチしたコンセプトが成功の秘訣だという印象を受けました。

電子オンリーの場合でも、「出版活動にはお金がかかる」ことに議論の余地はありません。日本動物学会・SPARC Japan運営委員の永井氏コーディネートによるディスカッションにおいては、「誰が・何のコストに対して・どのタイミングで・どのような名目でその費用を賄うのか」について、具体的かつ多様な観点から活発な意見交換がありました。研究コミュニティの規模、分野、歴史、構成員等によって最適な解は異なるということ、継続的な意見交換と実践の場が必要だと改めて考えさせられました(図2)。

発表資料は全てSPARC JapanのWebサイトで公開しています。ディスカッションも含めた詳細な内容は、ブログ「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」8 もご参照ください。

●2010 Open Access Korea (OAK) Conference@ソウル (10月22日)
図3:OAK イベントページ
図3: OAK イベントページ



図4:OAK で講演する武田教
図4: OAK で講演する武田教授


OAWの一環で韓国中央図書館において開催され、200名以上が参加しました(図3)。

OAK9 とは、韓国科学技術情報研究院(KISTI)が中心となり、関係機関と協力してOAを推進するイニシアチブの名称で、KISTIがOAジャーナルのプラットフォームを提供しています。

これまで韓国のOA関連活動としては、韓国教育学術情報院(KERIS)による機関リポジトリの推進がありました。dCollectionというソフトウェアが無料で提供され、韓国に約200ある大学のほぼすべてが、自前で機関リポジトリを構築するか、KERISのホスティングサービスを活用しています。学位論文等の公開を主眼としたプロジェクトで、2010年1月時点で約80万件の学位論文が登載されているとのことです。一方、学術論文のセルフアーカイブ(グリーンロード)はあまり進んでいないようでした。これに対し、OAKはOAジャーナルによりゴールドロードを推進するものです。今回のOAK Conferenceは、世界に向けて韓国のOA活動を大々的にアピールする、初めての取り組みとのことでした。

KISTIのKnowledge Information CenterディレクターであるChoi Hee-Yoon氏によるOA活動戦略についての基調講演の後、Max PlanckのSchimmer氏、NIIの武田教授(図4)から、それぞれドイツ、日本の報告がありました。続いてソウル大学医学図書館長Seo Jeong-Wook氏から医学分野のOAについて、法律専門家のKim Borami氏からOAの世界的なトレンドと韓国でOAを制度化する可能性について発表がありました。

学会等が出版する母国語ジャーナルと英文ジャーナルがあること、研究者のインターナショナルジャーナルへの指向が強いことなど、韓国と日本の状況は似ている面が多々あります。2010年はKISTIからの参加募集に応じた学会から、10誌を目標にOAジャーナルを発行するとのことで、今後の展開に注目したいと思いました。

OAKの詳細は、Berlin8のHwang Hyekyong氏の発表資料10 もご参照ください。

●Berlin8 Open Access Conference@北京   10月(25日-26日)
図5:Berlin8 オープニング会場
図5: Berlin8 オープニング会場



図6:Berlin8 で講演する安達教授
図6: Berlin8 で講演する安達教授


中国科学院国家科学図書館において、ベルリン宣言(「自然・人文科学における知識へのオープンアクセスに関するベルリン宣言」2003.10)をフォローアップする年次国際会議 “Berlin8” が開催されました(図5)。今回はヨーロッパ以外で開催された初めてのケースで、世界16ヵ国、50余りの機関から約100名、中国国内からは100余りの研究教育機関及び図書館から約180名、計約280名の参加がありました。

日本からは4名が参加、“機関のOAリポジトリ(Insti­tutional Open Access Repositories)” に関する2つのセッションで、NIIの安達教授(図6)、デジタルリポジトリ連合(DRF)の筑波大・徳田氏から発表がありました。安達教授による発表「機関リポジトリ推進における大学とNIIの連携(Collaboration between Univer­sities and NII on Institutional Repositories)」では、日本の大学で課題となっている、電子ジャーナル高騰問題と新たなコンソーシアムの発足、セーフティネットとしての機関リポジトリと研究者が関わることの必要性、OA制度化に向けた検討状況の3つの話題提供がありました。

セッションのテーマは他に、国レベルのOA戦略とポリシー(National Open Access Strategies/Policies)、OA出版(Open Access Publishing)、持続的なOAのためのサポート体制とサービス(Supporting Infra­structure and Services for Sustainable OA)、OAの法的課題とビジネスモデル(Legal Issues and Business Models in OA)、世界のOA(Open Access in the World)、データ及び教育資料のOA(Open Data & Open Educa­tional Resources)が設定されていました。発表資料は全てBerlin8のWebサイトで公開されています。徳田氏よりDRFメーリングリストにポストされた報告11 や、月刊DRF12 もご参照ください。

