SPARC Japan NewsLetter No.12 コンテンツ特集記事トピックス活動報告
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図書館コンソーシアムの現在

中元 誠(なかもと まこと)
早稲田大学図書館

● はじめに:大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)創設によせて

2010年10月、国立情報学研究所(NII)と国公私立大学図書館協力委員会との間で「昨今の学術情報の急速なデジタル化の進展の中で、我が国の大学等の教育研究機関において不可欠な学術情報の確保と発信の一層の強化を図る」ことを目的として協定書が取り交わされた。協定では、両者による連携・協力の柱として

・バックファイルを含む電子ジャーナル等の確保と恒久的なアクセス保障

・機関リポジトリを通じた大学の知の発信システム構築

・電子情報資源を含む総合目録データベースの強化

・人材の交流・育成と国際連携


が掲げられ、こうした連携・協力をすすめるために両者によって構成される「連携・協力推進会議」が設置されることとなった。これにもとづき2011年1月にはさっそく第一回会議が開催され、喫緊の課題として電子ジャーナルの安定的な確保を目的としたコンソーシアム連携を早急にすすめるために、国立大学図書館協会(JANUL)、公私立大学図書館コンソーシアム(PULC)および NII の実務者から構成される「運営委員会」を設置することが申し合わされた。また、この新たなコンソーシアム連携組織の名称を「大学図書館コンソーシアム連合」(JUSTICE: Japan Alliance of University Library Consortia for E-Resources)とし、ここに専任の事務局を設置することも申し合わされ、NII の学術基盤推進部のもとに2011年度より新たに図書館連携・協力室が設置されることとなった。続く3月25日には、「運営委員会」準備会合において「新コンソーシアム運営にかかる当面の基本方針」が定められることとなり、JANUL、PULC の統合にむけた第一歩が踏み出されることとなった。

さて、今回のコンソーシアム連携によってまず想起されることは出版社交渉におけるスケールメリットの拡大である。JANUL、PULC の統合にともないコンソーシアム参加大学数はおよそ500近くとなり、おそらく電子ジャーナルにかかわる大学図書館コンソーシアムとしては世界最大規模のものとなる。加えて、今回の連携には長く我が国の大学図書館サービスを基盤的に支えてきた NII が一層密にかかわることによって、世界でもあまり例を見ないガバナンスによる一体的な電子ジャーナル基盤の安定的な整備体制が期待される。また、これまでもコンソーシアムの実務者レベルで強く求められていた専任の事務局体制が、NII との連携の枠組みの中で実現したことは評価されるべきである。短期的視点からの交渉の実務にとどまらない、継続的安定的な基盤構築を一体的に推進していくための取り組みが求められている。その意味で今回の連携の核となる図書館連携・協力室の創設は決定的に重要である。専任の事務局体制を整えた今回のコンソーシアム連携は、日本の大学図書館にとっておそらく初めての経験となる。しかも、単に設置形態の異なる大学図書館間連携にとどまらず、ここに NII を加えた組織運営には多くの困難も予想される。安定的な組織運営にむけ、大学図書館コミュニティー全体に対する透明性を担保するガバナンスの確立が求められる。また、新たなコンソーシアム連携組織の運営にともなう財源の確保も重要な課題である。新たなガバナンスのもとで、この連携にかかわるすべての大学図書館のそれぞれが、「知恵」を持ち寄ることも重要であろう。その意味では、自律的なコンソーシアム連携組織の運営を目指すべきかどうかも今後の課題である。

● 連携と協力の意味と意義

1990年代の「シリアルズ・クライシス」と図書館との関係では、図書館コンソーシアムの活動が脚光を浴びることになった。図書館はあらたな横の連携をはかることにより購買力の規模(スケール・メリット)を前面に立てた出版社との直接的な交渉によって、学術雑誌購読の集約化、集中化をはかるようになった。ある意味で「シリアルズ・クライシス」という危機的な状況への図書館コミュニティーの対応のひとつの帰結が、図書館コンソーシアムであったといって過言ではない。さらに、出版社交渉におけるスケールメリットの拡大をはかるという意味では、図書館コンソーシアム間の連携・協力が拡大していくことは必然であったとも言えるかもしれない。

