SPARC Japan NewsLetter No.14 コンテンツ特集記事トピックス活動報告
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Open Accessはどこまで進んだのか(1) オープン・アクセスメガジャーナルと学術出版システム転覆提案

杉田 茂樹(すぎた しげき)
小樽商科大学 学術情報課長

● はじめに

図1: PLoS ONEの掲載論文数 図1: PLoS ONE の掲載論文数

昨夏、インターネットで調べものをしていたときに、偶然あるプレゼンテーションスライドを目にした。「PLoS ONE and the Rise of the Open Access MegaJournal」1 という。著者ピーター・ビンフィールドは PLoS ONE 誌出版代表とのこと。

驚くべき内容だった。

PLoS ONE は2006年に発刊されたオープンアクセスジャーナルだ。2007年には1,231報の学術論文を掲載した。そして、2011年は12,000報を超える見込みであるという(図1;これは氏による予測値であり、結果的に、この年、PLoS ONE は約14,000報を掲載した)。

同じ時期、筆者は、スティーブン・ハーナッドによる学術出版システムの「転覆提案(The Subversive Pro­posal)」2 の翻訳作業に携わっていた。ハーナッドは高名なオープンアクセス活動家で、転覆提案は1994年の文章である。以下に要旨を記す。

・ 紙媒体による学術出版の終焉を早めたい。

・ 学術論文の著者は、対価を求めてこれを売ろうとしているわけではない。公表すること自体が目的。

・ 従来は、紙媒体での出版しか選択肢がなかった。それには相応のコストを要する。

・ しかし、今は公開ファイルサーバという方法がある。

・ 世界のどこからでもアクセスできるサーバに皆が論文を置くようにすればよい。ポール・ギンスパーグによる高エネルギー物理学のプレプリント・ネットワークがその手本となるだろう。

・ 残る案件は、査読による品質管理のみとなる。

・ 学術出版の総コストは大幅に下がり、必要最低限の実費に最適化される。

1994年、ウェブはまだ黎明期にあった。現在のような電子ジャーナルの概念は生まれていない。当時の所与の環境でハーナッドがどのような未来を見ていたのか、相当の想像力を補って考える必要があるだろう。必要最低限の実費に最適化された学術情報流通とは、どのようなものか。劇的な成長を遂げた PLoS ONE は、それとどのような関係にあるのか。

● オープンアクセス メガジャーナル

図2: PLoSの収入内訳(事業報告書に基づく作図) 図2: PLoS の収入内訳(事業報告書に基づく作図)

PLoS ONE は、PUBLIC LIBRARY of SCIENCE(PLoS)によって2006年に創刊された。

PLoS は、オープンアクセス誌7誌を刊行する出版団体だ。生命科学を主領域とする。当初ムーア財団の助成によって出発した。事業報告書3 に、2010年から収益が黒字に転じたとある。要因として、「PLoS ONE の強力な成長」が挙げられている。PLoS ONE の APC(論文出版加工料)は1,350ドル。これを含め、刊行7誌の著者負担額(Net Author Fee Revenue)が PLoS の全収入に占める割合を図2に示す。

PLoS の収益改善の原動力となった PLoS ONE は次のような特徴を持つ。

Fast, efficient, and economical, publishing peer-reviewed research in all areas of science and medicine. The peer review process does not judge the importance of the work, rather focuses on whether the work is done to high scientific and ethical standards and is appropriately described, and that the data support the conclusions. Combining tools for commentary and rating, PLoS ONE is also a unique forum for community discussion and assessment of articles.4

革新的な点として、まずその査読の軽量化と、それに伴う迅速化が挙げられる。科学的正当性を備えていれば、そこに示された知見が重要であるかどうかを問わず残らず掲載し、学術的価値の評価は読者に委ねる。この方針が、年間14,000報(年間の平日日数を約250日として単純に割り算してみると、毎日50報以上)という掲載論文数を支える。

査読のスリム化と、大量処理によるスケールメリットを生かし、PLoS ONE の APC($1,350)は、旗艦誌である PLoS Biology や PLoS Medicine($2,900)の半額以下に抑えられている。

これに伴い、逐次刊行物としての性質は衰弱している。PLoS ONE の掲載論文情報は、

Citation: Gargouri Y, Hajjem C, Larivière V, Gingras Y, Carr L, et al. (2010) Self-Selected or Mandated, Open Access Increases Citation Impact for Higher Quality Research. PLoS ONE 5(10): e13636.
doi: 10.1371/journal.pone.0013636

3: PLoS ONEのSubject Area別論文数によるワードクラウド 図3: PLoS ONE の Subject Area 別論文数によるワードクラウド
表1: ビンフィールドが挙げたメガジャーナル(※通算刊行論文数は本稿執筆時(平成24年7月)現在の値である)
タイトル 創刊年 通算刊行
論文数
G3 (Genetics Society of America) 2011 147
BMJ Open 2011 457
Scientific Reports
(Nature Publishing Group)
2011 503
AIP Advances
(American Institute of Physics)
2011 442
Biology Open (Company of Biologists) 2011 92
Springer Plus 2012 7
The Scientific World JOURNAL (Hindawi) 2001 3,332
QScience Connect
(Bloomsbury Qatar Foundation)
2011 11
SAGE Open 2011 97
F1000 Research 未刊 -