以下、特に筆者の印象に残ったコーネル大学のOya Rieger氏によるarXivとCERNのSalvatore Mele氏によるSCOAP3について、詳細に報告します。

arXiv13 は1991年にロスアラモス国立研究所のPaul Ginspargが創設した物理学のプレプリントサーバです。2001年にコーネル大学に移設、2006年以降はコーネル大学図書館がホストする、物理学、数学、統計、コンピュータ科学および関連分野の統合グローバルリソースとして不可欠な情報交換ツールです。景気後退の影響からarXivの運営を財政的に支援する新たな方法が必要となり、最良のコスト回収モデルを検討した結果、財政支援の一部として学術コミュニティ(投稿者/読者)に参画してもらうという提案が2009年にありました。2010年~2012年のモデルは、機関ごとの利用(コンテンツのダウンロード)実績に基づき上位200機関から資金を得るというもので、2010年は85機関が賛同したそうです。日本ではNIIが交渉の窓口となり、対象となる15機関中、名古屋大学を始めとする9機関から賛同が得られました。2013年以降の中長期的なビジネスモデルは、持続性確保のために「ユーザのニーズと学術コミュニケーション文化」「コンテンツの発見とアクセス」「投稿とモデレータによる品質管理」「関連システムとの相互運用性」を考慮しつつ検討されています。コンテンツが物理分野中心から多様化する傾向にある中で、従来の投稿・査読・出版とは一線を画すarXivのモデルは、今後の学術コミュニケーションの在り方を変えていく原動力になりそうだという印象を受けました。

SCOAP3(Sponsoring Consortium for Open Access in Particle Physics Publishing)14 は、高エネルギー分野の査読論文へのオープンアクセスを実現するため、購読費用を出版コスト吸収とOA費用に振り換え(redirection)し、購読モデルよりも多くの価値を生み出すことを目指す革新的なOAジャーナルのビジネスモデルです。現在、24ヵ国の図書館、図書館コンソーシアムとの大規模な国際連携プロジェクトとなっており、全体予算額の71%に相当する機関が参加表明しています。SCOAP3のビジネスモデルはarXivと対照的で、利用ではなく国別の論文の投稿数から期待される額が割り出されています。一方日本では、2010年8月に、高エネルギー加速器研究機構(KEK)がSCOAP3のスピリットを強力にサポートすると表明しました。これまでアジア諸国の参加が遅れていましたが、中国(5.6%)とインド(2.7%)で検討が急ピッチで進みつつあるとのことです。

●おわりに

今回のOAイベント世界の旅で、欧米から始まったOAの波が、アジア、特に中国と韓国で大きなうねりになっていることを肌で感じてきました。学術コミュニケーションをどのように支えていくのかという遠大な命題も、硬直しがちな電子ジャーナル高騰問題も、誰かが考えてくれるのを待つのではなく、自ら考え実践する人々のエネルギーは圧巻です。

SPARC Japanで培ってきた学会との連携、JANUL/PULCとNIIの新しい協定の枠組み(トピックス1参照)を生かし、今後も課題解決に向けて取り組んでいきたいと決意を新たにしました。



参考文献
1. 2010年 第6回SPARC Japanセミナー「日本発オープンアクセス」. http://www.nii.ac.jp/sparc/event/2010/20101020.html
2. 2010 Open Access Korea(OAK) Conference. http://www.openaccessweek.org/events/2010-open-access-koreaoak
3. Berlin8 Open Access Conference. http://www.berlin8.org/
4. 総合科学技術会議「科学技術基本政策策定の基本方針」(2010.6). http://www8.cao.go.jp/cstp/siryo/haihu91/haihu-si91.html
5. 林和弘. 日本型オープンアクセス出版の可能性−学会の立場からのオープンアクセス. SPARC Japanニュースレター, No.8 (2010.8).
http://www.nii.ac.jp/sparc/publications/newsletter/pdfper/6/sj-NewsLetter-6-2.pdf
6. Contemporary and Applied Philosophy. http://openjournals.kulib.kyoto-u.ac.jp/ojs/index.php/cap/index
7. ライフサイエンス 新着論文レビュー“First Author’s”. http://first.lifesciencedb.jp/
8. 「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」. http://d.hatena.ne.jp/min2-fly/20101022/1287707520
9. OAK Repository. http://repository.oak.go.kr/
10. Berlin8のプログラム・発表資料一覧. http://www.berlin8.org/?view=content/article&id=13&miid=9
11. [drf:2108] Berlin8参加報告. http://drf.lib.hokudai.ac.jp/drfml/msg02096.html
[drf:2127] Re: Berlin8参加報告. http://drf.lib.hokudai.ac.jp/drfml/msg02115.html
12. 速報 第8回ベルリン宣言記念オープンアクセス会議. 月刊DRF, 第9号(2010.10).
http://drf.lib.hokudai.ac.jp/drf/index.php?plugin=attach&refer=%E6%9C%88%E5%88%8ADRF&openfile=DRFmonthly_9.pdf
13. arXiv. http://arXiv.org
14. SCOAP3. http://scoap3.org/
広島大学共同リポジトリ