SPARC Japan NewsLetter No.13 コンテンツ特集記事トピックス活動報告
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機関リポジトリのこれから

山本 和雄(やまもと かずお)
北海道大学附属図書館

● はじめに:機関リポジトリの認知

JAIRO Cloudコミュニティサイト
https://community.repo.nii.ac.jp/

文部科学省が2011年12月に刊行した「大学図書館における先進的な取組の実践例」において、機関リポジトリが注目されている。「実践例」では、36件を学習支援ほか7項目に整理して紹介しているが、機関リポジトリはその内の1項目として5件の実践例が取り上げられた。世間でも、朝日新聞社が毎年刊行している「大学ランキング」に、機関リポジトリが評価項目として取り上げられるようになって久しい。

また、国立情報学研究所の共用リポジトリサービス「JAIRO Cloud」も、今年度から運用が開始された。これは自前での機関リポジトリシステムの構築・運用が難しい機関を想定し、機関リポジトリ環境を提供するクラウドサービスである。4月24日現在で早くも69機関から申請を集めていると聞く。情報交換のためのコミュニティサイトも立ちあがっている(JAIRO Cloud コミュニティサイト https://community.repo.nii.ac.jp/)。

日本における機関リポジトリの受容は、黎明期・草創期はとうに終わり、今や普及期の半ばを過ぎようとしている。昨年は オープンアクセスや BOAI の10周年が話題となったが、千葉大学が機関リポジトリの構想に着手したのが2002年のことであるから、今年2012年は日本の機関リポジトリ10周年の年であるとも言える。

そろそろ次の展開を探るには、頃合いの良い時期であろう。

● 昔話:雑誌価格問題への対処、学術情報 流通の電子化、BOAI

まずはその10年に至る前の話であるが、やはり価格問題、電子化、BOAI(Budapest Open Access Initiative)が思い浮かぶ。三者は密接に相関した話であると同時に、まったく無関係に独立した話でもある。

1)雑誌価格問題:論文量の増加と価格の非合理性

価格高騰はご存知のとおり、前世紀の変わり目前後に増えた大学新設や、いわゆる巨大科学(Big Science)の始まりなどを背景に、科学への投入資金と参入者の増加により(とりわけ米国では “publish or perish” とのスローガンの下に)、論文数が爆発的に増え、さらに雑誌流通に商業出版社が台頭し始め、ついには学術雑誌の販売価格が購買力を上回る事態に至ったものである。欧米では1970年代には雑誌の危機(serials crisis)が意識され始めたが、日本では20年ほど遅れて、大学の雑誌購読部数が1990年前後をピークに極端な落ち込みを描く、いわゆる宮澤グラフにより破局の実態が示された。彼我の時間差の背景としてはオイルショックとバブル景気が指摘されるが、その他に、日本で “publish or perish” スローガンが喧伝されて研究者の生産性がマスコミを賑わせたのが80年代であったのは、経緯として興味深い。

論文総量が増大するとき、購読モデルにおいては購読総量も増大する必要がある。先日、Thomson Reuters が2011年の論文引用トップ10を公表していたが(トップ3論文の被引用数は1位564、2位132、3位98)、第1位の論文自身の参照引用は414件となっていた。このような慣習が受容されるなら、そのための経費負担もまた受容されてしかるべきと考えられるのだが。しかしこのようなトップの事例でも無い限り、学術情報は基本的に多くの読者を獲得できない。学協会誌も、会費を前提に会員配布している間は執筆者と読者はバランスがとれるが、その範囲を越える出版事業として展開を試みれば直ちに困難に直面することになる。内容が先端的であると同時に多くの読者を期待するのは、経営の無策であろう。このことは、購読モデルが抱える根本的な矛盾である。「我々の旗艦誌は journal ではなく magazine です」とし、編集に配慮することで価格高騰を継続している出版者も中にはいるのだが、通常の学術雑誌(journal)出版社は、今のスローガンを支持するならば経費を支える別のやり方を考えなければならない。

