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日本型オープンアクセス出版の可能性

林 和弘(はやし かずひろ/日本化学会・国際学術情報流通基盤整備事業運営委員会)

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● はじめに

グーテンベルグが活版印刷を1445年に発明して聖書が大量に刷られるようになって以来、多くの人々に情報を伝えようとする場合、本などの冊子に情報を載せ、大量に刷り、郵送など物流のシステムに載せて配り、その効率化を図ってきました。しかしインターネット時代になると、その情報伝達環境は激変しました。ご存知の通り、サーバーに情報を置いて検索エンジンに拾ってもらえるようにしておけば、原則的に、インターネットにアクセスできる誰にでも情報を届ける機会を与えることになりました。元々学術研究から生まれたインターネットを利用して、学術ジャーナルの電子化は比較的早くから行われて来ました。そして、現在の大手出版社の電子ジャーナルの多くが、冊子を印刷する前にwebで論文情報の先行公開を行ないます。あるいは、紙を刷らない雑誌も増えて来ました。電子ジャーナルのみにするというのは最近の新刊ジャーナルの創刊に多いパターンですが、アメリカ化学会のジャーナル群のように、伝統と定評のあるところですら印刷版を止める例も現れだしました。さらには動画専門の電子ジャーナルもすでに創刊されています。これは印刷のしようがありません。

オープンアクセス(以下OAと略す場合があります)の話をするのに、このようなまえがきから始めたことに少々戸惑った方もいらっしゃるかもしれません。これには理由があります。オープンアクセスは電子ジャーナルの基盤なくしては生まれ得なかったからです。情報を紙に刷ってその冊子を郵送など物流の世界で配る時代には、沢山刷れば刷るほど、送れば送るほどコストがかかるのですからオープンアクセスは不可能でした。さらに付け加えると、インターネット上の情報で商売するのは未だ難しく、アメリカの大手新聞社でも試行錯誤を繰り返しています。実際、電子ジャーナルに課金をするのは面倒です。無料で情報を流せば顧客管理コストがかかりませんし、販売効率を上げるためのパッケージ化も必要ありません。細かなライセンス契約を図書館など購読機関ごとに結ぶ手間も大幅に減ります。クレジットカードを使った論文個別売りのために与信会社と契約し、決済システムを導入する必要もありません。

このようなインターネットを利用する情報流通基盤の特性が、電子ジャーナルを無料にするオープンアクセス運動を生み出したのは間違いありません。そして、欧米と日本の今のOA出版状況を比較し理解する上でも重要な背景ですので前置きさせていただきました。

● 研究者のためのオープンアクセスと社会のためのオープンアクセス 

さて、商業出版社の寡占とパケージ価格の高騰化によって図書館で買い支えられなくなった学術論文誌問題の解決や、税を中心とした公的資金による助成を受けた研究の社会説明責任の要望の高まりなどを背景に生まれたオープンアクセス、この概論や欧米のオープンアクセス活動に関しては図書館関係者を中心に多数のレビューがありますので、ここでは割愛させていただきます。しかし、本稿の論旨をご理解頂く上で、1つ多少細かいところに触れさせていただければと思います。それは、研究者のためのオープンアクセスと社会のためのオープンアクセスの違いです。後者のオープンアクセスはパブリックアクセスとも呼ばれます。例えば、NIHが主導しているオープンアクセスは、NIH自身がパブリックアクセスと明言しています。これは主に納税者に対する社会説明責任に応えるためのオープンアクセス手法であり、特に医療情報へのアクセスの障壁を無くすために発展しています。一方、雑誌高騰問題を解決し、研究者間で情報格差が生まれるのをなくし、研究のためのリソースへアクセスを自由にするためのオープンアクセスもあります。こちらはパブリックアクセスとは明らかに主旨が違うものであり、最終的には科学の発展のために必要とされるものです。学会出版の立場としては、原理的には研究者のためのオープンアクセスを優先的に考えるべきでしょう。

