SPARC Japan NewsLetter No.12 コンテンツ特集記事トピックス活動報告
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SPARC JAPAN:その創設期の頃

大場 高志(おおば たかし)
一橋大学

● はじめに

筆者は平成14年(2002年)4月、千葉大学附属図書館から国立情報学研究所コンテンツ課に異動した。その当時のコンテンツ課には、大きくニつの課題があった。一つは NACSIS-CAT/ILL(目録所在情報サービス)の運営管理とその展開、二つ目は、電子図書館システム(ELS)の管理運営とその展開である。前者については、全国の大学図書館が所蔵している冊子体の図書・雑誌の総合目録システムからインターネット上の情報資源の総合目録をも含めたメタデータ・データベース化への実験・模索を進めていた。後者については、日本の学協会が発行する学会誌や大学紀要を中心に、冊子体自体を電子化し、インターネット上に提供するサービスを展開していたが、学術雑誌を電子技術的に編集・刊行する電子ジャーナルシステムの研究開発は行っていなかった。当時の数年前までは、電子ジャーナルシステムの研究開発を進めていたが、科学技術振興事業団(現在は科学技術振興機構、以下同じ。)と国立情報学研究所との間での事業の役割分担が議論され、学術情報ネットワークと大学図書館関係事業については国立情報学研究所、科学技術情報関係サービスと学協会関係の電子ジャーナルシステムについては科学技術振興事業団という棲み分けが実施されていた。そして、以前から国立情報学研究所と科学技術振興事業団とは定期的に業務連絡会を開催し、互いの情報交換を行っていた。

一方、国立情報学研究所全体では、平成16年4月にスタートする法人化への議論と業務運営の見直し作業も同時に進行していた。法人化については、全国の国立大学においても同様に議論され、業務運営の改善が進められていたであろう。このような状況下にあった大学図書館および学術雑誌の国内流通状況を振り返っておこう。

● 大学図書館の状況

図1: 日本国内図書館の外国雑誌購入費および受入れタイトル数(但し1982年までは和雑誌も含む)
出典:情報の科学と技術. 53巻, 9号, 2003, p. 431

1990年代日本の大学図書館における外国雑誌の冊子体受け入れタイトル数は、外国雑誌購入費が増額していたにもかかわらず、減少の一途をたどっていた。(図1参照)

このグラフは当時国立情報学研究所の宮澤彰教授の NACSIS-CAT データ調査結果に基づいている。この現象の原因は、外国雑誌購入価格の急激な高騰であり、欧米においては既にシリアルズ・クライシス(serials crisis)としてつとに知られていた。大手海外出版社は、1980年代90年代を通じて、他の出版社との吸収合併を続け、学術雑誌市場の寡占状態を現出させてきていた。特に Elsevier は、全世界的巨大出版社への道を歩んでいたが、同時に1990年代のインターネットの急速な普及に対応して、学術雑誌論文のネットワーク流通の可能性を見据え、TULIP という実験プロジェクトを行い、その成果を踏まえて1999年 SD21 という電子ジャーナルモデルによる販売を開始していた。この購入モデルは、その後ビッグディールといわれるように、従来の冊子体タイトルを一点ずつ購入するものとは全く異なり、インターネットの利点を最大限利用し、一出版社の発行するすべての雑誌を閲覧することが可能となる画期的なものであったが、同時にサービス維持のためには購読総額を減額することなく維持していくことが条件であり、将来に向かって無限に値上がりしていくという大学図書館にとっては致命的なモデルでもあった。この問題に対処するため、大学図書館側は、従来の国内代理店を介した価格交渉から海外出版社と直接価格交渉を行うための電子ジャーナルコンソーシアムを組織していくことになる。2000年にはアカデミックプレス社を対象とした IDEAL オープン・コンソーシアム(JIOC/NU)が設立され、アカデミックプレス社が Elsevier に買収された後には、国立大学図書館電子ジャーナル・タスクフォースなどが設立されていくことになる。