と表現される。「5(10)」とある。第5巻第10号という序数に見える。しかし、PLoS ONE は月1回刊行の月刊誌ではない。平均数十報の論文が、日を問わず PLoS ONE 誌サイトに随時掲載されていく。「5(10)」というのは、創刊5年目にあたる2010年の10月に掲載されたという散文的事実を、後付けでグルーピングしたものに過ぎない。

対象領域を「自然科学及び医学の全領域」と広くとっているのも特徴的だ。多岐にわたる生命科学分野の論文を主体に、さらに物理学、数学などにも及んでいる(図3)。細かく専門分化した、主題粒度の小さい通常の学術雑誌とは対照的である。

平成24年2月、ビンフィールドは SPARC Japan セミナー講師として来日した。氏は、PLoS ONE と同様の特徴を有するジャーナルが、いくつかの商業出版社や学会から創刊されはじめていることを指摘し、これらを「オープンアクセス メガジャーナル」(以下、「メガジャーナル」という)とした。

デビッド・ルイス5(2012)は、「2017年から2021年の間には全論文の50%が、また、早ければ2020年、控えめに言っても2025年には90%が、オープンアクセスジャーナルで出版されるようになる」と予測した。ビンフィールドは、この予測を引き、非常に多くの論文が少数のメガジャーナルから刊行されるという未来像を示した。

● 論文流通形態のバリエーション

メガジャーナルは、普段私たちが「ジャーナル」と呼んでいる従来の学術雑誌とは非常に異質に見える。

では、オープンアクセス活動の高まりとともに生まれてきたさまざまな論文流通メディアは、それぞれどのような性質を持ち、お互いにどのように似て、どのように異なっているのか。

以下、粗く拙い頭の体操にお付き合いいただくことを容赦願いたい(表2)。

表2: 論文流通形態のバリエーションと各々の特徴
タイトル 学術雑誌の基本4機能 主題
粒度
巻号
概念
著者
負担
読者
負担
登記 認定 普及 保存
(1)  購読型ジャーナル ×
(2.1) 完全無料型 × ×
(2.2) 著者支払い・読者無料型 ×
(2.3) ハイブリッド型
(2.4) 一定期間後無料公開型 × ○/×
(2.5) 電子版のみ無料公開型 × ○/×
(3.1) 著者のウェブサイト × × × × × × ×
(3.2)主題特化型リポジトリ × ×
(3.3)学術機関リポジトリ × × × × ×
(3.4) 助成機関リポジトリ × × × × × ×
 
(4) メガジャーナル × ×

各メディアを大きく3カテゴリに分け、縦軸に挙げた。(1)は従来型の購読型学術雑誌である。(2)にはオープンアクセス ジャーナル(いわゆる Gold OA)を三根氏6(2007)による5類型に基づき配した。(3)にはセルフアーカイビング(Green OA)の代表的手段を挙げた。メガジャーナルを(4)として加える。

得られた知見を世に示し(登記:Registration)、科学的価値を保証し(認定:Certification)、広め(普及:Dissemination)、後世に伝える(保存:Archiving)。17世紀のオルデンバーグ以来、学術雑誌の基本機能と言われているこの4項目に、いくつかの周辺的性質を加え、横軸に挙げた。

 

(1)購読型ジャーナル

基本4機能をほぼ完備する。ただし、有料である限りそのコンテンツは万人のものではない。この意味において、オープンアクセス思潮の原点として「普及」の機能にあえて減点を付す。

主題粒度は概して小さく、確固とした巻号概念のもとに刊行される。コストは購読対価として読者側によってカバーされる。

(2)オープンアクセス ジャーナル(Gold OA)

いずれも基本4機能を完備し、主題粒度は概して小さく、確固とした巻号概念を有する。

5類型はオープンアクセスを実現する手法によって区分される。『完全無料型』は大学、研究機関、研究助成団体などからの支援により刊行される。『著者支払い・読者無料型』は、文字通り、著者が支払う APC によって運営される。『ハイブリッド型』は、自著のオープンアクセスを希望する著者に、追加料金として APC を課す購読型ジャーナルだ(このタイプのものを「オープンアクセス ジャーナル」と呼ぶことに、筆者は大きな抵抗を覚える)。残りの2者は、一部の裕福な読者がコストを負担することによって、それ以外の読者がオープンアクセスを享受する、という構図になっている。『一定期間後無料公開型』(HighWire Press など)はカレント分購読機関のコスト負担によってバックナンバーのみへのオープンアクセスが、『電子版のみ無料公開型』(Hindawi など)は冊子体購読機関のコスト負担によって電子版へのオープンアクセスが、実現している。

なお、メガジャーナルは『著者支払い・読者無料型』に分類されうるが、その特異性から、ここでは取り上げず別途後述する。

(3)セルフアーカイビング(Green OA)