また、高価格が維持される理由は、論文の代替不能性であるとされている。研究者が自らの研究活動の価値を信じる限り、入手活用する情報は安ければ何でも良いとの判断に至ることはなく、論文がコモディティ化することもない。逆に投稿論文に十分な査読を期待するブランド志向の傾向も根強い。そのため、高くとも必要ならば支払うという、価格の非合理性は続くだろう。なお、メガジャーナルにおいては、商業出版社による当初3,000ドル前後の料金設定が、新規参入組の低価格設定によって下落圧力を受けたとの指摘もある。これは査読の迅速化を歓迎した研究者によってもたらされたのだが、しかし迅速化と低料金の背景には、従来のブランド戦略とはまったく逆の、査読の軽量化が控えている。研究成果発表の品質保証の点からは危惧されるところではあるが、豊富な選択肢が提供される点においては、注目すべき現象である。

2)学術情報流通の電子化:プレーヤーは誰か

一方、論文流通環境のコモディティ化は急速に進みつつある。この10年に至る前にも、雑誌編集者は出版社を変更し、出版社はプリントハウスを統廃合し、電子ジャーナル提供プラットフォームを渡り歩いてきた。

またこの10年に至るはるか以前から、電子化によって情報流通は容易となり、研究者は自ら学術情報を発信することができるようになる、と言われてきた。しかし、それは普及には至っていない。研究活動が競争である以上、競争優位性の追求が最優先されるためであろう。流通のことは、流通に関して優位性を持ったプレーヤーに任せるのが合理的である。

かつて、商業出版社は電子ジャーナルの開発に大きな貢献を果たしたが、今はその優位性は失われつつある。新たなプレーヤーの参入も容易になり、PLoS ONE や eLife など、新規参入メニューの整理に暇が無い状態である(SPARC Japan セミナーでも、連続して取り上げている)。

もちろん、図書館も伝統的なプレーヤーとして、著作権法を始めとする特権的地位は依然として保持し続けている。電子ジャーナルに関しては、日本では国公私立大学全体を想定する支援策として予算を要求していたところ、第2期(平成13〜17年度)科学技術基本計画に掲げられた重点化4分野(ライフサイエンス、情報通信、環境、ナノテクノロジー・材料)に呼応した具体策として国立大学に電子ジャーナル導入経費が「呼び水」として経常化され、さらに公私立大学へも財政支援が展開されたことにより、一気に普及が進んだ。

3)BOAI:オープンアクセスの経済モデル

たとえ価格は客観的に非合理であったとしても、そこに効率性を求めるならば、個々の経済主体である研究者が学術情報流通に関して手持ちの財源から自由に配分執行することで、個々人の効用の最大化が期待できる。個々の研究活動にはそれぞれ固有の価値があるとすれば、個々人の効用の最大化が当面の良策と考えられる。すなわち APC(Article Processing Charge)は、オープンアクセスを支える経済モデルとして現時点での良い選択肢である(ただし、論文発表が死活問題となる若手研究者に対しては APC 価格はまだ高すぎて、効用を期待する水準には届いていないようである。PLoS ONE への投稿者も、資金を得た研究者が主に投稿しているとのことである。購読モデルにおいては研究室や大学が購読費を負担していたような、富の再配分モデルが依然として必要とされている)。

研究費に関しては、この10年に至る以前の国立大学には教官当積算校費というベーシックインカム(ただし教官としての就労要請はある)が存在していた。これは大学で tenure を既に得ている教員の限られた話ではあるが、一般論としてベーシックインカムが完備されるならば、国が国民に保証する最低限の基本サービスも金銭的に支給されることになる。公共図書館のような知る権利の保証も同様に再検討されるだろう。それが原因か否か、潤沢な資金に恵まれた研究者は大学図書館を活用しない傾向があるという経験的かつ直感的な推測も否定しがたいところであり、不用論の立ち現われる場面でもある。しかしベーシックインカムが一般社会で恒常的に運用された実績はなく、自由主義だけでは財源確保は困難との指摘を払拭できてもいない(実際のところ、研究費は常に不足している)。財源が無尽蔵ではない以上、個々の効率性に加えて、全体の効率性にも配慮する何らかの仕組みによって補完する必要がある。