● 学術政策の状況

こうした状況の中で、日本学術会議は情報学研究連絡委員会学術文献情報専門委員会が平成12年6月26日に「電子的学術定期出版物の収集体制の確立に関する緊急の提言」を発表し、国内における学術情報流通の危機的状況に対する対応を求めた。1 文部科学省は、平成13年8月、科学技術・学術審議会内にデジタル研究情報基盤ワーキンググループを設置し、検討を開始した。この検討結果は平成14年3月「学術情報の流通基盤の充実について(審議のまとめ)」として公表された。2 この中で、「学術情報の円滑な流通を図るための当面の具体的方策」として

(1) 電子ジャーナル等の体系的な収集

(2) 大学等からの学術情報発信機能の強化

(3) 学協会からの学術情報発信機能の強化

(4) 学術情報の海外への流通を支援する仕組み

(5) 国立国会図書館への期待

(6) 学術情報の電子化・流通等を推進するための国立情報学研究所による支援

の6項目が提言された。

(1)については、すでに文部科学省は大学に対して「電子ジャーナル導入経費」の予算措置を開始していた。(2)については、大学図書館等においてメタデータの整備等ポータル機能を改善、推進していくことを期待し、電子図書館的機能から機関リポジトリへと発展していくことになる。(3)については、学協会の学術雑誌の電子ジャーナル化への期待、特に J-STAGE 等を利用した編集・査読システムの改善などを求めた。そして、(4)において「国立情報学研究所は、大学図書館等と連携して、アメリカやヨーロッパの SPARC と呼ばれる取組と連携するなど、これらの学術雑誌を中心として日本から発信する学術情報の国際的な流通を促進するための方策を行う」こととされていた。筆者が国立情報学研究所に赴任した時は、まさに(6)で提言されているように「学術情報の電子化・流通等を推進するための国立情報学研究所による支援」が要請されている時期であった。

● 国内学術情報流通の状況

国立情報学研究所の根岸正光教授の研究によると、2000年当時、「自然科学系を対象とする SCI では、わが国は米英につぎ3位で8万件以上の論文数となっていた」。しかし、これらの論文が掲載されている雑誌については、「日本発行の雑誌は、(世界の)雑誌数全体の3.8%に過ぎず」、さらに「日本の論文の79.3%が海外の雑誌に掲載され、自国発行の雑誌には20.7%しか掲載されていない」という「海外流出率」が顕著であった。3 また、JCR(Journal Citation Reports)に掲載された日本の雑誌(英文誌)の総数は144誌で、そのうち電子ジャーナル化されて発行されているものは、科学技術振興事業団の J-STAGE に搭載されているものの他、日本学会事務センターや物理系学術誌刊行協会(IPAP)、日本金属学会などの学会サーバ数十誌に過ぎず、国内出版社から発信されているものはほとんどないに等しかった。このことは、日本の研究活動とその成果は活発に行われているが、その流通、発信を担う基盤的機能においては、国際的に大きく立ち遅れていることを示していた。

米国では、SPARC(Scholarly Publishing and Academic Resources Coalition)プロジェクトという主に高騰する商業学術誌に対抗する活動が、研究図書館の連合体である ARL(Association of Research Libraries)により1998年に発足していた。2002年にはヨーロッパにも SPARC Europe がスタートしていた。これらの活動状況を国立情報学研究所の安達淳教授や国立大学図書館協議会の千葉大学土屋俊教授などとともに、訪問、調査しながら、国立情報学研究所でも日本独自の学術情報流通に対する基盤整備事業を企画し、概算要求することとなった。