ここでは、学術雑誌掲載論文の副次的な公開の場としての機能を吟味する。各種リポジトリに初出し、そこでのみ公開される論文(学術機関リポジトリにおける大学紀要など)は対象としない。

前出の各メディアとは基本的性格が大きく異なる。

まず、プレプリント頒布による先取権の確保が意図された『主題特化型リポジトリ』(arXiv.org など)を除き、研究のプライオリティの根拠とはならない。さらに決定的に異なる点として、その品質管理は現行の学術出版システムの査読体制に「寄生している」(イアン・ラッセル)7 。長期保存を意図しない著者のウェブサイトを別として、普及と保存の機能を果たす。

『主題特化型リポジトリ』には、呼称の通り、明確な主題意識が存在する。しかし、その粒度は、数学・物理学等(arXiv.org)、社会科学(SSRN)など、きわめて粗い。『学術機関リポジトリ』(小樽商科大学学術成果コレクション「Barrel」など)や『助成機関リポジトリ』(PMC など)は、所属研究者の研究分野や研究助成の対象分野によってなんらかの特色が結果的に醸成されることはあっても、先天的な主題意識は存在しない。

巻号概念とは無縁である。

コスト負担について、『主題特化型リポジトリ』の代表格である arXiv.org は、2010年からサポーター制度(高利用機関による運営資金供出)をとっている。『学術機関リポジトリ』の運営には大学・研究機関自身が相応の事業経費を費やす。いずれも、論文毎の公開/購読対価としてではないが、大学・研究機関が機関として運営コストを負担しているものを見ることができる。一方、『助成機関リポジトリ』は、研究助成機関がその学術振興事業の一環として自ら運営するもので、研究者、大学・研究機関はそのコストを負担しない。

(4)メガジャーナル

さて、『メガジャーナル』である。

品質は保証するが、価値は保証しない。主題領域は広く自然科学ならなんでもこい。事実上、巻も号もなく、掲載論文は日を問わず随時公開されていく。その姿は、学術雑誌というよりも、「低廉な軽量査読サービスを備えたオープンアクセス リポジトリ」とでも称すべきものに見えないだろうか。言わば、Green OA と Gold OA の合流地点。

転覆計画は、公開ファイルサーバの手本として、「ポール・ギンスパーグによる高エネルギー物理学のプレプリント・ネットワーク」を挙げた。現在の arXiv.org である。とすると、メガジャーナルは、転覆計画が留保した「品質管理」機能をも組み込んだ、「必要最低限の実費に最適化された学術情報流通」に一歩近づいているのではないだろうか。

● おわりに

ではメガジャーナルは学術出版システムの「転覆」をもたらすのか。それはしかしまた別の話だ。

オープンアクセス出版される論文の割合が増えていく。そこにメガジャーナルが大きな役割を果たす。この予測が、仮に表面的にであれ、実現するとしよう。そこには二通りの可能性がある。

(1)購読型ジャーナルが干上がり、駆逐される。流通する論文数総体は変わらない。

(2)購読型ジャーナルが駆逐されぬまま、新たに日の目を見る論文が純増することによって流通論文数の総体が増え、結果的に、オープンアクセス論文の相対的割合が増す。

前者こそ、「転覆」と呼ぶにふさわしい。PLoS ONE の急成長がどちらのシナリオをすすんでいるのか、計量書誌学的手法、あるいは、何らかの社会的調査によって、今後注視と評価が必要であろう。

また、PLoS ONE を率いたビンフィールドは先ごろ PLoS を辞し、会員制論文出版サービス「 PeerJ」8 を創始した。いよいよ学術雑誌の概念を脱皮し、その先へ行くものとして、こちらも注目に値する。

 


参考文献
1. PLoS ONE and the Rise of the Open Access Mega Journal. http://www.slideshare.net/PBinfield/ssp-presentation4
2. THE SUBVERSIVE PROPOSAL(Stevan Harnad (1994))日本語訳
http://drf.lib.hokudai.ac.jp/drf/index.php?plugin=attach&refer=Foreign%20Documents&openfile=TheSubversiveProposal.pdf
3. 2010 Progress Update. http://www.plos.org/media/downloads/2011/2010_PLoS_Progress_Update_hi.pdf
Progress Update (July 2010).
http://www.plos.org/wp-content/uploads/2011/05/Progress-Update-final_with_links-070210-small.pdf
PLoS Progress Report (June 2009). http://www.plos.org/wp-content/uploads/2011/05/PLoS_progress_report.pdf
4. http://www.plos.org/publications/journals/
5. David Lewis (2012). “The Inevitability of Open Access”, College and Research Libraries. http://crl.acrl.org/content/early/2011/09/21/crl-299.full.pdf+html
6. 三根慎二. “オープンアクセスのジャーナルの現状”. 大学図書館研究. vol. 80, 2007, p. 54-64
http://ir.nul.nagoya-u.ac.jp/jspui/bitstream/2237/10118/1/open_access_journal.pdf
7. Matthew Reisz (2009). Learning to share. Times Higher Education. http://www.timeshighereducation.co.uk/story.asp?storycode=409049
8. http://peerj.com/