10年近くにおよぶ JANUL、PULC による図書館コンソーシアムの活動を通じて、コンソーシアム間の連携・協力という意味では、電子ジャーナル・バックファイルの基盤的整備を目的として SpringerLink OJA(2005年)や Oxford Journal Archive(2006年)、また、近年急速な整備がすすめられてきた人文・社会科学系データベースの基盤構築を目的として 19C/20C House of Commons Parliamentary Papers(2008年)、The Making of the Modern World(2010年)などの共同導入を JANUL、PULC と NII との連携事業として実現した。また、ダークアーカイブへの国際的な取り組みとして CLOCKSS への参加を同様の連携事業として2010年から開始している。さらに毎年の購読契約交渉においては、ACS との交渉では JANUL および PULC、また、Science 誌との交渉では JMLA/JPLA および PULC と共同で交渉をすすめた実績があり、コンソーシアム間連携による出版社交渉の枠組みは着実に拡大していた。

図書館コンソーシアムによる新たな図書館連携によって、大学図書館はシリアルズ・クライシスにより失いかけていた学術情報基盤の地位をふたたび取り戻した。実際、研究者の視点にたてば、その所属する図書館が購読する冊子体による学術情報を基盤とした研究スタイルから、一気に、必要とされる全ての電子化された学術情報へのアクセスが可能となり、また、このことによって研究成果の発信チャンネルも飛躍的に拡大することとなったのである。しかしながら、価格モデルに目をむけると、さきに言及した出版社が定めた一定の基準に基づく支払いとは、冊子体購読を基礎とした現行支払い(カレントスペンド)規模の維持にほかならず、ここには依然として価格上昇が継続しているという実態が存在する。いずれにしても、大学が使命とする研究教育活動をすすめていくうえで、ネットワーク環境下における学術コミュニケーションを事実上の前提とせざるを得なくなった以上、これを支えるアクセス環境や学術情報基盤の維持は大学にとってライフラインの維持と同義と言って過言ではないだろう。

出版社交渉のなかでは、単に価格モデルなどの契約条件にとどまらず、広く学術情報の流通、利用、それにかかるコストの負担のあり方など、学術コミュニケーションそのものにも及ぶようになってきている。印刷を基本とした出版モデルからネットワーク環境下での出版モデルへの劇的な変化によって、あらたな付加価値的サービスとそこにかかるコストがどのように価格モデルに反映されるべきなのかは、冊子体の時代の価格モデルからは想像もされなかった論点として、交渉に一層の複雑さを加えている。

デジタル環境下における学術雑誌の最適価格モデルについては、いまだに不透明な状況が続いているが、いずれにしても現在の価格上昇が一定のペースで継続していくと仮定すると、いずれこの市場が破綻することは想像に難くない。

さらに大学図書館をめぐる顕著な環境の変化という意味で、1990年代以降の我が国の高等教育機関における政策的な競争環境の導入が、大学図書館経営に大きな影響を与え続けていることを忘れてはならないだろう。競争環境に対応をせまられた大学においては、ほぼ例外なく新規部門の拡大と経常的予算の圧縮をはかりはじめ、大学図書館における図書購入予算を含めた運営経費も圧縮の対象となった大学は少なくない。

大学図書館としては、当面、コンソーシアムなどの横の連携をさらにはかり、出版社との交渉においてこの価格上昇に一定の歯止めをかけながら、他方で、維持可能な最適価格モデルをさぐっていくという戦略を取らざるを得なくなっている。

● 連携と協力の価値(Value):説明責任(Accountability)と評価(Assessment)

図書館は、その提供するサービスの拡大、効率化を図るために、図書館同士の横の連携・協力の関係を伝統的に作り上げてきた。ある意味で組織横断的なサービスの集約化、集中化をはかることにより、図書館はそのミッションを達成しようとしてきた。図書館間の連携と協力の価値(Value)は、参加機関がそれぞれに掲げる価値の実現、あるいはミッションの達成にどのように貢献したかによってはかられるべきである。昨今、大学図書館の存在価値が問われる場面が少なくないが、同様に大学がそれぞれ掲げるミッションの達成に対する貢献によってしか、その存在価値の説明は難しい1 。一方で、連携と協力の枠組みは、参加機関による基本的な価値の共有が大前提となる。

