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SPARC Japan 海外動向調査報告


2005年度からSPARC Japanのご支援により海外動向を調査しました。参加した大会やカンファレンスは、次の3つです。
・ Online Information
・ STM セミナー&カンファレンス
・ CrossRef  

個々の調査については詳細な報告書を提出しており、この調査が、少しでも皆様のお役に立てば幸いです。


● Online Information
毎年12月上旬頃、ロンドンのオリンピア・グランドホールを会場に開催されます。カンファレンスと展示があり、カンファレンスの参加者数は約40ケ国から900名程度で、STM出版社や代理店が展開する電子ジャーナルシステムの最新情報や業界の動向を手っ取り早く把握する場として有効です。  2007年の主なテーマは検索でした。特に、米英の主要な理工系学会が協力してサービスを開始したScitopiaについての講演と、Googleに代表される商業ベースの検索サイトの問題点についての講演は非常に興味深いものがありました。また、展示会では、230社近くが出展しており、Elsevierに代表される欧米の商業出版社や、AIP(American Institute of Physics)のScitationなど主要学会によるオンラインサービスの宣伝が目立ちました。

1. Scitopia
Googleに代表される商業検索サイトやElsevierに代表される商業出版社に対抗するため、2006年2月に米英の理工系主要学会が共同で検索ポータルscitopia.orgを立ち上げました。2009年現在、参加学会は、IEEEやAPS(American Physical Society)など19学会です。この背景として次の2点が考えられます。
(1) Googleなどの商業検索サイトでは検索結果に「ジャンク論文」も多いのに対し、Scitopiaはpeer reviewされた質の高いコンテンツに絞った検索ポータルです。
(2) 参加している学会だけで、米国の特許文書に引用されている文献の60%以上を占め、特許の観点から見ても、Scitopiaの横断検索は極めて有用です。

2. Scitation
AIPは自らのジャーナルよりも、『Scitation』というオンラインジャーナルのホスティングサービスを前面に出してアピールしています。AjaxなどWeb2.0技術を活用し、利用者の操作性を大幅に向上させています。商業出版社は学会の出版業務すべてを取り込むべく宣伝していますが、AIPやIOP(Institute of Physics)などの米英学会は、オンラインジャーナルのホスティングだけを取り込むビジネスモデルを推進しています。


● STMセミナー&カンファレンス
STMは、世界で100近いSTM(Scientific, Technical and Medical)出版社の集まりです。近年は業界の急激な変化(特にEU圏のオープンアクセス運動)に沿って新たな委員会がいくつか新設され、活動を強化しています。

1. STMセミナー
毎年12月上旬、ロンドンで開催されます。参加者数は40〜60名程度で2日間に渡り、E-ProductionとInnovationsの2つのセミナーが開催されました。前者はジャーナル制作に的を絞ったものであり、後者は今後の動向を探るものです。
E-Production Seminarの最近の主な話題はコンテンツマネジメントとアウトソーシングです。電子化時代のコンテンツマネジメントについての講演は、特にバックファイル電子化における問題点を提起していて、非常に興味深いものがありました。
Innovations Seminarの最近の主な話題はWeb2.0への対応と著者識別です。欧米では、Web2.0を強く意識したオンラインサービスへのシフトが本格的に始まっています。

2. STMカンファレンス
毎年春と秋の2回、フランクフルトで開催されます。出版のマネジメント、マーケティングに集中したテーマで講演とパネルがあり、特に秋は10月上旬のFrankfurt Book Fairの前ということで、300名近い参加者で盛況です。尚このカンファレンスで配布するために持参したSPARC Japan のパンフレットは好評で、午前中のブレイクまでに残らず無くなりました。

 
ドイツ・フランクフルト市内広場
2006年春の大会では、中国の情報が紹介されました。米国のPhD(in science and technology)所有者の7.5%は、中国国籍で、その25%が帰国しているとのことです。中国の研究者にとって英文論文の投稿の障害の理由は次の通りです。英語で書くことの困難さ(48%)。出版社とのコミュニケーションの困難さ(36%)。出版プロセスをもっと分かりやすく説明して欲し(56%)となっています。IOPP(Institute of Physics Publishing)によると中国からの不採択率は80〜90%とのことです。

オープンアクセス(OA)については、出版社のOA対応状況のデータが揃ってきており、分野によってはoptional OAが定着しつつあるように見えます。この3年間で、OAの是非に関する一部の研究者、図書館と出版社との感情的な議論が終息し、研究情報の流通の各段階におけるコストの分析と、それをいかに負担するか、という冷静で現実的な報告が現れてきています。

2008年には、“The Real Cost − Communicating the results of research: how much does it cost、 and who pays ?”と題して、英国において学術情報制作・流通のプロセス毎の費用をRIN(Research Information Network)により調査・分析された結果が報告されました。詳細な原典は、以下に公開されています。コストに関するこれまでに無く網羅的で優れた分析です。 (http://www.rin.ac.uk/costs-funding-flows

3. STM Board Meeting
OA問題、British Library対応、EUからの問い合わせ、digital copyrightへの取り組みなど、新しい動きに対する対応に忙しい状況です。最近の彼らの地域的な関心は中国であり、訓練セミナーなど種々の働きかけを通じて仲間に取り込もうとしています。日本への関心が無いことは寂しい限りです。また、商業出版社からの参加者が多く、学会系の参加者との均衡が必要であることを痛感しました。

訓練セミナーについては、周到な企画と準備に感心しました。北米におけるMaster ClassとIntensive Journal Course が企画され、アジアでも2008年2月に香港でアジアで初めてのSTM Intensive Journal Course が開催されました。東京での開催も検討されましたが、参加者数が期待できないことと、東京のコストが高いことから、延期されています。


● CrossRef
1999年に欧米の主要出版社が、引用論文から全文へのリンキング・システムを開発するために発足しました。例年11月にAnnual Meeting及びTechnical Meetingが開催されます。

2006年ごろから、これまでのレファレンスリンクを張る仕組みを提供するという役割から、集まったメタデータを如何に利用するかに主眼が移りつつあり、Web 2.0を意識した方向性が見受けられます。著者同定、盗作論文の抽出(CrossCheck)なども話題となってきました。また、機関リポジトリに対しても指針を出しています。

CrossCheckは、原文とCrossRefのデータベースにある公開論文の全文との重なりを検出するものです。検出結果として、類似度XX%との表示が出て、該当論文のデータも表示されます。実際の論文を使ってみないと具体的な評価は難しいですが、十分に実用に耐えるという感触を得ました。既にAPS、AIPを始めとする学会やSpringer、Elsevier、Wiley-Blackwell等の多くの商業出版社がメンバーとして参加しています。



この調査を通じて、日本では入手しにくいSTM出版の最新トピックに数多く触れることができました。とりわけ欧米の出版社や図書館による時代の変化についていくための努力は目を見張るものがあり、その雰囲気をリアルに体感できる貴重な機会でした。このような機会を与えてくれたSPARC Japanに改めて感謝いたします。

鈴木 英則(すずき ひでのり/日本物理学会 応用物理学会 物理系学術誌刊行センター)

※ 詳しい報告書をSPARC Japanのサイトで公開しています。
http://www.nii.ac.jp/sparc/publications/