● 学協会とのパートナーシップ

図2: 日本の英文電子ジャーナル数
出典:国際学術情報流通基盤整備事業説明会資料. 2003年, 2004年

筆者はもともと大学図書館職員である。従来の図書館職員は、刊行された図書・雑誌を収集、整理、保存し、利用者に提供するという情報管理を行っていた。しかしインターネットの普及、電子ジャーナルの登場は、情報流通のあり方を変容させ、出版社のあり方を変容させた。学術情報流通にかかわる事業を企画するには、生産(論文執筆)-流通(投稿、査読、編集、出版)-消費(購読、検索、アクセス)が電子的に行われる情報流通過程を認識し、国際的な学術コミュニケーションそのものに深く関わっていかなければならない。そのため、いくつかの学協会の事務局を訪問し、学協会のパートナーシップを中核とした学術情報流通改革の事業展開を目指した。

当時の日本の電子ジャーナルは国立情報学研究所で調査した限りでは、図2のように200タイトル強であった。

電子ジャーナルプラットフォームとしては、科学技術振興事業団の J-STAGE がある。特に日本化学会や日本化学工学会は J-STAGE 上で積極的に情報発信を行っていた。また、日本学会事務センターでは OlediO という電子ジャーナルプラットフォームがあり、日本生化学会の Journal of Biochemistry を発信していた。学会独自のサーバで電子ジャーナルを発信していたのは、物理系学術誌刊行協会(IPAP)の日本物理学会や応用物理学会の英文誌や日本金属学会系の共同刊行欧文誌、電気情報通信学会の英文誌などがあった。また、多くの学会は英文学術誌の発行を海外出版社に委託していたが、そのような学会のうち日本動物学会などの学会事務局を訪問し、SPARC Japan の企画説明と意見交換を行った。数学系の英文誌などは大学のサーバーを利用していた。これら英文学術雑誌を発行する事務局員と交流することによって、編集、査読工程の電子化の重要性や学会誌発行のための財政構造などを認識することができた。

文部科学省への「国際学術情報流通基盤整備事業」という概算要求事業も承認され、2003年度に SPARC Japan を立ち上げるため、野依良治名古屋大学名誉教授をはじめ、有識者、関係者10名に SPARC Japan の評議会(Board)委員をお願いし、科学技術振興事業団や国立大学図書館協議会、私立大学図書館協会、日本学会事務センター等との連携による運営委員会を組織し、SPARC Japan 事業に協力し、ともに推進していくパートナー学会誌の公募を開始したのである。

スタート時点での SPARC Japan の事業概要は、以下の5点である。

(1) 編集工程の電子化支援

(2) 英文論文誌の国際化支援

(3) ビジネスモデル創出活動

(4) 国際連携の推進

(5) 調査・啓発活動

これら5つの事業課題を関係諸機関、大学図書館、および選定パートナー学会誌との連携・協力のもと改善、推進していくことになる。4、5 (1)については科学技術振興事業団と連携しながら、J-STAGE の改善を進め、また、国際標準的な編集・査読システムの紹介などを行った。

(2)については数学系英文誌に関してコーネル大学図書館が運営していた数学系電子ジャーナルプラットフォーム Project Euclid の説明会を開催したりした。

(3)については、生物系電子ジャーナルパッケージ(UniBio)が日本初の電子ジャーナルパッケージとして創設され、大学図書館との間でコンソーシアム交渉が行われ、契約が成立した。

(4)については平成16年度には、サザンプトン大学教授でセルフアーカイブ運動の先駆者である Stevan Harnad 氏や米国 SPARC のディレクターである Richard Johnson 氏を招へいし、最新の国際的トレンドを紹介するなどしてきた。また、米国 SPARC との協力協定書(MoU)の準備も進めた。

(5)については、学協会員への学術英文誌の利用と投稿に関する調査などを行い、また、東北大学や広島大学など全国の大学に赴き、SPARC Japan の広報活動をするとともに、研究者に対して日本の学術情報流通の現状を訴えた。

● オープンアクセス運動と日本の学術情報流通

当時の米国 SPARC では、当初の高額な雑誌を発行する商業出版社への対抗運動から、機関リポジトリ運動へと力点が動いており、研究者の成果は研究者のものへというオープンアクセス運動が顕著になっていた。SPARC の母体である ARL は研究図書館の連合体であり、雑誌購読費の高騰に対する対抗誌などの創刊は、大学図書館の資料費削減への展望を必ずしも開かなかった。そこで、SPARC では、論文の生産者である研究者に、成果発表後の情報流通の主導権を取り戻す運動としての機関リポジトリ運動やオープンアクセス運動が盛んに議論されていた。