補完をどこに求めるのが良いか、研究者の主要な雇用主として、大学の存在は無視できない。研究者との関わりにおいては、競争を原則とする研究活動に対して、大学は研究者を教育者として終身雇用することで保障すると共に、組織としての存在が社会に対して個々の研究者を保証する機能をも果たしている。また社会との関わりにおいては、研究成果を社会に還元するほか、後継研究者を育成すると共に生涯教育にも貢献している。このとき、そもそも研究費をどこから調達するのかを考えれば、大学による社会説明は極めて重要である。研究者による個々の研究成果を社会に示し、理解を求める手段として、研究成果を大学が収集蓄積して体系的に提示することが考えられるが、機関リポジトリには、オープンアクセスを通じて研究者の文献入手を容易にするという初期の期待の他にも、大学の社会説明への支援という大きな機能展開も期待できる。

● 日本の機関リポジトリの現在

第2期科学技術基本計画は、日本における電子ジャーナルの普及に向けた大きな力の源泉となったが、昨年2011年8月19日に閣議決定をみた第4期(平成23〜27年度)科学技術基本計画では、機関リポジトリとオープンアクセスの推進が明確に記述されるに至った。明示された推進方策は以下のとおりである。


IV. 4.(3)研究情報基盤の整備

・ 国は、大学や公的研究機関における機関リポジトリの構築を推進し、論文、観測、実験データ等の教育研究成果の電子化による体系的収集、保存やオープンアクセスを促進する。また、学協会が刊行する論文誌の電子化、国立国会図書館や大学図書館が保有する人文社会科学も含めた文献、資料の電子化及びオープンアクセスを推進する。

・ 国は、デジタル情報資源のネットワーク化、データの標準化、コンテンツの所在を示す基本的な情報整備、更に情報を関連付ける機能の強化を進め、領域横断的な統合検索、構造化、知識抽出の自動化を推進する。また、研究情報全体を統合して検索、抽出することが可能な「知識インフラ」としてのシステムを構築し、展開する。

・ 国は、大学や公的研究機関が、電子ジャーナルの効率的、安定的な購読が可能となるよう、有効な方策を検討することを期待する。また、国はこれらの取組を支援する。


真っ先に機関リポジトリが掲げられている点が注目される。図書館に引きつけて読めば、2点目の方策は出版物について国立情報学研究所が各参加機関と共に推進している目録所在情報サービスとデジタル情報資源との関連という積年の課題であり、3点目の方策は JUSTICE が相当する。これら3点に関して国の課題認識は基本計画のとおりであり、資金面では国から直接もしくは国立情報学研究所を通じた支援が行われているところであるが、大学間における連携した取組に関しては様相は大きく異なっている。3点目については既に昨年設置されて動き始めており、2点目については組織作りに向けた取組が開始されているが、機関リポジトリに関しては大学間連携は一部機関からなる有志団体が主体的に活動しており、その有志団体が人材育成に取り組み、海外の関連組織と直接的な協力関係を築き、国際会議等で日本の現状成果を報告する状況にある。国策が推進され、その大枠に沿って大学が国民の期待に効果的に応えていくためには、全体として課題認識を新たにすることが求められている。

● 機関リポジトリのこれから

1)社会と学術研究成果をつなぐ

第4期科学技術基本計画の全体像は基本計画の I. 基本認識に示されているとおり、イノベーション政策の必要が大きく取り上げられると共に、第3期で重視した人材育成がイノベーションを担うものとして改めて位置付けられ、さらに人材を支える組織の重要性と、それらを社会とともに創り進めると謳われた。社会との関連については1997年7月の世界科学会議いわゆるブダペスト会議が紹介され、ガバナンスの課題として援用されている。