米国における45の代表的な図書館コンソーシアムの活動を概括した最近の論考2 によれば、これらのコンソーシアムに共通するミッションとして

・資源共有を目的としたネットワーク(総合目録)の整備

・互恵的な相互貸借

・機関リポジトリの整備

・電子コレクションの整備

・データベース契約

・図書館コレクションの共同構築

・配送サービス

をあげている。ほとんどのミッションが強調するコンソーシアムの目的とするところは、費用(コスト)の最小化と重複の削減を通じた情報資源へのアクセスの最適化である。

一般に米国における図書館コンソーシアムは、参加機関からのメンバーシップによる財源によって自律的な運営がはかられているが、参加機関からみると徴収される会費、つまり連携と協力にかかる費用(コスト)がそれらから得られる利益に見合っているのかどうかという視点からはじまり、コンソーシアム参加による個々の参加機関の資料購入予算をはじめとした運営経費(コスト)の節約ないし削減の視点などさまざまな観点からコンソーシアムに参加することの価値(Value)にかかわる議論が主に2000年代を通じて紹介されている。また、このなかでは、すでに経営学やマーケティングの分野で経営分析の手法として一般化されている費用対効果分析(Cost Benefit Analysis, CBA)や投資利益率分析(Return on Investment Analysis, ROI)などによる数値化された経営評価指標を用いることについての議論も紹介されている。こうした議論の背景には、すでに上で述べた1990年代以降の我が国の高等教育機関をめぐる競争的な環境の深化と同様に、米国における高等教育機関をめぐる環境の変化が存在する。1990年代以降の長期にわたる

OCLC Asia Pacific Regional Council 3rd Membership Confer­ence, National Taiwan University, Taipei, 17-18, Oct., 2011
経済の停滞ないし後退という環境下で、高等教育機関の存在価値がさまざまなレベルで問われはじめ、競争的な政策の導入とあわせて高等教育機関自体がステークホルダーに対するある種の説明責任(Accountability)が求められるようになってきている。当然のことながら、高等教育機関である大学の設置する図書館にも同様にこの説明責任が求められることになる。確かに説明責任の観点からは、数値化された経営評価指標を用いた評価もひとつの重要な要素であるが、それは実現すべき価値の一側面にすぎない。大学図書館が実現すべき価値(Value)あるいはミッションの達成を考えたとき、大学図書館間の連携と協力の枠組みである図書館コンソーシアムが幅広いステークホルダーに対してどのような説明が可能なのか、いま一度検討してみる必要があるのかもしれない。

● 新たな連携と協力へ:設置形態を越えて

大学は、研究者であり教育者でもある教員、研究者の卵であり教育サービスの受け手である学生と大学運営を基盤的に支える職員とによって成り立っている。そして、そこには国立、公立、私立といった設置形態の違いこそあれ、大なり小なり政府をはじめとした公的な機関からの政策的な資金が投入され教育研究活動が営まれている。

これまで大学図書館の連携と協力は、基本的に設置形態に即してすすめられてきた。国立大学図書館協会、公立大学協会図書館協議会、私立大学図書館協会である。これらをゆるやかにつなぐ形で国公私立大学図書館協力委員会が各協会間の連絡調整にあたってきた。「シリアルズ・クライシス」と「電子ジャーナル」に端を発した大学図書館の新たな連携と協力の枠組みはほぼ10年の歳月を経て、それまでの設置形態別の連携・協力の枠組みを越えてすすめられることとなった。今、NII という新たなパートナーを加えて、大学図書館コンソーシアム連合(JUSTICE)があらたな船出を迎えるにあたって、そこで共有し、実現すべき価値とは、言うまでもなく参加するすべての大学図書館が、そして大学が実現すべき公的なミッションに貢献するものでなければならない。「図書館は、大学の心臓である」といわれて久しい。図書館が将来にわたり大学の心臓でありつづけるために JUSTICE というあらたな連携と協力の枠組みに期待したい。JUSTICE へのさらなるご理解、ご支援と、新たな大学図書館の積極的なご参加をお願いするしだいである。

 


参考文献
1. Oakleaf, M. The value of academic libraries: A comprehensive research review and report. Chicago: Association of College and Research Libraries, 2010. http://www.ala.org/acrl/sites/ala.org.acrl/files/content/issues/value/val_report.pdf
2. Chadwell, F. A. Assessing the value of academic library consortia. Journal of Library Administration. vol. 51, no. 7-8, 2011, p. 645-661.