● 日本のオープンアクセス情報発信の特徴

図1:J-STAGE参加学協会と参加誌数の推移
図1:J-STAGE参加学協会と参加誌数の推移

図2:J-STAGEジャーナルのアクセス認証割合
図2:J-STAGEジャーナルのアクセス認証割合

図3:日本の機関リポジトリ公開数とコンテンツの推移
図3:日本の機関リポジトリ公開数とコンテンツの推移

実は日本は隠れたオープンアクセス大国と言えるかもしれません。まず、日本の学術電子ジャーナルで課金を行っているところが少なく、電子ジャーナルを無料公開しているところが多いのです。例えば科学技術振興機構の電子ジャーナルプラットフォーム、J-STAGEは平成11年から始まって現在600誌以上のジャーナル登載していますが、その約76%が電子ジャーナルを無料で公開しています(図1、図2参照)。これらの無料ジャーナルタイトルはDOAJ(Directory of Open Access Journals)にも収録されており、広い意味でのオープンアクセスに十分該当します。業界筋で言うところのGoldルート(フルオープンのOA)のジャーナルが多数あることになり、もし電子ジャーナルタイトルのOA率や数を国別に出せば、日本は比較的上位に来ることが予想されます。

ただし、これらのジャーナルは積極的にオープンアクセス化したというよりは、冊子のころの事業体制はそのままに、課金の手間をかけられない、雑誌の一評価指数であるところのインパクトファクターを上げたいなど、様々な要因で結果として無料で公開しているところが多いことが分かっています。すなわちブタベスト宣言(BOAI)などによってオープンアクセスが欧米で生まれたような哲学的背景に則るのとは違った、止むに止まれずといった要因によっていることが多いと言えます。また、国立情報学研究所のNII-ELSでも冊子をスキャンする形式を中心に、2010年7月現在、7092タイトルの電子ジャーナルを公開しており、うち3237誌が一般無料公開となっています。

続いて、オープンアクセス活動の一つの柱である、機関リポジトリからの情報発信についても、日本の機関リポジトリの数は2010年6月現在でアメリカについで第2位です。すでに90万を超える記事が公開されています。Greenルート(著者最終版などを利用した別アクセスルート)の情報提供として量は一定量揃ってきたと言えるのではないでしょうか。このように、機関リポジトリ活動が活発なことも日本に特徴的な状態と言えます。そして、掲載コンテンツの質を上げ、大学など研究者のそばにリポジトリがあるという特性を生かし、研究者の実際の研究に役立つソリューションをどのように提供できるかという状態に入っているのだと筆者は理解しています。例えば紀要関連で機関リポジトリを使った新刊雑誌が生まれていることは注目に値します。あるいは大学出版局と機関リポジトリの連携も今後進んでいくことが予想されます(図3参照)。

欧米で行われているOA出版スタイルを踏襲しているところも少しですがあります。大手出版社で広く採用されているOAオプションを設定した購読費モデルとのハイブリッドモデルは、日本では日本化学会(2005年)や日本物理学会、応用物理学会(2008年)の英文誌にて採用されています。また、日本機械学会の英文誌は2007年のリニューアル時にオンラインオンリーにし、著者に一論文あたり2〜4万円程度の負担を頂く以外は学会の負担で電子ジャーナルを無料にしています。物質・材料研究機構では、2009年より機関がすべての経費を負担する形のフルOAジャーナルとして、STAM誌(Science and Technology of Advanced Materials)をリニューアルしました。

つまり、もともと購読費モデルを中心にした電子ジャーナルが少なく、有料電子ジャーナルパッケージもほとんどないのが日本の特徴であり、その裏を返した格好でOAジャーナルが多くなっているということになります。

● 欧米の学協会のジレンマと日本のジレンマ

表1:Eigenfactor上位雑誌の電子ジャーナルプラットフォームと購読モデル
表1:Eigenfactor上位雑誌の電子ジャーナルプラットフォームと購読モデル

ところで、非営利団体である学協会こそオープンアクセスにすべきではないかという議論があります。そもそも公的資金で得られた研究成果を広く公開しようとするオープンアクセスの理念自体は誰も反対できないものです。電子ジャーナル化が進めば冒頭で述べたように、課金の手間などかけずに無料で公開する方が楽なのです。それでも商業出版社は株主の意向も踏まえ、資本主義に則った利益の追求が必然となり、パッケージ化とビッグディールによって商売を進めています。しかしながら、学協会は元々の活動自体において非営利性を謳う以上、オープンアクセスを拒む理由は見かけ上何もありません。ところが、欧米の主要ジャーナルを発行する学会の多くは、一部ジャーナルの新刊時にOA化の試みがあるものの、既存の評判が確立したジャーナルをOA化することはほとんどありません。なぜなら商業出版社だけでなく、大手の学会出版も購読費モデルで多くの利益を得ているからです。例えば英米の物理、化学系の学会では学会収入の約7-8割を出版事業で稼いでいます。その収益を使って教育など他の学会活動を行っているために、欧米の学協会のOA化というのは単に論文誌だけの問題ではなくなっています。OA化したくてもできない台所事情があるのです。