社会との関連についてはブダペスト会議との相違点を指摘する研究者もいるが、表裏一体の事象を国の観点から見るか、大学の観点から見るかの相違ではないかと思われる。機関リポジトリの位置付けから見れば、先に経済モデルの観点から大学の社会説明責任を取り上げたが、機関リポジトリはネットワーク社会に即した新たなアウトリーチとして大学と社会を結ぶチャンネルを追加補強する役割も果たしている。北海道大学の機関リポジトリにおいては利用の8割は Google 経由で来訪しており、既存の研究者サークルの外へと学術研究成果を届けている。機関リポジトリに由来する講演依頼やマスコミ取材もあり、社会の需要に応える支援策となっている。

2)学術情報流通改革

機関リポジトリの当初の位置付けは、研究者のセルフアーカイブを機関として支援する枠組みであり、いわゆる green 路線の具体策として推進されてきた。しかしオープンアクセスが取り組むべき問題は既存の学術雑誌自体にあり、その学術雑誌の維持存続を前提とする green 路線では根本的な解決は不可能である。gold 路線への展開が必要である。

日本の特徴として紀要があり、若手研究者及び研究者として独り立ちする前の学生をも含めた成果発表のための教育機能も果たしているのだが、これが日本の機関リポジトリコンテンツの一角を占めている。かつては内容面を疑問視する声も多かったのだが、大学の説明責任が増すにつれて、大学名を冠して刊行する紀要の査読も厳格化の傾向にある。

また、学協会と連携して、機関リポジトリが学協会誌のプラットフォームとなる事例も増えつつある。北海道大学では地域貢献・連携の観点も含めて、地元学協会の刊行誌を機関リポジトリから配信し始めている。かつて Elsevier が野球観戦の比喩で契約モデルを提案したことがあったが、外野席のサービスであれば、現時点の機関リポジトリによっても代替することが可能である。もちろん機関リポジトリも外野席に止まり続けるわけではなく、Read & Reseachmap を背景とした研究者IDへの対応や、多くの機関リポジトリによる handle システムの導入に加えて、新たに科学技術振興機構(JST)が推進するジャパンリンクセンター(JaLC)を背景とした DOI への対応にも取り組んでおり、機能の高度化・オープン化を進めている。

3)教育との連携

北海道大学学術成果コレクション
http://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/index.jsp

多くの機関リポジトリは図書館が業務主体となって推進されているが、図書館のキー・コンピテンシーは収集・整理・保存・提供を通じた、あるがままの知識の構造化・体系化にある。細分化が進む一方で学際連携が進む現在の学術研究に対して、知識の構造化・体系化は、社会説明や教育には極めて有効である。

北海道大学においても、学内で様々に展開される教育の情報化事業(OCW、教務システム、教材・授業出欠・レポート管理、e-Learning、電子環境での TOEFL テスト、各部局独自でのコンテンツ蓄積公開など)に機関リポジトリも含めて、連携・協力を図りながらオープン・エデュケーションを推進する取組が開始されようとしている。

● さいごに

機関リポジトリは、状況の変化に応じた柔軟な展開が求められており、原理原則は維持しつつも、固定化された一つの枠組みや定義に落とし込む必要はない。また図書館も、基本がサービスである以上は図書館単独で成立するものではなく、大学の附属施設として、また社会の中におかれた組織として、変化に対応していく必要がある。図書館が扱う資料には常に生産者である著者と利用者である読者の存在を無視することができないように、機関リポジトリもそのコンテンツに関わるあらゆるステークホルダーとの関係を考慮し、改善していくことが期待される。

機関リポジトリには様々な可能性が秘められている。