しかし、日本においては、電子ジャーナルそのものを編集、作成、発信し、そのコスト回収のためのビジネスを整えるという変革された学術情報流通のサイクル自体がいまだ成熟しておらず、国の助成機関や海外出版社への全面的依存状況が続いていたと思われる。当初の SPARC Japan の試みは、電子ジャーナルという学術情報流通の革新的なシステムを日本国内にも根付かせること、そして世界第3位を誇っていた日本の研究成果の情報流通を全世界的な学術コミュニケーションの枠組みの中で適切に流通させることの2つであったろう。

学術情報流通というシステムは、永続的に持続可能でなければならない。インターネットや電子ジャーナルという新たな情報環境は、論文生産者としての研究者、研究者が集まる学協会、学協会の出版する雑誌を編集発行する出版社、その雑誌を購読する大学図書館、大学図書館で雑誌を読む大学研究者という各役割を担う人々の関係がストレートな利害関係者(ステークホルダー)として関係づけられているということを明確にした。つまり、学協会にとっては、単に出版社との出版契約交渉、大学図書館にとっては、出版社との購読契約交渉のみにとどまるものではなく、学術情報の生産を担う研究者・学協会が、消費を担う研究者・大学図書館と情報流通の適切な在り方を直接交渉するという局面も現出させることとなった。このような適切な価格交渉によるビジネスモデルを梃子にした学術コミュニケーションが継続的に行われるということが、多分オープン・アクセス運動というものの実質的な意味なのではないだろうか。

その後、筆者は現場を離れたが、SPARC Japan セミナーは継続されており、ニュースレターも刊行されている。大学図書館とのコンソーシアム交渉も継続されている。6 インターネット時代の大学図書館は、教育研究それ自体を行わないまでも、研究成果の生産−流通−消費の情報流通過程に対する基盤整備には深くかかわっていくはずである。このような基盤整備には、予算要求や物的整備が重要であることはもちろんであるが、それぞれの役割を担った人々の交流が、どんな場合にも土台になるものと信じている。様々な矛盾の中で、時に正解のない状況の中で、しかし持続可能な道を問い続け、試み続けていくことが、基盤を整備するということになるのだろう。

 


参考文献
1. 日本学術会議情報学研究連絡委員会・学術文献情報専門委員会. “電子的学術定期出版物の収集体制の確立に関する緊急の提言”. 日本学術会議. 2000. http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/17pdf/17_44p.pdf
2. 科学技術・学術審議会・研究計画・評価分科会・情報科学技術委員会・デジタル研究情報基盤ワーキング・グループ. “学術情報の流通基盤の充実について(審議のまとめ)”. 文部科学省. 2002. http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/toushin/020401.htm
3. 安達淳、根岸正光、土屋俊、小西和信、大場高志、奥村小百合. “SPARC/JAPAN にみる学術情報の発信と大学図書館”. 情報の科学と技術. 53巻, 9号, 2003, p. 429-434. http://ci.nii.ac.jp/naid/110002826866
4. 国立情報学研究所. 平成15年度国際学術情報流通基盤整備事業(SPARC/JAPAN)説明会. 2003.
http://www.nii.ac.jp/sparc/event/backnumber/2003/0702.html
5. 国立情報学研究所. 平成16年度国際学術情報流通基盤整備事業(SPARC/JAPAN)説明会. 2004.
http://www.nii.ac.jp/sparc/event/backnumber/2004/0707.html
6. 国立情報学研究所. “国際学術情報流通基盤整備事業(SPARC Japan)活動のまとめ 平成15(2003)年度〜平成20(2008)年度”. 2009. http://www.nii.ac.jp/sparc/publications/report/pdf/sparc_report_200903.pdf