一方、結果的にしろ、無料公開が多い日本の電子ジャーナルは全体としてみれば欧米に比較して失うものがありません。日本はOA化を進め、OA時代に沿った出版体制への移行を行うのに欧米よりも良い立ち位置にいるのは間違いありません。

しかしながら話はそう簡単ではないようです。先にも少し紹介したとおり、日本の論文誌事業では未だ印刷中心の事業フローを残したままのところが多く、欧米のような新しい電子ジャーナルサービスに向けた投資を行っているところは少ないです。折角オープンアクセスの実現に良い立場に居ながら電子ジャーナル化が引き起こした情報流通のパラダイムシフトに対応しきれていないために、良い立場を迅速に利用し世界に先んずることが難しい状況です。また、そもそも、オープンアクセスにするだけで真に役立ち、良い効果があるのならば、もっと日本のジャーナル全体の地位は向上していても良いはずです。しかし、全体的にそのような傾向は見られません。例えば本稿を執筆するにあたって、発行国が日本のジャーナルをThomson Reuter社のJournal Citation Reportで検索しジャーナルのインパクトと電子ジャーナルの有料無料の比較をしてみました。ここで日本という 括りだけになって研究分野が様々になりますとインパクトファクターでは雑誌の比較をすることができません。そこで、インパクトファクターも考慮した雑誌の評価指数であり、分野間の補正がインパクトファクターより実際的に効いているとされているEigenfactor を評価指数として上位10位(総計200誌)をみました。するとフリーで公開している雑誌は3つだけでした。20位まで広げても、フリーのジャーナルは7誌ということで、日本発行の雑誌でも質がある程度確保されたジャーナルは購読費モデルを取っている割合が多いことを確認しました。これも1つの現実です(表1参照)。

● 日本のOA出版の課題はOA自身にはない

結局のところ、日本のOA情報発信活動の最大の課題は、クオリティの向上です。パブリックアクセス的なOAとして納税者に対する社会説明責任を果たす前に、それはそれで大変重要ですが、その前に該当分野の研究者に必要な情報源となり研究者のコミュニケーションを媒介する主要メディアになる必要があります。OA活動はイデオロギーの側面が強いために、「OA=良いことだ」の図式がどうしても前面に出がちです。しかし、単純にOA化するから良い情報になるのでは決してなく、良い情報をOAにするからさらに価値が上がると考える必要があるのではないでしょうか。

そのために、良い情報を集めるためには、やはり、研究者の参加が不可欠と考えます。論文誌として活動するなら、まず何をおいてもリーダーシップのあるエディター(編集長)が必要であり、そのエディターを支える編集委員やスタッフの存在も必要で、これらの方々がチームとして熱意を持って取り組み、中長期の展望をもって良い投稿者と読者を集めることが必要です。そして、このチームが持つ論文誌事業戦略の1つの手段としてOA化があるという状態が健全であると思います。実際、オープンアクセスジャーナルのさきがけかつ成功例とされているJ-HEP誌やOptics Express誌の実情を伺うと、やはり強固な編集体制と関係者の熱意が整っていることが判ります。そして、この事業戦略を取り仕切るのが研究者コミュニティを代表する学会の大きな役目であります。既存の論文誌事業に限らず、機関リポジトリから紀要などで情報発信を積極的に行う場合も、研究者同士のコミュニケーションを促す目的であれば同じ課題を抱えると言ってよいでしょう。

日本で行われているOA出版、情報発信活動でさらに必要なことは、実は情報伝達や出版の基本に立ち返ることではないでしょうか。すなわち、誰にどんな情報を届けたいのか、どうやって効率良く届けるのか、です。この問題は紙の時代と本質的には変わりません。その上で、日本は事業的に見れば従来の購読費モデルにあまり縛られる必要のない分、様々な試みを行えるチャンスをもっと生かすべきと考えます。そうした中から日本型のOA出版と呼べる特徴的なものが生まれることを期待していますし、場合によっては世界に対して日本の出版活動のプレゼンスを大いに高める可能性すらあると思っています。


謝辞 本稿執筆にあたり、NII、JSTのご協力を得ました。この場を借りて感謝いたします。


※ 参考文献


林 和弘 “日本のオープンアクセス出版活動の動向解析”情報管理. Vol.52, No.4,(2009),198-206.